表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/5

1-1 そして役者は揃った。

■2002年5月20日 東京都中野区 聖ポール学院高等部校舎 10:30


やっと2時間目が終了した。理数系の授業は疲れる。私こと浅海雄彦、学業はほどほど、文系科目は強いが理数系はかなりメタメタ、で、成績は中の上。運動神経はママいいほうかと自分では思っている、ごくごく普通の高校2年生。進路はまぁ・・・私立の法学部に行こうかな?と考えている。ある親交のある大学生に影響を受けて・・・政治学も面白いかなと考えている。僕は、歴史が好きだ。歴史が好きだ。歴史が大好きだ。人間の営みというものを研究することは面白いと思う。


3時間目は日本史の時間だ。その親交のある人間曰く、日本史では人名は複雑だけど受験には使いやすい。暗記科目じゃないよ。流れで覚えるのだと言っていた。うむ、彼の言う通りだと思う。

「浅海、このニュース知っているか?」

友人が今朝の朝日新聞を片手に声をかけてきた。

「何のニュース?」

「昨夜、また出たらしい。怪盗ラファエルが!」

やっぱり。ここ数カ月、東京都内のみならず首都圏全域に出没している怪盗の話題で、ローカルニュースは持ちきりだ。フジのスパーニュースではアンドウさんがいつもの表情を浮かべながら、そのニュースを読んでいるのをよく見る。


「で、その怪盗がどうかしたって?」

僕は友人に尋ねた

「いや、どんな奴なのかなって思ってさ。世の為人の為に盗みを働くなんて、江戸時代のネズミ小僧じゃあるまいし、現代のしかも21世紀の東京に出現するなんてさ。いったいどこのどなたなのかなって思ってさ。」

「で、俺に話を振ったと?」

なんてやつだ。と思いながら苦笑した。

「少なくとも言えるのは日本人だわな。住所も戸籍も電話番号も持っている。で、おそらく、これは推測だけど年を取ってはいないわな。こんなことは暇人にしかできない。もっと言うと、なんというか、歪んでいるのだよ。善悪の判断が未だに弱いというか、揺らいでいるのだよね。この世に絶対的な善悪などないのにさ。」

友人の顔を見る。ここまでの創造を聞いて、キョトンとしている。

「どうもニュースを見ていると、盗みに入った後の警察の調査でいろいろと見つかるから印象操作で悪人に見えているのじゃないかな?そもそもの保有者も調べて白じゃないと、問題があるような気がするんだよなぁ・・・」

友人の顔を再び見る。

「何か?」

「いやぁ、だんだんお前が探偵に見えてきたよ。」

そう言って肩を叩く友人の相手をしながら、考えを切り替えて次の日本史の準備をすることとした。



■神奈川県横浜市西区 横浜駅前 同時刻


「うまく捜査本部内には潜入できたようだな。」

横浜駅構内のスープ屋に二人のスーツを着た男が向かい合って座っていた。

「ええ、一応県警刑事部からの出向ということで潜入できました。これから、特捜内の情報を流せますよ。」

「全く、組織内でスパイのまねごとをせねばならないとは世も末だな・・・」

「仕方がありません。この件は我々の威信もかかっておりますが、世の為人の為なのですから。」

若いほうの男がスープを飲みながら言った。

「そうではないよ。世の為人の為ではない。国家のためなのだよ。」

「国家ですか・・・天下国家をしたり顔で語る連中にろくなやつはいなかったですよ。」

「大学で日本近代史、特に2.26と警察の関係で学位を取った君らしい言い方だな。まぁ、分かる。だが問題は、今この段階での危機なのだよ。」

「やるだけはやってみます。期待はしないでくださいよ。」

そう言って若いほうの男は笑った。

「お前さん、食うねぇ・・・俺はほとんど食っていないのに。」

そう言ってもう一方の男は若いほうの男の皿を覗き込んだ。からだった・・・

「まぁ、この職業は体力勝負ですからね。これからもっと体力を使うことになるのでしょう?」

そう言って彼は笑いかけた。

「まぁな。」


■聖ポール学院高等部校舎 12:30


学食で昼食を取っていると、横に一人の男が座った。僕と同じように眼鏡をかけ、背の高いこいつのことはよく知っている。中学時代からの腐れ縁だ。

「見事な推理だったよ。浅海。」

「ありがと。御手洗。」

御手洗史彦、両親ともバンコクに駐在しているとかで、今は都内の親戚の家に厄介になっているらしい。まぁ、そんなところもうちと同じ境遇だ。うちの場合は父親が外交官でいまはベトナムに赴任している。ちなみに単身赴任だ。なんでも御手洗のところは支店長なので、夫人にぜひ同伴してほしいとのことらしい。全く、海外赴任は大変だと思う。

