女二人旅
この世界というのは不思議な規則によって縛られている。
それは髪の色だ。簡単にいえば(といってもマルクから聞いた話だが)赤髪は火、青髪は水、緑髪は風と言った具合だ。
その中でも異例として金髪は勇者、黒髪は魔王や魔女なんていうパターンが存在する。
「明日ね、勇者様と旅に出なくちゃいけなくて…お別れを…ね」
マルクは辛そうな顔でこの街を去っていった。俺はその旅立ちに立ち会うこともなく、昼寝をしていた。
勇者というのは規則に縛られた、俗に属性種というらしいが、その数人を連れて旅をしなければいけないらしい。それで何かが変わるわけでも魔王や魔女が生れなくなるわけでもない。
現実にそんなことがあれば幸せな世界でも待っているのではないかとちょっと期待する。
ただ、”黒髪である俺”はその世界に祝福されない存在だ。
今は幼年期とかいう時期らしく魔力も力も一般人以下で誰かに保護されなければ生きていけない状態らしい俺は普通に独り暮らししている。
家、マルク曰く”魔王城(笑)”は木で出来たシンプルな作りだ。ちょっと城下町(ただの街なんだが)から鋸やら鉄鎚やらを拝借してきて4,5年かけて作ったお手製というやつだ。
家の中はすっからかんと言っても過言ではないほどに何もない。あるのはお手製の木の弓と弓矢と包丁|(これは拝借してきた)ぐらいなものである。
生活スタイルは起きてその日の食糧を狩って昼寝。こんなものである。正直一般人より劣ると言われてもピンと来ていないのが現状である。
「…」
俺は頭をぼりぼりと掻きながらしけた顔をしていた。
今はたぶん昼ちょっと前くらいだ。なのに獲物一匹狩れていない。不調な日でも一匹くらいは取れる。
「たしか、乾燥肉がまだ残ってたな」
俺は諦めて今日の狩りを引き上げることにした。
マルクの言う通り、俺にはマルク以外の友達などいない。誰が魔王になると言われている人間に近づくものか。逆にマルクが異常なくらいだ。そのせいで村長に何度か叱られているところを見たことがある。
正直、諦めていた。親に捨てられ、育ての親であった緑色の髪をした義母を殺され、誰もが俺を不幸や災厄を生む存在だと言い始めた時には人と話すことを諦めていた。
「…」
諦めたと思っていた。
「鬱陶しい…奴」
そう思っていた。
「昼寝の邪魔をする…奴」
さみしいなんて思うものかと思っていた。
「…はぁ」
俺はマルクの持ってきた青と黒の毛布を取ってくると青を椅子にかけ黒を自分に羽織ると縮こまって眠ることにした。まだ、帰ってから乾燥肉も食べてないやと思いだしたがどうでも良くなって目を瞑った。
「それでね!勇者様がね!」
夢の中、分かっている。目の前にいるマルクは俺が作りだした幻想。
「もうねー危なかったんだから」
楽しそうだな、お前。
「うん、だって今まで体験したことないことばっかだったし」
そっか、そっか。
「色々な仲間と旅するなんて中々出来ないよ」
だよな。お前は最年少で水の巫女に選ばれた凄い奴だもんな。
「それでね。私ね」
…?
「勇者様にね、これからも一緒に…」
…え…?
「私、受けようと思うんだ」
やめろ、
「大丈夫、皆が幸せに暮らせる世界にするから!」
やめろ…
「 も皆と楽しく暮らせる世界にするから…」
やめてくれ!
