1-2 そして役者はそろった。
■2002年5月21日 東京都中野区聖ポール学院礼拝堂内 17:00 視点:沙耶
私はノートPCの画面を開き、メールボックスをチェックした。やっぱり、あった。
4騎士からの依頼状。ここ最近相次ぐ解決要請の依頼だ。その4騎士が何者なのか、私は知らない。
怪盗ラファエルがこれまで行った依頼は12件に及ぶ。最初はこの礼拝堂に来る人の悩みを聞いていたのだが、3月ぐらいからこの4騎士の依頼が多くなってきた。4騎士、麻耶の話では「ヨハネの黙示録」に登場する滅びの騎士らしい。そんな悪趣味な差出人はどこのどいつなのだろう?そんなことを考えながらメールを呼んでいると、麻耶が口を開いた。
「この4騎士って、きっと白馬に乗った王子様みたいなものなのじゃないかな?」
私は、飲んでいたコーヒーを噴出した。幸い、誰も正面に座っていない。
「ちょ、ちょっと沙耶汚いよ!」
遥が抗議の声を上げる。
「あのね、この4騎士は聖書のヨハネの黙示録の4騎士じゃないかって考えているの、わたしは!なんで疫病とか飢餓を司る騎士が白馬に乗って御姫様を迎えに来る騎士と一緒になるの!?」
「だって、騎士といえば白馬。白馬に乗った王子様じゃない!」
時たま麻耶の考えが分からなくなる。この3人の中では遥はまだましだ。麻耶は時たま、あほの子じゃないかって思うことがある・・・
「で、話を戻すと今回の依頼はこのサファイアの奪還なわけだね。」
遥、ナイスタイミング。私は話を戻すことにした。
「今回の依頼は、△△商事代表取締役・小田修誠氏の自宅からの奪取。この代物は、バブル崩壊前に地上げで買収した家から不当に持っていったものらしいよ。なんでも、家と土地の所有権がすでに小田の会社にわたっていることを口実に返還に応じないらしいの。で、民事で争って訴えたほうの敗訴。」
「なんで?」
麻耶が聞いてきた。
「やっぱり所有権は小田側に渡っていたらしい。ただ、小田の会社の財務内容がバブル崩壊後急速に悪化したらしくて、この宝石を海外の特に中東の石油成金に販売するらしいよ。明日の夜、成田発チャイナエアで香港に出国するのだって。」
「じゃあ、今日の夜しかチャンスはないわね。いつも通り、警視庁のメールアドレスにメールして。あたしの活躍をアピールするのよ!!」
始まった・・・なんでそんなリスクを冒すかなぁ…と私は思う。スパッとやってスパッと帰ってくればいいのに・・・そこそこ。麻耶。あんまり遥をおだてるのじゃない。あんまりおだてるとすぐに遥は調子に乗るのだから・・・そう思って、私はメールの文面を作成した。
■東京都千代田区霞が関 警視庁本庁舎 同時刻 視点;由子
「管理官!たった今、ラファエルからの予告状がメールに受信されたとの連絡が総務課よりありました。すぐに転送するそうです。」
ついに来たか!私はそう思った。胸の高鳴りを感じる。私にとって、ラファエル事件は単なる事件じゃない。頭脳と頭脳の戦いだ。いうなれば、チェスのゲームに似ている。
「高宮管理官。管理官!!」
「え!?」
「どうかされましたか?少し変な表情をされていたので・・・」
どうも表情が顔に出てしまったらしい。部下が心配して話しかけてきた。
「有難う。なんでもないわ。それより、理事官に連絡して、捜査本部の立ち上げ準備を!」
「メールが来ました!」
捜査本部全体のマイクシステムがオンになった。担当の読み上げる声が聞こえる。
「予告状。From怪盗ラファエル to警視庁の皆さま。CC△△商事代表取締役・小田修誠様。今夜19時。中野区△△商事社長室よりサファイアを頂きます。byラファエル。とのことです。」
その報告が終わり、一瞬の静寂の後捜査本部は騒がしくなった。
「中野署に現地対策本部を設営!」
「内海班は中野へ急行。所轄も動員して△△商事周辺の警戒に当たれ!