今年の夏はぜひベトナムに行ってみたい。ホーチミンのミイラやらベトナム戦争の兵器が展示してあるなんて、近代史マニアから見たら涎ものだ。


「で、小説や漫画だとお前さんのようなポジションの人間だと、「名探偵」やら「少年探偵」と呼ばれるようになるのだが・・・」

そう、こいつは結構なオタクで、その点も僕との相性が良い。よく連れだって、中野や吉祥寺で遊んでいる。

「おいおい。僕は銭形のとっつぁんでもなければどこぞの少年探偵でもないのだよ。ごくごく普通の少年だよ。それに、得体の知れない薬品を飲まされて、「体は子供、頭脳は大人!」なんて言いたくないよ。」

そうなのだよ。あれはあくまでもフィクション。現実には起こらない。なぜなら・・・

「法の問題、だよね。そもそも司法警察員でもないのに逮捕権限があるなんておかしいのだよ。どこぞの少年探偵たちは。」

そう言って、史彦はタヌキうどんをすすった。ちなみに僕はラーメンを食べている。


「そうだ。もうそろそろワールドカップだな。」

そうだった。ワールドカップがもうそろそろ開幕する。日韓共催だっけ・・・

「チケットがあればね・・・見に行くのだけど。」

「どこのBARでもパブリックビューのチケットが出ているらしいじゃないか?おじさんとは見に行かないの?」

「おじさんねぇ・・・」

彼の伯父は財務省で官僚をしている。その伯父さんというのがこれまたすごいサッカーファンらしい。

「その時、ワシントン出張らしい。ものすごく悔しがっていた。」

そう言って史彦は大笑いした。

「なに!ワシントンだと!?FRBの連中はそんなに俺のことが嫌いか?!だったらアメリカ国債でも売ってやる!と冗談で言ったらしい。財務省のその課の人、全員苦笑していたらしいけど・・・」

「水野の伯父さんの世代だとメキシコオリンピックを知っているわけだよね・・・そりゃ燃えるわな。ワシントンには行くのだろ?」

「そりゃ勿論。ワシントンでも絶対見てやると豪語していたらしい。」



学食内の別のテーブルでは、如何にもかわいいという女子生徒3人が向かいあって昼食を食べていた。

「麻耶、どうだった?昨日の私の活躍。」

隣に座った遥がそんなことを言っている。全く、人の気も知れないで・・・

私の名前は、浅海沙耶。聖ポール学園中等部に通う2年生です。と、誰に説明しているのだろう?さっきも言ったけど、隣に座っているのが同じクラスの椎名遥。で、その向かいに座って渋い表情を浮かべているのが同じクラスの大道寺麻耶。


「遥ちゃん。もっと小声で。」

麻耶がちょっと厳しめに遥に言う。

「ごめん。で、どうだった?昨日の私の活躍は?」

「どうって言われましても・・・」

困った表情を浮かべて麻耶が私に助けを求める。おいおい遥さんや、いくらなんでも空気を読んでよと思う。

「今回、意外とあっさりしていなかった?」

そう助け船を出す私。

「そうなのよね・・・」

うなずく遥。おいおい、女性の私から見てもその表情は結構かわいいぞ。お兄ちゃんには「お前はかわいげがないよな。」とよく言われるのだから、遥の表情と比べて若干へこむ私。

「警察も陣容を整えているのではないでしょうか?」

麻耶がそう言う。


「今日の日経新聞に、警察幹部のコメントが載っていました。これからは警察の最精鋭部隊を導入して、オール警察軍で警備すると・・・」

お兄ちゃんの影響からか、歴史系に興味のある私。おいおい、オール警察軍って、いつの時代ですか?