頬が濡れる感触で夢から醒めた。外は暗く、正確な時間は分からない。部屋の中は寝た時と何一つ変わらない状態だった。
俺のマルクへ対する依存度はかなり深刻らしいことが夢なんかで発覚するとは思いもよらなかった。
そういえばマルクが「大切な物は失った時に気づくんだよ~」とかほざいていた気がする。
「…」
失った後では何一つ、何一つ意味がないというのに。なぜ俺は金髪で勇者ではなかったのだろう。そうすればマルクと一緒に旅に行けたのに。
意味のない想像だ。俺は魔王の卵で災厄を呼ぶもの。それでいい。マルクが知らないところで死ねればいい。
ガタンッ
俺はビクリと体を震わせた。キィィとドアが開いた。一部の希望と大多数の恐れが俺を支配している。
「あのぉ…」
聞こえてきたのは少年か少女か分からないような声だ。
「少々道に迷ってしまいまして」
そして、一人ではないのであろう。落ち着きのある聖母のような女性の声が聞こえた。
「いないのか…な」
「いえ、少し眠ってまして。今灯りをつけます」
二人はビクリと身を震わせた。空家だと思われていたようだ。
俺は黒髪を隠すためにフードをかぶり動物の脂から作った簡易の蝋燭に火をつけた。3,4個に火をつけると部屋全体を照らせるくらいの明るさとなった。
「あの、一晩泊めていただけませんか」
「…こんなところであればどうぞご自由に」
なぜ俺は招き入れたのだろうか。街までの道を案内すればよかったのではと思い直したが遅かった。
「やった!ありが-」
「これ」
ぽこっと赤髪の少女?の頭を茶髪の女性が叩いた。
俺はなぜ叩かれたのか分らず頭の上にハテナマークを出していた。
「あ、ありがとうございます」
「よろしい」
言葉づかいか。まるで母子のような人たちだ。
「それで、そのフードは…」
「あぁ…」
どう言い訳したものかと考えていると
「ティエル、他人のプライバシーは干渉しないんじゃなかったの~」
赤髪の少女が助け舟を出してくれた。
「そうでしたね、失礼しました」
「いえ、お気になさらずに。
人と話すのは-…楽しいですから」
久しぶりなんて、まだマルクと話して一日くらいしか経っていないのに何を寝ぼけたことを考えているのだろうか。
茶髪の女性は「そうですか」とほほ笑んで赤髪の少女は物珍しそうに周りを見渡しては頭を叩かれている。そういえば火の属性種は落ち着きがなく好奇心旺盛、土の属性種は落ち着きがあるが禁欲的だとか…。土は髪の色が茶色だったか…正確には覚えていないが。
「それでは食事にしましょうか」
その言葉にくぅ~と二人のお腹が鳴った。
少女はにひひと照れ笑いをし、女性は少女の頭を叩きながら下を俯いた。
「…おいしいですね、これ」
「うんうんっ」
俺は「ありがとうございます」とだけ言って椅子に座っていた。
元々、俺はここを食糧置場と寝床にしか使うつもりはなかったため用意することすらしなかった食器類は今大活躍を果たしている。勿論、持って来たのはマルクだ。椅子も机も。
そして、マルクのせいで上達してしまった料理スキルも今では大好評を受けている。本来はマルクの手料理を食べないため(死ぬほどまずいので)に必至で訓練したスキルだ。
まぁ、ここ数年はおいしいと食べてくれる人がいたため磨きをかけていたと言っていいだろうが。
「すみません、干し肉とハーブしかなくて簡素な物しか作れなくて」
「いえいえ、十二分に美味しいです」
「お店開けるよ!」
「…」
マルクもそんなことを言っていたが、正直無理だ。
何と言っていいか、自然の材料を使って料理をしろと言われれば出来る。しかし、街などで売っている調味料などを使って料理などしたことがないのだ。
でも…出来るのならばしたい、してみたいとは思うのだ。
「しかし、なぜ女性二人で旅を?」
「はい、勇者様に会いに行くところなのです」
「僕たちを勇者様一行に加えてくれるように頼みに行くんだよ!」
「なるほど」
今日、勇者一行は近くの街を出発した。そしてこの人たちは道に迷ってしまった。というところだろう。急げば次の街で追いつけるだろうか。
「明日、近くの街付近までお送りします。たしかその街で今日勇者様が旅立ったと聞きましたから-」
「ほ、本当ですかっ!」
聖母のような茶髪の女性が大声で迫ってくると本当に恐ろしい。いや、恐ろしかった。
女性は「すみません、取り乱しました」と言い椅子に座りなおした。赤髪の少女はクスクスと笑っては頭を叩かれている。
「ええ…とりあえず旅の準備も必要だと思いますし、お…僕はその勇者一行がどこへ向かったのかは知らないので」
「俺…で構いませんよ」
女性は二コリと笑った。
「あ、そういえば自己紹介してなかったよね!ね?」
赤髪の少女はまるでおもちゃでも見つけたように目を輝かせてこちらを見つめている。
うぅ…こういうのが苦手なのは対人恐怖症ってやつなのだろうか…。
「僕はフレイス・I・ディーンだよ」
「私はティエルージュ・N・バージです」
ミドルネーム。もっと早く気がつくべきだった。勇者に合流しようと考えるのはマルクと同様の”巫女”か男の”神官”である。
そして、それは同時に俺を狙ってしかるべき相手である。
「俺は…ヴァニス・エスカトロフ」
声が震えている。自分ですら分かる変化に相手が気づいていないわけがない。
「ヴァニスさんですか、良い名前ですね」
「ラストネームは何かおいしそうな…」
「フレイスは食べ物のことしか頭にないのですか…?」
気づいていないらしい。ほっとする一面、恐ろしくなった。
目の前でこれほどまで和やかな雰囲気の二人が俺の髪の色を見てしまったら?
