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シグ  作者: 仁崎 真昼
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02 何だかんだで押しには弱かったりする。

「よし、お前に決めた」

「……何が?」

 きょとんとした顔の茶髪の少年と腕を組んでふんぞり返っている黒髪の少年が、互いにじっと見つめあう。因みに、二人ともそういう趣味は無い。

 二人は薄いシャツに暗い色の長ズボン、更にその上に黒いケープを羽織っている。これはこの学園の制服で、二人がお揃いの服装をしているということはつまり同じ学園の生徒だということで、ついでに言えばここは、教室だったりする。

「何がって、今の時期ならそう多くの選択肢は無いだろ。少しくらい頭を働かせろ、愚図が」

 そう言って黒髪の少年は片眼鏡の鎖をいじる。その態度にすかした雰囲気は無く、眼つきは無駄に鋭い。

 一方、何気なく罵られている茶髪の少年は、困惑したように眼に当てたガーゼを撫でた。

「えーっと、その前に君の名前を知らないんだけど……」

「はあ!? クラスメートだろ! 何で覚えて無いんだよ!」

「自分が世界中の人に知られてると思うのは自意識過剰だよ」

「そんな規模のでかい話はしてない! 毎日同じ教室に通っている奴の名前くらい覚えろ」

 いまいち噛み合っていない反応をする茶髪の少年に、黒髪の少年は吐き捨てるように言った。

「俺の名前はグレイディール。覚えたか、覚えたよな、覚えろよ!」

「長い名前だね。最後の台詞も何だかちゃちな雑魚キャラみたいだ」

「……良い度胸してるな」

「それほどでも」

「褒めてない、皮肉だ」

「ありゃりゃ」

 茶髪の少年はやってしまった、とばかりに額を叩いて見せた。それを見たグレイディールは額を引きつかせる。どうやらグレイディールの堪忍袋はあまり大きくないようだった。

 グレイディールが怒りを押し殺しながら話を元に戻す。

「で? 何の話かは分かったか? 『黒い糸のシー』?」

「やだなぁ、何その恥ずかしい名前。君、誰からそんな呼び名を聞いたの?」

「学校中の生徒が知っている……ではない。話を逸らすな」

 再び逸れそうになる話題を、グレイディールは素早く戻す。シーのテンポにあわせて会話をすると、おそらくまともに目的の話ができない。グレイディールは早くもそのことを学んだ。

 最初の話題を思い出して頭を捻り始めたシーを横目に見ながら、グレイディールは頭を悩ませる。

(おいおい、本当に噂通りの奴だな。何故か眼が合わないし、会話が進まないし……)

 シーは左眼にはガーゼを当て、左の二の腕には包帯を巻き、体のあちらこちらに絆創膏が貼られていて――要するに全身傷だらけだった。ついでに言えば、シーはどこかが完治すると同時にどこかを怪我していて、全く怪我をしていない日は無い。絶対に死神か何かと縁がある、という意味でつけられた、『黒い糸のシー』というあだ名の由来である。

 シーが手をポンと打ち付けた。

「あ、ひょっとして一緒にお弁当を食べようかっていう」

「違う。断じて違う。絶対に違う。そんな気持ちの悪い誘いは全くしていない」

 叫ぶグレイディールを不思議そうな顔で見つめるシー。その顔は他に何かあるのだろうかと本気で考えてそうだ。いや、実際に考えている。

 グレイディールはその様子を見て、自分で思いつかせることが無理そうだということを悟った。

「っ――もういい、本題に入るぞ! あれだよ、あれ。校内召喚獣大会」

「あー、はいはい、あれね」

 校内召喚獣大会。トライハル中等学園の大規模な行事で、全学年から有志が集まって競い合う。召喚獣というのは正式には使役生物と言われていて、裏世界と呼ばれる世界から召喚されるといわれている生物だ。召喚は、一般的な人ならば全員ができる。

 校内召喚獣大会では、生徒同士でこれを戦わせる。

「あれかー。公共の場所で精霊型以外を召喚すると眉をしかめられるこの時代に、生徒同士に殺し合いをさせるとか言う時代錯誤なヤツだよねー」

「おま、殺し合いはしないぞ。そんなことしたら保護者連からどんな苦情が来るか分かったものじゃないだろう」

「あれって、毎年校庭の被害とかものすごいよね。焦げたり水浸しになったり穴が空いたり大木が生えたり。修繕費用もかかる。参加する生徒も少ない。続けていることについて、反対している人も少なくは無いと思うんだけどなぁ」

「それはそうだが、この町を盛り立てるために一役買ってるだろ。反対している奴はもちろんいるだろうが、それと同じくらい楽しみにしている奴もいるから続いているんだろう」

「いくら治療師がいるっていっても大怪我する子は多いし、再起不能になる子もいるし……。大戦期はとっくに過ぎたっていうのに、伝統とやらいつまでも大切にされるなんて。悪しき風習ほど長く残るっているのは本当のことだよね」

 シーはここぞとばかりに言いたいことを口に出す。しかし、ずべて事実なのだからグレイディールの反論は弱かった。

 二十年ほど前に全世界の半分以上を巻き込む大戦があった。その時代ではそれぞれの国が戦力を求め、使い手によっては特大の戦力になる召喚獣は、当然のごとく軍事利用されていた。

 召喚獣は使役すればするほど強くなり、他の召喚獣を食うことで加速度的に強くなる。そうした世界のルールから、各国では日ごろから召喚獣を使役することを推奨し、この国でもその例に漏れなかった。今でこそそういった風潮は減ってきているものの、いまだに残っているものは残っていて、それらの一つが今回の行事である。