「怪盗ラファエルもいよいよ年貢の納め時ですか」

ちらっと横目で遥を見ながら言う私。その表情はきっと意地悪く見えるだろう。

「そ、そんなことないわよ!」あぁ・・・やっぱりだ。声を出しちゃった。

「ちょっと遥ちゃん。」慌てて

押さえる麻耶。意地の悪い小悪魔的な私。すぐに表情が出る遥。そしてそれを抑える麻耶。どこかで見たことある関係だぞ・・・

「ごめん。ひどいよ沙耶。怪盗ラファエルは無敵なのだよ。」

今度は小声で言う遥。

「はいはい。」

そう言って笑う私。そんな事を云いながら、私はあの日のことを思い出していた。



■2002年1月6日 神奈川県鎌倉市 円覚寺 07:00


その日、私たちは冬休み最後の週末を鎌倉市内で過ごしていた。遥がどうしても鎌倉に行きたいと11月ぐらいから言っていたのだ。中学1年生だけで泊まることに当初は親もみな反対したが、結局うちのお兄ちゃんと、お兄ちゃんと親交のある久瀬絵里さんが保護者代わりになって、ホテルを抑えてくれた。土曜日に鎌倉に入って大仏や鶴岡八幡宮を見学した私たちは、翌朝、海沿いにあるスターバックスでコーヒーを飲みたいという絵里さんの希望にお兄ちゃんがついて行って、私たち3人は円覚寺から富士山が見えるという絵里さんの話を聞いていたので、円覚寺に来ていた。


「うわぁ・・・きれい。」

冬の関東は空気が澄んでいるとのことで富士山もはっきり見えた。やはり、冬の円覚寺はきれいだと思う。山頂の茶屋で御抹茶を頂きながら見る富士山というものはそれはそれで美しく、知り合いの外国人にもぜひ見せたいと思った。その時、突然眩しい光が私たちを包んだ。


「ここは・・・?」

私たち三人、外の世界とは切り離されたような感覚がした。そう、たとえて言うなら、光の世界に包まれたような感じ・・・

「あなたたちに、私の声が聞こえますか?」

不意に誰かに話しかけられた気がした。

「ねぇ、私に話しかけた?」

遥が聞いてきた。

「いえ、話しかけていない・・・じゃあ誰?」

「あなたたちの心に話しかけています。」

胡散臭いことこの上ない。お兄ちゃんがかなりアレな性格なので、知らずに移ってしまったのかもしれない。

「あなたは誰なのですか?」

麻耶が尋ねた。

「私の名はラファエル。」

正直その時、心の中とはいえ絶句した。天使が降りてきたのだ。「どうしようもない僕に天使が降りてきた」じゃないけど、天使が自分の心に話しかけている。落ち着け、落ち着くのだ。

「大天使ラファエル。なぜあなたが私たちに話しかけてくるのです?」

「いま、この世界は邪悪に満ち満ちています。」

まぁ、確かに・・・去年はニューヨークであの事件があったし、合衆国はそれによってアフガニスタンで戦争を始めた。確かに、世界は邪悪に満ちている。ただ・・・


「大天使ラファエル。あなたの言う邪悪とはなんですか?」

麻耶が質問した。おそらく私と同じ考えなのだろう。それは質問しないといけない。

「人はみな、心に神を宿しています。その神は、人それぞれ違うものです。その違いを理由にして人はいま、憎み、争っています。世界は邪悪に満ち満ちています。」

良かった。これでキリスト教だのイスラム教だの宗教がらみの話が出てきたらうそくさいことこの上ない。

「大天使ラファエル、なぜ私たちに話し掛けてきたのですか?そこまで世界の現状に御嘆きなら、その御姿を全世界に見せ、直接お声をかければよいではありませんか?」

私は思わず聞いた。

「今の人々は、私が姿を見せたところで信じようとはしないでしょう。あなた方の自然に対する素朴な感情に私は掛けようと思ったのです。」

確かに・・・超常現象で食っているテレビの業界人のなんと多いことか。それに対する評論家もそれで食っているし・・・科学全盛の時代と人は言うけど、最も怖いのはそんな人のあくなき欲望じゃないのだろうか?とお兄ちゃんが良く言っていたのを思い出した。

「大天使ラファエル、私は何を摩れば良いのでしょうか?」

遥が乗ってきた。そこ、乗るのじゃない!

「私は、もう黙ることは許されないと思います。ですが、今私の言葉に耳を傾ける人はいないでしょう。みなさんにお願いします。今の世界から少しでも欲望を除くようにしてください。そして、神の言葉に耳を傾けるようにしてください。あなた方に力を貸します。椎名遥さん。」

