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シグ  作者: 仁崎 真昼
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04 吹いたり広げたりはやったもん勝ち。

 次の日、シーはいつも通り登校した。

 家を出て煉瓦の敷かれている道を学校へ歩く。学校へ着くと、豪奢な学校の門を潜り、敷地内に侵入する。その後、グラウンドの横を通って下駄箱へ。下駄箱では靴を室内用に履きかえる。履き替え終えたら、廊下を通って自分の教室へ。

 そして、教室に入り、まっすぐに自分の席に向かい、座り込んで鞄を下ろした。

 いつも通りだ。

 シーは鞄の中身をもそもそとした動きで机の中に移すと、ふあ、と大きな欠伸をする。そして、いつも通り授業が始まるまで寝ていようとした、その時。

 一人の男子生徒がこちらを見つめていることに気付いた。

(あれは……グレイディールだっけ。何であんなにこっちを見てくるんだろう? 何かすごく不機嫌そうだし)

 シーは頭を捻って考えるが、グレイディールを怒らせるようなことをした記憶はなかった。いや、むしろグレイディールとの関係は良好だったはずだ。何せ、一緒にチームを組んで校内召喚獣大会に出ることになったのだから。

 結局理由が分からなかったシーは、いつも通り寝ることにして、机に倒れこんだ。

 教室で摂取する睡眠は、家で摂るものより質が悪いことは間違いない。ベッドや枕があるわけでもなく、周囲は生徒の立てる雑音で溢れかえっているからだ。しかし、シーは何故か、学校で寝た方が気持ちよく感じる。してはいけないことをしている、と背徳感を感じるのか。人が発する雑音が好きなのか。

 とにかく、シーは学校で睡眠をとることが好きだった。

 だが、シーの日課は本日に限って、妨げられた。それも、机の足を蹴られたことによって叩き起こされる、といった非常に乱暴な方法で。

 驚いたシーが伏せた顔を上げると、目の前には先ほどよりも更に不機嫌そうになったグレイディールの顔が。

「おはよう、グレイディール。不機嫌そうな顔をして、どうかしたの?」

 グレイディールの眉間のしわは更に深くなる。なまじ目つきが鋭いだけに、その顔はちょっとした威圧感を醸し出している。

「……何故それを真っ先に言いに来ない」

「ん? 何で?」

 グレイディールの不機嫌そうな呟きは、シーには理解できなかったようだ。グレイディールも思わずこめかみを指で揉んだ。

「俺たちは、チームを組むことにしたよな。昨日の放課後のことだ。覚えてるか?」

「うん。一週間で、あと三人集めるんだよね。頑張らないと」

「イコール俺たちはチームメイトだ。ここまで大丈夫か?」

「うん。大丈夫」

「ならば、会ったら挨拶くらいするよな?」

「……なるほど!」

 ぽん、とシーは手を叩く。その表情を見る限り、シーの中ではこの問題はしっかり解決したらしい。

 一方、グレイディールは本気で力が抜けそうになってしまった。シーが順序良く説明すれば理解してくれることは分かったのだが、その前に何故説明しなければ分からないのか、と呆れてしまう。先ほどまで感じていた怒りも、既にどこかへ消え去ってしまっていた。