ゲームの始まりだよ。ラファエル。今度こそ、私は君を逃しはしない。そう思っていたところ、対策本部のドアが開き、千葉理事官が入ってきた。千葉さんは周りの邪魔にならないように注意をして、私のほうに歩いてきた。
「準備は進んでいるようね。」
「まぁ、ですね。今回は中野ということで、車両はあまり使えないでしょう。自転車が中心の警備になると思います。」
「拳銃携帯許可、申請する?」
「いや、止めておきましょう。今回発砲したら民間人を巻き込みかねません。」
本当は催涙ガスぐらいほしいのだが・・・
「さっき部長に話をしてきたわよ。部長からの言葉。しっかりやれ、だって。」
そう言って千葉さんは笑った。
「最善は尽くします。いま、17時半ですよね。間に合うかな・・・・」
そう言って私は時計を見た。ラファエルのやつ、時間がないぞ。
「理事官。内海班はすでに出動しました。直接△△商事入りするとのことです。」
「了解しました。△△商事と連絡は付いたの!?」
「連絡がつきました。警備許可、出ています。」
こっちサイドは問題ないか・・・後は、これを指示するだけだ。
「今回の対策本部は時間がない為、ここに設置します。」
このゲーム、多分我々の負けだな。時間がない。
■東京都中野区中野ブロードウェイ 18:00 視点:雄彦
たまには中野もいいものだ。アキバにはないものがある。そう史彦とブロードウェイ前のマクドナルドでコーラを飲みながらそんな話になった。まぁ、確かにそうだ。
「で、どうなの?今朝の話なのだけど。」
そう言って史彦は今朝の話を再び振った。幕度の店内は僕たちと同じ中高生でにぎわっている。まぁ、ファーストフード店なんてこんな感じなのだろう。どこでも。
「ラファエルの件?」
「そうそう。」
「この間、知り合いの人とその話をしてね。彼曰く、義賊であれ強盗であれ人のものを盗むという行為と人の住居に不法に侵入するという行為には変わりはない。よって、いくら奴に正義があろうとも、法の下の正義はない。と言っていたよ。」そう言ってジンジャーエールを飲んだ。史彦の顔が笑った。
「多分そうなのだろうね。盗む奴、盗まれるやつ、奪われた奴。それぞれに正義があるということなのだろうな。最も、僕は盗む奴を応援するけどね。」
「なんで?」
僕は首をかしげた。
「いいかい。ラファエル事案に関してはきっと何か裏がある。僕はお前さんが知っているように陰謀論者じゃないけど、この件に関しては陰謀があるような気がする。まず、なんでこんなに正確に場所が特定できるのだろう?」
確かにそうだ。それは当然の疑問としてある。どこかに内通者がいるのかそれとも・・・
「そして、そこにはおそらく権力の香りがする。権力にはしがみつくものなのだよ。」
そう言って史彦は大笑いした。私は苦笑した。こいつは昔からそうだ。
「権力は有効に生かすべきものだ。その中にいれば、情報を自然と入手できる。後はその情報を如何に分析するか。それが問題なのだ。」
史彦とは初等部以来の付き合いになるが、僕らはよほど気が合うらしい。よくつるんで話をしている。まぁ、こんなような話だが・・・
その時、けたたましいパトカーの音が何台も聞こえてきた。
「今日はここがショーの舞台らしいな。ラファエルさんよ。」
■東京都千代田区霞が関警視庁内ラファエル捜査本部 同時刻 視点:由子
「管理官、あと1時間です。」
スタッフの呼ぶ声が聞こえてきた。壁にかかっている時計を見ると18時。予告の時間まで、後1時間だ。
「内海警部他捜査班、現場に着きました。配置につきます。」
「中野署から応援部隊、現着。配置につきます。」
駒の配置は終わった。問題は、その駒をどう動かすかだ。私は机に向い、PCを立ち上げた。ウィンドウズの表示が出たところで、自分の内線電話が鳴った。私は、それに手を伸ばした。
「管理官、南雲参事官よりお電話です。つなぎます。」
「お願いします。」
そう言うと、しばらくのちに南雲さんのいつでも冷静な声が受話器を通じて聞こえてきた。
「ああ、由子ちゃん。私です。南雲です。」
この人は人前では私のことを、高宮さんと呼んでいる。大学の先輩に当たるのだが、どうも私はこの人は苦手だ。嫌いではないのだが・・・