いきなり遥は自分のフルネームを呼ばれて驚いたようだ。

「はい?!」

「あなたに力を貸します。大道寺麻耶さん、浅海沙耶さん。椎名遥さんに協力してください。」

そう言って、元の風景に戻った。


「なんだったの一体・・・」

私は思わず呟いて、時計を見た。時間は・・・経っていなかった。

「どういうことなの?」

麻耶が尋ねる。

「つまり、私たちは超常現象に遭遇したわけだと思う。寺の中で天使にあうなんて・・・」

円覚寺、臨済宗の仏教寺院なのだよね・・・最も、最近は宗教間の対話も進んでいると聞くけど・・・・

「これ、何だろう?」

遥の手の中に、ブローチがあった。

「これってもしかして、魔女っ子か変身ヒロインになって世界を救えってこと?」

親交のある大学生のお姉さんが言っていた。この世界に正義も悪も存在しない。人の数だけ正義と悪が存在し、互いにバランスを取るものだと・・・・

もし、遥が変身ヒロインになるとすると、私たちは何から世界を守らないといけないのだろうか?人類から?まさか・・・

「遥さん、あなたにこのブローチを授けます。このブローチに願いを込めれば、魔法・超能力が使えるようになります。」

ちょっと待った!!人がいるので大声は出せないが、ラファエルのその声を聞いて、私は心の中で叫んだ。

「魔法?超能力?どういうことですか?」

「椎名遥さん、大道寺麻耶さん、浅海沙耶さん。あなたたちにはこれから世界を変えてほしいのです。世界を変え、神の、私が言う神とはいまの人類が信仰している神だけのことではありません。世界は人だけのものではありません。そのことを再び伝えるために手伝ってほしいのです。」

「で、あたしにこれからどうしろというのですか?」

遥が尋ねた。

「それは、あなた方で考えてください。私にできるのはお願いと、その準備だけです。迷い、困ったら尋ねてください。」

そう言って大天使ラファエルとの交信は切れた。

「・・・どうしよう。」

麻耶が私に聞いてきた。

「どうしようって言われても・・・」

正直、分からない。

「私決めた。私、怪盗になる。」

えぇ!!!なんですか?!それ!!


■2002年5月20日 東京都中野区 聖ポール学院高等部校舎 13:30


とまぁ、そんな感じで「怪盗ラファエル」は誕生したのです。最初は新聞やテレビで報道される法に触れた人物の調査とそれで困ったことになった人からの盗みだったのだけど、なかなか人には言えない困りごと相談のHPを作成したのだ。そこでの依頼もよくある。そしたら最近、「4騎士」と呼ばれるところからメールが届くようになって・・・

その情報、正確なのだよね。怖いぐらいに・・・

「今日の放課後、どうするの?」

麻耶が聞いてきた。

「今日?ちょっと用事があって・・・例の件でね。」

私はそう答えた。

「例の件?あぁ、リリアンの人と会うのだよね?成瀬さんのお姉さんだっけ?」

遥がそう言った。同じクラスの成瀬美亜さんと一緒に、今日は成瀬さんのお姉さんを紹介してもらうことになっていた。

「リリアンの人か・・・さぞかしお嬢様なのだろうね。」


■東京都武蔵野市吉祥寺 吉祥寺駅 17:00


大学の授業もすでに終わり、私は本を読みながらある人を待っていた。ここは、東京都武蔵野市吉祥寺。若者が多く住む街であり、住みたいまちNo.1に輝く街でもある。その吉祥寺の駅前にあるスターバックスコーヒーの店内ではジャズが流れており、落ち着いた空間になっている。

