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第2話:幼馴染フラグを破壊せよ《断章1》

 片倉咲良(かたくら さくら)は今、恋をしている。

 幼なじみの相手を好きになること。

 漫画のシチュエーションによくあるくらい、一般的なイメージでは幼なじみ同士が恋人になる確率って高いし、当然の事のように思われている。

 だが、現実には恋人になるのは普通の相手に恋するのと何も変わりはしない。

 幼なじみ補正があっても、逆に距離が近すぎる場合もあるくらいだ。

 小さい頃から同じ時間を過ごしてきたから、お互いの好きな所と嫌いな所をよく 知っている、特別な間柄と言ってもいい。


――私の気持ちは伝わるのかな?この大好きって気持ちは。


 小柄な容姿に幼い顔立ち、未だに実年齢(15歳)に見られた事はない。

 そんな彼女も高校に入学して、約1ヶ月が過ぎようとしていた。

 あと1週間でゴールデンウイークに入るそんな時期。

 咲良は学校帰りに繁華街に立ち寄り、あるお店の前で立ち止まっていた。

 ファンシーショップで両手でクマのぬいぐるみを抱える。

 

「うわぁ、可愛い。ねぇ、潤ちゃん。いいと思わない?」


 咲良は自分の隣にいる男の子に問う。

 彼は興味なさそうに「そうだな」と答える。

 咲良の幼なじみである、前橋潤まえばし じゅん

 家が近所で、小さい頃から仲良くしている男の子。

 高校も同じで、クラスまで一緒、今までと変わらない関係を続けている。

 こうして、帰りに2人で帰るのも日常的なこと。

 ぬいぐるみなどファンシーグッズが売られているお店。

 可愛いものが大好きな咲良は見ているだけで楽しくなる。


「お前はホントに可愛いものが好きだな。何が楽しいのか俺には分からん」

「えー?そうかな?潤ちゃんも可愛いものは好きだよね」

「俺に変な趣味があるように言うな。男の俺が『きゃー、咲良見てよ。これ、めっちゃ可愛い』とか言ってたら普通に変態だろ。想像しただけでドン引きするわ」


 呆れた顔で否定する彼、嫌々ながらも買い物には付き合ってくれている。

 潤は咲良にとっては面倒見のいいお兄ちゃん的な存在だ。


「ほら、欲しいならさっさと買ってくれ。今日はカラオケによっていくんだろ」


 彼に急かされ、お気に入りのぬいぐるみを買うことにした。

 お店を出てから、潤は意地悪そうな顔をして、


「しかし、お前も相変わらずだな。可愛いもの好きは高校生になっても変わらんか」

「だって、好きなんだもん」

「ははっ、ホントに咲良は見た目通りに子供っぽいな」


 彼にからかわれて笑われてしまう。


「むぅっ、ひどいよ。私のこと、子供扱いばかりして」

「いや、するなって方が無理だろ。お子様だよ、お前は」


 咲良は自分の見た目があんまり好きじゃない。

 童顔な顔つき、子供みたいな身長と体型、高校生になっても変わらない。

 唇を尖らせながら、「子供じゃない」と否定しながら拗ねていた。





 幼なじみを好きになる場合は長年一緒にいて、他人よりも時間を共にしているから好きになりやすい傾向にある。


――自然の流れで、もっとも近い異性の潤ちゃんを好きになったんだもん。


 けれど、幼なじみだからって想いを告白して恋人になりやすいかというとまた話は別だ。

 幼なじみの関係を壊したくない。

 乗り越えるべきハードルが逆に高くなる。

 もちろん、名も知らない相手からの告白よりはアドバンテージはあったとしても。


――潤ちゃんとは今も仲良くしてるけど、恋人とは違うんだよね。


 中学2年に自分の気持ちに気づいてから、よく考えるようになっていた。


――潤ちゃんは私をどんな風に感じているのかな。


 単なる妹、それとも、ひとりの女の子として……?

 気にはなっても、今すぐ関係を変えたいと焦るわけでもなく、現状維持で十分だった。

 あの出来事が起きるまでは――。





 それはいつもと何も変わらない日の放課後のことだった。

 咲良は教師に雑用で呼ばれて、少しだけ帰るのが遅れた。

 潤はいつものように咲良と一緒に帰るので教室で待ってくれている。

 教室に戻ると彼は友人と会話をしていた。


「……で、実際の所はどうなんだよ?」

「どうって何が?」

「お前と咲良ちゃんの関係だよ。しらばっくれるな、あれだけ可愛い子と幼なじみで、実際の関係はどうなんだ?」


――えっ、私の話をしてるの……?


