『5W1H』結成
「くっ……アタシはここまでか……あとは頼んだ……」
突然、映画や漫画なんかでしか聞かないようなセリフを吐きながら、オレの目の前で女子生徒が倒れた。
四月八日木曜日。
入学式や諸連絡の終わった午前十一時過ぎ、整列した桜が花びらを舞わす校庭でのこと。
さわやかな日差しの下、よっこらしょと言いながら倒れた女子生徒と、それを見下ろすオレ。なんとも言えない図だろ?
さて、ここで問題。
面倒くさいことにしか発展しなさそうなこの状況、一体どうする? 無視をして通り過ぎて行くか、一応声をかけるべきか。
他にだれか人はいないのかと、辺りに視線を向けてみるが、誰一人として声をかけてくれそうな人はいない。
それもそうだよな、普通は避けるよ。
オレだってそっちの立場なら、同じように無視して立ち去る。わざわざこんな厄介そうなことに、首を突っ込んだりはしない。
誰だって平穏無事な普通の日常を望むだろう? オレだってそうさ。ただでさえ、オレは普通じゃないんだから。
だからオレは、スタスタと、倒れた女子の横を通り――過ぎるつもりだったんだけどなぁ。
ガシっ、と右足を掴まれた。これほんとに女の子の力? ものすごい強いんだけど。オレは歩みを止めざるをえなかった。
「ア、アタシのことは置いて……先に……行け!」
「じゃあ、離してくれません?」
言ってることとやってることが正反対だ。いまだしっかりとオレの足首はこの人に握られている。
「えぇー、なんかこう期待してた反応と違うー」
うつ伏せに倒れたままで突然、そう言われた。
「厄介事にしかなりそうになかったんで、無視したかったんす」
「まったく、最近の若い奴はこれだからいけないなぁ。先輩がボケたのなら、それを全力でツッコむ。それが夫婦漫才ってもんさね」
何言ってんだ、この人。
その女子生徒は立ち上がり、パンパンと制服についた土を落とす。
スラリとした長身にぼさぼさの白髪。脱色だとしたら完全に校則違反です。少し切れ長の目をしてはいるものの、柔和な表情だ。あとスレンダー体型。先輩って言ってたから上級生か。変な人に絡まれたなぁ。
「さて、それじゃあ行こうか」
「は?」
今度は手首を鷲掴みにされて、どこかへと連れて行かれそうになる。
さっきからこの人の言動にはついていけない。
十六年の人生で初めて出会ったタイプだな。参った。当然オレは抗議する。
「んー? なんか用事でもあるのかぃ?」
「いやそういうわけでは……」
「んじゃあ、ついてきてもらえないかな。頼む!」
と言われても、理由すら聞いていないのだから、判断に困る。
仕方ない、一応なにをするのかくらいは聞いておこうか。
「……一体なにをするんすか?」
「んー、まぁそれは来てもらえばわかるな。とりあえず来てくれたら嬉しい。超よろこぶ。お礼にアタシの幼馴染みが買った、この商店街スクラッチくじをやろう。必ず当たる。ちなみに特賞は北海道三泊四日の旅だな」
そう言ってポケットから取り出したスクラッチくじをオレに押し付けてくる。
このスクラッチくじなら知っている。
母親が何枚も買って、すべてポケットティッシュになって返ってきた。
残り枚数が少なくなっていて、なおかつ一本しかない特賞がまだ出てないからきっと当たるとか言ってたが、それでもそうそう当たったりはしないものだ。
だから、きっとこのくじだって当たらない。故にオレの答えはこうだ。
「できれば御免こうむりたいのですが……」
「えぇー! なんでさね! くじがいらないってのかぃ?」
「んー、まぁ欲しいか欲しくないかで言われたら、別に欲しくはないですね」
どうせ当たらないんだしな。
「当たるぜ? 絶対当たるぜ? アタシと買ったヤツが保障するよん」
なんでこうも自信満々にそんなことが言いきれるのか。
ただ目を見てわかるのは、この言葉はふざけて言ってるわけじゃない。本気だ。本気で当たると思っているみたいだ。
自信過剰にも程がある。
スクラッチくじなんて運百パーセントのものを、こうも自信に満ち溢れた表情で当選確実と言いきれるのは、ちょっとした才能だ。素晴らしいね。少しでいいから分けてもらいたい。
「というわけだからぁ、さぁさぁ一緒に来てくだせぇ」
どういうわけ?
