4.作り笑い副会長×正直者
植木菫。文芸部所属。
良くも悪くも正直者で、思ったことをすぐ口に出し、他人を傷つけてしまうこともあるが、嘘も吐かない女子生徒。
「そういえば藍沢君って、ニコニコしてるけど物凄く作り笑い下手だよね」
たまたま日直が一緒になった、この学校の副会長、藍沢慧に向かって、菫はへらりと笑いながらそんなことを口にした。
「ッ…何故…」
「いやー、右側はつり上がってんだけど、左が惜しいんだよ。知ってる?顔の左側って感情が出やすいんだって。もう少し上手くならないと社会に出た時、逆に困るんじゃない?」
「…そう、ですか…」
彼は、トーンの低い声で表情をなくしてしまった。
「ちょ、落ち込まないでよー。引きつった顔した人と一緒にいるのは誰でも嫌じゃん?」
「確かに…そうですね。しかし…僕はそんなに作り笑いが下手でしょうか?他の方は…褒めてくださるのですが…」
そういえば、と菫は友人たちをはじめとした彼への感想を思い出す。
曰く、成績優秀、運動神経も抜群な、笑顔が優しく、穏やかな生徒会副会長。
そんな好感しかないような彼だが、菫はそんなに好きになれそうにないと思っていた。
「笑顔が、お粗末な作りものみたい」
そう言った彼女に、友人は一人を除いて首を傾げていた。
思ったことが表情どころか口に出て、それ故面倒な喧嘩も多くしてきたが、友人が離れていったことのない菫にとっては何故そんな中途半端な仮面を被るのかが分からなかった。
もちろん、そんな表現をする菫は、自分自身に中二病の気があることも分かる。
そこは文芸部なのだから多少必要だろうと開き直っているのだが。
「みんなが褒めてる、だからそれが正しいの?」
「……」
「藍沢君ってさー、何でもぶっちゃけられる友達持ったことないっしょ。楽しかったことだけじゃない。ムカついたことも悲しかったことも…全部言い合える友達」
「…っあなたに何が分かるんですか!」
「何も分からないよ。私は藍沢慧君じゃなくて、植木菫だし、クラスが一緒ってだけで日直の時の業務連絡以外、話したことないしね。友達じゃないんだから、そのお粗末な表面しか見えてない」
声を荒げた慧に動じることなく菫は答える。
「表面…ですか?」
「もちろん、作り笑顔は悪いことじゃないよ。社会に出たら必要なことだし。でも藍沢君は下手。目が笑ってないんだよね」
「…目が、笑っていない…」
「そ。取り繕う必要のない相手…例えば友達の前でくらい、無理して自分を作らないほうがいいんじゃない?よっぽど器用じゃないとストレスたまるし」
カラカラと笑う菫。
「少し前にも、言われたことがあります。作り笑いなんかするな、と…それは僕の作り笑いが下手だからでしょうか」
「さぁねぇ。その人の真意は私には分からないかな。っていうか、そんなことを言ってくれる友達がちゃんといるんじゃない」
「…友達…ですか?」
「え、違うの?じゃあ家族とか?」
「いえ…彼女は転校生です。廊下で出会ったときに…」
「うわ、私に負けず劣らずなタイプだねー!いや、私も負けるかも。さすがに初対面の人に作り笑い云々言えないなー」
「あまり話したことがない僕にあれだけ言った君が負け、ですか?」
純粋に驚いたのか、慧が目を瞬かせる。
「私、結構ヘタレだからね。藍沢君にああやって言ったのは、副会長として前に立ってる藍沢君の顔が最近ちょっと曇ってたからさ。ほら、さっき言った左側が。だから、クラスメイトとしてちょこっと心配してたわけ。傷つけた自覚はあるし、言ったことは全部本音だけど、そこはごめんね」
「…いえ。大丈夫です。少しすっきりした感じがします。ありがとうございました」
「!どーいたしまして!言い過ぎたってのに、キレるどころかお礼言われるなんて初めてだよ!」
驚いていたが、屈託のない笑顔を浮かべる菫。
「…植木さん、もし、よろしければ、なのですが」
「うん?」
日直の仕事を終えて教室に戻る途中、今度は慧が口を開く。
「僕と友達になってはくれませんか?」
「うん、喜んで!」
その答えに、慧は久しぶりに作ることなく笑顔を浮かべていた。