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おうさとじんの短編集。  作者: おうさとじん
異世界シリーズ
4/7

鍛冶屋さんと私

9/23 誤字修正


冬と言う字にゲシュタルト崩壊を起こした。


*注意事項。

普通にえっちぃ意味でR15なので、気を付けてください。

もうR15の基準って「高校生ならこれぐらい読んでも平気かな」でいいかな?いつもラインに悩むんだよね。

でも「ウホー!」ってなるR15じゃないので期待はしないでね!

 世界の広大さに敬意を、時には畏怖を持って敬われるこの世界には、まだまだ未知が溢れている


 ここは、豊かな自然に恵まれた人と動物が幸せに暮らしている世界

 木々は青々と生い茂り、自然を大切にする人々が楽しげに語らう世界


 道は森へと続き

 優しく人々を受け入れる


 空は見果てぬ夢を描き

 温かく人々を見守る


 そう、ここは私たちが暮らす世界とは違う世界

 けれど、ほんの少しだけ、私たちの暮らす世界と似た世界


 ――これは、そんな世界の小さな国の小さな物語――





 冬樹ふゆきは自分の名前が嫌いだった。


 まず、冬と言う字が入っている時点で寒々しい。しかも苗字が雪村ゆきむらなのだ。

 <雪村冬樹>名前を見ただけで凍えそうではないか。

 年明け、雪が降る一歩手前の年一番の寒さを観測した日に生まれた。

 母は、雪とか雨とか少しアンニュイな気分にさせるものが大好きだったそうで、嫁いだのが「雪村」じゃなかったら、「雪乃」とか名付けたかったそうだ。

 苗字にも名前にも雪が入っているのはさすがにまずかろうと思っての「冬樹」だそうだが、それならそれで、「冬乃ふゆの」とか「冬花とうか」とかでいいじゃないか。いや、スタンダードに「冬子ふゆこ」でもいい。なんで寄りによって「冬()」なのか。


 冬樹は自分の名前が嫌いだった。


 寒いのが嫌いなのに寒々しい名前であることよりも、誰が見ても男の名前だと思われることが一番の理由だった。

 そう、冬樹は女だった。





 (さ…寒い……?)

 何かがおかしいと感じる。電気毛布に包まってぬくぬくと寝ていたはずが、妙に寒い。

 五月も終盤に入り、さすがに暑さで布団を跳ね上げてしまったのだろうか。

 手探りで布団を探すが、何かのツルリとした感触しかしない。しかも、その触れた何かが異様に冷たい。

 頑なに目を閉じていたが、歯がガチガチ言い出したのもあって冬樹はそろりと目を開けた。


 「……目を開けると、そこは雪山でした……」

 咄嗟に口を付いて出たのは、有名な小説の一文をもじったもの。

 「…な……なんで、で、で……」

 寝ぼけた頭ではなく、寒さを感じ取っている体から危険信号が出始める。それが、これは現実だと訴えかけているので夢だと思わせてもらえない。

 「なな、なん、んで……」

 制御不能の体全身の震えで、うまく言葉も出てこない。ここが雪山であると、状況を確認した途端に体が高速で生命維持に努めようとしだしたのだろう。ただし、シバリングは急速にカロリーを消費するのでここでガタガタ震えるだけではいずれ「寝るな!寝たら死ぬぞ!」状態になることは明白だった。

 未だ寝そべった状態だったので、必死になって立ち上がる。

 が、ツルリと滑った。

 体が宙に浮いたかと思った直後に、ドスっとお尻を強打する。

 「い、いた……」

 ガクガクと震えながらもお尻をさすり、今度は慎重に手をついたのだがその直下でピキピキと音がする。それはまるで、硝子にヒビが入ったかのような……薄い氷の膜にヒビが入ったかのような……

 (後者だ!)

 そろりと見た床は今にもひび割れそうな亀裂が入った氷の湖で出来ていた。

 (やばい、やばい、やばい)

 なぜ自分がこんな所で寝こけていたのかなど、どうでもいいぐらいに恐怖していた。

 そろり、そろりと体を進める。

 (割れたら終わる)

 極寒の湖に沈んで待ち続ける相手も居ないのに永遠に若さを保ってしまう。

 混乱した頭でそんなことを思いつつ、必死になって湖の縁を目指した。


 (なんとか…なった……)

 心臓が痛いぐらいで冷や汗も出ている。しかし、その汗のせいで急速に体温が奪われ、安堵もあって意識が朦朧とし始めていた。

 ぱたりと倒れる。

 すると、頭上にまるで獣の唸り声を思わせる男の声が響いた。

 「ここまで来て死ぬ気かよ」

 音の出所に顔を向けると、「俺、ワルです!」と言わんばかりの顔の男が、顔そのままにヤンキー座りで冬樹のことを覗いていた。どうやら冬樹が湖を渡り切るのを待っていたらしい。それなら、助けに来てくれても良かったんじゃないかと思った。

 「……だ、だえ……?」

 口が回らず舌っ足らずになった。男も眉を顰めたので意味は伝わらなかったようだ。

 「動けんな?だったら付いて来い。死にてぇならそこにいりゃいいけどよ」

 返事を待たずに男が歩いていってしまう。本来なら雪をサクリサクリと踏みしめて、と表現したい所だが何故か男が通ると雪が蒸発し、覆い隠されていた大地が露になった。

 凍え切った体が満足に動かないが、ここで頑張らないと男の言う通り死んでしまうのは確実だったのでなんとか起き上がる。

 男の姿は既に無い。それでも道が出来上がっているので、ガタガタ震えながら必死でその跡を辿った。



 もう、何も考えられなくなっていた。

 とにかく道を進む。それしか無い。それしか無かったので跡を追って凝視していた泥まみれの雪面に煤けたブーツが現れた瞬間、何故か思い切り驚いた。

 「っ……!?」

 顔を上げると、男と目が合う。

 (あ、そうだ。この人を追ってたんだった……)

 何で驚いてしまったのか?自分で理解出来ない自分の感情に笑えた。

 冬樹のそんな笑顔を見て男がまた眉を顰める。

 「……入れよ」

 促されて、冬樹は石を切り出しただけの扉も無い家と呼べなさそうな家へと足を踏み入れた。



 ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~



 「ささ、さう、ぅい……」

 冬樹が着ていたのはTシャツに短パン。薄着でぬくぬくと寝るのが何よりの至福だったのだが、そのせいで今は死ぬほど寒い思いをしている。

 男に通された石作りの家っぽいものはとても簡素だった。

 石を積み重ねたのではない。大きな岩の中身を取り出した、と表現するのがぴったりだった。接合部が無く、作りとしてはかまくらを真四角に作ったと言えばわかりやすいだろうか。

 男が腰掛けている地面から一段高い広めの場所は寝台と思われる。この家を切り出すときにそのまま造詣したのだろう。家と繋がっているただの石だ。布団も毛布もありはしない。

 冬樹が座らされた椅子も石を切り出しただけのもの。一つしかないその椅子の前にはかまどでもあればいいのに何も無い。

 「し、しぅ……」

 体をちぢ込ませてなんとか熱を逃さぬよう努めるがそれこそ無駄な努力だった。


 『死にたくないなら付いて来い』


 そんなニュアンスの言葉を発しておいて、暖房も無く体にかけるものも貰えない。

 助けようと思ってくれたんじゃないのか?ふざけんな、死んじまう!

 理不尽な怒りが込み上げるが、どうすることも出来ない。

 この場所には本当に何も無いのだ。あるのは石のベッドと石の椅子。床には皮袋が一つ落ちているだけ。まさか、この寒さの中で一張羅と思われる男が着ている服を寄越せと言う訳にもいかない。

 (結局死ぬんじゃないの、私?)

 そう思うとじわりじわりと恐怖が湧いてきた。

 (絶対死にたくない)

 だから、この場合はどうすればいいんだろうとガタガタ震えながら考える。何も無い部屋、男が一人いるだけ。

 (………………?)