俺が、魔王の幼生期であると知ってしまったなら?
殺されは…しない。大丈夫、ダイジョウブ。
昔からそうだ。この世界の人は魔王の幼生期である状態は狙わない。だからこそ忌み嫌われ捨てられ街を追放されたのだ。
「二人は、魔王を倒すために旅をするんですよ…ね?」
「そうですね、人々を苦しめる奴らを許しておくわけにはいきませんから」
「少しでも平和な世界にしたいしねっ!」
フレイスの無邪気な笑顔が逆に恐ろしかった。今にも刺されそうな殺意を感じた。
幻想、幻想だ。落ち着いていれば問題ない。
「でも、その忌むべき魔王はどんなに頑張っても減らないんですよね」
ティエルはしょんぼりとうなだれた。勝手に産まれ、勝手に育ち、勝手に魔王になる。それが魔王。
「減らしては増えて減らしては増えて、キリないよぉ」
フレイスも少しだけしょんぼりとした。
「…あんまり遅くまで起きていると明日に支障が出ますからもう寝ましょうか」
二人に黒と青の毛布を渡すと寝室へと誘導した。俺は暫くやることがあるのでと言って家から出た。
「…」
俺はなぜ怯えなければならないのか、なぜ嫌われてしまったのか。
どこかで、どこかで神官や巫女は魔王を救うために存在しているのではと身勝手な答えを求めていた。ただの的。俺はただの的なのだ。
マルクなら”そんなことない”と言ってくれるだろうか。”私が守ってあげる”と言ってくれるだろうか。もし、帰ってきたら話をする機会があったら聞いてみよう。
例え、例え最悪の答えが返ってきたとしても…。その時の覚悟は決めておこう。まだ、数ヶ月はあるはずだから。
次の日の朝。俺は二人よりも早く起き、フードをかぶって朝食の準備をした。
昨日の用というのは昨日の夕食で尽きてしまった食糧の充填と仕込みであったりする。
小麦をすり潰し粉にした後、水と合わせながら捏ね、秘密のパウダーを振りかけて発酵させる。簡単に言うとパンだ。
日頃はパンというとてつもなくめんどくさい食べ物を作る気は起きないが、来客とあっては仕方がない。将来、敵になるかもしれない相手でも今は…今だけは和やかな雰囲気のまま送り出してあげたい。
魔王らしくないなと自嘲しながらもパンを焼く作業を続ける。
まぁ、味はパンというマルクのお墨付きなだけなちょっと食べにくいものだが歩きながらには持って来いだ。鳥が寄ってくるのが難点と言えば難点か。
「おはようございます」
ティエルは少しだけ寝癖のついた髪を整えながらひょいと顔を出した。
「パン…ですか」
「えぇ、歩きながらならこちらの方が食べやすいでしょうから」
続いてフレイスも顔を出したが眠気が取れないのか頭を下がっては上げ下がっては上げを繰り返していた。
「おはよーございましゅ」
まるで赤ん坊のような声にティエルはため息をついた。
俺は外に顔洗い場があるのでと言って朝食作りに戻った。
「…本当にパンなんですね」
「知り合いにもそう言われますよ」
「お菓子みたいだ!」
パンは小さな火起こし場では小さく長くと言った具合にしか焼けないので切ってしまうとラスクのような形状となってしまう。と説明して納得してもらったがどちらかというとお菓子に近い感覚ではある。
と、朝食を取ってしまって数十分の雑談をした後には街付近まで来ていた。眼では街は見えるが後十分程度は歩かないとつかないだろう。しかし、これ以上あの街には近寄りたくはない。
「ここまでありがとうございました」
「ありがとーヴァニス」
ぽこっと頭を叩かれて「ありがとうございました~」と言い直しをさせられていた。
「では、また機会があれば会いましょう」
「バイバイ」
俺はハイと返事だけをして帰路につくことにした。
結局、ばれはしなかった。次に会うのは敵同士というのが分かっている自分としては”また会いましょう”だなんて返すことは出来なかった。
話してみて、いい人たちであると分かったし出来れば今後ともお会いしたくはない。会ったとしても俺のことは知らないままだろうから。
-レィテッド・エスペランド。これが俺の名前なのだから。