また右腕を掴んで引っ張られる。本当に強引な人だなぁ。
どう断ってもこの人はオレを連れて行こうとするだろう。
またオレが断ったところで、この掴んだ手を放すこともないだろう。
オレは相手にばれないように、小さくため息を零す。
本当は使いたくなかったのだが、仕方ない。もうこの手を使うしかない。
正直言うとあまり使いたくないんだ。
使った後、どうなるのかオレにもわからないから。
オレが困るような事態にならなければいいんだけど。
まぁそれはやってみないとわからないか。やれやれ……
「できれば変な力は使わないでいただきたいなぁ」
「……へ?」
さぁ、いつも通り『変われ』と願おうか、と思った瞬間だった。
おかげで思考が停止する。
見抜かれた? なぜ? わからない。この力を知ってるやつはいない。だから知られるはずがない。じゃあなぜ? 勘か? まさか。でもそれしかない。それ以外に当てられるはずがない
。
「鳩が豆鉄砲くらったみたいな、ってのはこういう表情を言うんだろうなぁ」
口の端をつりあげながら、先輩が八重歯を見せる。
「琉夏、悪ふざけしすぎだ」
不意にオレの後ろから、そう声が投げかけられた。落ち着いた女性の声色だ。
振り返ってみてオレは言葉を失う。
まず考えたのはバストサイズで、次に考えたのは彼氏の有無だ。その次くらいにはあの大きな胸を下から持ち上げてみたいと思った。
一瞬エセ行き倒れ先輩の彼女か? なんて思ったりもしたけど、なんか雰囲気がそんな感じじゃない。
純日本人的な綺麗な黒髪、当然長髪。背も高く胸もすごい。風船でも仕込んでるんじゃないだろうな? 制服が嬉しい悲鳴をあげてやがる。飛んで来いよ、胸元のボタン。
纏った雰囲気が凛としていた。たぶん背筋が伸びているのとさっきの声のせいだろう。
「にひひ、いやぁやっぱ面白いもん。同類に出会えるとさ」
「そうかもしれんが、お前のやり方はいちいち面倒なだけだ」
「面倒なことをしたからこそ、ああいう反応が見れるわけさね」
こめかみを押さえながら、ジャパンビューティーがため息をもらす。その姿がまたなんともさまになっているわけで。いちいち絵になる人だなぁ。
なーんて考えてる場合でもない。正直なところ話しの内容にはまったくと言っていいほど、ついていけない。なんの話をしてるんだ? このお二方は。わからん。
わかるのは彼女のバストサイズくらいなものだ。Dカップだな。
「あぁ、すまない。わけがわからないというような顔をしているな」
ような、ではない。断定形です。
「おねえさんは二年の滝遥輝だ。できれば名で呼んでくれ。性で呼ばれるのはどうも好かん」
こっちの先輩、遥希さんは良識人のようで自己紹介から入ってくれた。ありがたい。当然オレも自己紹介をしておくさ。それが礼儀ってもんだ。
「オレは吉野裕です。好きなように呼んでくれて構いません」
「わかった。こっちのふざけたバカも二年でお姉さんの幼なじみ、名は日野琉夏だ」
「よっろしくー、部長とでも呼んでくれ。ちなみにアタシの力はwhereだ! ゆーちんはなんだい?」
「は? うぇあー?」
「それはあとでもいいだろう。歩きながらでもできる話しだしな」
「でも気にならない? さっきこの少年はアタシに何をしようとしたのかさぁ」
「それよりもまずは理解を求めることからだ」
うーい、と返事を返しながら、琉夏先輩……部長? がしょぼくれたような表情をしてみせる。仲良いな、この二人。
「このバカのおかげで、なんとなく察しはついたんじゃないかと思うんだが、私たちは君と同じで普通じゃない。ちょっとした能力を持っている。君も人とは違うんだろう?」
「それは、まぁ……」
おそらく否定しても無駄だと思った。なぜかはわからないけど、オレが力を持っているのはバレている。
「私たちはそういう学生を集めているんだ。君の他にもあと三人いる。そいつ達にこれから会いに行くんだ。会って仲間になってもらう。まずは君に仲間になって欲しい」
「仲間? 仲間になってどうするんすか?」
正直オレ以外に変なヤツがいるってことにも驚きだが、それ以上にそんな連中を仲間にして何をするつもりなのかが気になる。
魔王でも倒しに行くのか? 最近どっかの街が魔王に滅ぼされたなんて聞いた覚えはないぞ。
「それは琉夏があとで説明してくれるさ。とにかく、君には是非とも仲間になってもらいたい。君も興味はないか? 自分と同じ部類の連中に。それに私達特有の悩みも話し合える仲間が欲しくはないか?」
「…………」
正直なところ、関わりあいたくはない。どうせ面倒なことにしか発展しないだろうからな。
だがしかし、それでもオレは興味を持ってしまった。
なぜなら自分と似たような連中というものに、今まで出会ったことが無かったから。
そしてそんな連中がいたら、いまより数段楽しいんじゃないか、なんて思ってしまったから。
昔から思ってたさ。オレの力はなんのためにあるのか、ってさ。でも誰にも相談できなかった。それが出来るようになる。それだけでも十分魅力的だ。
くうっ……揺れ動くオレの心。
部長は確かに見た目はいいかもだけど、キャラがキャラ出し心底どうでもいいけど、この遥希さんは超がつくほどの美人さん。アンド、おっぱい。
ちょうどいい機会ではあるし、せっかくお互い自己紹介をしたのだから、このまま仲良くなれたらなぁ、なんて考えないわけでもない。
「やはりこんな勧誘ではダメか? ダメ……だよな。さすがに怪しすぎるもんな」
ぬはっ! そんな上目づかいで見ないで先輩!
この視線を受けつつも断ることができる男なんて存在しない! 断言できるね。それくらい破壊力があるってことさ。
――えぇい、ままよ! なるようになれだ! どうせ帰ってからすることもないわけだし、部活見学する気もない。それならこのままこの人たちについて行くのも悪くないかもしれない。おそらく同類項なわけだしな!
あんまりごちゃごちゃ考えるのもオレらしくない。となればだ、答えはこうだ!