 そうか、男が一人いるじゃないか。

 冬樹はそう思った。

 雪山で遭難したときは、裸で温めあるのがセオリーのはずだ。そう思いついた。

 「ふ……」

 男を改めて見ると、どうやら男は冬樹を凝視していたようでふっと目を逸らされる。

 「…ふく……」

 「あ?」

 獰猛な獣を思わせる声で睨まれる。

 「ふ、ふく……」

 「……あぁ…」

 男が上着を脱ぐと、それを持って何故か外に行ってしまう。さび付いたかのような首を何とか動かして男を見ると、何故か脱いだ上着を雪の上に置いていた。

 「もういいか?」

 なんて呟き、腰に差していたらしい剣の柄部分で服を持ち上げると冬樹の前に差し出した。

 なぜ、わざわざ人肌に暖められていただろう服を雪で冷ましてしまうのか。しかし冬樹はそこに怒りは感じない。冬樹が求めているのは人肌に暖められた服ではなく、人肌そのものだからだ。

 「……いらねぇのかよ?」

 服を冬樹の眼前に突き出したまま男が呟く。

 「…ふ、ふ……」

 「だから、貸してやるって」

 ずずいと目の前どころか、顔に押し付けられる。

 「ちが……」

 ギギギと関節を強張らせながらゆっくり顔の前の服を払う。

 「あぁ?」

 「ふく……」

 「だぁから!」

 男の苛立った声に、冬樹も負けじと声を荒げた。

 「全部脱げ!!!」

 面食らった顔の男が、思い出したかのように口を開き……

 「あぁ!?」

 濁点をふんだんに盛り込んだ声で吼えた。



 ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~



 「わっけわかんねぇ……」

 そう言いながらも、男は着ていたシャツを脱ぐ。

 現れた肢体は筋肉質で、余す所無く鍛え上げているのが良くわかった。

 男の色香を漂わせる体付きなのだが、今の冬樹にはそんなことは関係無い。生肌、人肌。抱きついてとにかく暖を取りたい。

 全部脱げと言われたが、ズボンを降ろすべきなのかどうか迷っているのだろう、ベルトに手をかけて固まっている男に、辛抱堪らず渾身の力を振り絞って抱きついた。

 「へっ……?」

 間抜けな声が響くが、冬樹には関係無い。

 ぬくい。とにかく温い。しかし、雪に濡れたTシャツを着たままだったので、べったりとして気持ち悪い。既に理性と言うものが欠落していた冬樹は一度手を離すとTシャツと短パンを脱いでしまう。辛うじてパンツは残しておいたのは一欠片ひとかけら残っていた理性によるものだろうか。

 寒さで脳の動きが鈍っていなければ、Tシャツが乾くどころか焼けていたことに気付いたはずだが、冬樹は気付けなかった。

 緩慢な動作で服を脱ぐ冬樹を、男はただ呆気に取られた表情で見つめていた。

 ボロボロと崩れたTシャツと、特に問題なく残った短パンを脱いだ冬樹は改めて男に抱きついた。いや、飛びついた。

 「うえっ!?」

 またも、男が間抜けな声を上げ、二人して倒れこむ。

 「ぬく…い……」

 ぎゅうと抱きついて、男の胸元に顔をなすり付けた。

 ほぅと安堵のため息をついた瞬間、ベリッと体が引き剥がされる。

 「お前!やけっ…やけどっ……!?」

 混乱した様子の男に冬樹は首を傾げる。

 「…やけ……ど、してねぇ……?」

 なにを馬鹿なことを言っているのだろうか。人肌でやけど等、魚じゃないんだからする訳が無いと思いつつ冬樹は男の胸に縋りつく。

 「ぬくい……」

 それしか言えない、というより言うことの無い冬樹だが、やはり空いた背中が寒くてブルリと震えが走る。

 すると、察したのか男の腕が背中に回りしっかりと抱き寄せられた。

 抱き寄せられただけなら問題は無かったのだが、徐々に力が込められ少々痛い、痛い、凄く痛いへとグレードアップしていく。それと同時に、ぬくい、あったかい、ぽかぽかと表現出来るほど男の体温が上がっていっていた。

 「痛っ…痛いっ……」

 「あっ、すまねぇ……」

 男が慌てて体を離す。離されると寒いので冬樹は縋りつく。

 「おまっ……!」

 「ぽかぽか」

 「はぁ……」

 戸惑いをため息に滲ませて、それでも今度は力を調節して男は冬樹を抱きしめた。



 ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~



 「お前、同族なんだな?」

 しばらく無言で抱きしめあっていると、やけに嬉しそうな声で話しかけられた。

 冬樹は人肌の温かさに眠気を誘発されていたので、男の言葉に気の抜けた声を返した。

 「どーぞくぅ……?」

 「新たに数匹生まれたとは聞いてたが、俺と同じ質の奴が生まれてたんだったら言えってんだよな……チッ」

 喜びと怒りがい交ぜになっているらしく、嬉しそうな声音だが語尾に舌打ちが続いた。

 「なにが?」

 頬を寄せていた胸から顔を離し、男を見ると締りの無い顔とぶつかる。

 「だから、お前は俺と同質の竜なんだろ?」

 ニヤリと笑い男は冬樹の頭に手を置いた。そしてそのまま髪を数度梳くと、一房ひとふさ持ち上げて髪に口付ける。

 冬樹はそんな男の一挙手一投足をぼーっと見ていた。なにやらファンタジー全開の言葉が聞こえたが聞き間違いではないのだろうかと、首を傾げる。

 「なんだ、どうした?」

 男の手が腰に回った。そのまま怪しい手つきでお尻を撫でると、ふいに鷲掴みにされる。その時、いつの間にか男がズボンを脱いでいたこと、いつの間にか穿いてたはずの自分のパンツが消失していることに気付いた。

 暖を取ることを最優先にしていた為、裸で(・・)男女が抱き合うと言う行為の先にあるだろう事態を失念していた。

 冬樹は体を強張らせ、男から逃れるように上体を上げた。すると、無理強いするつもりは無かったのか、男の手が離れる。

 「えっとぉ~……」

 何を言おうとしていたのかわからないままに声を出してしまった。続く言葉が無いまま無音が続くと、寝転がっていた男も上体を上げ、冬樹を抱き寄せる。

 「無理強いはしねぇよ。どうせ今ん所、劫火の竜は俺とお前しかいねぇんだ。ゆっくりやってきゃいい」

 冬樹は男に抱きしめられながら眩暈がする思いに駆られていた。

 (ファンタジーだ。この男臆面も無くファンタジーな事を言いやがる)

 「えっと、何を勘違いしているのかわからんけど、私は竜じゃないよ?」

 とりあえず間違いは正しておかないととだけ思ってそう言ったのだが、その瞬間怖ろしい声が降り注いで来て後悔した。

 「あぁ?」

 だからその濁点を大いに盛り込んだ威嚇はやめてくれと心の中でだけ思う。

 男は腕を緩めて、冬樹の顔をじっと見つめた。

 「竜じゃねぇ?じゃあ何だ、なんで俺に触っても……お前、火の精霊?」

 (今度は精霊かよ)

 冬樹はそう思いながら、じっくりと男を見た。正直ちょっと夢の世界に逃避しちゃった人なのか?などと思いもした。

 (髪の毛真っ赤……)

 しかし、髪は染めればいいだけだし……と思ったのだが、良く見れば眉も睫毛も赤だった。さすがに睫毛を染めるのは至難の業に思える。耳はほんのり尖っていて、ファンタジー世界のエルフを思わせるし、何より瞳が人間のものとは言えなかった。金色の瞳に縦に黒く一線、まるでトカゲのようだ。コンタクトレンズかとも思ったが、しっかり見てもレンズの縁は見当たらない。

 「あんた……何者?」

 「あぁ?だから俺は劫火の竜で……つうかお前こそ何者だよ?」

 (そういえば火の精霊かと聞かれたっけか?)