「南雲さん。どうかしたのですか?いま、ラファエル事案の対処で忙しいのですが・・・」
「その件なのだけどね、うちのほうでも関心があるのよ。小田って男、どうも不動産投資のほかに、ある一件に絡んでいるらしいのよ。」
なるほど、小田の件ですか・・・
確かに、ラファエル事件はその事案のみよりも事案終了後の後始末が忙しくなることが多い。この調子でいくと、外為法か何かの違反だろうか?でも捜査一課を主にみている南雲さんが、いったい何なのだろう・・・
「これはある筋から聞いた話なのだけど。」
そう言って南雲さんは話し始めた。なるほど、後藤さんがらみか。南雲さんがある筋と言って話を始めるのは、大抵後藤さんがらみの事案の件だ。
「小田、バブル期に関東のあちこちでレジャー開発を行っていたらしいのよね。で、その中の数か所がある宗教団体にバブル後に買いたたかれたという話を公安が持っていてね。まぁ、95年のようなことにはならないとは考えているしそうするつもりだけれども、どうも気になってね・・・情報提供よ。」
私は南雲さんにお礼を言い、電話を切った。そして、その内容を千葉さんに報告した。千葉さん葉さん、私と警視庁の中でもまだまだ数の少ない女性の担当官だ。そして、南雲さんはその先輩に当たる。そう言うこともあって、私たちはよく情報を交換し合っている。千葉さんはその報告を聞いて、顔をしかめた。
「これは検察庁あたりが動いているかもしれないわね・・・」
「はい。これまでの事案を考えると、検察庁の内定がほぼ終わっているかもしれません。」
「にしても、宗教団体とはねぇ・・・」
「念のため、社内にも配置しておりますので対処は可能です。」
そう言って私は時計を見た。残り、後30分。会議室内はPCの音や通信機から流れてくる捜査員の話声等でますますうるさくなっていったが、私たちの周りだけ音の無い世界のようだった。
■東京都中野区聖ポール学院礼拝堂内 18:30 視点:遥
「それじゃあ、行って来るね。」
私はそう言って、礼拝堂の椅子から立ち上がった。テーブルの上にはそれまで飲んでいた缶入り紅茶が置いてある。それを沙耶が取った。
「駄目だよ。ごみはきちんと捨てなきゃ。」
そう言って、自分の持っているゴミ袋に缶を入れる沙耶。知っている?沙耶。あたしはそう言うあなたの几帳面な性格が好きなの。無論、LoveじゃなくてLikeよ。あたしには百合っ気はないわ。あたしは、礼拝堂中央にある十字架の前までやってくると跪いて、胸のブローチを両手で持った。
「契約、発動!」
そう言うと、あたしの体のあちこちが少し大きくなった。でも、髪は変わらずにポニーテールになっている。あちこち変わったことで、スタイルもよくなった。このまま外に出ればきっとスカウトされるねって、沙耶に行ったら怒られたっけ・・・
眩しい光とともに服も体に密着した黒のスーツに変わり、胸と胸との間に二つの光源が加わる。一つは残りのシンクロエネルギーを、もう一つはあたしの生命エネルギーを示しているものらしい。なんでもラファエルが契約時に言うには、シンクロエネルギーはあたしの残りの魔法使用可能エネルギーを示しているらしい。契約を解除しないで、シンクロエネルギーが尽きたときは、素っ裸になってしまうらしい。それは嫌だ。で、生命エネルギーは文字通りあたしの残りの生命エネルギーを示している。そのどちらもがなくなった時、あたしは死ぬとのことだ。
「なんでやねん!なんでそんな某M87星雲から来た光の巨人みたいなことになるんや!」
となぜか関西弁で突っ込んでいた。あたしがよくボケているとあなたは言うけど、沙耶の突っ込みも時々飛んでいるとあたしは思うよ、沙耶。で、麻耶。あなたそんなきらきらした目であたしを見ないで頂戴・・・なんだか気恥ずかしくなってしまうから。
契約発動という名の変身が終わった。特撮番組ならここであたしは名乗りを入れるべきなのだろうけど、あたしはしない。最初はしようと思ったのだけど・・・
「ダメダメダメ!なんで名乗りなんてするの!そんなのみすみす自分の情報を教えるようなものじゃない!」