 聞いてはいけない話をしているのだと察した。

 潤の素直な気持ちも知りたかったので扉の影に隠れて聞く事にする。

 

「俺と咲良の関係?別に普通の幼なじみだよ。それが?」

「おいおい、あれだけ仲良くて普通ってのはありえないだろ。今日だって一緒に帰るんだから。仲がよくないとは言わさないぞ?」

「一緒に帰るのは防犯のためさ。咲良みたいな女を好むロリコンから守るため。アイツ、中学時代にロリコン教師にストーカーされた頃があって、それ以来、一緒に帰ってるだけで他意はない。妹みたいな咲良を守ってやりたいだけさ」


 あの事件は今でも咲良にとって恐ろしい記憶だ。

 教師だった男性に付きまとわれていた時期があり、潤に助けられた。

 その教師は警察に捕まって、事件は解決したものの、それからずっと潤は外を出歩くときは一緒にいてくれている。

 あの事件から、咲良は自分の中に彼を好きだという気持ちがあるのに気づけた。

 でも、潤が咲良を守ってくれるのは幼なじみだからで好意からではないらしい。

 それは理解してたけど、彼の口からは聞きたくなかった。


「……咲良は妹みたいなやつだからさ。変態につきまとわれたりするのは避けてやらないとな。アイツの保護者みたいなものだよ」

「そういう口実にしか聞こえないけど?内心、どーなんだよ?」


 潤は友達にからかわれて不満げな顔をする。

 

「だから、俺が咲良を好きみたいな言い方をするなよ」

「……おや、違うのか?」

「さも、当然とばかりに真顔で言うな。あのな、咲良みたいな女の子が好きってやつはただのロリコンじゃないか。俺は違う。そっちの趣味はない」


 はっきりと恋愛対象じゃないと言われて、ショックを受ける。


――嘘でしょ?潤ちゃん。


 少なからず、彼も自分に好意があるんじゃないかって期待していたから。

 そう、勝手に望んでいただけだった。


「俺の好みは年上美人な大人の女性だ。胸の大きな子を希望する」

「やれやれ、咲良ちゃんで物足りないとは贅沢なやつめ」


 ストレートな潤の物言いに咲良は不満を抱く。


――潤ちゃんのバカ、エッチ。うぅ、そんなスタイルよくないもん。


 子供っぽく拗ねる彼女は「もうやだよ」と、それ以上は聞きたくなくてその場を離れる。

 泣きそうな顔を洗うためにトイレの方へと歩いていく。

 だからだろうか、彼女は彼の次の言葉を聞きそびれていた。


「――まぁ、容姿はともかく、咲良は結構気に入ってるけどさ。アイツ、可愛いし」

「素直じゃない奴。咲良ちゃんが好きなくせに」

「うっさい、放っておけよ。それだけ大切なんだよ」


 照れくさそうに笑う彼を、咲良は知らなかった――。





 ショックを受けた咲良は校内を回って時間を稼いでから、教室に戻った。

 既に教室には潤以外におらず、友人は帰ったあとらしい。


「お待たせ、潤ちゃん。遅くなってごめんね」

「ん、まぁ、教師がらみの用事なら仕方ないだろ。さっさと帰るぞ」


 待たせたのに、文句も言わず待っていた。


――口は悪いけど、優しいんだよね。えへへ。


 潤のそういう所が咲良は好きだったのだ。

 学校を出て、夕焼け空の下を並んで歩く。


「潤ちゃん、今、誰かに恋したりしてる?」


 突然の話題に潤は「何言ってるんだ?」と不思議そうな顔をした。


「……好きな人とかいないの?」

「何だよ、いきなり……?」

「あのね、今日、友達と彼氏とか恋人の話をしてたの。でも、皆してひどいんだよ。私には恋人はまだ早いって言われて悔しいんだ」

「……そういう意味か。まぁ、分かる気がする。お前に彼氏はまだ早いな」


 そう言われて咲良は唇を尖らせながら、


「もうっ、潤ちゃんまでそう言うし」

「だって、事実だろ?彼氏なんてお子様はまだ作らなくていいんだよ。咲良が恋愛に興味を持ち出すなんて。やっぱり、春だからか?」

「高校生になったんだから、普通の事だよ。むぅ、いつまでも子供扱いしないで。そりゃ、子供体型に子供っぽい性格だけど、いつまでも子供扱いされたくない」


 だが、恋人が早いと言うのは事実かもしれない。


「そんなに言うなら、咲良には好きな男でもいるのか」

 

 咲良は思わず顔を赤らめる。


――そういう言い方はずるいよ。目の前にいるけど、言えるはずないじゃない。


 真っ赤になりながらも肯定しておくことにした。


「い、いるけど、潤ちゃんには教えてあげない」

「へぇ、好きな奴いるんだ?誰?あっ、ぬいぐるみってのはなしだぞ?」

「意地悪な人には教えてあげないってば。ぷいっ」


 恥ずかしさで彼から顔を背ける。


――これじゃ、告白なんてできないよ。どうしたら女の子扱いされるの?


 咲良は小さな声で「変えたいな、この関係」と囁いた。


「ん?何か言ったか?」

「ううん、何でもないよ。そうだ、今度ね。新しいお店が……」


 幼なじみでいる事が逆に彼女を苦しめている。

 近くで遠い関係、どうすれば変えられるんだろうか?

 

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