 男が竜であると改めて宣言したことは隅に置いた。

 「私は人だよ、人間」

 「……あぁ?人間が俺のこと触れるわけねぇだろ」

 触れないと言われても、実際冬樹はこの男に触れている。触れないと言われる理由が良くわからなかった。

 「なんで?」

 「なんでって…、俺が劫火の竜だからに決まってんだろ」

 どうもぶっきらぼうな男のようで、そう答えながら頭をガシガシと掻いている。

 「なんで…その、劫火の竜?だから触れないの?」

 「あぁ?んなもん、俺の体が火よりも熱いからに決まってんだろ」

 決まっていると言われても、別に触れないほど熱いわけではない。いや、全く熱くない。決まって無くないか?と冬樹は思う。

 「触れるよ?」

 「……しらねぇよ」

 冬樹は、どうにもうまく意思疎通がはかれていないもどかしさを感じる。それと、自分が置かれている状況がいまいち掴めない。

 「お前、本当に人間なのか?竜じゃなくて?」

 首を傾げて黙っていると、男が冬樹の肩に手を置いて体中をジロジロと確かめるように見ている。そういえば互いに素っ裸だったと思い出し、冬樹は焦って隠せる所を隠した。

 「すけべ!」

 そんな冬樹の行動に、男は呆れたのか首の後ろを掻く。

 「お前から裸で抱きついてきといて今更それかよ」

 確かにその通りだったので「あれは生死を彷徨ってたっていうか、とにかく寒かったって言うか」などとしどろもどろに返事を返す。

 「まー…、おかげでお前が俺に触れるってわかったんだからいいか」

 男は相好を崩すと必死に体を隠そうとしている冬樹をそのまま抱きしめた。

 「ちょっ……!」

 「いいから黙ってろって」

 そのまま上体を倒す。おかげで二人は先ほどと同じような体勢になった。しかし、今度は男が冬樹の足に己の足を絡め、下半身がぴったりと密着してしまっている。

 「あー、マジ柔らけぇ……」

 天井を仰ぎそう呟いた男の言葉に、恥ずかしい思いに駆られた冬樹は体を離そうと腕を突っ張るが鍛え抜かれた男の腕の力に叶うはずも無く、返って強く抱きすくめられる。

 「そうだよなぁ…同じ劫火だったらこれぐらいの雪山で寒がるわけねぇもんなぁ……」

 何か一人で納得したらしい男は、左腕一本で冬樹をがっちりと拘束し右手でさわさわと体を撫でる。

 「ちょ、ちょっと!」

 抗議の声を上げるのだが、男はお構いなしだ。

 「人間なぁ……?まー、俺に触れるんだったら人間でも何でもいいか」

 そこで目が合う。

 「顔も中々だしな」

 ニタァと笑った顔は凶悪だ。冬樹の体をまさぐり続ける手はもっと凶悪だが。


 もぞもぞと動いてなんとか拘束から逃れようとするが、所詮か弱い人間の女が男でしかも竜に敵うはずも無く、もぞもぞするがゆえに男の欲情を誘発してしまっていた。

 端的に言えば太股に硬いモノが当たっている。

 「大人しくしてろって」

 「この状況で大人しく出来るほうがおかしい!」

 別に純情な処女おとめだとは言わないが、恋人でもない男とワンナイトなラブをするほど性に奔放でもない。いや、生来の冬樹は名前に相応しい性格の持ち主だ。樹という漢字に相応しく泰然自若で、話しかけられてもニコリともしない様は名前そのままに冬のようだと言われていた。蓋を空ければボーっと考え事をしているせいで話しかけられても反応が遅れるぼやっとさんなのだが。

 「なんもしねぇって」

 「説得力が無い!」

 辛うじて際どいところには触れられていないが、それ以外、耳、首、背中、腰、尻、太股と右手の届く範囲は全てまさぐられた。

 冬樹は性に奔放ではないが、純情な処女おとめでもない。それなりの意思を持って体を触られればそれなりに反応してしまう。ましてや、危険な男、凶悪な顔と形容出来るがちゃんと見れば優れた造詣をしている顔で、体躯も逞しい色香を備えた男。恐怖を感じているわけでもないのだ。

 しかし重ね重ね言うが、冬樹は純情な処女おとめではないが性に奔放な訳ではない。このまま男に体をまさぐられ続けるのは承服しかねた。故に、逆に欲情させる結果となっているが、抗い続けている。

 「……しょうがねぇな」

 冬樹の気持ちが通じたのか、男が手を離した。これ幸いと冬樹は石のベッドを降り男と距離を取った。

 男はのったりと起き上がると、ベッドを椅子代わりに腰掛ける。大股に股を開いているので、先ほど冬樹が太股に感じていた男らしい男のアレが男らしく自己主張しているのが丸見えだった。

 「ちょっとは隠……ひえぇ!」

 隠せと言いたかったのだが、ドアの無い入り口から強風が入り込み体が寒さに震えた。鳥肌が全身に浮き上がる。

 「お前、寒いんじゃねぇの?」

 「さうひ……」

 速攻で口が回らなくなるほどの寒気だった。入り口一つしか無いせいで風の出口が無く、寒風が耳元を轟々と音を立て渦巻いた。

 「ほれ」

 男が腕を広げる。それはとても魅惑的なお誘いだったのだが、如何せん男の自己主張は収まっていない。飛び込みたいけど飛び込みたくない、そんな葛藤が冬樹の頭を巡る。

 「凍死してぇの?」

 「ひはくはい(したくない)」

 言葉になっていない冬樹の言葉が理解出来たのか、男がニヤリと笑った。

 (こいつ、竜じゃなくて悪魔じゃねぇの?)

 冬樹がそう思うのも仕方が無い。笑みが一々デモーニッシュなのだ。

 そんな男が、もう一度両手を広げる。

 「ほれ」

 この蠱惑的な誘いに抗うことが出来ずに、冬樹はゆっくりと男の腕に身を任せた。



 ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~



 が、特に何かされるわけではなかった。いや、まさぐられてはいるが。

 男の腕の中に収まったまま、冬樹は色々と話をした。

 男の名はクトーと言うらしく、この世界でたった一頭の劫火の竜なのだとか。劫火の竜とは火竜よりも強い火気を纏った存在であり、体温が異常に高いせいで触れたもの全てが発火してしまうそうだ。

 「シャラント?つったら国交断絶してる西の島国だったか」

 冬樹は異世界にでも来てしまったのかと思っていたが、同じ世界だった。特殊なのは今、冬樹がいるロクッツ大陸や、他の大陸ではなく冬樹の故郷であるシャラントのほうで、機械文明の発達に伴い妖精や竜などの存在が殆ど居なくなってしまっているうえに、国交断絶しているせいでそれらが神話や物語の存在にされてしまっていたのだ。

 「なんで私、あんなところにいたんだろう」

 クトーの腕の中、背中にじんわりとした熱を感じながら首を傾げる。

 「しらね」

 「そりゃそうだ」

 ちなみにクトーは冬樹の胸を揉み拉いている。抵抗する気が失せたので冬樹はクトーの好きにさせていた。クトーに触れる存在が皆無だったせいで、彼は人のぬくもりや柔らかさを知らないそうなのだ。

 (つまり童……)

 話を聞いた瞬間に思ったが、それは言わないでおいた。

 「お前の服作んねぇとな」

 冬樹が身につけていた服は、短パンを残し全て焼失していた。あの時は寒さで頭まで凍りかけていたので気付いていなかったが、Tシャツは最初に抱きついたとき、パンツはうとうとしている間にクトーがズボンを脱いだせいでクトーの地肌がパンツに触れ燃えてしまったらしい。

 クトーが石の家に住んでいるのは、この石だけが唯一クトーの熱に負けないかららしい。普通の石ではマグマのように熔けてしまうらしいのだが、クロッツ大陸にある石だけはクトーが本気を出さない限り大丈夫なのだ。つまり本気を出せば熔けてしまうと言うことだが。