「わかりました……ついて行きますよ」
「ホントか! ありがたい!」
そう言って遥希さんはパッと、それこそ花が咲いたように笑顔を満開に咲かせるわけだ。
それがまた見惚れてしまうほどの素晴らしさ。横でにやけ顔の部長は無視だ。絶対思考を読まれてる。もしかしてそういう力じゃないよな。
「ま、時間も惜しいし、次のやつのところへ向かおうぜ!」
オレと遥希さんの腕を掴むと、部長は歩きだす。
今度は素直に連れて行かれるわけだが。
さてはて、これが吉と出るか凶と出るか。当然、オレには分かるわけもない。どんな結果でも、恨まないでくれよ、未来のオレ。
次の勧誘へ向かう途中、階段を上っている時のこと。
「よくオレが超能力者だってわかりましたね」
「そりゃー、お前さん、お姉さんだって超能力者ですよ。簡単に分かるに決まってるっしょー」
「え? じゃあ、部長の能力って一体」
「ここで問題です!」
オレの言葉を遮って、突然部長が切りだす。
「アタシの能力はどれでしょう。一、女の子のパンツの色が分かる。二、遥希のタンスの何番目の引き出しに下着が入っているか分かる。三、アタシが瞬間移動。どれでしょう!」
「あー……」
どれでしょう、って言われても超能力的な力なんて一つしかない。ま、答えを素直に答えても面白くはないし……
「じゃあ、二番で」
「ぬぁ! なぜわかった貴様!」
「え? 正解? マジで?」
「まぁ二番しかないよなぁ。問題簡単すぎたよぉ」
「ちょっと待て琉夏! お前ホントにお姉さんの下着の場所知ってるのか!」
「え? うん。そういう能力だし」
「たしかにお前ならわかるだろうが、なんで調べるんだよ!」
「いつか役立つかもしれないしねぇ」
「そんなことあるわけないだろう!」
「え? つーか、マジでそんな能力なんですか? もう超能力ですら……」
「なんだと! 別に遥希以外の女の子でもわかるぞ!」
「いや、たしかにそれはすごいんですけども」
超能力というにはなんとも微妙な能力だ。
「はぁ……騙されない方がいいぞ。コイツの能力でそれがわかるってことだからな」
なんだか傷心気味の遥希さんがため息交じりにそう教えてくれる。
「へ? それってどういう……」
「コイツは自分が探してるモノの場所が分かるんだ。人でもモノでもなんでもな」
「あー、なるほど。それで遥希さんの下着の場所もわかるわけだ」
「……まぁそういうことだ」
「あっはっはー、スゴイっしょー。なにか無くしても困らないんだぜぇ」
「オレはてっきり瞬間移動が正解だと思いましたよ」
「いやぁさすがにアタシが瞬間移動はできないなぁ。できたら便利だろうねぇ」
たしかにできたら便利だと思う。登校にかかる時間を考えなくてよくなるからな、いまよりも寝る時間が増える。できたらいいなぁ。
「ちなみに、人なら好きな場所に集められるんだぜよ」
「マジッすか。それ普通にすごくないっすか?」
「ふっふーん。見ていろ少年。そうだなぁ……」
部長が三階で立ち止まり、左右を見渡す。
「お、暇そうなヤツ、はっけーん」
近くにいた廊下で立ち話をしている一組の男子生徒を指差す。その二人は、これからどこに行こうかと相談中。
相手はこちらにまったく気付いていない。
「いっくぜぇ。そうだなぁ、女子テニス部の部室!」
部長がそう言うと、すぐに効果があらわれた。そりゃもうホント分かりやすいくらい。
「そうだ、テニス部の部室行こうぜ! もちろん女子の!」
「いいねぇ、着替え中だといいな!」
「あぁ、楽しみだぜ! 早く行こうぜ!」
「おぉ!」
……は?
なんだか嬉々とした表情で、スキップをするように彼らは階段を下りて行ってしまった。
「なぁ琉夏。もうちょっと普通の場所にしてやればよかったのでは?」
「いや、男なら覗きの一回や二回こなしておかなくちゃいけないとアタシは思う!」
「え? 今のって部長が?」
「あいやー。スゴイっしょ?」
いや、スゴイっていうかなんていうか。
彼らには手を合わせておこう。ガンバレ。
「実は君がこの学校に来たのも、琉夏の力が理由なんだ」
「え? でもオレなにかされた覚えないんですが」
「実際は指ささなくていいのさね。超能力者を探す。あ、いた。よぉし、この学校に集まれー、で集まるわけさ。特に強い意思がなければ無意識レベルで操れるっぽいのさ」
「でないと、この学校に超能力者が集まったりはしないだろう?」
たしかにそれもそうだ。一つの学校に超能力者が五人。普通ならあり得ない。
なんせ今までオレは自分以外の超能力者に会ったことなんかなかったわけだし。
「とりあえずそれで集まったのがオレたちだったってことですか」
「わけですよ。な、遥希」
「身勝手で悪いとは思うが、私も仲間が欲しくてな。すまない」
いえいえ、遥希さんが謝ることはないですよ。少なくとも、先輩に会えただけでオレはよかったと思ってますから。
「さて、次はどんな奴でっしょう。楽しみだっぜ!」
話しているうちに目的の場所に辿りついたようだ。場所は東校舎四階にある一年三組。
って、ここオレのクラスじゃん!
まさかオレのクラスに同類がいたってのか? オレが知らないのも無理はないか。今日から始まった高校生活なわけだしな。
「ごたいめー、ぶっふぉう!」
ご対面と言いたかったのだろう部長が勢いよく扉を開け放ったその瞬間、教室の中から何かが飛びだしてきて、激しく部長にぶつかった。
それはさながら地対地ミサイルのような威力で飛びだしてきた。
部長の体が、くの字に曲がったかと思うと、そのまま天井を仰ぐように倒れ込んでしまう。あの勢いなら仕方ない。
「時間通り! なのですよ!」
部長の上にちっこい女子生徒。なんだか部長の上で楽しそうにはしゃぎだした。
おかげで頭の両サイドで結われているちっさなツインテールまでもが、元気に跳ねまわっている。
あぁ、コイツか。はっきりと思いだしたよ。
自己紹介でひと際明るい、もというるさい自己紹介をしていた子だ。
「る、琉夏……この子が次のメンバーなのか?」
お? なんだか遥希さんが小刻みに震えている。
なんだろう、耐えてる感じ? 変な遥希先輩だ。
「あー、この子だねぇー。間違いなくこの子だ、かわええなぁ」
最後本音がポロリしたぞ、この人。
タックル喰らったってのに、どこか表情が晴れやかだ。
「ホント……かわいいな……」
遥希さんまでポツリと漏らしちまった。この人、かわいいの好き?
