2-1 そして役者は演目を始める。
えぇっと・・・
これからの話の中で、実際に起こった事件・事故が出てくることがあります。また、それを引用することがあります。
それはあくまでフィクションの中での話であり、その関係者の方々を不快にさせるものではありません。
不快になられた場合はご連絡いただけますようお願いいたします。
著者・拝
■2002年5月24日 東京都千代田区霞が関 警視庁本庁舎 17:00 視点:雄彦
どうしてこうなったのだろうか?僕は自問した。目の前には、警視庁幹部の何人かが座っている。で、僕の後ろには御手洗が座っている。何かの尋問だろうか?
「浅海雄彦君だね?私は警視庁の黒崎だ。刑事部長を務めている。」
「千葉です。警視庁刑事部の理事官です。」
「浅海です。はじめまして。」
警視庁の刑事部長か・・・そんなお偉方がぼくに何の用事だ?
「報告によると、君は変装していた怪盗ラファエルの姿を見破ったと聞く。実はうちの捜査員は誰もまだ見破ったことがないのだよ。なぜ君は見破れたのかね?」
そんなこと聞かれても困る。正直な話。
■2002年5月21日 東京都中野区JR中野駅前 18:50 視点;遥
「待て!あいつが怪盗ラファエルだ!」
そう叫ぶ声が聞こえた。あたしは動揺してその場から走り出した。契約発動時、あたしの五感は研ぎ澄まされる。最も、視力はよくなるわけじゃないからメガネをかけているのだけど・・・そのメガネの先がある人物を捕らえた。そうじゃなきゃあたしはその場にとどまっていただろう。その人物は、沙耶の兄、雄彦さんだ。あたしもよく沙耶の家に遊びに行くから会っている。ごまかせる自信はない。
「あいつがラファエルです!」
同じタイミングで似たような声が聞こえる。こっちは御手洗さんだろう。御手洗さん、雄彦さんと同じクラスの友人で、沙耶の家でよく会う。この二人ならあたしのことをすぐに見抜いてしまうだろう。あたしは沙耶と麻耶の待つところへ戻るべくノイズの魔法を使い、騒音を出して混乱させる作戦に出た。
■2002年5月24日 東京都千代田区霞が関 警視庁本庁舎 17:00 視点:雄彦
「とまぁ、そこでロストしたわけです。」
僕の説明に黒崎さんは納得したようなしてないような複雑な表情を浮かべていた。そりゃそうだろう。一介の高校生がいま巷を騒がしている怪盗の正体、しかもこれまで警察は誰も見ていない!ものを見ましたっていうのだから、納得するほうが不思議だ。でも、あの後史彦と話をした際に当然話をした。
「なんで僕らだけラファエルだとすぐに気付いたのだろうか?」
これまでラファエル事案が発生すること10数回、警察はそのたびに超高感度カメラやら赤外線追尾カメラやら暗視装置やら果てはNシステムで使うカメラまで持ち出してきたというのに、姿を見たことがないという。ラファエルは文字通り天使なのだという警察官までいる始末らしい。
僕は隣に座っている千葉理事官の顔を見た。困惑している。この事態に、だろうか?それとも一介の男子高校生2名を放課後の学校から任意同行同然でしょっぴいてきたことに、だろうか?
■視点:百雨
正直なところ、私は困惑している。一介の男子高校生をこの事案に巻き込むことに関してだ。それは今日の午前中のことだった。私は、黒崎部長に呼ばれて部長室を訪れた。
「千葉です。入ります。」
部屋に入ると部長は私に応接のソファに座るように指示をした。
「早速だが用件を話そう。先のラファエルの案件の際、ラファエルの正体に気付いた高校生がいたそうだね?」
「はい。そう言う報告が上がってきております。」
「先ほど総監と都公安委員会委員長と話をしたのだが、彼をうちの嘱託として招こうと考えている。」何を言ったのだ?部長は?高校生を嘱託として招く?