 「ほっ」

 クトーが冬樹を抱きかかえベッドから降りる。器用に冬樹を抱きかかえたまま皮袋を手に取り、最初に冬樹が座っていた椅子の前に腰掛ける。

 皮袋から取り出されたのは石のみで出来たトンカチ。それを椅子に置くと、腕を冬樹の顔の前に伸ばす。

 「?」

 冬樹が何事かと思って見ていると、じわじわとクトーの腕が変化し人の肌とは違うモノになった。それは赤黒い鱗に覆われた腕だった。

 おもむろにその鱗の一枚を掴み引き抜く。

 ベリッと音がして剥がれたそれに、冬樹は「いたっ」と自分が感じたわけでもないのに呟いた。

 「痛くないの?」

 「あぁ?別にこのぐらいなんともねぇよ。ヒゲ抜くほうがイテェかなぁ……」

 冬樹の疑問に応えつつ、クトーは引き抜いた鱗をトンカチで叩き始めた。

 「何してんの?」

 「鱗伸ばして布地にすんだよ。そこにある袋も、俺が着てた服もそうやって作ってんだ」

 「ほへー」

 冬樹は感心して頷く。

 「俺の熱に耐えられるのは俺の鱗だけだからな。お前も服ねぇと困るだろ?」

 確かにその通りなので、冬樹はクトーが鱗をトンカチで叩いてなめす様をボーっと見ていた。

 鱗一枚でかなり広がるらしく、クトーの腕の中でうとうとしている間に服が二着は作れそうなほどの面積になっていた。

 「これでいいだろ」

 クトーが広げ終わった鱗をくしゃくしゃと丸めたり伸ばしたりを繰り返す。柔らかさを確かめたらしい。

 「後は、っと……」

 冬樹が何をするつもりなのだろう?と布になった鱗を見つめていたら、急に頭上でブチッと音が響いた。

 見上げてみるとクトーに立派なヒゲが生えている。猫のヒゲのようなそれをブチブチと数本抜いていた。

 「痛い…んだよね?」

 さっきそう言っていたはずだと思うが、クトーは平然とした表情で尚もヒゲを抜き続けている。

 「イテェっつっても、多分人間が髪の毛抜くのとそー変わんねぇんじゃねぇの?」

 納得の例えに、ふむと冬樹は頷く。

 ブチブチと抜いたヒゲを脇に置くと、今度は小さなナイフを取り出して適当と思える手捌きで布を裁ちだした。

 「鱗って硬いんだと思ってたけど、ここまでぺちゃんこにするとさすがに簡単に切れるんだね」

 「ちげぇちげぇ。このナイフが特別なだけだ。普通の刃物で切ろうとしても俺の鱗だぜ?切れねぇよ」

 「ふん?」

 「このナイフと、あそこにある剣は俺の牙で出来てんだよ。鱗も硬ぇが、牙のほうが鋭いからな」

 「ほー」

 牙と言うことはつまり歯な訳だが、抜いてもまた生えてくるのだろうか?と疑問を持つ。

 「生えてくっから」

 声に出したわけでもないのにそう言われて、驚く。

 「さっきから質問攻めだからな。次聞かれそうなことぐらいわかんだよ」

 驚いた態度にこの返答なので、冬樹は思ったより聡いんだなぁとクトーに対し少々失礼な感想を抱く。しかしさすがにそんなことを思われたとは思っていないクトーは、鼻歌でも歌いだしそうな機嫌で裁った布を縫い合わせ始めた。多分、針もクトーの牙で出来ているんだろうなぁと冬樹はぼんやりと思った。



 ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~



 意外や意外、適当に見えてクトーのセンスは優れていた。

 首元までしっかりと覆われたハイネックに、タイトなパンツ。フード付きのコートに膝下までのロングブーツ。手袋もピッタリ手に合う。

 しかも、鱗の効果なのか断熱性に優れていて中々温かい。

 「クトーってすごいねぇ」

 難を言えば染色が出来ないせいで全身ワインレッドに統一されてしまっている。しかし、それを見越してのデザインらしく、違和感は無い。

 「俺はまわりのもん全部自分で用意しねぇといけねぇからな」

 得意げな様子のクトーは、何故かまた鱗をなめしている。腕に冬樹を抱えていないからだろう、先程より作業ペースは上がっていた。

 「今度は何作ってんの?」

 「あぁ?俺はかまわねぇけど、お前にあの石のベッドじゃイテェだろ?」

 あぁ、と頷きかけてハタと気付く。何故か泊まることを前提に話がされていることに。

 「いや、服も作ってもらったし、私帰ろうと思うんだけど」

 「あ?」

 「だから、シャラントに帰ろうかと」

 「あぁ?」

 「かえ……」

 「帰さねぇよ?」

 「え?」

 陸続きでは無いにせよ、異世界と言うわけじゃなかったのだから帰ることは可能なはず。だから冬樹は服を作って貰えたら帰るつもりでいた。もちろん、助けてもらったことと服を作ってもらったお礼はするつもりだ。

 「言ったろ?俺に触れる奴なんていねぇって。やっと触れられる奴に出会えたのに帰すわけねぇだろ?」

 さも当然であるかのように言われて、冬樹は軽く混乱してしまう。

 「え?」

 「だから、お前はずっと俺と一緒にいりゃいんだよ」

 「はひ?」

 「あー、あれだ」

 クトーがトンカチを置いて立ち上がると、冬樹の肩に手を置く。

 「お前は俺の伴侶な。俺が夫、お前が妻。つまり夫婦。結婚。わかったか?」

 「……はひ」

 つい、うっかり、思わず、不用意に、冬樹は頷いてしまった。

 「よし」

 クトーは満足そうに頷くと、冬樹が快適に睡眠を取れるよう、布団作りにせいを出した。

 その様子を硬い石のベッドに腰掛けながら冬樹は見るとも無しに見ている。

 (これ、ダメじゃね?)

 と思いながら。



 ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~



 布団がある程度出来上がると、クトーは「絶対外に出んじゃねぇぞ?」と冬樹に念を押して出て行った。

 右も左もわからない状況で外に出たら間違いなく遭難するのが目に見えていたので、冬樹は大人しくクトーの帰りを待った。

 小一時間程すると、大きな怪鳥を引き摺ってクトーが戻ってきた。「よさげな鳥を見つけんのに苦労したぜ」などと言いつつ、手袋を嵌めた手で羽を毟っていく。肉は晩飯のメインに、羽根は布団に入れるらしい。

 クトーの体から剥がれた鱗は若干の熱を持つがほんのり温かい程度で、断熱効果もあるので袋状にして中に何かを入れる分にはクトーの熱で中身が発火することは無い。それでも保険の為に布団はなめした鱗を三重にして作られていた。

 出来上がった布団を満足そうに眺めてからベッドに敷くと、クトーは手袋を外し肉に触れる。それだけで香ばしい匂いがあたりにたち込め、冬樹はやっとクトーの体温が馬鹿みたいに高いことを実感した。

 肉だけの食事を済ませると、冬樹はクトーに手を引かれてベッドに入る。

 うっかり伴侶になることに頷いてしまったので何かされるだろうかと思ったが、クトーは冬樹の体をまさぐるだけでそれ以上のことはしてこなかった。

 クトーは見かけに反して純情なのかもしれない。と内心で笑い、冬樹は眠りに落ちていった。


 そして、そんな日が十日程過ぎた。

 石だけの家は、かなりの快適空間へと変貌を遂げている。扉が存在しなかった入り口には、木板を鱗で覆ったドア。床にもなめした鱗を敷き詰め、床に座っても痛くないようにとクッションまであった。

 前は明かりも存在しなかったのだが、今では壁三面に凝ったデザインのランタンが釣られている。光源は灯草とうそうと言う花の部分が仄かに光る植物だそうで、摘んで一ヶ月は光り続ける優れものだった。もちろん、灯りを消すことは出来ないので、夜寝るときはランタンにカバーをかける。

 前は存在しなかったテーブルも作られた。石を切り出して作った机に、作り直した二脚の椅子。こちらも中々凝ったデザインになっている。

 家の傍には不自然に作られた小川の流れ。元々近くを川が流れていたのだが、冬樹がもよおした時にクトーが付いてこようとするせいで一悶着起こった。解決策を図った結果、川から水をひいてかわやを作ってしまおうと言うことになった。家から歩いて十歩程の位置に、石で作られた簡易トイレがお目見えしたわけだ。

 それと家の裏側、小川の上流部には小さな温泉も作られた。普段は水を堰き止め、夜お風呂に入る前に水を入れる。湯を沸かすのはクトーが手を水面に突っ込むだけなので楽だった。

 クトーが水に入るだけでそこが温泉化してしまうなら、湖で冬樹が這いつくばっていた時に同じ手段を取ってくれれば良かったじゃないか、そう言うと「あっこにゃ魚が棲んでんだろ」と言われた。冬樹を助ける手段として考えはしたらしいのだが、食べる目的以外で命を奪うような真似はしたくない。そう言われて、クトーは見た目の割りにとても優しい性格なのだと思った。それにそんな手段を取っても冬樹に触ることは出来ないと考えていた為、溺れても助けることは不可能だと思っていたそうだ。だから冬樹が自力で渡り切るのをヤキモキしながら見ていたらしい。

 そんな訳で快適は快適だが、食事の面では不便を強いられていた。毎日、肉、肉、肉ではうんざりするのも当たり前だが、五日過ぎた頃にぼそりと野菜が食べたい、と呟いた冬樹の声が聞こえていたらしく、翌日にはどっさり野菜を持ってきた。

 冬樹がどこから盗って来たのかと聞けば、「お前今、とったのニュアンスが…まぁいいや」なんていいつつ、きちんと仕事をしてその報酬として物々交換してきたのだという。

 仕立て屋なのか家具職人なのか悩んで聞いてみると、クトーは鍋やらフライパンやら包丁を作りつつ、鍛冶屋だと言う。納得出来るような出来ないような、曖昧に冬樹が頷くと「つっても、俺の鱗とか牙は使ってねぇ」と、聞いてもいない補足をし始めた。