そう言ってやっぱり沙耶が反対した。まぁ、沙耶があんまり強硬に反対するのでやめたのだけど、その代わりに予告状とあたしの契約後の姿を決めさせてもらった。
「エンシェル・シャイン、行ってきます。」
「行ってらっしゃい。いつも通り、私たちはここで待っているね。」
そう言って手を振って送り出してくれる沙耶。
「気をつけてね。天使ラファエルの加護があらんことを」
そう言って送ってくれる麻耶。あたしにはこの2人がいてくれる。だから、いつでもあたしは前向きに全力全開でがんばれるのだ。
■東京都新宿区JR市ヶ谷駅前 グランドヒル市ヶ谷 同時刻 視点:絵里
私は市ヶ谷駅前にあるホテル、グランドヒル市ヶ谷のティールームである人物を待っていた。市ヶ谷駅前という立地上、ところどころ自衛隊の制服を着た人にであう。制服萌えではないが、私は制服が好きだ。いま、待っている人間もどちらかというと制服が似合う人だ。
「お待たせしました。」
キッシンジャーの「回復された世界平和」を原著で読んでいた私に声をかける人物がいた。待っていた男性だ。
「いいえ。お久しぶりです。大島さん。昨年はワシントンでお世話になりました。」
「いいえ、こちらこそ。ペンタゴンの見学ぐらいしかできませんでしたがいかがでしたか?」
そう言う大島さんに私は満面の笑みを浮かべて言った。
「なかなか国防総省を見学できるものではないですしね。」
最もあの後、ニューヨークに移動して私は地獄を見た。
「私でペンタゴンの見学も最後ですか・・・」
そう言って私はボーイに声をかけて、コーヒーの新規の注文とお代わりを注文した。
「で、御用件は?」
私は大島さんに尋ねた。昨日、大島さんから私の携帯に連絡があったのだ。父の知り合いでもある彼の要請をむげにはできない。
「絵里ちゃん、これは極秘の部類に入るのだけど・・・」
そう言って、大島さんは話を始めた。とりあえず、私の情報保持ランクで問題ない部類の話をするらしい。
「上からの指示で、ラファエルの調査をすることになったよ。」
「ふーん。」
私はそっけない態度をあえてとった。そして、頭の中で考える。国内の犯罪案件にしか過ぎないラファエルの案件を市ヶ谷が調査するとはこれ、如何に・・・
「絵里ちゃんの力を借りられないかってね。そう思って連絡したのだ。」
そう言って、やってきたコーヒーを飲む大島さん。
「とりあえずは遠慮します。大学も始まったばっかりですし、何せ非常勤勤務も忙しいので・・・」
「そっか。じゃあ、気が向いたら教えてよ。」
そういって、話を昨年のワシントンでの思い出話をする私たち。でも、私は考えている。何是市ヶ谷が興味を示すのだ・・・?
■東京都中野区JR中野駅前 19:00 視点:遥
「フライ・エンド!」
あたしはそう唱え、背中から生えている羽を消した。もちろん、椎名遥に羽は生えていない。エンシェル・シャインになって、「フライ」の魔法を使うときにだけ生えて空を飛ぶことが出来る。1月に契約できるようになって一カ月、あたしは魔法の練習をして、マスターすることが出来た。沙耶からはよく、「あなたは意志が強いよね。どんなことでもくじけないよ。すごい。」
とほめられる。それはそれですごく嬉しい。でも、一番うれしいのは、「遥って、すごくかっこいい。前向きで、諦めないでなんでもするじゃない。」という麻耶の言葉。
でも、あたしは知っている。沙耶も麻耶も負けず嫌いで諦めが悪い。あたしと一緒。だから、あたしはやる。やって見せる。
明るい中野の街の中にあって、△△商事が入居しているビルの屋上は暗い。あたしはそこに降りると、素早く「サイレント・アンド・シャドウ!」と唱え、ビル内に入る。これであたしの姿も音も警察に察知されることはない。何もわからない警備の警官のわきを抜けて、あたしは社長室の前に来た。声が聞こえる。
「小田社長、貴方にはお世話になりました。」
女性の声だ。
「大尉、これは一体どういうことですか?」
脅えたような男性の声が聞こえる。おそらく小田の声だろう。
「小田さん、バブル以来貴方にはお世話になりました。でも、貴方にもう用はないのです。ここで、消えてください。」
「断る!」
小田の大きな声がした。警察はどこにいるのだろう?気付かないのだろうか?