「部長。前例がありません。しかも嘱託で高校生を?」
「やむをえぬ処置だ。」
そう言う黒崎さんは笑っている。このおっさん、状況を楽しんでいやがる。私は内心、この部長を馬鹿にした。
「部長のご指示であればやむをえません。」
そう言って、妥協せざるを得なかった。少年、申し訳ない。君を警察に招くことになりそうだ・・・
■2002年5月25日 東京都武蔵野市吉祥寺 13:00 視点:一樹
その日は土曜日だった。大学の講義もなく、非常勤で勤務している会社の仕事もない僕と絵里は自宅に知り合いの中高生を招いて昼食を一緒にすることにした。僕の家、より正確に言うのであれば久瀬家の家は閑静な東京の住宅地、武蔵野市の吉祥寺にある。絵里の母校リリアン女学園までバスで1本、大学までは自転車ですぐのところに家はある。昼食はパスタにすることにした僕以外はほとんど女性とは言え、その食欲たるやすごいものがある。
とはいっても、調理をするのは絵里にお任せして、僕はペリエを飲みながらサラダの準備をしていた。ちなみに久瀬の両親はいま中国に行っている。なんでも、中国市場の情勢調査らしい。中国ねぇ・・・
「ほらほら、中国市場の動向を考えている暇があるのだったら手を動かして準備をして!」絵里に怒鳴られた。その時、チャイムが鳴る音がした。パスタのゆで時間を計算している絵里の代わりに、僕が出る。おいおい、これじゃあ新婚家庭みたいだな。そんなことを考えていると箸が飛んできた。
「ちょっと!新婚家庭って何よ!」
はいはい。この関係は円熟期の家庭ですよね。そう言って受話器をとる。
「遅れてすみません。早乙女です。」
一番乗りは早乙女さんとこの二人か・・・あそこの家は揃いもそろって優等生、委員長タイプの姉妹だからこういうときには来るのが早い。ロックを解除して、玄関で出迎える僕。
「いらっしゃい。彩里さん、綾奈さん。」
「本日はお招き有難うございます。これ、つまらないものですがどうぞ。」
そう言って高野のケーキを差し出す彩里さん。彩里さんが高校三年生で綾奈さんが高校一年生。まぁ、オガサワラの関係もあり、軽井沢で最初に会ったのを契機にぼくも親しくしている。いろいろ思うところ、考えることがあるらしい。軽井沢後は絵里を彩里さんは崇拝しているようだ。妹の綾奈さんも絵里を崇拝している。おいおい、うちの絵里ちゃんは偶像崇拝の対象じゃないのだよ・・・
ダイニングに案内し、二人にお茶を進めていると再び呼び鈴が鳴った。再び受話器をとる僕。
「どうもぉ!成瀬です!」
賑やかな、もとい。とんでもなくうるさい三姉妹の声がした。成瀬姉妹は3人姉妹。姉の歩さんが絵里の一つ下。次女の美穂さんが今年高一で末っ子の美亜さんが中二。まぁ、元気のいい姉妹ですわな。元気が良すぎて困ってしまう。特に美穂・美亜の姉妹はまぁ、うるさい。そんなかしましい三姉妹をダイニングに案内する。先に来ていた早乙女姉妹とハイタッチをする三人。まぁ、歩さんと彩里さんは生徒会で先輩後輩の間柄で、今もこうやってうちでよく合っている。うんうん。いつ見てもかしましい光景だ。そんなことを思っていたら今度はフォークが飛んできた。絵里さんや絵里さんや、非常に危ないのじゃないですか・・・・
そんなぼくに天使が降りてきたらしい。呼び鈴が鳴って、僕は走って受話器をとる。
「どうも、一樹さん。浅海・椎名家です。」
来た来た。今日の主役が。おとといの夜、絵里の形態に虎ノ門さんから電話がかかってきた。なんでも、浅海雄彦という男子高校生の情報がほしいとか・・・まぁその話は食後にしよう。僕は3人を出迎えるべく玄関に向かった。後もう2組来るのだが、その中でもぼくは雄彦が一番気に入っている。雄彦は僕に似ている。そんな気がする。
■1999年7月末 長野県軽井沢町 西園寺家別荘 18:00 視点:一樹
新潟からぼくを呼んだのはこの為だったのか・・・内心、うんざりした。
去年の秋、僕はある人から連絡をもらって新潟駅で待ち合わせをした。新潟出身で、高校卒業・浪人卒業まで僕はそこで暮らしていた。あるとき、同い年ぐらいの女性から電話があった。その人は久瀬絵里という女性だった。新潟駅の改札で待ち合わせとのことで、僕は待っていた。正直、すぐに見つかるとは思っていなかった。でも、絵里さんはすぐに僕のことが分かったらしい。駆け寄ってきて、そして泣いた。人目をはばからず号泣するので、ぼくは取り敢えず駅南のベンチに移動して座った。
「ごめんね、ごめんね・・・」
何がごめんね、何だろうか?当時のぼくには無論知る筈がない。少し絵里さんは落ち着くと、初めてにしては道を知っている足取りで駅前に移動し、有名な蕎麦屋に入り昼食をとった。その後、絵里さんたっての希望で日本海が見える喫茶店までタクシーで移動し、入った。この店は父の知り合いが経営しているところだ。なぜ東京に住んでいると聞いている絵里さんがこんな喫茶店を知っているのだろう?