 竜の部位はどれも大きな力を秘めているので、かなり優れた武器になるらしく、それを悪用されては世界の秩序が乱れかねないらしい。と、ほぼ全ての物品がクトーの一部で出来たワインレッドの部屋で言われた。

 冬樹が興味無げに「ふぅん」と相槌を打つと、「今度、街につれてってやるよ」とクトーが言う。

 てっきり囲い込んで外に出したくないのだと思っていたのだが、そうでも無かったらしいことに冬樹は驚いた。


 そうして、十日目。

 街に出かける準備を済ませて、いざ玄関へと向かおうとした矢先、ノックの音が響いた。

 「訪問者?なんているんだ?」

 不思議に思って横に居るクトーに聞くと、険しい顔をして冬樹を背中に庇うようにする。

 「この家知ってる奴なんざいねぇはずだぞ」

 警戒を露にするクトーに、冬樹は不安が駆り立てられる。そのまま二人黙っていると、またもノックの音。

 「冬樹ー?そこに居ますよねー?冬樹ー?」

 聞こえてきた声に、冬樹は駆け出すようにしてドアを開いた。



 ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~



 「不岩さま!」

 冬樹は扉の前にいた人物に思いっきり抱きついた。

 「あぁ、冬樹」

 抱きついてきた冬樹を優しく抱き返し、穏やかな声を出すこの男はクトーと同じような上背だった。柔和な顔つきで、髪も目も茶色い。一見すると優男風なのだが、意外と鍛えられた体をしている。

 冬樹が顔を上げると、いつものように目を細めて笑う不岩の姿があって、その笑みに釣られて笑顔を零す。

 「おい!フユキ!」

 いい雰囲気で見詰め合う二人に、何が起こったのかわからず固まっていたクトーが声を荒げた。

 「あっ!ごめん、クトー」

 冬樹はクトーに謝ると不岩から離れようとする。しかし、不岩が腕を掴んだせいでクトーの元へ戻ることは出来なかった。

 「これこれ、冬樹。私は君を迎えに来たんですよ?」

 「え?」

 「え、じゃないでしょう」

 確かにそれもそうだ、と冬樹は頷く。

 「いや、頷いてんじゃねぇよ!」

 クトーに突っ込みを入れられて、今度はそれに頷く。

 「これこれ」

 今度は不岩に突っ込まれ、冬樹はどうしたものかと悩んだ。そして、とりあえず紹介しようと思い至る。

 「えっと、クトー?こちらの方は不岩さまと言って……」

 「いや、知ってる」

 「え?」

 クトーの遮りの言葉に、またも冬樹はきょとんとした。

 「岩峰がんぽうの竜、フーガだろ?」

 「え?」

 「いや、だから岩峰の……」

 「フーガ?不岩さまは不岩さまだよ?」

 「いやいや、だからそいつは岩峰の竜フーガだっつうの」

 クトーの言葉に、冬樹は混乱の極みだった。

 「クトー、冬樹を惑わさないで下さい。冬樹、私は不岩と名乗っていますが、もう一つ名前があるだけですよ」

 不岩に優しくそう言われ、あぁ名前が二つあるのか。と冬樹は頷く。

 「納得してんじゃねぇって」

 「え?うん……?」

 冬樹の様子に、クトーは盛大に肩を落とす。こういうぼけっとした所が気に入っているのだが、今の状況では困るだけだった。

 「まぁいい……。とにかくフーガ、そいつを離せ。フユキはお前んとこには帰んねぇ」

 「そんなことを言われても困りますねぇ?わざわざ迎えに来たと言うのに」

 「てめぇの事情なんて知らねぇよ。そいつは俺んだ」

 いつの間にか険悪な空気が広がっていた。

 「あなたの?いいえ、冬樹は私の大切な助手です」

 「はぁ?助手だぁ?」

 「なんです、冬樹から聞いていなかったのですか?」

 不岩に言われて、クトーはやっと気付いた。触れられる存在に出会えて、浮かれまくりとにかく快適に過ごせる環境作りにばかり囚われていた。夜は柔肌を撫でて満足し、冬樹がどういう生い立ちなのかを全く聞いていなかった。

 「冬樹は近未来科学研究所の研究員なんですよ」

 「近未ら……科学?ってあれか?電気ーとかテレビーとか言うやつのことか?」

 「……本当に嘆かわしい。科学こそが停滞した我々竜の未来を切り開くというのに……」

 ぼけっと二人の会話を聞いていた冬樹が、ここで首を傾げた。

 「不岩さまは、人間ですよね?」

 「いえ、違いますよ。素性を隠し人間に混じって生活しているだけです」

 「人間に混じって?」

 「えぇ。私は竜なんですよ。あなた方が崇めている地龍が私です」

 冬樹は不岩の言葉に心底驚いた。シャラントは科学の発展に伴い、竜と呼ばれる存在たちは空想の産物であると皆が理解している。しかし、昔からの慣習で地龍信仰だけは残っているのだ。信仰対象である地龍は世界の大地を創った存在と言われ、龍であり、また神であるとされる。

 「え?うそ?」

 「さて、嘘と言われると困ってしまうのですが……」

 「なに?おめぇいつの間に神様になったの?」

 クトーが呆れた声を出した。

 「まぁ、いつの間にか。それでは、帰りましょうか」

 話はこれまでと、不岩が冬樹の背に手をあてて歩くよう促す。

 「って、おいおいおい!何ナチュラルにフユキ連れてこうとしてんだよ!」

 「言ったでしょう?冬樹は私の助手なんですから、連れて帰るに決まっています」

 「だから、フユキは俺んだっつーの!俺の妻になったんだよ!」

 クトーの言葉に、飄々としていた不岩の表情が歪んだ。

 「あなたの妻?なにを馬鹿なことを言っているのですか?あなたがただの人間である冬樹に触れられる訳がないでしょう?」

 「いや、触れっから」

 「……まさか」

 全くもってクトーの言葉を信じていないらしい不岩は、フッと笑って冬樹の背を押す。

 「あの……不岩さま?」

 冬樹は二人の会話のテンポについていけないでいたが、帰ることを促されてやっと声を出すことが出来た。

 「はい、何でしょう?」

 「研究はどうなりましたか?」

 何故かこの地に飛ばされてしまったが、その前日まで冬樹はある一大プロジェクトに参加していた。

 それは、食物の遺伝子配列を組み換え、より多く実りより大振りな実をつけるようにするための、つまりは品種改良なのだが……配列の組み換えをコンピューターを用いて演算し、出来た遺伝子情報をピットと呼ばれる機器の中に配列変換したい食物の苗木を入れ、強制的に変換させるというものだった。

 「そうですね、まだ発育させている段階ですが、概ね成功と言ってよさそうです」

 「そうですか…よかった」

 結果が気になっていたので、『概ね』であれ成功したなら嬉しく思えた。

 「元々、我々竜が竜以外を伴侶にしたいと望んだ時、伴侶の体を自分と同じ竜に組み換える技術を応用したものですからね。大きな失敗は無いと思っていました」

 「……は?そんなこと出来んのか……?」

 驚いたクトーに、不岩がきょとんとする。

 「……そう言えばあなたは仲間内でも避けられてましたものねぇ。知らないのも尤もです」

 悪気は無いらしいのだが、どうも昔から不岩の物言いはクトーの癇に障る。

 「わぁるかったな!俺が近づくだけで暑さにみんなバテちまうんだからしょうがねぇだろ!」

 短時間なら自分の熱気を抑えることが出来るが、長時間――二日、三日――ともなるとさすがに疲れてしまう。元々竜は単体で生活しているし、たまに集まって近況を伝え合ったりする程度なので、交流は少なかった。

 「いいでしょう、教えて差し上げます。なに、簡単なことですよ。伴侶とする者と体を重ねればいいのです。気の奔流が相手の体を巡り、徐々に体を作り変えていきます。まぁ、気を分け与えることになるので与えたほうの竜は力が落ちてしまいますが、生涯共にいる者が出来上がるのですから、それもやむを得ないでしょう」

