風花
「覆面作家企画」という企画に提出させていただいた作品です。
テーマは「花」で、原稿用紙20枚までという制限の元に執筆いたしました。
男の子主人公の物語は苦手なのですが、頑張って書いてみたのでよろしくお願い致します!
木枯らしが吹き付ける十二月も半ば。
ぎゅうぎゅう詰めの朝の通勤ラッシュの電車からはじき出された俺は、吹きさらしの駅のホームへと降り立った。
電車の走り去ったあとのホームには俺と同じ制服に身を包んだ高校生が山のようにうごめいている。
毎朝の事ながら、その様子は圧巻だ。
その人ごみにまぎれるように、俺は改札へ向かって肩を縮めて足を速める。
北風が、俺の体に突風となって吹きつける。
一人重い足取りで改札を通り抜けた俺は、吹き付ける突風に一瞬息を詰まらせた。冬用の制服である学ランに手編みのマフラーを首に巻いただけでは、この寒さは凌げないらしい。
「祐貴っ! おーっす。相変わらずさみぃなー」
ぐっと息を止めて寒さをこらえた俺の背中を勢いよく叩いたのは、同じクラスの亮介だ。俺と同じく、学ランにマフラー、そして電車通学のくせに何故か手袋をしている。
「なんだよ、亮介。同じ電車だったのかよ」
「朝から不機嫌さんだねー。なになに? もしかしてまたあかねちゃんとケンカでもしたワケ?」
寒さでかじかむ手で通学用の定期を定期入れに入れて、俺は小さくため息をつく。
「うるせぇ。お前には関係ねーだろ」
「ってことは、またケンカかぁ。おめーらもほんっとに懲りねぇよなー」
そういって俺の隣でお気楽男は足取り軽く「昼飯何食おっかなー」などとつぶやいている。
その様子に少しだけ腹を立てつつ、俺は再度思いっきり深いため息をつく。
隣を歩く亮介の言葉は間違っていない。
確かに昨日の夜、俺は付き合って一年となる彼女、宮川あかねと電話越しに盛大なケンカをしでかした。
下手したら今年中には仲直りできねぇんじゃねーか? と思えるほどの大ゲンカだ。
しかも、原因は完全に俺にある。
だからこそ一夜明けた俺のテンションはとにかく低いわけだ。
――謝ったところで簡単には許してくれねぇだろうしなぁ。
「で? 今度は何やらかしたんだよ?」
「今度ってなんだよ。別にいつも俺が悪いわけじゃねぇぞ」
「でも、今回は祐貴が悪いんだろうが?」
「……。ま、そうだけどな」
今年の四月から同じクラスになった亮介とはまだ出会ってから九ヶ月ほどの付き合いだが、何故かもうすでに長年連れ添った夫婦のような関係だ。
俺が感情を表に出しやすいのか、それともコイツが異常に人の気持ちを読むということに長けているのかはわからないが、俺の考えていることは大概こいつにはお見通しだったりする。
下手すると、付き合って一年になる彼女のあかねより俺の気持ちを分かるやつかもしれねぇ。
――男に分かってもらったってこれっぽっちも嬉しくねぇけどな。
「来週末、クリスマスイブだろ?」
「おおー。そういえば今年はイブが土曜なんだよなー。ってぇことはもう冬休み入ってんじゃん」
低い声で話し始めた俺の言葉に、亮介はケイタイを取り出してカレンダーチェックを始める。そういやコイツは先月彼女と別れたから今は独り身だっけ。
ま、彼女持ちじゃねぇ男にとっては、クリスマスイブがいつだろうが関係ねーよな。
「で? もしかしてあかねちゃんとデートの約束があったくせに、他に予定入れたとか?」
ニヤリと笑いつつケイタイを閉じて、亮介は俺の顔を見る。
図星だよ。ってぇか、俺ってそんなにわかりやすいのかよ?