「そうですか・・・あなたが明日の夜、香港に出国すると聞きましたので、せっかくですので足を延ばしてペナンかどこかでしばらくいていただこうと思ったのですが・・・残念です。」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
そう言って社長室のドアが開いた。チャンス、とあたしは考えてまんまと社長室に侵入した。入れ替わりに小田がほうほうの体で出てきた。どうやらトイレに駆け込むみたいだ。
社長室の応接のテーブルの上に、目当てのサファイアがあった。そして、あたしは周囲に気を配る。そのテーブルの向かいにあるソファに、女性が一人座っていた。ビジネススタイルの、きれいな女性だ。サファイアのわきには、航空券らしきものが見える。さっきの話の件のものだろう。大尉と呼ばれたその女性は、あたしに気付いていない。そりゃそうだ。胸の光源を見る。まだ、シンクロエネルギーはたっぷりある。そんなことを考えていると、小田が応接室に戻ってきた。
「考えはまとまりましたかな?」
「はい。私はあなた方には屈しませんよ。絶対に。」そう小田が言いきった。
「そうですか。それは残念です。」そ
う言って、大尉はスーツの内ポケットからピストルを取り出し、小田の額に当てた。
「さようなら。小田さん。」
銃声が部屋に響いた。
■東京都千代田区霞が関警視庁本庁舎 19:30 視点:百雨
「緊急、緊急。△△商事本社ビルで銃声!」
その声に、ラファエル対策本部は恐慌状態になった。今回の件はしくじった。まず、本社ビルの中での警備が断られた。あくまで、我々は捜査をする側で、被害者になる方に協力を要請することしかできない。つまり、立ち入りを断られたらそれまでなのだ。
「理事官、一課に連絡してください。」
そうだった。私は慌てて捜査一課直通ダイヤルを回し、応援を要請する。しかし、なぜ今回発砲になったのだ?私は、状況を整理しようと努め、情報をもっと出すように指示を出した。
■東京都中野区△△商事本社 同時刻 視点:遥
いま起こったことが信じられない。状況を整理すると、大尉と呼ばれる女性が銃口を小田に向け、発射した。その結果は・・・あたしはショックのあまり言葉が出なかった。でも、次の瞬間には正気に戻ったあたしは、サファイアに目を向けた。
「いるんでしょう?エンジェル。」
冷たい、感情の無い声がした。
「よくわかったわね。」
あたしはサイレントとシャドウを解除し、人殺しに向かい合った。
「どうもはじめまして。ラファエルさん。こんな形で会うとは思わなかったわ。」
「そうでしょうね。あたしもこんな形で会いたくはなかったです。」
「あなたの目的はそこにあるサファイアなんでしょう?」
あたしは無言で答える。
「いまはあなたと会う必要はないようね。」
「どういうことですか?」
あたしは身構えていた。
「そう言うことよ。」
そう言うと大尉は窓を破って外に飛び出した。ここはビルの5階、普通の人間なら助かるはずはない。慌てて、窓の外から見たものは、あたしが契約したような形で背中から羽の生え、空を飛ぶ女性の姿だった・・・
■東京都中野区JR中野駅付近 19:50 視点:遥
あの後、あたしはサファイアを持って再びサイレントとシャドウをかけると、室内に突入した警官と入れ違いに正面からビルの外に出た。周囲はすでに多くのパトカーがいた。
「なんなのよ、あれは・・・」
幸い、まだシンクロエネルギーはある。あたしはビルから少し離れたとことで魔法を解除した。契約後の、すこし大人びた姿のあたしは中野の街を歩く。やっぱり、警官が多い。
■同所 同時刻 視点:雄彦
警察車両の音がうるさい。上空にヘリが飛んでいるようだ。史彦と二人で中野駅の南口の商店街を歩いていた。どうも尋常ならざる警察官の数だ。
「何かあったのですか?」
僕は近くにいた警察官に尋ねた。
「この近くのビルでラファエルが現れました。そして、殺人事件が起こりました。」
「有難うございます。」
そう言って僕たちはその警官から離れた。数メートル歩くと、僕は何かの違和感に苛まれた。
「なぁ、さっきの警官、やけに状況に詳しくなかったか?」
「僕もそう思う。サイレンの音が鳴りだしてからの時間を考慮すると、そこまで知っている警官がいるのだろうか?」
そう言って振り返る僕らの視線の先には・・・さっきの警官はいなかった。その代わりに、女子大生ぐらいだろうか?髪は黒のポニーテールで、ビジネススタイルで、それでいてミニスカートをはいた女性が僕の視線に映った。直感だったのだろう、僕は叫んだ。
「怪盗ラファエルだ!史彦、警官を呼んでくれ!!」
僕は、ラファエルを見た初の人間になった。