「変わらないね・・・」
一言、絵里さんが呟いた。
「これから言う話、信じてください。」
向かい合って座る僕の前で、絵里さんは深々と頭を下げた。そして、話し始めた。なんでも、絵里さんには前世の記憶があり、新潟で生活していたこと。今から8年後、ベトナムに赴任中に交通事故で死んだこと。そして、前世が「柊一馬」つまり僕だったことを話した。正直、席を立とうと思った。だが、絵里さんの次の発言にぼくはその考えを取りやめた。
「一番の友人の名前は□□。いまでも丸々さんのことが好きなのでしょう?」
当たりだ・・・ぼくのことを罠にかけたとは思わない。彼女の言ったことは本当なのだろう。僕は直感した。でも・・・
「でも、安心して。私はあなたの人生に介入する気はないわ。もう、柊一馬の人生は終わって久瀬絵里の人生があるのだもの。ごめんなさいね。新幹線の中で、ずっとそう考えていたのだけれど、いざ会うと・・・」
絵里さんの目に再び大粒の涙が出てきた。まずい、まずいぞ。いくら相手がぼくでもこれは反則じゃないか?
「これから、私たち友達になれるかしら?」
そう言って手を差し出す絵里さん。僕は、その手をつかんでこういった。
「もちろんです!」
それから連休・冬休み・春休みと一緒に絵里さんと過ごした。まぁ、高校生の健全なお付き合いだったということにしようゲフンゲフン。
高校2年の夏休み、僕は絵里に誘われて、軽井沢で過ごしていた。読みたい本は絵里に頼めば買っておいてもらえる。久瀬家の別荘で、僕と絵里は怠惰な読書三昧をしていた。その時、チャイムの音がした。絵里もぼくも半袖短パンという非常にラフな格好だったので、来客はまずいと考えて別荘の人に応対をお願いした。久瀬のご両親とはもうすっかり顔見知りで、僕のことを絵里の将来の旦那と考えているらしい。自分が、自分の旦那になる・・・想像しがたい光景だ。
別荘の人に呼ばれ、戻ってきた絵里の手には何かはがきがあった。
「あぁ、西園寺のおばぁさんの誕生会をやるのだったわね・・・一樹、一緒に行かない?」
そう言うことでぼくはいま、こうして行きたくもない、見ず知らずのどこかの金持ちのババァのパーティーにいるのだった・・・
ユミちゃんの「マリア様の心」のおかげで場が盛り上がった。僕はグレープフルーツジュースを片手にカナッペをつまんだ。まぁ、参加者はともかく酒と料理はうまい。どこぞの金髪元帥のようなことを考えて、夜風に当たろうと外に出たとき、一人の少年が転ぶのが目に入った。すかさず、フォローするぼく。グラスの割れる音がし、何名かがこっちを振り返ったが少年がけがをすることはなかった。
「あ、有難うございます。」
緊張のあまりだろう。いまにも泣きそうな少年の為にぼくは炭酸水を2つ頼むと少年を外に連れ出した。
「ごめんなさい。ご迷惑をかけてしまって・・・」
バルコニーでぼくと少年は2人で話をし始めた。
「君、名前は?」
「浅海です。浅海雄彦です。」
「そうか、浅海君か。パーティーは今日初めて?」
「ごめんなさい。こういう場に慣れていなくて、緊張しちゃって・・・」
「まぁ、誰にでもこういうことはあるさ。気にしない方がいいよ。浅海君、いつまで軽井沢にいるの?」
「えぇっと・・・来週に帰ります。」
「そっか・・・じゃあ、うちにおいでよ。うちといっても、知り合いの別荘なのだけどね。」
「誰が知り合いですって!?」
外の方に姿勢が見ていたため、後ろからの気配に気付かなかったぼく・・・振り返ると、満面の笑みを浮かべて、なおかつこめかみに少し血管の浮き出た絵里がいた。手にはさっきの炭酸水2つと何だろう・・・シャンペンらしきものがある。外見は高校2年生だが内心はアバウト30のオヤジだからな・・・
