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おうさとじんの短編集。  作者: おうさとじん
異世界シリーズ
3/7

  初・カレイトの日

2013/2/14

ハッピーバレンタイン?

 「シ、シーラ?どうしたとい、うのだ……?」

 麗しいかんばせに焦りの表情を浮かべたディルークが、不貞腐れて腕を組むシーラの顔を必死に覗き込もうとするがその度にそっぽを向かれてしまい、ついにはその瞳にうっすらと涙を浮かべ始めた。


 小さな町が、甘い香りと刺激的な香りが混ざり合ったなんとも言い難い香りに包まれて早三日。

 青年達は慣れぬ手付きで甘い甘いチョコを捏ねくり、乙女達は慣れた手付きで辛い辛いカレーを煮込む。

 そう、今日はカレイトの日。

 遠い昔、遠い国で起こったと言われる竜と竜の花嫁のお話が起源と言われる一大イベントの日――



 ――とある雪山には、それはそれは睦まじい竜の夫婦がおりました――


 「…………」

 申し訳ないと思いつつも、シーラの語りの冒頭からワクワクとした表情のディルークに、シーラのほうが申し訳ない気持ちへとなっていく。

 「ごめんなさい、実は私もよく知らないの……」

 そう、起源が竜の夫婦であり、男が女の為にチョコでスイーツを、女が男の為にカレーを作り送る習慣であることしか伝わっていない。

 カレイトの日は夫婦が愛を確かめ合う日なのだと言う。

 「とに、かく……ね?奥さんは旦那さまの為に辛ぁいカレーを作って、お返しに旦那さまは奥さんに甘い甘いチョコ菓子を手作りするっていう大切な夫婦のイベントの日なのよ!」

 だからシーラは愛する夫の為に一生懸命辛い辛いカレーを作ったのだ。


 シーラは辛味が苦手である。それはディルークも同じ。

 「きょ…今日のカレーはいつも以上に辛いな…………」

 爬虫類特有の長めの舌をはしたなくも口から出し、夫がヒーヒー言いながらカレーを食べるのを眺めながら、爬虫類顔をしているが短い舌のシーラも舌を出してヒーヒー言いながら「そ、そうね」と言う。

 なんとか完食して、食器を二人睦まじく片付けた。

 念願かなって購入したテレビを見ながら、今か今かと夫からの甘いチョコを待っていたが一向にくれる気配がない。

 そうこうしているうちにお風呂に二人で入り――シーラはディルークのしっぽを若干のエスっ気を出して洗って上げた――なにやら興奮気味のディルークにベッドに連れ去られ、覆いかぶさられた所でついにシーラが切れた。

 「順番が違うでしょ!!」

 と。


 きょとんとした夫の顔に、シーラはまさかと思う。

 ここ数日のお祭り騒ぎだ。町には男たちが作るチョコスイーツの甘い香りと、女たちが辛くとも上手いものをと数日掛けて煮込むカレーの匂いで満たされていたのだ。

 商店街でも『カレイトの日特集!』とか『カレイトの日用食材』とか色々出ていた。

 竜人の夫がもしも万が一カレイトの日を知らないにしても、これだけの騒ぎになっていれば気付くはず。

 なんせ賢い竜人なのだ。人間よりもはるかに賢く、しかもそんな竜人を束ねる族長にもなれた筈の実力者の夫なのだ。

 つまりこれは『愛はもう醒めました』との意思表示なのだ。

 カレイトの日に、どちらかが何も渡さないのはそういう意味になる。

 カレーが辛ければ辛いほど『貴方をこんなに情熱的に愛してる』と言う意味になり、チョコが甘ければ甘いほど『お前をこれほどに甘やかしたい』という意味になる。

 だからこそ、カレーが甘口になると『おだやかな愛』の意思表示になり、チョコがビターであれば『甘やかすのではなく甘えたい』という意思表示になる。

 まだまだ新婚の二人だ。だからシーラはこれでもかと言うほどにカレーを辛くした。それなのに、夫は何も返してくれなかったのだ。

 (どちらかと言えば甘えたいけど、ビターだったらちゃんと甘えさせてあげよう)

 そんな事を考えながら、懸命にカレーをかき混ぜた数日間が滑稽に思えるほどに打ちひしがれた。

 冒頭の展開はそれゆえである。


 「なんと……人間にはそんなイベントが……」

 話を聞いて呆然とする夫。

 「ここ数日、テレビでだって特集してたじゃない!それに、町だって、カレイトの日一色で……、知らない振りなんてさっ、されてもっ……」

 怒りに任せて出した大きな声が、徐々に尻すぼみ涙声に変わる。

 そんなシーラをディルークが優しく抱きしめた。

 「すまぬ……言い訳にしかならぬが……てれびは見ていなかった」

 「嘘!だって、いつも一緒に見て、見てたぁ……」

 「その……シーラを見ていたのだ……。てれびを見て、笑ったり悩んだりするお前をみることにばかり集中してしまってだな……」

 ディルークの告白に、シーラのしゃくりあげる声が不自然にとまる。

 「で、でも……町であんなに……」

 「それは、何事かあるのには気付いていたのだが……」

 「気付いてたなら聞けば良かっただけじゃない!」

 年甲斐もなく顔を涙でぐしゃぐしゃにして、夫を詰る己を恥ずかしく思う心もあるが、どうにも止まれずにシーラは言い募る。

 「聞こうとはしたのだが、ここ一週間はこの顔でおれとお前が言っただろう……?この顔だと、な……」

 爬虫類顔全開の夫を見上げる。

 (そうだったわ……)