 「ってー…ことはつまり……」

 クトーがちらりと冬樹を見る。

 冬樹はクトーの眼差しが意味するものを読み取ってほんのり顔を赤らめた。

 「……ん?なんでしょう、なんだか好ましくない空気が漂っている気がするのですが……」

 見詰め合う二人に、不岩が顔を顰める。

 「冬樹?冬樹?まさか、あなたクトーのことが……」

 目の前で手を振られ、ハッと気付いた冬樹が不岩の問いかけの意味を理解して恥ずかしそうに俯いた。

 たった十日しか一緒に居なかったが、顔の割りに純情で冬樹のことを可愛がりたくてしょうがないと言う風に接してくるクトーを好ましく思い始めていた。愛されれば、愛したくもなる。けれど、それだけではなくて、時に真剣に時に楽しげに物作りをしているクトーの姿をかっこいいと思っていたのだ。

 「いけません。それは困ります。非常に困ります」

 飄々としていた不岩が焦りを見せる。ガシリと冬樹の肩を掴んで視線を合わせた。

 「ダメですよ、冬樹。だって…私はこの実験が成功したら……」

 言わんとした言葉を察して、クトーが割り込む。不岩から隠すように冬樹を抱きしめた。

 「クトー!」

 不岩は柄にも無く取り乱した。冬樹がクトーの鱗で出来た服を着ているのはわかっていた。だから触れても直ぐに熱は伝わらないのだろう事もわかった。しかしクトーの素手が、冬樹の顔に触れている。焼け爛れてしまうと、焦慮しょうりょに駆られた。

 「うっせぇ。言ったろ?普通に触れんだよ」

 クトーが冬樹の顔だけでなく、手袋を外させ手を撫でるように触れる。しかし、不岩が想像したように焼け爛れることは無い。

 「……まさか…?…まさか!」

 最初の言葉はクトーが触れても平気だと言う事実への驚きから出た。二回目の言葉は、冬樹の体に起きたのであろう事実を思い至って出た。

 遺伝子組み換え実験は、竜の生態を元に考えて作られている。その際、不岩は己の気を流動させ、それがどのように動くのか一人で実験をしていた。竜の気を食物へ移すことで、どのような変化が現れるのかを調べていたのだ。大地の気質を持つ不岩だからこそ出来ることだったのだが、実験で使った食物はいつも調理して自分で食べていた。

 一人でご飯は寂しいですよね?と冬樹に声を掛けられ、冬樹も一緒に食べるようになった。食物に移した気は調理する頃には抜け出て不岩へと戻っていたので問題は無いと思っていたが、食物の気が変質していたのだろう。少量ずつ冬樹の体に溜まり、その体を岩峰がんぽうの竜に近いものに変質させていたのだ。

 「なんだ?」

 「……はぁ…」

 不岩は沈む気持ちをため息に乗せた。

 劫火の竜は火竜から生まれる。しかし、劫火の竜を生んだ火竜であっても劫火の竜に触れることは出来ない。どんな種族であれそうなのだが、唯一の例外が土竜の中で生まれてくるのも稀な岩峰の竜なのだ。

 クトーは己の性質から、他者を避ける傾向にあるが不岩だけは別だった。若い頃はクトーも雪山に篭っていなかったのでそれなりに不岩と交流があったのだ。いや、不岩は一方的にクトーのことを友と思っていた。

 だからこそ、遺伝子組み換えの実験に精を出していたのだ。

 竜は、伴侶としたい者が同族で無かった場合、己の気を注ぐことで伴侶の体を己と同じものに変えることが出来る。全ての竜がそう出来るのに、唯一それが叶わない者がいた。それが劫火の竜だ。

 劫火の竜は触れるモノ全てを灰塵と帰す。だからこそ、伴侶にしたいものに巡り合えたとして、気を注ぐことが出来ないのだ。

 だから、まずは食物の遺伝子組み換え、次は動物、そしていつかクトーに最愛の人が現れたとき協力出来ればと思っていたのに、気付かぬ内に成功していたとは。

 そして、知らぬうちに披見体となってしまっていたのは、大切な大切な己の助手だった。

 突然消えた冬樹の気を必死で辿り、やっと見つけたと思えばクトーとなにやらいい雰囲気になっている。

 「…はぁ……は、はは……」

 乾いた笑いが漏れる。

 そして、沸々とどこにぶつけたらいいのかわからぬ苛立ちと悲しみが湧き出た。

 「おい、大丈夫か?フーガ?」

 クトーが抱き寄せていた冬樹から離れ、不岩の顔を覗き込む。

 「……はは、ははは……。あのですね、クトー?」

 「…なんだ?」

 いつもと違う不岩の様子に、クトーは訝しげにしながらも律儀に答える。

 「……一発…いえ、満足がいくまで殴らせて下さい」

 「……あぁ!?」

 驚いて声を上げるのと同時に不岩の拳が飛び込んできた。咄嗟に身を捻り避けたがすぐに第二波が飛んでくる。それを手の平で受け止めるが、勢いに圧され地面に倒れた。

 訳も分からず不岩から繰り出される拳を避けたり受け流したりしていたが、不岩の気持ちがわからない以上、理不尽な行為に怒りが芽生えクトーもついに応戦の構えになる。

 ゴロゴロと互いに転がりながら拳を交えるうちに、理性の糸がブツリと切れた。



 ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~



 急転する事態に、冬樹はぽかんとただ口を開けていた。

 目の前で繰り広げられている光景を信じることが出来ない。

 「怪獣…大闘争……?」

 最初は人型で殴り合っていたのだが、クトーのパンチが不岩の顔に炸裂した瞬間、不岩が土竜に変化した。まるでごつごつした岩そのもの。見た目は絶滅したと言われる草食性の恐竜、ヨロイ竜下目が一番近い。

 不岩の変化に呼応するかのように変化したクトーのそのフォルムだけを見れば猫科の動物に見える。いや、長く牙が突き出しているので、こちらも絶滅したと言われているサーベルタイガーそのものだった。しかし、肌は猫と違い毛ではなく赤黒い鱗で覆われている。

 そんな二頭の巨大な竜が、眼前で大暴れしているのだ。

 冬樹が呆然としてしまうのも致し方が無い。

 「どうしよう……」

 クトーが応戦している理由はなんとなくわかる。しかし、冬樹には温厚な不岩がクトーに殴りかかった理由がわからない。その為どうすればこんなことを止めてくれるのか思い浮かばなかった。

 「……どうしようもない?」

 そんな結論に至り、冬樹は玄関の前で座り込んだ。

 怪獣二頭が暴れていては、近隣住民が恐怖に慄きすぐに討伐隊でも呼ばれてしまいそうなものだが、街へはクトーが竜体になって四半日は駆けないと着けないらしく、この家がかなり山の奥深くにあることはわかっていたので心配しないことにした。

 「クトーがんばれー、不岩さま負けるなー」

 なんとなく声援を送りながら堪えられず欠伸あくびする。

 怪獣二頭がどったんばったんと暴れているせいで雪は溶け木々は倒れ……山に棲む動物達からすると相当の奇禍だろう。

 冬樹はしばらくぼけっと見ていたが、服がポカポカと暖かいのもあり堪らず眠りに落ちてしまった。


 「……い!フユキ!」

 ここ最近聞きなれた、と言うより唯一聞いていた人の声に冬樹は眠りの淵から浮上する。

 目を開けると泥に塗れた男が二人。一人は目元に青痣をこさえていた。クトーだ。人型で殴り合っている時は不岩のほうが劣勢だった筈だし、竜体ではクトーの鋭い爪攻撃を受けていたはずだが不岩に怪我は見当たらない。

 「ぁ……おわった?」

 寝ぼけ眼でそう聞くと、片方からはため息、もう片方からは苦笑が聞こえてきた。

 「お前な、普通止めるとかしねぇ?まさか寝こけてるとは思わなかったぞ……?」

 「冬樹らしいと言えばらしいですけどねぇ」

 「えっと…ごめんなさい?」

 特に考えもせずに謝れば先ほどと同じように二人がため息と苦笑を零す。

 「それで……満足した?」

 殺気立った雰囲気が無くなっているので冬樹はそう聞いてみた。多分二人が殴りあったのは友情物語に良くある、拳で語り合うを実演したのだろう。

 「あー……よくわかんねぇけど」

 「私は…諦めました」

 二人の返答に冬樹は首を傾げる。

 「どうも、クトーと一緒にいると青臭い感情が思い出されると言うか……もういい大人なのだと言うことを忘れていました」

 「それこそよくわかんねぇんだけど?」

 「自分の中で決着はついたので、もういいんですよ」

 「はぁ?お前って相変わらず自己完結型だよな。それにこっちを巻き込むなっつの」

 「否定はしませんが、今回はクトーのせいですから」

 「あぁ!?」

 クトーがあの濁点がふんだんに盛り込まれた声で不岩を睨む。それでも空気が柔らかいので、きっと解決でいいのだろう。

 「……冬樹は、ここに残るつもり…なんですか?」

 急に真面目な顔で聞いてくる不岩に、冬樹は考える。

 寂しい人生を歩んできた訳ではない。仕事では頼られることもあるし、友人もそれなりにいる。きっと皆心配しているはずだ。

 けれど、クトーの傍を離れ難くも思う。この雪山に一人、ずっと一人で生きているクトーの傍に居たいと思ってしまう。ぶっきらぼうだけど純情で優しくて、人のぬくもりを初めて知った人に、自分がそのぬくもりを分け与えることが出来る。それが、今までの人生の中で知らなかった感情を冬樹に齎していた。