そんなことを考えていると、凸ピンが飛んできた。結局、いままでの経緯を話すぼく。素で痛い・・・
「次から気をつけないとだめよ。そうじゃないとこの伯父さんになっちゃうからね!」
そう言って笑う絵里。明日、うちの別荘に来ることを約束して、雄彦君を見送った。そして、真顔になる僕たち。
「そっちの方はどうだった?」
■2002年5月25日 東京都武蔵野市吉祥寺 13:00 視点:麻耶
「おねぇちゃん、あたしでいいの?」
姉にそう確認する私。
「いいよ。押しちゃいなさい。」
そう言う姉の声に従い、チャイムを押す私。
「はい。」
「本日はお招き有難うございます。大道寺です。」
「どうぞ。お入りください。」一樹さんの声がスピーカーからした。しばらくのち、ドアが開いた。
「ようこそ、いらっしゃい。待っていたよ。奈耶ちゃん、麻耶ちゃん。入って。」そう言われてあたしたちは久瀬家に入った。中ではすでに、早乙女さん姉妹、成瀬三姉妹、浅海・椎名両家がいてかしましく話しをしていた。
「いらっしゃい。奈耶ちゃん、麻耶ちゃん。」
キッチンから絵里さんも顔を出す。
「お久しぶり!」
みんながそう言ってあたしたちを出迎えてくれる。きっと、この人たちがいなかったら、あたしたち姉妹はきっと心が折れていただろう・・・
■1999年6月29日 東京都新宿区西新宿 新宿副都心 17:00 視点:絵里
その日はちょうど父の会社に遊びに行っていた。まぁ、そう言うことにしてこう。私の父は、世界的な投資顧問会社の代取をしている。そんなこんなで、前世の記憶を父に披露し、私と会社の為にその記憶を使い投資を行った。結果は上々。今後跳ね返る分を計算すれば巨額を稼ぎ出したことになる。まぁ、インサイダーじゃないよね。これって・・・
私は会社の自分のデスクのロイターの端末をいじり、ドル円やポンド円マルク円の為替相場を覗いた。その時、ニュースの欄に気になるものを見つけた。
「キルギスで邦人射殺。」
このニュースのところでダブルクリックをする。詳細なニュースが出た。
「ロイター電。キルギス山間部でタジキスタン選挙オブザーバー大道寺豊T大教授が武装勢力に射殺された模様。」
私は会社の電話をつかみ、奈耶の家に電話をした。大道寺家と我が家は父が大学時代のゼミの同期ということもあり子供のころから知っている、いとこのようなものだ。早く出て、早く出て。そう祈って何回かコールをすると、受話器をとる音がした。
「はい、大道寺です・・・」
麻耶ちゃんの声がした。そして、私は内心呪いの言葉を百回唱えた。その声は・・・すごく沈んでいた。多分、父の死を聞いたばかりなのだろう。私は落ち着いていった。
「麻耶ちゃん、お母さんかお姉ちゃんは?」
「いまいない・・・あたし一人で留守番しているの。お母さんもお姉ちゃんも、外務省に行くって・・・おじいちゃんとおばあちゃんが来るまで、家で待っていなさいって・・・」
まずい。まずいぞ。このままではいたいけな小学校6年の少女がマスコミの食い物になってしまう。
「わかった。いまからあたしが行くから、あたしが行くまでだれも入れちゃいけないよ!わかったね?」
そう言って、私は受話器を置いた。ちょっと考えて、私は総務に電話をした。
「永井さん?すぐにタクシーを呼んでください。そうです、で、行先は杉並区・・・」
時間はあまりない。ビルのエレベーターのボタンをこれほどにない高速で連打する私。早く来いや!慌ててエレベーターに飛び乗り、駆け足でビルの外に出ると私は呼んでいたタクシーに飛び乗った。
「運転手さん。杉並まで!」