 素顔が怖ろしいほどに美しい夫に岡惚れしている乙女は多い。その為、カレイトの日が近づくにつれ不安が募ったシーラは、ディルークに変化した姿でいてくれるように頼んだのだ。

 「その、皆……挨拶をしてくれるようにはなったが、この顔で近づくと一瞬ビクっとされるのだ……故に、声を掛け辛くて、だな……すまぬ、己の弱き心が……」

 ズンドコと沈んでいく夫の思考がとんでもない方向に飛びそうで、シーラは慌てて声を遮った。

 「ごめんなさい!」

 その声に、ディルークが爬虫類特有の目を見開く。

 「なぜシーラが謝るのだ。悪いのはわた……」

 「いいえ、私だわ!私が町の女の子たちに嫉妬して、変化しててなんて言わなければよかったのよ……」

 「嫉妬……」

 「えぇ。私がそんなことを言ったせいで、一週間あなたは厭な思いをしたのよ、ね……?」

 仲良くなれたと思った町の人々にビクビクとされたのだ、この心優しい夫がその胸を痛めなかったはずがない。とシーラは申し訳なく思う。

 「嫉妬……」

 申し訳なさに俯くシーラの頭上に、何故か恍惚とした声音が振ってくる。

 「嫉妬、したのだな……?」

 「え、えぇ……」

 いつの間にか夫の変化が解けている。

 付け根が太く、先端に向かって細くなって行っている尻尾がシーラの腰に絡まる。

 「あぁ、シーラ――」

 「え?ディっ……」

 熱い吐息と共に、唇が降ってきた。

 「むぐっ…んっ……」

 性急な深い口付けに目を見開いたままのシーラの視線と、蕩けるような熱を孕んだディルークの視線がぶつかる。硬直したかのように、瞬きすら出来ずにいると、シーラを見詰めるディルークの瞳がすっと細まり――



 今までにないくらい体力を消耗し、ベッドから動けなくなっているシーラ。

 「暫く留守にする」

 と、外に出たらしい夫がたったの半刻で戻ってきた。

 その手にはハート型のチョコケーキ。

 「どうしたの?それ……」

 「うむ、流石に店はどこも閉まっていた故、カカオマスは実家から強奪してきた。後はパンケーキを作る要領でだな……。すまぬ、来年は凝る故、今年はこれで許してくれ」

 少ししょぼくれた顔で、ディルークがフォークに掬ったチョコケーキをシーラの口元へ運ぶ。少し恥ずかしいながら動くことも出来ないのでそのまま口にいれ咀嚼すると、喉に突っかかるほどの、思わず咳き込みそうになるほどの甘さに驚いた。

 「す、ごい甘いわね……」

 シーラが使ったフォークで、ディルークも一口自作したチョコケーキを食べる。

 「うむ。シーラをドロドロに甘やかしてやりたかった故、砂糖を飽和寸前まで入れたのだが……あれほど混ぜてもやはり少々ジャリジャリするな……」

 (私が言いたかったことはそういうことじゃないんだけど……)

 「チョコの風味も砂糖の甘みで飛んで感じることすら出来ぬな……」

 (えぇ、そう、そっち!)

 「来年は味良く、これ以上に甘いチョコを用意するゆえ……」

 カチャリと、食器がサイドテーブルに置かれる。

 「今年も来年も、その先もずっと――私に甘やかされるがいい……」


 あぁ、そして夜は更けてゆくのだ――




 「わかるか?聖夜生まれだからと弄られる私の気持ちが」

 兄は妹にしかめっつらを向ける。

 「なんでー?」

 「人の子は十月十日で生まれるのだ。聖夜生まれとは即ち、カレイトの日仕込み……」

 「ラーディー!!」

 爬虫類顔の母親から飛んできた拳骨に、美しい顔の少年は頭を抱えてしゃがみ込んだ。

 「ママー?かれいとの日じこみって」

 「ルーシー、それはいずれ教えるからこっちに来なさい」

 美しい顔の父親においでおいでされた爬虫類顔の少女は、嬉しそうにその胸へと飛び込んだのでした。

竜と花嫁のお話は「初・チョコレイトの日」からどうぞ(笑)

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