 「私…クトーの傍に居たいです」

 「フユキ……」

 クトーが、熱い吐息を漏らす。熱を孕んだ瞳が柔らかく蕩ける。

 「そう、ですか」

 「だから……、私シャラントに帰ります」

 「「は?」」

 面白いくらいぴったりと二人の声が重なった。

 「おまっ、今俺の傍に居たいって言ったその口で何言ってんだ!?」

 「え?だから、シャラントに帰るって」

 「俺の傍にいるんだろ!?」

 クトーが詰め寄り、強く冬樹の肩を掴んだ。その瞳は怒っているようにも見えるが、奥に怯えが潜んでいる。

 「うん」

 「っぁ……なら、いいけど」

 「だから、シャラントに帰るね」

 「……っ!わっけわかんねぇ!!」

 二人は意思疎通が図れていない。クトーは冬樹が己の傍に在ることを望んでくれたことが嬉しかった。しかし、帰ると言い出したことが理解出来ない。まるで正反対のことを言っているとしか思えないからだ。冬樹は、クトーの傍に居ることを決めた。だからこそ、きちんと今までの生活を清算してからクトーのところに戻ってくるつもりなのだ。しかし、クトーは短絡的で冬樹は言葉が足りない。

 「帰さねぇぞ!」「それは困る」の問答を繰り返す二人に、不岩は苦笑を漏らす。

 「クトー、もう少し冬樹の考えを読み取る努力をして下さい。冬樹は、相変わらず言葉が足りないですがそこがあなたの可愛い所だから直さなくていいですからね」

 昔からそうだったが不岩は冬樹の考えがわかる。周りが良くわからないと言う顔をする度に、自分だけが冬樹の考えがわかっていることに、小さな優越感を抱いていた。

 自分の下に、この可愛い助手が帰ってこないというのなら、私から彼女を捕って行くと言うのなら、精々(せいぜい)振り回されるがいい。それぐらいの意趣返しは、許してもらえるだろう。

 そう考えて、不岩は冬樹の肩を掴むクトーの手を払う。

 「それでは、帰りましょう。ここから少し降りたところにヘリを用意してありますから、先に行っていてください」

 「あ、はい」

 素直に返事をして、山を降ろうとする冬樹にクトーが手を伸ばす。しかし、その手は不岩にガシリと掴まれたせいで冬樹には届かなかった。

 「それじゃ、またねクトー」

 またねとは何だ?帰るくせに、もう来ないくせに!沸々と怒りが湧き上がる。

 「クトー、熱いですよ。落ち着きなさい」

 「あぁ!?これが落ち着いてられるかっ!」

 凄い熱がクトーから立ち上っている。岩峰の竜である不岩でさえ、掴んだ手首から伝わる熱で火傷やけどしそうな程だった。

 「山を融かすつもりですか?そんな風にいきどおる暇があるのなら、家を増築するなり建て替えするなりしたらどうですか?」

 「あぁ!?」

 「輿入れの前に、お世話になった方々に挨拶をするのは当たり前でしょう。仕事も辞表を出さなければいけませんし、引継ぎの問題もあるのですから」

 「あぁ……?」

 これだけ言ってもわからないのだろうか?不岩が珍しく眉をひそめてクトーを見ると、良くわからないと言った表情が、ゆっくりと変わっていく。目をまん丸に見開き頬に熱が上がっていく。

 「……わかったみたいですね」

 やれやれと、不岩がクトーの手を離すと、

 「……わっかりづれぇ!!!!!」

 雪山に、クトーの獣染みた咆哮が木霊した。



 ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~



 「お世話になりました」

 引継ぎも無事に終わり、今日冬樹は会社を退職することになった。

 「今までお疲れさまでした。何かあれば、直ぐに戻ってきていいんですからね」

 不岩や、同僚たちが温かい言葉をくれる。その言葉ににっこりと笑って冬樹は深く頭を下げ、長年お世話になった会社をあとにした。

 冬樹を見送る背中にポツリと、不岩が届かない言葉を投げかけた。



 電車を乗り継ぎ、シャラントで唯一海外と交易のある港へ辿り着く。そこからは船でロクッツ大陸へ。その後は車でふもとの村に向かう。半月も掛かる長旅になったが、ようやく村に辿り着いた。

 「一緒に来る予定だったんだけど、結局一人で来ちゃったな」

 シャラントに帰る時はヘリで一気にだったのでロクッツ大陸のどこにも寄っていない。今回も、絶対寂しがっているだろうクトーの為にかなり急いで旅をしていたので、特に観光などはしていなかった。

 「気配を察知して来てくれるって不岩様は言ってたけど……」

 信じていない訳ではない。そうでなければ、不岩が冬樹を見つけられた理由がわからないからだ。それでも、本当に来てくれるか不安になる。

 この村に着く前、冬樹は服を着替えた。きっと私を見つけたらクトーは思いっきり抱きしめてくるだろうから。そう思うのに、来てくれないかもなんて思いもする。こんな風に気持ちがあべこべになるのは初めての経験で、冬樹は心臓をドクドクと期待と不安に高鳴らせつつ村を進む。

 「あんた!竜さんの嫁さん!?」

 突然、見知らぬ人に声を掛けられ冬樹はきょとんとしつつ頷いた。

 「あぁ、やっと来てくれたのか!ほら、竜さんはこっちだよ、着いて来てくれ!」

 走るように歩き出す村人に、冬樹は慌てて後に続く。

 「もう四日も山側の出口に居座られて大変なんだ。急にぽっぽと暖かくなったと思ったら、何を考えたんだか砂漠の国みたいに熱を放出しちまったり。いい人なんだけどさ、これ以上熱かったり寒かったりが続くとこっちも参っちまうからね。どうしたんだって聞いたら嫁さんの気配がするから待ってるんだなんて言うだろ?だから私らもずっとあんたが来てくれるのを待ってたのさ」

 早口で理由を説明され、思わず笑ってしまった。ソワソワと落ち着き無いクトーの様子が頭に浮かぶ。四日も前から待っていてくれたことが嬉しい。

 「うわっ、熱いねぇ……」

 冬樹を案内してくれた村人が、これ以上近づけないとクトーのいる場所を指差してから早々に退散してしまう。冬樹はその背中に感謝の言葉を掛け、クトーが居るという場所を見る。


 クトーは多分自分で運んできたのだろう、石の椅子に腰掛けていた。大股に足を開き右足でイライラと貧乏揺すりをしつつ腕を組んでいる。石はどうやら一度融け掛かったらしく、滴るような形で固まっている箇所があった。

 このまま近づくのはもしかして危険なのではないだろうか?思い切り高熱を放出して、村を炎に包んでしまったりしないだろうか?冬樹はそう考え、一人村人を捕まえると、なんとかクトーがもう少し村から離れるよう説得してもらうことにした。

 運悪く冬樹に捕まった村人は中々度胸のある若者らしく、さっさとクトーの元に向かうと何事かを説明し、その言葉にクトーが頷いた。

 「これで任務完了かな?お嫁さんに逢えた喜びで村を壊滅させられると困るから、離れてくれるように言っといたよ。お嫁さんが村に着いたら照明弾を打ち上げるって言っておいた。だから、それを見たら気持ちを落ち着けてから村に来てくれってね。お嫁さんも、村の出口から離れ気味にしててくれると嬉しい」