 グレイディールがため息を吐きそうになるのを堪えていると、不意にシーの右手が目に入った。昨日まではなかったはずの包帯が、そこには巻かれている。

「お前、また怪我が増えてるじゃないか。またガス灯が爆発したりでもしたのか?」

「増えてないよ。数だけで言うなら絶対に減ってる。絆創膏が全部無くなってるでしょ」

 そう言って腕を広げてみせるシー。確かに細かい傷の数は確実に減っている。

「まだ治ってない傷もあるじゃないか」

「大体は治ってるはず。というかそんな細かい傷に、一々絆創膏を貼るのは勿体無いじゃん」

「そんなもんか?」

「そんなもんだよ」

 シーは大きく頷いて見せた。

 ガラン、ガラン、と時計等の鐘が鳴る。授業開始の合図だ。気付けば教室にはほぼ生徒全員がそろっていて、他のクラスからも帰ってきているようだ。

「おい、昼休みにやることがあるから、飯はその後な」

「りょーかい。僕はお弁当だからいつでもいいよ」

 教師が教室に入って来る。それを見たグレイディールも自分の席に帰って行く。

 一時間目は、数学――。



「きりーつ、しせーい、れーい」

「ありがとうございましたー」

 気の抜けた挨拶がまばらに起こり、午前の授業、計四時間が終了した。これから、生徒お楽しみの昼休憩が始まった。

 この学校は給食は無い。なので、昼食は大きく三グループに分けられる。

 まず、弁当組。家で昼食を(自分ではどうかは置いておいて)用意し、それを学校に持参するグループだ。シーとグレイディールはこのグループに属する。次に、学食組。敷地内に校舎から少し離れて建っている食堂を利用するグループだ。弁当組以外のほぼ全員、割合で言うと五割ほどの人間が属している。そして、購買組。家で弁当を用意しているわけではなく、食堂に行くわけでもない。購買でパンを買うことで昼食を済ませてしまうグループだ。

 食堂は美味しく、量が多く、種類が豊富だ。また、値段も学生の懐を考えてか、非常に良心的に鳴っている。それ故に生徒からの人気は高く、半数以上の生徒が食堂を利用する。ただし、あえて欠点を挙げるとするならば、食堂は訪れる生徒に対して、やや狭い。

 結果、昼飯時の食堂は大変混雑する。

「おい、出遅れるなよっ! この時間帯ならまだ間に合う!」

「了解!」

「不味い、二組の奴らは少し早く終わってるみたいだ! このままじゃ席が足りなくなるぞ!」

「落ち着けっ! 今日は三年が、全クラス体育館に集まっていた! ああいう手合いは長引くはずだ!」

「走れ、とにかく走るんだ!」

 学食組が声を掛け合いながら、教室から走り出そうとする。情報を集め、推察し、行動のための指示を出す。彼らの連係プレーはいつものことながら無駄が無い。

 この様子ならばいつも通り、彼らは席を取ることができるだろう。傍観するシーがそう思った直後だった。

「ちゅうも――――く!」

 教室に彼らの掛け声をかき消すほど大きな声が鳴り響き、学食組の足が止まった。

「学食組! これから一つの発表がある! 聞きたい奴は聞け! 購買組も弁当組も、飯が食いたい奴は消えろ! ただし、後から聞いてないと後悔するなよ!」

 そう言って教卓の前で腕組みをしているのは、鋭い目つきを片眼鏡で覆う黒髪の少年、グレイディールだった。

 クラスの空気が、若干張り詰めたものに変わる。先ほどまで学食へ走り出そうとしていた生徒も、グレイディールのほうへ向き直る。

 グレイディールは、クラスで率先して何かをするようなタイプではない。荒れたクラスを纏めようとするリーダーではないし、有用な意見を出してクラスに貢献することも無いし、笑いを取ってクラスを和ませようとするわけでもない。常にそれらを冷静に観察し、ただ黙っているタイプなのだ。

 話し合いに参加することは無いが、特に邪魔することも無い。どこにでもいる、いてもいなくても変わらない奴。それが、グレイディールの総合的な評価だ。

 ただし、グレイディールが弱気で引っ込み思案な奴ではないと、クラスの全員が知っている。馬鹿にするようなことを言われれば、その何倍もの毒を投げ返し、喧嘩を売られれば、躊躇なく買う。彼を一度でも虐めようとした奴は、彼が凶暴で、容赦が無く、攻撃的な性格をしていることを、身をもって体験していた。

 そして、グレイディールは今まで自分から動こうとしたことはなかった。そんな、二年三組の障らぬ神が、何かをしようとしているという。

 彼らは感じたのだ。これから何か面白そうなことが起こる気がする、と。

 皆の視線が自分に集まったことを確認したグレイディールは、呆けた顔で傍観者になりきっているシーに向かって視線を飛ばす。

「シー」

「……ん?」

 途端に視線はシーに集まり、シーはそれをきょとんとした顔をする。その顔は何故自分が呼びかけられるのか分かっていない顔だ。

 シーとグレイディールの視線が絡み合い、少しの間無言で見つめ合う。そして、険しくなるグレイディールの視線に対してシーが曖昧な笑顔を作ったことで、グレイディールははっきりと悟った。自分の意思が伝わっていないということを。

 仕方なしにグレイディールが手招きをすると、シーはなるほど、とばかりに頷いた後、ひょこひょこと小走りに近寄ってきた。

 グレイディールは少しばかり調子が狂うが、気を取り直してシーの襟首を掴むと、クラスの生徒全員に向き直り、言い放った。

「俺たちは、二週間後にある校内召喚獣大会で優勝する。メンバーの残り枠は後三つだ。人に自慢できるし多少は暴れることも出来るから、参加したい場合は俺のところまで来い」