「だってよー。あいつとこの約束したの先月の話だぜ? んなもん忘れちまうじゃねーかよ」
「そっかぁ? 甘い恋人たちにとって、クリスマスイブっていやぁ、年に一度のラブラブ祭典じゃねーのかよ?」
ラ……ラブラブ祭典ってなんだよ。おい。
「んなこと言ったってよ。クラブの先輩から徹マンに誘われちまったしよーっと」
亮介の言葉に小さく反論していた俺の胸元で何かが小刻みに震える。
寒く冷えた体に直接響く振動は、まるで昨夜の電話越しのあかねの声のようだ。
そんなことを考えながら、俺は胸ポケットから震え続けているケイタイを取り出す。
そこには、メール着信が一通。
「おっ。愛しのあかねちゃんからメールか?」
お気楽な口調でそういって、亮介は俺の隣からケイタイの画面を覗き込む。
そこには、確かに今話題に出ていた「あかね」という名前とタイトルなしのメールが一通表示されている。
「タイトルなしってのが怖いねー。でも、ケンカの後っていうことは仲直りメールなんじゃねーの?」
俺の気持ちを代弁するかのようにペラペラとしゃべる亮介を無視して、俺は恐る恐るかじかんだ手でメールを開くボタンを押す。
と、そこに出てきたのは愛想もそっけもない一文だけ。
「……なんだこれ?」
少し傷がついている液晶画面には『今日の放課後、風花で待つ』とだけ書かれていた。
カゼハナ? なんだそれ?
「仲直りメールだったのか――。っと、祐貴?」
思わず足を止めた俺の様子に気づいて、少し前を歩いていた亮介が俺のそばまで戻ってくる。
「なぁ。カゼハナってなんかわかるか?」
「へ? カゼハナ? 鼻かぜのことかよ?」
俺の質問に、ナイスなボケをかましてくれる友人にこっそりとため息をつく。
いや、そんなボケはいいから。
「ちげーよ。『カゼハナ』だよ。今吹いているこの風にそこらへんに咲いてる花で『風花』」
「風に花ぁ? ああー。それはカゼハナじゃなくって『風花』のことだろ?」
「カザバナ? なんだ? それ」
ケイタイを手にきょとんとする俺に向かって、亮介はしたり顔で説明を始める。
「激しい突風で山のてっぺんに積もってる雪が舞い降りてくる様子のことだよ。ひらひらと桜の花びらが舞い散るみたいに見えるからそういうんだーってこの前古典の先生が言ってたじゃん」
「……言ってたっけ?」
「言ってた言ってた。で? 風花がどうかしたのかよ?」
「いや」
ひらひらと舞い散る雪だぁ? そこで待つってぇことは、その雪が舞い散る場所で待ち合わせってことか?
――どこだよそれ。ってぇか、なんだよ。その謎解きみたいな待ち合わせ場所。
「あかねちゃんからのメールに書いてあったのかよ? 俺にもちょっと見せてみろってっ」
ケイタイ画面を呆然と見つつ一人ぐるぐると考え込んでいた俺の手元を除き見て、亮介は低く唸る。
「こりゃまたそっけないメールだなー。お前らのメールのやり取りっていつもこんな業務的なわけ?」
「え? んなことはねーけど……」
亮介の問いに対して適当に相槌を打ちつつ、俺はひたすら考え込んでいた。
雪が降る場所? 雪? 粉雪? 今年は初雪もまだなのに?
なんだよコレ。単に俺を困らせたいだけか?
「ま、今日は風が強いから風花が見れるかも知れねぇぜ? それに、ほら風花が見たいならとっておきの場所があるじゃん」
軽く自虐的に考え込んでいた俺の耳に、隣から能天気な声でヒントらしきものが飛び込んでくる。
「え? とっておきの場所? んなもんあるのかよ?」
「おー。学校の体育倉庫の裏だよ。去年クラスの女子がゆーてたぞ? あそこだけ粉雪が舞っていただのなんだの」
亮介の言葉に、俺はプレハブで作られた小さな倉庫を思い出す。冬場は日中でも日が当たらないくせに、北側に建物が無いためか北風が強く、体育大会の準備の時には臨時的に設置していたテントが倒れていた記憶がある。
「あー…。たしかに北風が強いから山に積もった雪が突風で下りてくるかもなー」
うちの学校があるこの街は、四方八方を山に囲まれた見事な盆地地形だ。近隣の山頂はもうすでにうっすらと雪が積もっているし、今日のこの突風を考えれば、確かに風花とやらが見れるかもしれない。
あかねのヤツ、それを見越してこのメールを寄越したのか?