それはさておき、タックル少女だがさっき言った通り背が低い。
童顔のせいもあって実年齢より断然幼く見える。
背が伸びた時のことを考えてかサイズの大きい制服のせいで、着ているというよりは着られている感じがする。
あとはっきりと分かるのは、落ち着きのない子だな。さっきからずっと大きな瞳がらんらんと輝き、その瞳でオレ達に視線を送り続けている。
「えっと、たしか甲斐音々子だったっけ? 同じクラスだよな」
「ハイ、ネコとでも呼んでください! そして、そういうあなたは吉野ユウさん! そしてそして! この後あなたはこういうのです! 『オレはユウでいいよ』と!」
まぁたしかにそう言おうと思ってはいたが、先読みされるとは思わなかった。
ホントにテンションの高い子だなぁ。元気ロリッ子ポジションか。
「そしてそして! こっちの人が琉夏さん! こっちが遥希さん!」
ビシッビシッと部長と遥希さんを指差しながらピンポイントで名前を当てていく。
オレは同じクラスだからいいとして、なんで部長と遥希さんの名前まで知っているんだ?
「今超能力者的な生徒を集めてるのですよね! もちろん大賛成です! お友達ができるなんてうれしすぎです! ハッピーです! ふつつかものですが、よろしくお願いします!」
あいも変わらず部長の上に乗っかったまま、ネコは深々と頭を下げた。
「アタシ達が来ることを知ってたり、セリフから考えて、ネコは未来が見えてるっぽいねぇ」
「ハイ! ネコには視えます! 近い未来と近い過去が視えるのです! 好きな時に見れたり、勝手に見れたりするのです!」
「あー時間に関する力だねぇ、うん、名前的に都合がいい。whenの能力だな!」
「Whenの能力! なんかかっこいいのですよ!」
「でしょでしょ? やっぱり名前って大事だよなぁ」
「そうですね、ネコも同感です!」
なんだかすごくテンションというかノリが合うみたいだな。そもそもネコをおろさなくていいのか部長。しあわせそうだからいいのか?
「かわいいなぁ、ネコ……」
遥希さんは遥希さんでなんだか部長をうらやましげに眺めている。さも代わって欲しいみたいな眼差しだ。
オレ? オレは残念ながらロリ属性は微妙にしかない。
「とりあえずさ、もう話しは通じてるわけだし、次行こうぜよ」
部長はちょっと名残惜しそうな表情をしつつも、ネコにおりてもらうと先陣切って歩き始める。
それに続いたオレの後ろで遥希さんがネコに「手を繋がないか?」と小声で尋ねていたのをオレは聞き逃さなかった。
次に来た場所は音楽室。中からキレイなサクソフォンの音色が流れてきている。きっと吹奏楽部の誰かが演奏しているのだろう。
「綺麗な音ですー」
ネコがそう呟くのも納得で、それは本当に綺麗な音色だった。
こっちは素人だから詳しいことは言えないが、すごく心地いい音色だ。
「この中にいるのか?」
「おうさー、この中だな。とりあえず入ってみるかい?」
「もう演奏が終わるので、きっとすぐ出てきますですよ! ここで待ってるのもありなのです!」
「それならネコの言うとおりにしたほうがいいのではないか? おそらく中では吹奏楽部が新入生を歓迎していることだろうし」
なるほど、この演奏はそれか。
ってことはウチの学校の吹奏楽部はレベルが高いんだなぁ。
「あ、演奏が終わったみたいっすね。つーかネコの能力すげぇ」
そう言うとなんだか誇らしげに胸を反らしている。その姿に身悶えしている遥希さん。かわいい子のかわいい仕草が好きなんですね。なんとなくわかりました。
「たぶんもう来るのですよ! あーでもなんだか……」
ネコがそう言うのとほぼ同時に、勢いよく音楽室の扉が開いた。
どこか眠たそうな表情をしているポニーテールの女生徒が一人と、なんだか慌てながら出てくる上級生っぽい女生徒が一人だ。
慌てている方が無表情少女の腕を掴んで引き止める。
「お願い、吹奏楽部に入って!」
「……断ると言いましたが」
「そんなに演奏が上手いのに、入らないなんてもったいないわ!」
「……試しに見に来ただけ。初めにそう伝えました」
「あの演奏を聞いて黙って帰せるわけないじゃない! あなた中学でもやってたんじゃないの?」
「あの楽器には初めて触りました」
「嘘! ならあんなに上手く弾けるわけないじゃない!」
「……嘘じゃありません。嘘は嫌いです。私はもっと楽しいものを探しているんです。引き止めないでください」
どうにも入部するしないで揉めているご様子。
新入生と思しき子は断り続け、吹奏楽部の生徒は必死に引き止めている。
どうにも眠たそうな少女は本当に入りたくないようで、いくら断っても無駄だと判断したのか、さっさとまた歩き始めた。
このどっちかが仲間候補? どっちだ? 新入生ならたぶん眠そうな少女だと思うけど、そうとも限らないよな。オレは仲間集めとしか聞いてないんだ。
「琉夏、前のヤツだ」
「了解っさー」
部長がついっと前に出て無表情女子の行く先をふさぐ。っていうか、よく前の方だってわかったな。まぁどうせなんか超能力的何かなんだろう?