 思わずクラス中の生徒が息を呑む。

 ヒューウ、と誰かが口笛を吹いた。

 総合修学旅行、校内召喚獣大会、文化祭の三つはこの学校では三大行事と呼ばれ、規模が大きく生徒からの人気もある(大きさだけならほぼ同等の球技大会もあるが、こちらは内輪だけで行う上に、スポーツの嫌いな生徒からはとことん人気が無いので、四大行事とは呼ばれていない)。また、校内召喚獣大会と文化祭は周辺の住民に対して公開されていて、大勢の見物人が来る。怖いもの見たさに周辺の住民は集まり、派手な戦いを期待して夢見る少年が集まり、終わった後の立食パーティー目当てに生徒も集まる。噂によれば、軍の関係者もこっそり来ていたりするらしい。

 そんな衆人環視の中優勝すれば、一躍有名人になることができるだろう。しかし、逆を言えば、無様な負け方をすればそれも語り草になるということだ。

 勝っても負けても有名人になる行事に進んで参加するのは、グレイディールの普段の様子から見て、あまりにも似つかわしくない行動だ。クラスのほとんどの生徒がそう思った。

 衝撃からいち早く復活したのは先ほど口笛を吹いた生徒だった。

「いきなり優勝だなんて凄い発言だな。自分の召喚獣に自信があるのか?」

「ある。去年の大会を見て、勝てると確信した」

 その問いにグレイディールは即答する。グレイディールは自分が勝つことを確信しているからだ。

 一人がしゃべったことにより他の生徒の硬直が解け、教室がざわめき始める。蜂の巣をつついたとまでは言わないが、生徒達が一気にしゃべりだした。

「おいおい、マジかよ。アレに参加する気かぁ?」

「わーお、すげぇ自信。って言うか、グレイディールってあーゆう行事に興味あったんだ」

「意外だよねー。……いや、そこまで意外なことでもないか」

「去年は例年より怪我人多かったハズ。何考えてんだ?」

「や、それより、シーが参加するんだ? そっちのほうがびっくり」

 先ほどとは別の女生徒が必要も無いのに挙手をして質問をする。

「何で暴れれるのは少々なん? 召喚獣の召喚も使役も制限無しでしょ? 相手方に恋人がいるー、とかじゃない限り、思いっきり暴れれるんじゃないの?」

 女生徒は首を傾げる。それに対するグレイディールの返事は、やはり単純明快だ。

「大会では基本、俺が暴れる。と言うよりは俺が暴れるために大会に出るんだから、まず俺に暴れさせてもらう。そんで、もし余った奴がいたならそん時は、好きなだけ暴れていいってことだ。簡単だろ?」

 その答えに再びクラスがざわめいた。あちこちで、あいつ一人でやる気かよ、という声が上がっている。

 大会のルールは毎年少しずつ変わっているが、参加人数は変わっていない。即ち、三人以上五人以下という、複数人での戦闘ということに変化は無いのだ。それを知っているいてなおかつ大会の厳しさを知っている生徒は、一人で戦うがどれほど厳しいことか知っている。だからこそ驚きの声が出たのだ。

 そこで、ふと思い出したように一人の生徒が声を上げた。

「そういえば……ゴドウィンたちも参加するって言ってたような。何か二年生で連合と作るって」

 それに対する反応は今までとは違い、皆一様に驚いた顔をしている。しかし、その中には先ほどとは違い、どこか納得している様子もある。

「なにぃ、本当か?」

「らしいよ。ヒデとかアースも誘ってるって」

 ゴドウィンは大変派手好きで、何か行事があれば真っ先に先頭に立ち、音頭を取るような人間だ。去年はシーやグレイディールと同じクラスだったので、二人もその性質はよく知っている。文化祭等での張り切りようなどは、見てて笑いが漏れ出そうなほどだったという。