 ここでやっとのこと現状を理解したシーは、頷きかけた後引きつった声を出した。

「えっと、つまり……」

 初めてグレイディーンの顔に笑顔が浮かぶ。それはガキ大将のような笑顔で、悪戯っ子のような笑顔だ。

「おう! 俺と一緒にチームを組んで、大会を制覇してやろうじゃないか!」

 輝かんばかりの満面の笑み。

 シーにとっては厄介の種。

 シーは突発的な事態にとてつもなく弱い。シーは混乱を抑えるために手をわたわたと振りながら、情報を整理するための質問を連射する。

「き、危険だよ。危ないよ。守護獣を全力で戦わせるなんて、ただの野蛮人だよ」

「お前なあ、法律やら規則やらで雁字搦めなせいで、普段全く使えない召喚獣を、全力で戦わせることができるんだぞ? 怪我をするからってびびりまくってちゃ、使う機会なんて全く無いぞ」

 グレイディールと書いて戦闘狂と読んで馬鹿という意を表す。シーの辞書に新たな言葉が加えられた。

「ぼ、僕以外に強い人なんてたくさんいるよ? ほら、ゴドウィンとか」

「あいつの恥ずかしネーミングに付き合ってられるか。戦闘中にパーフェクト・ジェノサイド・ダークネースッ!! とか叫ばれたらやってられん」

 ゴドウィンは隣のクラスの主席。聞いてて背筋が痒くなるような台詞を多用する。

「それじゃヒデ! ヒデはどう?」

「あの妙な髪型を何とかしてくれたら考えないことも無い。角のような突起のような触手のような例のアレをな」

 ヒデはその更に一個隣のクラスの生徒で、基本的に常識人で知られている。その髪の毛を脳天でまとめた特徴的な髪型以外は。

「クララは? フィブは? リュウホウは?」

「クララは化粧が濃すぎるんだよ。あの香水のにおいとか最悪だし。却下だ。フィブってあいつ嘘しか吐かないだろ。まあ、徹底しすぎているせいでやりようも無いことは無いけど。却下。リュウホウは……駄目だ。あいつ前俺の尻を撫で回してきやがった!」

 使役生物が強力なことで有名な生徒は、全てグレイディールのお眼鏡には適わないようである。といっても、グレイディールが特別おかしいわけではなく、単純にそれぞれの個性が強すぎるせいなのだが。

「ならっ! アースがいるじゃん! 我らのヒーロー、正義の味方!」

 シーもあまり交友関係が広いわけではない。というか狭い。なのでこれが、最後の当てだ。

 アースは二人と同じクラスの生徒の一人で、ヒーローとも正義の味方ともスーパー善人と呼ばれる完璧超人だ。頭が良く、運動が得意で、人に優しく、いつでも毅然としていて、弱きを助け、強きをくじき、善を勧め、悪を懲らしめ、その上で誰にでもやさしく接している。ほんの少しだけ欠点はあるが、それを補って尚余りある魅力を持つ、天才だ。

 少しの無言の後、グレイディールが呟いた。

「あいつは駄目だ。イケメンは死ねばいいと思う」

「――確かにね」

 不覚にも頷いてしまったシー。

 アースは十人に聞けば十人が見目麗しいと答えるぐらいの美男子なのだ!

 しかし、シーもすぐに気を取り直して、続ける。なにせもしこれで反論できなかったら、意志の弱い自分は引き摺られてしまうことを、嫌と言うほど理解していたからだった。

「けど……けど、僕弱いよ? やる気とか全く無いし、特に頭が言い訳でも無いし。……そもそも、僕の守護獣のこと知らないでしょ」

 焦点の定まっていないシーの視線が一瞬だけグレイディールの位置でピントを合わせる。僅かな――瞬きをしていれば見逃すであろう僅かな間だが、その眼には警戒が宿っているように見えた。

 おそらく最後の反撃であろう言葉に、グレイディールはにやりと笑う。

「召喚獣のことは後で知ればいい。強いかどうかもどうでもいい。重要なのはお前が馬鹿じゃないことで、お前にやる気が無いことで、俺の指示をきちんと聞いてくれることだ。……その点で言えば、お前は合格点だぜ?」

 その言葉に対してシーは反論ができない。何故なら、今こうして話を聞いてしまい、追い詰められている気分になっていることが何よりの証だということを、自分でも理解してしまっているからだ。

 グレイディールの発言にはシーにとって何の強制力も持たない。その上、グレイディールは最初からシーの意見を聞き入れる気など無い。それを薄々と分かっていながらも真面目に反論を考えているシーには、初めから逃れる術は無かった。

 シーは諦めた。

 グレイディールの言葉を完全に信じるわけではないが、彼が自分に特別な何かを期待しているわけではないことは理解できたからである。それならば、自分が絶対にできないであろう無茶な指示はされないだろうと読んだのだ。

 最後に少しだけ、シーには聞いておかなければならないことがあり、それを確認する。

「僕は、あんまり役に立たないよ」

「問題無い。基本的には俺一人で片付ける」

「僕が君の指示に従うことはかまわないけど、あんまり危ない指示だったり、僕がどうしても嫌なことは無視するよ」

「そこまで危険なことはさせないし、指示に従わないのは困る……が、まあ、多少の命令無視なら許そう」

 その二つを確認したことで、やっとシーは落ち着きを取り戻した。そして、再び自然体に戻ると、最後の質問をした。

「分かったよ。じゃ、これから何をするのかな?」

 了承の返事を聞き、グレイディールもにやりと笑う。

「まずは、生徒会室に行くぞ」

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