 中々頭の回る人のようで助かった。

 「一度家に戻るって言ってたけど、もうそろそろ村との距離は良さそうかな?」

 「そうですね、クトーの足ならもうだいぶ離れたと思います」

 「それじゃ、照明弾を撃つからお嫁さんは村から出てね」

 青年の言葉に従って、クトーが占拠していた村の出口からさらに進んだ場所で立ち止まる。

 暫くすると、大気をつんざくような爆音が響き、一筋の煙が空へと上った。その直後、山側からも爆音が響く。

 冬樹は雪崩が起こったらどうしようと不安になったが、特に何事もなかったようだ。

 ほっと息をついた瞬間、体が宙を舞う。

 「ひへっ!?」

 ぽーん、と空高く体が浮いた。眼下にはどうやら冬樹をほうり投げたらしく両手を高く掲げるクトーの姿。

 「フユキー!」

 落下する冬樹の体をしっかりと抱きとめ、そのまま強く抱きしめる。

 「……愛情表現が、おかしいと思う」

 落下の恐怖にドキドキと脈を打つ心臓を押さえて冬樹はクトーを睨む。

 「行くぞ!」

 冬樹の言うことを無視してクトーは巨大な猫型の竜に変化すると、今度は冬樹の首根っこを噛んでまたも抛り投げる。

 「ぎゃぁぁぁあ!」

 今度は背中で冬樹を受け止めると、風を切って走り出した。

 「ちょっ!ちょっ!まっ……!」

 もちろん冬樹の悲痛な叫びは無視された。



 ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~



 何とか鱗に掴まりクトーの背に揺られていると、一部大きく大地が抉られた場所を通過した。

 後から話を聞くと、喜びと興奮を抑えるためにクトーがその場所を殴ったらしい。照明弾の後に響いたあの音の正体である。


 久々に見たクトーの家は、その面影を無くしていた。

 石造りではあるが、レンガのように一つ一つ重ねられた外観は、東の大陸に良く見られるもの。何を素材にして作ったのか、窓ガラスっぽい素材のものが嵌った窓もある。

 ただし、白い外観と打って変わって、中に入るとワインレッドに統一されているのは変わらない。クトーの鱗を素材にして作っている以上仕方がないのだが、どうにか染色出来ないか実験してみようと冬樹は思った。

 「ここがリビングで、こっちがキッチンな!食材はここに作った地下倉庫に入れておけばいい。外に通じる穴を作ったから、そっちから雪を入れれば十分れーぞーこって奴と同じ役割すんだろ。で、こっち!」

 人型に戻ったクトーが冬樹の手を引いて家の中を歩き回る。紹介されたダイニングには大きな石テーブルと椅子が数えて十二脚。一人きりで生活していたクトーだが、これからは友達と呼べる人たちとこのテーブルを囲めるといいなと冬樹は思った。きっと、そういった意図もあっての椅子の数だろう。

 「こっからあっこまでが子供部屋な。一応多めに見積もって十室用意したが、まぁそれ以上になったら増築するか」

 「は?」

 理解は出来た。己の体を竜に変化させることが可能だとわかった時から、クトーの傍に居ると決意した時から、何れクトーとの間に子供を儲けるだろうと思っていた。しかし、子供部屋を十室とは何事かと、冬樹は目を見張る。クトーは多くて十人、冬樹に子供を産ませるつもりらしい。つまりダイニングで見た十二脚の椅子は、誰かを招待するためではなく、クトーと冬樹、そして何れ生まれる十人の子供たちの為のものだ。

 驚きの家族計画に眩暈がするが、そんな冬樹に構うことなくクトーは先へと進む。

 「んで、ここが俺たちの寝室!」

 通された部屋は、ワインレッドに統一されている以上、爽やかとか言えない……むしろ若干エロティズムに満ちた部屋になっていた。

 まぁそれも仕方がないと自分を納得させ、部屋をよく検分しようとした矢先、クトーが噛み付くように冬樹にキスをする。

 貪るような口付けを驚きつつ受け入れている。押され気味で、思わず足を引いて二、三歩下がるとベッドにぶつかり二人して倒れこんだ。

 「っ……ふっ…」

 やっと離れた唇から荒く息を吐き出すと、その吐息すら飲み込むようにまた唇を塞がれる。そうされる間にもクトーの手は冬樹の体をまさぐり、気がつけばコートの前身頃は開けられ、中に着ていたハイネックは胸元までたくし上げられている。

 「んぅっ……」

 冬樹がクトーの背を叩くと、やっと唇が離れた。

 「ちょっとっ…急過ぎ……」

 冬樹の訴えに、クトーは灼熱に燃え上がる瞳を向ける。

 「もう我慢出来ねぇし、する必要もねぇ」

 それだけ言うと、クトーは冬樹の全てを奪いつくさんと動き、その欲望を冬樹の中にぶちまけた。


 冬樹には、ただ甘く切なく鳴き続けることしか出来なかった。



 ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~



 「ちょっと!いい加減にしてよ!」

 怒りの声をクトーに向けたのは、そろそろ成人を迎えようと言う年齢の美しい娘。

 「何人作れば気が済むわけ!?」

 その腕には卵から孵ったばかりの鱗に覆われた子猫のような小さな命が大切そうに抱えられている。

 「あぁ?そりゃ、デキる限りいつまでも?」

 「……クトー……」

 夫の言葉に、妻がため息を漏らす。しかし、夫の腕の中にしっかり収まっている為、娘的には母も怒りの対象だった。

 「デキる限りってね!もう十三人!十三人目なの!!」

 初めは増えていく弟妹に、大変だと思いつつも楽しい日々だった。しかし、五人を過ぎ、八人を過ぎて毎年一人ずつポコポコと増えていく弟妹の世話に、娘はてんてこ舞いだ。

 すぐ下の弟は、良く食べる家族の為に殆どの時間を狩りに費やしているし、その下の妹は将来学者になるという夢を持ちながらも、家事を手伝ってくれている。

 父は母が妊娠すると何もさせたがらないので、いつも上の子供たちが家の一切合財を管理しているのだ。

 そろそろ適齢期を迎える訳でもあるし、ひそかに不岩に恋に近しい気持ちを抱いてもいる。昔、不岩は母にホの字だったと聞いてから、母似の容姿であることに影でガッツポーズしたのだ。

 しかし、シャラントで暮らす不岩とは年に数度、彼が遊びに来たときぐらいしか会えない。待っていても何も進展しないと思うからこそ、自分から逢いに行きたいのに、手のかかる幼子が増える一方で、家を出ることが出来ない。

 ここで打ち止めにして欲しいと切実に思っている。

 そんな娘に、母が自身のお腹を労わるように撫で、そうしてから改めて娘を見つめる。

 「まさか…まさか、ママ……」

 「あのね、ナツキ……、十四人目が……」

 母の申し訳なさそうな申告に、娘の絶叫が木霊した。



 これは、

 ほんの少しだけ、私たちの暮らす世界とは違う世界の

 小さな国の燃え上がるような愛の物語?



 おしまい。







 一年後、

 「あのね…十五人目……」

 その言葉に、長女の発狂に似た声が雪山に轟いたのは言うまでも無い。

 みんなも起こそう!ゲシュタルト崩壊!

 冬冬冬冬冬冬冬冬冬冬冬冬冬冬冬冬冬冬冬

 冬冬冬冬冬冬冬冬冬冬冬冬冬冬冬冬冬冬冬

 冬冬冬冬冬冬冬冬冬冬冬冬冬冬冬冬冬冬冬

 冬冬冬冬冬冬冬冬冬冬冬冬冬冬冬冬冬冬冬

 冬冬冬冬冬冬冬冬冬冬冬冬冬冬冬冬冬冬冬


 って、ちがくて。

 ここまでお読みいただき、真にありがとうございます!

 遺伝子組み換えとか、そこらへん触れられると困ります。適当に書いてるから!テヘペロっ(←

 最初、不岩さまは超悪役だったんだZE☆

 でも凄くドロドロになっちゃったので、全面的に変えました。

 消えた五千字…ふふっ★そして後半グダグダ♪

 さすがに短編集と謳っておいて一作しかねぇのはダメだよな?と感じたので急いで書いてみたらこの結果っ!

 いや、一作目から時間空いてますけどね(笑)

 今作は、感情面は押し出さずにサクサクギャグギャグ書きたいな~と思ったので、冬樹の心理とかクトーが雪山に居る理由などは殆ど省いています。それでも読めるお話にしたかったんですが、駄作オーラぱねぇっす!

 そんな作品を最後まで読んでくださった方々には、本当に感謝!


 それでは、また次回作でお会い出来ますことを!




 あ、前作読んだ人は気付いてると思うけど前作と同じ世界だったりするんだぜ。時代はこっちのほうが古い設定だけど。

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