 そんなゴドウィンだから、生徒に納得の色が混じっているのだろう。

 三組の生徒達は昼食のことなどすっかり忘れ、侃侃諤諤と意見を交わす。

「またまた派手なことしようとしてるんだろなあ。決め台詞に恥ずかしいことを叫ぶんだろなあ」

「誘われてるのって、どういう基準なん?」

「色々あって校内で守護獣を使ったことがある奴って、結構な数いるじゃん。そういう奴らの中で危ない奴を集めてるんだって」

「危ない奴危ない奴アブナイヤツ。……フィブ、お前は誘われてないの?」

「うん、誘われてない」

「マジかよー、フィブもゴドウィンチームに入るって!」

「クララは?」

「あたしぃ? あたしは別のチームに誘われてるからぁ、そんな野郎臭いチームには参加しないわぁ。ってゆうかアタシのこと危ないっつったかコラ」

 話題はどんどん迷走をして行き、何故か乱闘まで起きそうな様相を呈している。すっかり話題を取られてしまったグレイディールはどこか憮然とした表情し、シーはそれらの様子をぼんやりと眺めている。

 また別の生徒がグレイディールに質問した。今度は男子生徒だ。

「はいはいはーい、んじゃ、グレイディールのチームの参加条件てあんの?」

「……ある」

 グレイディールは若干、言うことをためらった。しかし、右横に従えているシーをちらりと一瞥すると、傲岸不遜に条件を提示した。

「俺のチームに入ったなら、俺の指示に従え。それが条件だ」

 ことさら仏頂面でそう言ったグレイディールに、さまざまな反応が起こる。

「なんだそれ、横暴だぞー」

「知らん。入った奴はの話だ。それでもいい奴は入って来い」

「うわぁ、グレイディールって本当に俺様な性格してるねー」

「どういう意味かは知らんが、言いたいことはなんとなく分かるぞ」

「ねえ、ワタシ、グレイディールのチームに入りたいわ!」

「……言い忘れてたな。参加条件にリュウホウ以外という条件を付け加えておく」

 遠回しに参加を断られたリュウホウは、握った拳を振り下ろし、なんでよぉ! と悲鳴を上げた。

 不満、呟き、応援、質問、文句、賛同。グレイディールは寄せられる声に一問一答で答えて行く。

 この学校の生徒は皆、お祭りごとが大好きだ。ビッグマウスで皆を楽しませる奴には花丸、馬鹿なことをして笑いを取る奴には拍手、無茶で無謀な挑戦を敢行する奴には賞賛を贈る。ノリさえよければ全てを許す。それが校風だといっても過言ではない。

 グレイディールに押されていた、よくわかんない奴、という評価が、今、中々面白い奴、に書き換えられた。

 話が一段楽したところ、突然、一人の生徒が立ち上がった。

「グレイディール!」

 今まで一度も発現していなかった生徒、シー曰く、良い人だけど死んでほしい奴、アースが立ち上がった。

「シーは納得しているのか?」

 アースの表情は硬い。その整った眉にしわを寄せて、詰問するようにグレイディールを見つめている。

 グレイディールは虐める方か虐められる方かと問われると、確実に前者の性質を持っている。一方、シーは確実に後者の性質だ。少なくとも三組の生徒達は、そう認識している。そして、先日まで交流があったわけでもないそんな二人が、一緒に何かすると言う。それを傍から見ている生徒はどう思うか。

 シーが何かを強要されているそぶりがあるわけではない。しかし、一応それを確認しておかなければ、正義の味方と揶揄されることすらあるアースの気は済まないのだ。

 アースとグレイディールとの間に、剣呑とした空気が流れる。クラスメイト達も思わず黙り込んで、事の成り行きを見守った。

「シーは――」

「ねえ、何でそれをグレイディールに訊くの? その質問って、普通本人にするものなんじゃないの?」

 グレイディールはその問いに答えようとするが、それよりも早くシーが答えた。

 予想外の展開にアースは困惑しながらも、真面目に答えようとする。

「……それは」

「僕が参加を強制されてるとでも思ったの? 僕が虐められて、いいように扱き使われてるとでも思ったの? それ全部君の勝手な妄想だけど? 確かに強引に押し切られた感じはあるけど、僕は自分からやるって決めたんだ。何も分かってないのに憶測だけで物を言うのは止めてくれないかな。そんなことばっかしてるから、偽善者なんて呼ばれるんだよ? ……くそ、これだからイケメンは」

 最後の部分だけは小声で呟くようにしながら、シーは辛辣な言葉を吐きかけた。

 アースは酷く驚いた顔をしている。いや、アースだけではなく、比較的シーと交流がある生徒も、他の生徒も、グレイディールさえ驚いた顔をしている。

 それも無理も無いことだ。アースに面と向かって偽善者と言い切った生徒は、おそらくこれが始めてだからだ。

 アースは味方は多いが敵も多いタイプなので、陰口を叩かれることも少なくはない。しかし、そういう輩は陰口を叩くことしかせず、直接言うほど勇気のある奴はいない。アースの味方側の連中も、アースの功績が輝かし過ぎて目が眩むのか、アースの行動に関しては盲目的だ。多少アースが間違っていたとしても、咎めようとはしない。いや、自分ごときがそんなことは、と咎めることができない。