「……なんでしょう?」
か細い声、意識しないと聞き取れないような声量だ。蚊の鳴くような声って表現がぴったりだな。
「ちょーっくらお話があるわけでしてー。少し時間を貰っていいかな? 間違いなく楽しいと思うから。そうだね、ある日突然十二人妹ができるくらいには面白いはず」
それは面白いというより嬉しいことだな。しかもシ○プリかよ。オレも好きだけど。春○は誰にも渡さない。
「……亜○亜は私の妹です」
「OK、OK。なら○葉は貰って行くぜよ」
このご時世にシ○プリで会話が成立した、奇跡。
「……ではこれで」
「おうさ、またどこかで会おう、同志よ」
完全に目的を忘れてるな、部長。まぁすぐ思い出すだろう。
「じゃない! 違う違う! あっぶないゼよ、逃がすところだったぁ」
我に返った部長が行く手をふさぐ。
「……ふむ」
まったく表情を変えず眠たそうな瞳が、オレたちよくわからない集まりをなぞる様に眺めていく。何考えてるんだ? まったく読めない。
「ちょっと、その子は吹奏楽部に入ってもらうのよ! 邪魔しないで頂戴! 引き止めてくれたのには礼を言うわ」
吹奏楽部の女生徒はまた彼女の腕を取って連れ戻そうとする。
この学校には強引な人間が多いのか? なんて思えてくるね。
「あらヤダ、なんだかデジャブな気がするのゼ……」
デジャブっていうか、さっきのあなたですよ、部長。
「まぁいいや、ちょいとおぜうさん。アタシ達についてきてくれるなら、助けてあげるけど、どうしやす?」
「……取引ですか? 姑息な」
「まーそうなるっちゃーそうなるねぇ」
「……ふむ、参りましたね」
まったく困っていなさそうな表情で一言、わずかに開いた唇からそう聞き取れた。
彼女は吹奏楽部を見て、またオレ達に視線を戻す。
そして、意を決したのか、「よろしくおねがいします」と丁寧に頭を下げてきた。
きっと今彼女の脳内でオレたちと吹奏楽部が天秤に掛けられていたことだろう。
「取引成立さね。さぁいけ! 仲間第三号! まだ不明の能力者! ユウ!」
「えぇ! オレですか?」
いきなり過ぎるだろう!
「いやだって、さっきの状況と似てるしさー。もしアタシがされてたらどうなってたのか気になるんだもん。そのままトンズラする気だったんでしょう? なら今こそその能力を発揮する時さね!」
「いや、でもですね……」
こういう場合、オレの力はどうなるかわからないっていうリスク付きなわけで……って、そんなじーっとオレのことを見るな、部長! ポニテ少女まで真似してオレを見てくるな! そんな期待されるようなもんじゃない!
「ゆーちん、もうこれしかないんだよ。っていうか吹奏楽部員の視線が痛くてさぁ。あの視線はたぶん人殺したことあるよ、なんかそんな気がする」
さすがにそれはないだろうけど、たしかに視線が痛い。穴開くんじゃね?
こいつら何言ってるんだ? みたいな視線を体全身に浴びせてきている。
くそぉ……やるしかないのか? あんまり気が進まないんだがなぁ。
今日何度目になるかわからないため息をついて、オレは吹奏楽部員の腕を掴む。
あぁ、デジャブ。
さぁ、願うだけ。
『変われ!』
アニメや漫画みたいな派手なカットは期待しちゃいけない。えてして現実なんて、こんなもんさ。目ではわからないようなものばかりだ。超能力なんてな。
さて、どうなったかなぁ。変なことになっていないといいけど……
「ひやっはぁ! さいっこうに! ハイって感じさぁああああああああ!」
「あ、やべぇ」
仲間たち? が固唾を呑んで見守る中、なんの前触れもなく吹奏楽部員が両手を振り上げ、叫び出した。
この場のほとんど、つまりオレ以外の連中がビクッと体を震わせる。
無表情なポニテ少女まで表情が驚きに変わっている。
まぁ仕方ないよな。突然だったもの。
吹奏楽部員の変わりようは例えるなら、清楚なお嬢様から世紀末覇者へとジョブチェンジしちゃったみたいなもんだ。
「アッハッハッハッハ! 私ってばこんなところでなにしてるの! 今ならさいっこうの演奏が出来るのよ! 出来るにきまってるわ! ヒヤァッハアアアア!」とかなんとか叫びながら、不意にクラウチングスタートのポーズを取り、たいして距離がないにも関わらず全速力で音楽室に飛びこんでいった。
がしゃーんという、物がぶちまけられる様な音が音楽室からしたのは気のせいだろう。気のせいってことにしてくれ。頼む、謝るから。
とまぁこんなことになるから、人に対して使いたくないんだ。
「こ、怖かったですよぉ……」
ネコが震えている。
「えーっと、ゆーちん? 君は一体何をしたのかな?」
「いやまぁあれがオレの力でして、『何かを別のものに変える』能力です。いろいろ制限もありますけど」
形が似てないとダメとか、視界に入ってないとダメとかな。
人の意思に使うなら触れてないとダメとか、五分しか持たないとか、その他もろもろ。
さっきのは『入部させるっていう意思』が『最高の演奏が出来る自信』に変わったんだろう。たいていああやって度が過ぎる形で現れる。迷惑極まりない能力なわけだ。
「自分の望んだモノに変えられるのかい?」
「物なら形が似てれば可能です。人の意思とかの場合はできないみたいです」
「ほう、面白いなぁ。とりあえずゆーちんは……あーWかHで始まる単語……」
なにやら呟きながら部長が額に指を当てなにやら思案中。けれど、それも本当に短い時間だった。
「whatだ! ゆーちん、君はwhatの能力だ!」
what……何、か。なるほど、たしかにwhatかもしれないな。
「何かに変わるって点でそれは大いに的を射ている気がするっすね」
「だろだろ?」
得意げな表情を浮かべ、部長が快活な笑顔を向けてくる。
「……変なヤツ」
解放されたポニテ少女が、ジトーっとした目でオレを見ている。
まぁ普通は嫌う力だよな。自分がそうなる可能性だってあるわけだし。
――参った。同類だからといって嫌われないという保証はないんだ。
部長は気にしてなさそうだけど……オレはこっそりと遥希さんとネコに視線を送る。
しかし遥希さんは震えたネコを抱き締めて恍惚の表情を浮かべているし、ネコはネコでさっきの吹奏楽部員の豹変ぶりに驚くばかりで全然読み取れない。
これは気にしてないと受け取っていいんだよな。もしくは聞こえてなかった?