「だろ? ってことは、今日の放課後そこであかねちゃんが待ってくれてるってことじゃねーの?」
そ、そうなのか? 明らかに俺を試しているだけのような気もするんだけど……。
気楽にそういって「早く行こうぜ」と俺を促す亮介の言葉に耳を傾けつつ、俺はケイタイをたたんでポケットに仕舞った。
まぁ、今回は完全にこっちが悪いんだ。あかねが俺を試しているんだかなんだか知らねぇが、放課後、ひとまずあの極寒の地である体育倉庫裏に行くしかねぇよな。
気持ちを引き締めた俺は、あかねが去年のクリスマスに編んでくれた手編みのマフラーをしっかりと首に巻きなおして、北風が吹きつける通学路を学校へと向かって足早に歩き出した。
* * *
そして、放課後――。
精一杯の誠意を見せるため、俺はホームルームが終わると同時にあかねが指定したと思われる体育倉庫の裏へと急いだ。
そんな俺に対して、着いた瞬間に吹きつけるのは冷たい北風。
「うー…。ほんっきでこんなトコで待ち合わせする気なのか? あかねのヤツ」
息を整えつつ顔をあげると、部活の準備をしているであろう陸上部の一年らしき女子数名と目が合う。
明らかに、不審な表情で俺を見る。
まぁ、この季節に普通に学ラン姿でこんなところでぼーっと突っ立っている男子がいたら、そりゃ女子的には不審な目も向けたくなるんだろうな。
少し首をかしげて体育倉庫からハードルを手に運動場へと向かうその後姿を情けなく見送りながら、俺はゆっくりと深くため息をつく。
そんなことより今はあかねとの仲直りが先決だ。
校舎と運動場に挟まれたこの場所で、俺は校舎を見上げたり運動場をのぞいたりしつつ徐々に募る不安とイライラを押さえ込んでいた。
待てども待てどもあかねの姿は無い。
走ってきて程よくあったまっていた体も、徐々に冷えてくる。
ケイタイの液晶画面で時間を確認すると、俺のクラスのホームルームが終わってからすでにもう十五分が過ぎている。
絶対に、あかねのクラスは終わってるはずだ。
冬休み直前の今、何か放課後に用事が入るとも思えない。
というか、もし用事ができたなら一言メールで連絡が入るはず。
そう思ってさっきから何度もメール受信確認をしてみるも、新着メッセージは常にゼロ。
ケイタイをいじる俺の手も、冷たい突風に徐々に感覚をなくしていく。
学ランに吹きつける北風が、思いのほか冷たい。
――もしかして、俺と別れるつもりか?
たかが、クリスマスの約束を忘れていたぐらいで?
まさかなぁ……と思いつつ、俺は今朝の亮介の言葉を思い出した。
――クリスマスイブは年に一度のラブラブ祭典。
まぁ、亮介のこの言葉のセンスはどうかと思うけど、確かにクリスマスイブっていうのは女の子にとっては特別な日なのかもしれねぇよな。
俺ら男にとってはなんでもない冬の一日だけど、女の子にとっちゃぁロマンチックなヒトトキってやつなのかもしれねぇ。
でも、一年も付き合ってきて、今更これぐらいのことで別れ話になるか?
まさかなーと思っていた俺だが、ふと最近のあかねに対する自分の行動を思い出して、そのお気楽な考えを引っ込める。
確かにここ最近は俺も部活が忙しくってろくにあかねと会ってなかったしな。そういや、先月のあかねの誕生日も、直前まで忘れてたんだっけ。
やっべぇかもしれねぇ。
ってことは、この、学校一極寒の地で俺を待たせてるのって……もしかして俺を怒らせてそのまま別れ話に持っていこうとしてるのか?
それとも、気が変わって俺とはもうしゃべりたくない……とか?