 そんなアースに、シーは堂々と言ってのけたのだ。お前は間違っている、と。

 実際は、シーはただ単にアースが癇に障っただけである。その弱いものを守ろうとする態度が、被害者を哀れむような目つきが、その整った顔立ちが、腹立たしかったのだ。つまりただの癇癪である。しかし、生徒達はシーの発現がグレイディールを庇うためだと思い込み、グレイディールでさえそう思いかけた(グレイディールには最後の言葉がきちんと聞こえたのだ)。

 ――『シーは男の中の漢説』が新たに誕生した瞬間だった。

 アースは目を見開きながらも、潔く自分の非を認める。

「……済まなかった。僕の邪推だったようだ」

「分かればいいよ、もうしないでね」

 腹立つから、と早口で言ったことも、やはりグレイディールにしか分からなかった。

 なんとも微妙なものとなってしまった雰囲気を立て直すために、一人の生徒が無理やり明るい声を出した。

「い、いやあ、シーもやる気だなんて驚いたな! ま、やりたいだけやればいいと思うよ!」

「え? ……あんまやりたくないんだけど」

「ちょ、さっきのくだりの意味は!?」

「え?」

 本当に何の話か分からない、とでもいうように、シーは首を傾げる。

「いや、きっとやりたくなくてもするだけの見返りが何かあるんだよ! ね、そうだよね? シー」

 咄嗟にどこからかフォローが入る。入ったことは入ったのだが、それはあまりフォローになっていない。シーは急に話を振られても、と困惑している。

 少しの間頭を捻ってみたシーであったが、結局答えは見つからず。

「あるの?」

 グレイディールに助けを求めた。

 いや、人に訊くなよ、と生徒達のほとんど全員がこことの中で突っ込みを入れたが、それはあくまで心の中のことで、シーには微塵も影響を及ぼさなかった。

 たらいまわしにする形で質問をされたグレイディールは、やはり少しの間考える。そして、教室全体を見回した。

「あるぞ」

「はいはいはーい、先生、それはなんすか?」

 間髪いれずに質問が投げられる。質問の主は、先ほど質問をした男子生徒だ。

 グレイディールはこほん、と一つ咳払いをすると、それを話し始めた。

「校内召喚獣大会は出場者が全員生徒だ。それだけに色々と縛りがある。生徒が死んでしまうような攻撃は原則として禁止。フィールドは狭く設定され、卑怯なことをさせない(学生らしくする)ために基本人の目がある状態で戦わされる。それに、ドクターもわんさかだ。賞品も例に漏れず、賞金なし、賞品なしで、貰えるのは勝者の名誉やらと薄っぺらい賞状だけだ。ここまではいいか?」

 生徒達は全員が真面目な表情で聞いている。身じろぎをする音さえ聞こえず、授業中であってももう少しうるさいだろうと思えるほどだ。

 ほぼ全員が真面目に聞いていることを確認したグレイディールは、(若干呆れながらも)続きを話す。

「学校が主催し学生が出る大会で、金銭などを取り扱うのは不健全だ。だから賞品は名誉と賞状。真っ当で正しい考え。至極結構な意見。学校側が外向きに作った建前だ。――しかし、これはあくまで建前の話だ」

 そこでグレイディールは一度話を切ると、教室をぐるりと見回した。

「聞いたことは無いか? 勝った奴らが所属していた部活動に、軍から補助という名の多額の部費の追加があったという話を」

 主に部活を真面目に行っている生徒達から、どよめきに似た驚きの声が上がる。それほどグレイディールの発現は、意外で衝撃的だったのだ。

 驚きに目を見開く一人の生徒がうわごとのように呟いた。

「先輩達が言ってたあの噂は本当だったのか……」

「な、何の話だ?」

 その生徒と仲の良いであろう生徒が先ほど呟いた生徒に詰め寄る。詰め寄られた生徒は少しだけ口に出すのをためらいながらも、自分が聞いた話をした。

「いや、笑い話みたいな感じで小耳に挟んだだけなんだけど、先輩がグレイディールと似たようなことを言ってるのを聞いたことがあるんだ。なんだか嘘っぽい話だよなって……」