「……ま、私も人のことは言えませんけどね」
「へ?」
彼女が小さく俯いた時に特徴的なポニーテールが揺れた。
「……それで、シ○プリ的展開並みに面白いお話とはこのことですか?」
「おぉう、忘れてた」
忘れてたのか、部長。
「さっきの強引少女の話からして君は特殊な力をもっているのではないかい?」
「……そうですねぇ」
そう言って、彼女はしばし沈黙。
何も考えていないのではないかと思わせる眠たそうな表情で、少しの間ボーっと窓の外を眺めたあと、視線をオレに戻した。
「まぁ、初めて見たものでもそつなく使いこなしてしまうくらいですかねぇ。基本的には」
「すごい! それはすごい! なんでも? なんでもいけるのかい?」
「……今まで使えなかったものはありません」
たしかにスゴイ力だな。是非オレと力を交換してほしい。オレの力なんかより何倍も役立ちそうだ。
「ってことは問答無用で君の能力はHowだ! その方が都合がいいし!」
「Howですか」
「イエス! っていうか名前聞いてないねぇ! 名前はなんだい?」
「……相楽利里と申します」
「リリだな! 君に我がチームの隊員になる資格を与える!」
「……はぁ」
「さぁ是非ともにきてくれ! 我が隊に君の力が必要だ!」
いつから戦隊モノになったんだか。部長のノリはよくわからない。
「……それは……面白いモノですか?」
「そうだな、普通の高校生活よりは楽しいと思うぜよ。っていうか楽しくする。日曜朝のアニメくらい! それがアタシのモットーさね」
「……ふむ、プリ○ュア級ですか」
「まぁアタシはナー○ャの方が好きだったんだけどさ」
リリがまたまた視線をぐるりとオレ達に向ける。
品定めされてる気分だ。実際そうなのかもしれないがな。プリ○ュアとオレたちを見比べてるのか?
遥希さんとネコなら十分天秤に乗るだろうが、オレはどうだろう。自信はないな。
「……みなさん変な奴ですか?」
「みなさん変なヤツだゼよ!」
「あははー変なヤツー!」
部長を指差して笑うネコは自分も含まれていることに気付いていないと思う。
それがツボだったのか、やっぱり遥希さんはネコを抱き締めている。
「そうですね……わかりました。この命、お預けいたします」
「しかと預かったぜ! 任せとけ、アタシにかかれば毎日が楽しいゼ! なぁゆーちん!」
いや、まだ今日出会ったばかりのオレに振られても。
まぁなんだ、どう答えたらいいかわからないオレは「そうですね」と、返すしかなかった。
最後の一人は西校舎の屋上にいるそうだ。
当然、部長情報。ホントに便利な力だなぁ。
いいなぁ、オレの能力以外はみんなうらやましい能力だ。
っていうか、よく考えたら遥希さんの能力を聞いていない。どうせなんだし今聞いてみよう。
「私か? 私は、複数あるモノから自分の望むモノを当てることができる。選択肢式の問題とかなら百発百中だな。琉夏はwhichの能力なんて言ってたよ」
「whichですか。それはテストでものすごく役立ちそうな能力ですね」
「そうなんだろうが、あいにくテストでは使ったことがないんだ」
「へぇ、やっぱりズルになるのが嫌だとかそんな感じですか?」
「いや、そもそも選択肢のある問題で迷ったことが無いんだ」
「そ、それは……」
「テスト前にもちゃんと勉強してるからな」
オレなんかとは大違いだ。オレなら間違いなく使う。ソッコーで使う。当然勉強せずにな。
「私が望むモノが当たりになるから、かなり応用がきく。便利な力だよ」
なるほど、さっきリリが超能力者だってわかったのもその力のおかげってことか。たしかに、けっこういろんなところで使える能力なわけだ。
「さー、お話はそこまでだ! 最後の一人! これで全員が揃うぜよ!」
部長は意気揚々と屋上の扉を開け放つ。
温かな日差しが差し込んできて、今オレたちが上ってきた階段に穏やかな空気が運び込まれる。思わず眩しさに目を細めながら、屋上に入る。
フェンスに囲まれた屋上の真ん中に、少女が一人たたずんでいた。
頭の右側で結われた長い茶色の髪が特徴的だ。
そんな彼女にやはりフランクに話しかけにいく部長。
「やーやー、そこの少女! 話しがあるわ!」
部長の第一声で、彼女は初めてオレたちの存在に気付いた。ビクッと体を震わせてから、こちらを見やる。
それと同時にオレも我に返る。
大きな瞳がまっすぐにこちらを見つめている。
その瞳は澄んでいて、純真無垢という言葉がオレの頭のなかに浮かびあがった。
髪を結っている少し大きめの赤いリボンが、少女の幼さを引き立てている気がする。なければもうちょっと大人びて見えるはずだ。
「……な、なんだ!」
整った顔がすこし曇った。
けれど、さっきまで浮かべていた表情よりはマシだな。
オレの心から変な不安感は薄れた。
顔に似合わずぶっきらぼうな物言い。すこしこちらを威嚇しているような節さえある。
「ああいう子も悪くない……」
危ないセリフを遥希さんが呟いたのは、このさいだ、無視しておこう。
「我々は、超能力戦隊ヘンタイジャー! 君にはヘンタイピンクのポジションをプレゼントする! さぁ、仲間になろう!」
ヘンタイジャー? そのネーミングセンスはどうにかなりませんか、部長さん。
ヘンタイピンクってもう、日曜朝八時にはとてもじゃないが放送できそうにない名前だぞ。よくて深夜だ。
「ヤダ! そんな怪しい奴らの仲間になれるか!」
「なん……だと」
部長が膝から崩れ落ちていく。
普通に考えて今の勧誘の仕方はどうだろう。断られることを前提に聞いてるとしか思えない。そして誰が何色?