どんどんネガティブになっていく自分の考えにはまりながら、俺はもう一度ケイタイの画面をチェックする。
すでに、ここに来てから四十五分が経とうとしていた。
四十五分。
いくらなんでも、これはおかしい。
完全に俺が悪い今回のケンカだけど、こっちから「どうしたんだよ?」のメールぐらい送ってもいいよな。
「ぶぇっくしょんっ」
特大のくしゃみをぶちかましてから、俺は凍えた手でケイタイの画面を開く。
そして、あかねへのメールを打とうとした、その時――。
* * *
「まったく。ほんっとに馬鹿じゃないのーっ?!」
暖かい店内で、俺は注文したカプチーノにゆっくりと口をつける。
ふわふわの泡は、俺の冷えたくちびるを優しく包み込む。
「うるせぇよ。お前こそ、もうちょっとわかりやすく書けよなぁ」
じんわりと喉を通っていく暖かいカプチーノに幸せを感じつつ、俺は目の前に座ってロイヤルミルクティーをゆっくりとかき混ぜるあかねにぶちぶちと文句を言う。
「入れたじゃないっ! ちゃんと『風花で待つ』って!」
「……だから、風花が舞い降りるっちゅー体育倉庫裏で待ってたんだろうが」
「かざばなぁ? 何言ってんのよ」
「お前なー…。『フーカ』なら『フーカ』って書けよっ! カタカナでっ!」
「なんでよっ。ここの正式名称でしょう? 風花で待つってちゃんと入れたじゃない」
……知らなかったんだよ。
いつも行ってる喫茶店の名前が、まさか漢字で書くと「風花」だっただなんてよ。
いつも「フーカ」って呼んでるし、だいたい店のドアにも「喫茶fuuca」って書いてあるじゃねーかっ。
「ぶぇっくしょんっ」
ぶちぶちと心の中で文句を続けていた俺は、本日二度目の盛大なくしゃみをした。
「ほんっとに馬鹿なんだから」
そんな俺の様子を見て、あかねはちょっと呆れたようにそうつぶやく。
でも、その瞳は優しい。
間違っても、これから別れ話をしよう、という目ではない。
「それで? 四十五分もあの寒いところで待ってたの?」
「おうよ」
ふわふわのカプチーノの泡をスプーンで触りながら、俺は小さく返事をする。
待ってたよ。その間にイロイロと考えちまったよ。
こうしてみると、完全に俺の早合点だったんだけどよ。
「一言メールくれればよかったのに」
お前からのメールが来たその瞬間俺もメールを送ろうとしていました、なんていうかっこ悪い言葉はさすがにいえなかった。
思わず口ごもる俺の目の前に、カプチーノと一緒に注文した自家製ホットサンドが運ばれてくる。
焼きたての胚芽パンを分厚くスライスして、その間にシャキシャキのレタスと自家製厚切りベーコン、半熟のトロトロ卵をはさんだこのホットサンドは、俺の一番の好物だ。
美味そうなそのホットサンドを前にして、俺は言わなきゃならなかった言葉を口にする。
「……クリスマスイブの約束、忘れてて悪かったな」
今回のケンカの発端。
元はといえば、俺がこの約束を忘れていたからはじまったんだよな。今回のこのすれ違いも。
「徹マンのほうは断るからよ」
久しぶりの徹マンは惜しいけど、どうせまたすぐに召集かけられるんだ。
それより、年に一度のクリスマスイブ。
女の子にとっては、年に一度のラブラブ祭典。
やっぱりそういうもんって大切にしてやらねぇといけねぇよな。
さっきの四十五分でそんなことを考えていた俺のこの言葉に、目の前のあかねはあっけらかんと笑顔でとんでもない言葉を返してくる。
「あ。もういいよっ。そのことなら」
「へ?」
俺が注文したはずのホットサンドを一切れ手にとって、あかねはにっこり笑顔で言葉を続ける。
「今日学校でね。美雪たちとクリスマスパーティーすることに決めたから。イブの夜に」
「は?」
「だから、祐貴はクラブの先輩と徹マン楽しんでおいでよー。私も女の子だけのパーティーを存分に楽しむから」
それだけ言って、あかねは大きな口をあけてホットサンドにかぶりついた。
そして、にっこり笑って一言。
「やっぱりここのホットサンドっておいしいねーっ」
目の前でホットサンドをおいしそうに食べる彼女を見つめて、俺は思いっきり呆然とする。
おい。
クリスマスイブは女の子にとって大切な日じゃねぇのかよ?
ラブラブ祭典ってぇのは、一体何処に消えたんだよ?
さっきの四十五分を返してくれーっ。という俺の心の叫びはゆっくりとカプチーノの泡の中にとけていき――。
気がつけば、二切れ目のホットサンドもあかねの胃の中におさまっていた。
クリスマスイブの約束といい目の前のホットサンドといい、所詮俺はコイツには敵わねぇってことかよ。
目の前に残された空っぽの大皿を恨めしげに見つめながら、俺は小さくため息をついた。
読んでくださってありがとうございます!
イマドキの高校生がどういう恋愛をしているのかわかりませんが、少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
もしよろしかったらご感想などよろしくお願い致します。