タクシーの中で、私は当時普及しだした携帯電話をかけた。
「はい。柊です。絵里ちゃん、どうしたの?」
「一樹、冬休みにあった大道寺さんのところ覚えている?」
「何?急に?覚えているよ。確か、T大の国際関係学の教授で中央アジア政治の権威だったかな?確か今頃・・・キルギスかどこかじゃなかったっけ?」
「その大道寺教授が、武装勢力に射殺されたよ!」
私は思わず叫んだ。
「・・・」
電話の向こうでは一樹が絶句している。
「わかった。僕はどうすればいい?」
「ごめん。話を聞いてほしかっただけなの・・・後、今夜電話すると思うからでて。」
「わかった。」
そう言って電話は切れた。
「なんでこうなったのだ・・・なんで!」
私は叫びだしそうになったが、タクシーの中ということもあり理性で抑えた。優しかった大道寺のおじさん。そのおじさんがキルギスで亡くなるなんて・・・私は、純粋な怒りを感じた。そう、これまでにはない純粋な怒りを・・・
大道寺家の前でタクシーは止まった。幸い、まだマスコミは来ていない。最も、無言の帰宅、という際には押し寄せるだろうが・・・私は料金を払い、大道寺家のインターフォンを鳴らす。
「はい・・・」
もう日は暮れたというのに、家には電気がついていなかった。
「ドア、開けて。」
私がそう言うとドアが開いた。中から麻耶ちゃんが出てきた。
「お、おねぇちゃん・・・」
そう言って麻耶ちゃんは私の姿を確認すると、安心したのかぽろぽろ泣きだした。
「ちょ、ちょっと!!」
私は慌てて麻耶ちゃんに駆け寄った。当時小学校高学年。まだまだ少女だ・・・
「おねぇちゃんは、ここにいてくれるよね。いてくれるよね・・・」
いまにもかき消えそうなか細い声で私を連呼する麻耶ちゃんを抱きしめながら、私は次にどうしようかを考えていた・・・
■2002年5月25日 東京都武蔵野市吉祥寺 13:00 視点:奈耶
その日、ショックを受けて帰宅したあたしとママが見たのは、真っ暗の部屋の中でソファに座っている一人の少女と、その腕の中で眠っている麻耶の姿だった。
「お邪魔しています。おばさま、この度は・・・・」
麻耶がいるためだろう。立ち上がれずにそのままの姿勢で絵里さんは言った。
「絵里ちゃん、ありがとう。」
ママは感情を押し殺して笑顔でそう言った。
「奈耶ちゃん、麻耶ちゃんを頼むね。多分いま必要なのは親戚のようなお姉さんじゃなくて、実の姉の愛情だと思うの。」
そう言って絵里さんは麻耶を起こさないように静かに退くと、立ち上がって玄関の方に向かった。
「とりあえず、今日は失礼します。明日、弔問をしに来ます。」
そう言う絵里さんの目に私は涙があるのを確認した。
「両親も・・・ショックを受けているでしょう。」
そう言って、絵里さんは自分の家に帰って行った。
絵里さんが去ったのち、静かに寝ている麻耶の顔をあたしは優しく撫でた。ママは少し横になると言って、部屋で休んでいる。パパがいない今、あたしが麻耶を守らなくちゃならない。この日以来、あたしは決心した。強くなると・・・
■視点:絵里
パスタのほかにピザを準備しなきゃ。そう思い、あたしはピザの窯の様子を見た。
我が家は本格的なピザ窯がある。おととしに設置したものだ。まぁ、1998年に私が今のようになってから、いろいろなことがあったと思う。いろいろなことが新鮮に思える。だからこうして後輩を招いて昼食を一緒に取ろうとしている。しかし・・・遅い。いつものことながらひと組、来るのが遅いところがある。私は携帯電話で彼女の番号に電話をしようとしたとき、インターフォンが鳴った。
■視点:芽実