 自信なさそうに言いよどむ生徒の言葉を、グレイディールが断定する。

「事実だ。残念ながら無所属の奴には何も無いが、補助の総額は百万田。それを優勝チームのメンバーの所属している部活に、均等に割り振られる。どうだ、部活をしている奴らには魅力的だろう?」

 部活をしている生徒は思わずごくり、と唾を呑む。グレイディールの横にいるシーも、百万という金額を聞いて目を丸くしている。

 五人全員がそれぞれ一つずつの部活に入っていたとしても、百万割る五の一部活あたり二十万。正規の部費以外にそれだけの収入があれば、ありがたいことこの上ないだろう。基本、部費というものはあって困ることはなく、大抵の部は万年金欠状態なのだから。

「……部費の援助かよ」

 そこで、ぼそりと呟く文句がグレイディールの入った。その生徒は面白くなさそうそうな顔から察するに、おそらく部活に入ってないのだろう。

「それじゃ、俺らにとっては意味が無いのと変わらねぇな。だって――」

「そして」

 しかし、グレイディールの話は終わってはいなかった。自分の話しをしようとする生徒の話をぶった切ると、強引に自分の話を始める。

 面白くなさそうな生徒の顔は更に機嫌の悪そうなものへと変わるが、グレイディールは全く気にしない。その生徒も抗議をしようと席を立ちかけるが、他の生徒は黙って聞いているのを見て、乱暴に椅子に座りなおした。

「そして、さっきのを裏のルールだとするならば、その更に裏のルールとも呼べる慣習が存在する。こっちは更に知っている奴は少ないだろうがな」

 知っている奴は少ない、という言葉を聞いて、若干名が目を輝かせる。

「それは、全員が無所属だったり、補助が必要の無い場合に行われる特別ルールだ。その補助を寄付という形で生徒会に丸々贈ることで、一回限りの生徒会への強烈な発言権が得られる」

 今までで一番大きいざわめきが、波のように生徒達を伝播して行く。それはほぼあり得ないことだからだ。

 生徒会はそこまで権力を持った組織ではない。しかし、お祭り好きな奴等が多いこの学校で、行事に対して干渉する権利を得られるこの組織は、非常に人気がある。それだけに、生徒会に入り何かの役職に着くことは、大変困難なこととなっている。

 毎年、一枠の役職に十数人の立候補者が立ち、選ばれた一人以外は涙を呑んで諦める。そうして選ばれた人は、しかし、不正や悪行をなせばすぐリコール。自然と愚かな真似をする生徒はいなくなって行く。

 選ばれし者(人気者)達の組織。外部からは干渉できない組織。

 そんな生徒会に例え一度限りでも、一介の生徒が口出しできるのだ。

 くい、とグレイディールは片眼鏡を整えた。

「生徒会はいつでも金のやり繰りで困っている。集める手段はあまり無いくせに、やれ大会だ、やれ祭りだと支出は多い。参加経験のあるものなら知っていると思うが、部費の争奪戦など本当に戦争状態だしな。本来ならば生徒会への賄賂は意味がないが、これは裏の裏とはいえ学校公認、いや、黙認のルールだ。そりゃあ、百万も贈ってくれる人がいたら救世主だぜ」

 先ほど文句を言った生徒が、再び立ち上がり、叫ぶ。

「で、でも、そんなことできたからって何になるんだよ!」

 しかし、そんな必死の抵抗もグレイディールには鼻で笑われる。

「考えてみろ。修学旅行についての決定に口を出すことができるなら、旅行の日にちを決めることも、行き先を決めることも、自由自在だ。無理なことはたくさんあるが、それでも十分だろう。修学旅行だけでは無いぞ。球技大会の種目を増やすこともできる。卒業式の趣向をいじることもできる。来年の立食パーティーをお菓子だけにすることだって可能だ。これでもメリットが無いと?」

 それは人によるんじゃないかな、とシーは思ったが、不思議なくらい緊迫した空気をきちんと読み、苦笑いを抑えるような顔をして黙っている。何故かクラスの生徒の九割は、これ以上なく真面目な顔をしている。

 今度は、異論を唱える生徒はいなかった。

「俺たちは、勝つ。ノミ屋をやってる奴ら、俺たちに賭けるなら今の内だぞ」

 ――因みに、言うまでもない事だが、賭博行為は違法だ。


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