「ふむ、単刀直入な子だな。よし、私に任せろ」
二番手遥希さんが、崩れ落ちた部長の隣に立って勧誘を始める。
「私たちは君と同じ超能力者だ。君も自分と同じような力を持った友達が欲しいと思ったことはないか?」
オレの時と同じ勧誘の仕方。やっぱり自分と同じっていうのは安心する。オレだってその安心が欲しくて加わったわけだし。
遥希さんの言葉を聞いて、すこし少女が考え込む。そして、さらに考え込むそぶりをしてから少女は答えを出した。
「……ある」
「ふふ、そうだろう。なら是非仲間になって欲しい。そしてお姉さんと仲良くなろうじゃないか」
「でもヤダ!」
おぉ、まさかの拒否。
「なに?」
「お前、私にベタベタしてくるつもりだ! 抱っこされたり、チューされたりしそうだ! っていうかするつもりだろう!」
「な、なんでそんなことまで……」
「お前たちの考えてることなんかお見通しだ!」
遥希さん脱落。っていうかそんなことするつもりだったのか、この人。人は見かけによらないっていうが、まさにだな。
遥希さんはもっとクールなイメージがあったんだけどなぁ。なんか少しずつ壊れていくオレのイメージ。
「……まったく、先輩方はやり方がなっていません。私にお任せを」
三番手、リリの挑戦が今始まる!
「……考えてることがわかるということですので、おそらく心を読む能力。ならば、心を無にするまで」
キラン、と眼が光った、気がした。
スタスタとリリは彼女の方に歩いて行く。
まだ出会って一時間と経ってないせいもあるが、ただでさえ無表情で何を考えているのかわからないリリだ。
本当に心を無にするくらいやってのけそうだ。
これは期待できる!
「…………」
「な、なんだお前! 怖い! 近寄るな!」
お? あの子の一メートルくらい手前でリリが立ち止まったぞ?
「……さぁ読めるものなら読んでみやがれです」
相手に合わせたのか、すこし言葉遣いが乱暴になってるが、それでもリリの言葉は抑揚がないので怖くない。
半歩下がったまま、サイドテール少女はリリをまじまじと見つめる。あれで心を読んでるのか? だとしたらすごい奴だな。
「おぉ! 知ってる!」
不意に少女の瞳が爛々と輝いた。
エサを前にしてシッポをブンブン振っている犬みたいな、そんな雰囲気が体中から発せられる。
「わたしも知ってるぞ! コンビニの新発売のデザート! 抹茶のアイスとプリンのやつだな! あれは美味しかった! あとチョコがかかったフルーツのせプリンもよかったぞ! オススメだ!」
「……ほう」とだけ言ってリリがオレ達のもとに帰ってきた。なんだかやり遂げた顔をしている。
「お前は一体何をしにいったんだ! つか『ほう』じゃない。その『ほう』は何に対しての『ほう』だ! デザートを知っていたことか、それともやっぱり心を読まれたことか?」
「……前者です。彼女とは仲良くなれそうな気がします」
「なら仲良くなってこいよ! 何しに行ったんだお前は!」
「まーまー、カルシウムが足りてませんよ、ユウさん」
なんてマイペースな奴だ。なんだかツッコむ気力を一気に削がれた。
「次はネコ! ネコが行きますです!」
崩れ落ちた部長に乗っかって、勝手にお馬さんごっこをしていたネコが馬から降りて出陣する。
なんとなくだが、この挑戦は失敗する気がする。うるさいネコに、警戒してるあの子。この二人じゃどうにも合わない気が……
サイドテール少女は完全に警戒モードだ。相変わらずの半身状態。あんな攻撃力皆無にしか見えないネコにすら、警戒している。
いや待てよ。警戒すべきなのか、ネコの突撃能力は半端ないわけだし。
「あれ? あー! ネコは知ってます! あなたは海野美夕さん! おんなじクラスじゃないですか!」
そうなのか? ってことはオレとも同じクラスのはずだけど。
あんま印象に残っていないからか、はっきりと思い出せない。
ネコはうるさかったから、はっきりと覚えてたんだけどな。
「お前は、あのうるさいやつか!」
「みゅー、ちょっと傷つくのです……やっぱりネコ、うるさいですか」
「あ、いや、ごめん、そんなつもりじゃ」
「いいのですよー、慣れてるのです。それより! 同じクラスのよしみです! 仲間になってください!」
ネコが両手を振り上げて、ミユ? に抱きついた。名前のまんま猫みたいなやつだな。遥希さんに可愛がられてるあたり、もうマスコット的な立ち位置は確定だな。
ミユはこけそうになりながらもネコを受け止め、頭を撫でる。正直避けると思ったんだが、ミユはそうしなかった。
それが嬉しかったのか、ネコはなんだか満足そうだ。ほほえましい限りだな。
「お前とは、友達になれそうな気がする」
「ネコならお友達大歓迎なのですよ! お友達いないので!」
「うっ……」
オレは思わず目頭を押さえる。
なんていうか、ネコは言葉の端々が笑えない。まぁあの性格だし、やっぱ疎まれたりするのかな? 能力もあるわけだしな。
「じゃあお前とは友達だ!」
「はいです! となれば一緒に仲間になってくれますね!」
「……アイツは?」
不意にオレが指を指される。
アイツもオレは覚えていないらしい。
まぁ、そんなもんだよな。オレは変わった自己紹介をした記憶もないし。
覚えてもらえていない辺り、自己紹介の役目は果たしていないことが証明されたわけだが、新しいクラスでの自己紹介なんてそんなもんだろ?