全く・・・いつものことながら我が次姉には呆れる。あたしはそう思いながら、久瀬家のインターフォンを押した。
「ようこそ。今日は15分遅れぐらいですね。」
そう言って一樹さんが笑いながら家のドアを開けた。全く・・・隣で本を読みながら突っ立っている笙子お姉ちゃんのわき腹を私は小突いた。その痛みで正気を取り戻すお姉ちゃん。
「どうも、御招待有難うございます。」
「すみません。うちのバカ姉がご迷惑をいつもいつもおかけします。」
あたしは一樹さんに謝った。
■視点:一樹
まぁ、いつものことのいつもの仲のよい双子の掛け合いなので、僕はそんなに気にしていない。新堂笙子さんと芽実さんは双子の姉妹。長姉の梨々さんは生徒会の執行部補佐の関係で今日は来られないらしい。芽実ちゃん、だいぶ笙子ちゃんに振り回されたようだ。数冊の古本を片手にご満悦の表情の笙子ちゃんとちょっと疲れ気味の芽実ちゃん。これで今日は全員そろった。ダイニングに案内すると、すでに話声で賑やかな空間になっていた。
その光景を見ながら、若い女の子っていいなぁと満面の笑みをたたえていると、横から殺気を感じた。
「あのう・・・絵里さん?」
こめかみに青筋が立っている絵里にぼくは恐る恐る声をかけた。
「一樹君、ピザを運んでもらえるかしら?」
「Yes, Sir!!」
僕は敬礼して、ピザを窯から取り出した。
■2002年5月25日 東京都武蔵野市吉祥寺 15:00 視点:一樹
賑やかな昼食後、それぞれ好きなことをして皆過ごしている。ある人はゲームをし、ある人はおしゃべりをし、ある人は・・・読書に夢中になっている。
そんな中、僕と絵里さん、雄彦と遥ちゃん。沙耶ちゃんの5人は地下にある絵里さんの書斎に入った。この部屋は12畳ほどあり、大きな本棚5つとテーブル、ソファセットがある。読書好きのぼくと絵里さんが頼み込んで作ってもらった城みたいなものだ。
「桜田門に行ってきたのだって?」
絵里さんが紅茶を入れながら言った。思わず手が止まる雄彦。
「はい。警視庁の刑事部のお偉方に言われました。うちに嘱託で入ってほしいと。」
考え込む雄彦。驚愕した様子で見る2人。
「実はね、警視庁からぼくらのところに相談があったのよ。いや、探りを入れたという方が正しかもしれないな。」
僕は答えた。
「え・・・」
「まぁ、平たく言うと警視庁嘱託の話をしたのはぼくらだよ。」
カップを持ってぼくは紅茶に口をつけた。視線の先には驚愕する3人がいる。
「しかし・・・なんで?」
「それはね、実はぼくらも何だ。」
正直にぼくは答えた。
「警察庁のあるお偉方に知り合いがいてね。その人から電話があったのだよ。で、マスコミ対策の意味合いもあって推薦したのだけど冗談半分だよ。」
まさか本当になるなんて・・・
「駄目です、だめです、絶対だめです!!」
遥ちゃんが身を乗り出して反対してきた。
「ほら、雄彦さん運動神経にぶいじゃないですか?!それに、目も悪いし、しかも高校生ですよ。そんな人が警視庁の嘱託とはいえ勤務できるはずがありません!」
おいおい・・・遥ちゃん興奮しすぎ。身を乗り出しすぎだって。紅茶がこぼれそうだよ。雄彦に視線を向けると、ちょっと表情に怒りの色がさしていた。
「そうですよ!お兄ちゃん少し天然が入っているから、警察の人の足手まといになるじゃないですか?!それじゃあ警察の人がかわいそうですよ!」
かなりひどいことを言っているな。沙耶ちゃん。案の定、雄彦が切れた。
「機会を与えていただきありがとうございます。せっかくの機会ですので、私の全身全霊をかけて、怪盗ラファエルの捜査に協力しましょう。」
あちゃ~。やっぱりこうなったか・・・