「あの人も同じクラスですよ! 名前はユウさん!」
「…………」
なんだろう? 心を読まれている最中なのだろうか? まっすぐな瞳が、これまたまっすぐとオレのことを射抜いている。
「お前はわたしに似てる」
「ん? オレがお前に?」
「うん。似てる。だからきっと仲良くなれる……気がする」
オレとアイツが似てる? どのへんがだ? 特に似たようなところはないと思うんだが。
よくわからんが、せっかく仲良くなれそうだって言ってくれたんだ。それをないがしろにするわけにもいかないよな。
「そうか、それはよかった。これからよろしくな」
「うん。たぶん……みんなと仲良くなれると思う。みんな少し似てる。変な奴らだけど」
少し似てるか。まぁそれはたぶん同じ超能力者だからってことだろう。
そして変な奴らってのはオレ以外であってほしい。オレはこのメンツの中では割と普通だと信じたい。ひと際変な能力かも知れんが。
「つーか、やっぱりミユちんは人の心が読めるのかい?」
いつの間にか復活した部長が、オレの横にいた。いつ復活したんだ? この人。
「読める。あとそいつがどんなヤツかわかるぞ!」
「ならwhoだ、whoで決定! っていうかどんな能力だろうとアタシはwhoって言うつもりだった」
部長によりミユの能力名はwhoに決定したそうです。
とまぁ、そんなことよりもだ。
そろそろ部長に聞いておきたいことがあるわけで……
「とりあえず全員集まったわけですし、そろそろオレたちを集めた理由を教えてくれませんか?」
「おぉ、そうだね。全員揃ったわけだし……」
部長は、そそくさとフェンスの方へと歩き出す。そして全員が見渡せる位置に立つと、一つ咳払い。さっきまでとは違って真面目な面持ちだ。
「アタシは常々思っていた。なんでアタシは人と違うのか。みんなもないかな? なんで自分だけって思ったことが」
誰もそれに関して、返事をしない。それは、暗にあるということを示していた。
「アタシはさぁ、無駄なことってないと思ってるんだ。どんなことにも意味がある。アタシたちがこんな能力を持っているのにも、きっと意味がある。アタシはそれを知りたい。だから考えた。けど、答えなんて出なかった」
……オレも似たようなことを考えたことがある。
この微妙過ぎるオレの力に意味はあるのか? と。
「そこでアタシはみんなを集めた。一人で考えてダメなら、仲間を集めてみんなで考えればいい。一人よりも二人。二人よりも三人さ! それに仲間がいた方が楽しいよね?」
そこで部長の表情が戻る。ニィっと口の端を釣り上げ、満面の笑みを浮かべた。
「だからアタシ達はこの高校生活で、自分たちの能力をフル活用しながら楽しく力の意味を模索するの! 模索する傍らで、この学校のヒーローになろうと思います! 悩める生徒を救う正義の味方!」
正義の味方。
たぶん部長は、世の中に役立たせることで意味を見出そうとしているのだろう。
それは一人よりも二人、二人よりも三人の方がいい。
困っている人を救うための力か。十分すぎるくらいの理由だな。
「もう名前も決めてあります! Whatのユウ、whoのミユ、whenのネコにwhichの遥希、whereのアタシ、そしてhowのリリ。その名も『5W1H』だ!」
そう言い放った部長はやたら満足そうだ。たぶんチーム名を告げたあたりで『バーン!』なんて効果音が脳内で流れていたことだろう。
そもそも賢い読者諸君ならお気づきだろうが、『5W1H』の5Wにwhichはなく、正しくはWhyがある。
「それでもWが五個にHが一個だからこれでいいのさね。ゆーちん大事なのは柔軟性さぁ」とのことだ。
ま、別に困ることでもないから、小言みたいに文句をつけるつもりはない。
兎にも角にもオレたちはこうして集まったわけだ。
それがよかったことなのか、悪かったことなのか。
それを知ってるのは、未来のオレだけ……いや、もしかしたらネコはもうオレたちがどうなっていくか知ってるかもな。