「お待たせしました。」

そう言って丸テーブルのソファ側に座った私の正面に、私服姿の女の子が座った。

「ちょっと遅いのじゃないの?」

そう言って、読んでいたポール・ケネディの「大国の興亡」をバッグにしまい、私、久瀬絵里は成瀬美

穂に言った。

「すみません。制服から私服に着替えていたもので。」

まぁ、確かにリリアンの制服では目立つだろう。私も一応リリアンの卒業生だ。

「で、かわいい後輩の妹の頼みだから今日は来たけど、どうしたの?」

「いま、駅に未亜がいるのです。未亜の友達の案内をお願いしたくて・・・」

まぁ、そう言うことだと思った。リリアン時代から、リリアンの生徒にふさわしくないといわれるほど吉祥寺で遊んでいたし・・・健全な遊びを・・・ね。

「夕飯はどうするの?」

「出来れば絵里さまにお願いしたく・・・」

リリアン生らしい呼び方が出ましたね。

「もう私はリリアンの生徒じゃないから、絵里さんで良いよ。そうだね・・・女性4名で食べられるところというと・・・あそこが良いかな?」

そう考えて私は、携帯電話を取り出してある店に電話をした。

「もしもし久瀬です。ご無沙汰しております。はいはい。そんなぁ・・・今日なのですけど4名で6時に予約できますか?はい、はい。有難うございます。」そ

う言って電話を切る。

「予約できたよ。最近できたばかりのイタリア料理のレストランにすることにした。」

その時、店の中に見知った顔が入ってきた。

「未亜ちゃん!と・・・沙耶ちゃん!?」

私は驚いた。私の親友から紹介された少年の妹が、そこにいた。

「えぇ!!なんで絵里さんがここにいるのですか?」

「えっ・・・2人とも知り合い?」

そう言う偶然も、たまにはあるものだ、私は思う。


■同所 18:00

つまりだ。ラファエルが真に求めるのはおそらく、我々が想像しているものではあるまい。」

私がワインを飲みながら言うと、向かいに座った少年はうんうんと頷いた。なんでも、今日はこいつの母親がどうしても参加しないといけない会合に出席するとかで、晩飯を一緒に食いたいと言ってきた。まぁ、こいつと晩飯を食うのは嫌いじゃない。高校時代の自分を見ているようで結構好きだ。私、柊一樹は一浪の末、某S大学の法学部政治学科に今年入学した。まぁ、紆余曲折が高校時代からありましたよ。久瀬とはひょんなことから知り合いになり、一応僕の両親は健在だけど、実家が遠いので久瀬の家に厄介になっている。この3年の付き合いで両家とも本当の親戚みたいに仲が良い。で、この目の前の少年、浅海雄彦とは、久瀬の父親が経営している会社のパーティーで知り合った。どうもそういうパーティーは初だったらしく緊張しているのをさりげなくフォローしたら知り合いになった。最も、僕もその時2回目だったのだけど・・・


で、僕が東京に出てからはこういう機会の度に夕食を共にしている。

「柊さん、ラファエルの本当の目的って何なのでしょうね?」

「さぁな。ただ言えるのは、やつはきっと盗みが目的じゃないってことだけだよね。」

その時、店のドアが開いて若い女性4名が入ってくるのが分かった。ひょいっと顔を上げたら、その先頭の女性と目があった。

「あ!一樹君!」

そう、その女性は絵里だった。そして、

「お兄ちゃん!!」

その声は麻耶ちゃんか・・・

「すみません。あそこのテーブルと相席をお願いします。」

そう絵里は店員に言うと、彼はテーブルをくっつけて6名用の席をセッティングした。

「ごめんね。ここ、良いよね?」

おいおい、そのセリフはセッティングする前に言うのじゃないのかい?そんな心の中での突っ込みを無視して、絵里たちは席に着いた。

「飲み物はどうしますか?」

私は親切に女性陣に質問をする。

「私はグラスの赤。」

「私たちはサンペレグリノをお願いします。」

飲み物の注文が終わると自己紹介タイムだ。


「先に来ておりました、柊一樹です。そこに座っている久瀬絵里の親友?婿?じゃないじゃない。大親友です。」

そう言うと絵里は頬を膨らませて、周りは少し驚いてそして苦笑した。

「浅海雄彦です。隣に座っている浅海沙耶の兄です。今日はここに来るなんて聞いておりませんでした。みなさん、宜しくお願いします。ちなみに、聖ポール学院高等部の1年に在籍しております。」

周りからは大人っぽい、との声がした。

「浅海沙耶です。隣の雄彦お兄ちゃんの妹です。聖ポール学院中等部の2年です。」

おいおい、その感じはブラコンだぞ。全く・・・この兄妹はブラコン気味なのだよ・・・

「え・・・と。成瀬美穂です。今年、リリアン女学園の高等部に進級しました。私には姉がおりまして、その姉が絵里さま・・・じゃなかった。絵里さんと親しくさせていただいておりまして、その縁で吉祥寺を紹介してもらおうと考えたのが今日の趣旨です。すみません。こんな大人数になってしまいまして。」

なるほど、趣旨が分かったら問題はない。

「いえいえ。お気づかい無用です。食事は大人数のほうが楽しい。特にイタリアンは・・・では、続きをしましょうか?」

「成瀬未亜です。聖ポール学園中等部で沙耶のクラスメイトです。今夜は美穂お姉ちゃんにくっついてきてしまいました。すみません。」

「いえいえ。気を遣わなくてもいいのですよ。」

そう言って、いまにも緊張のあまり泣き出しそうな未亜ちゃんを宥めた。そうか・・・見知らぬ男性がいるもな。と思う。最後は・・・

「久瀬絵里です。そこに座っている一樹とはここ3年一緒の腐れ縁です。リリアン女学園を卒業しましたが、リリアン生に思われないことが悩みです。」

そりゃそうだ。あんたの秘密を私は知っている・・・



■同所 21:00

中高生を20時に帰宅させて、私たちはあるアイリッシュ・パブで飲み直していた。

「まさか、レストランで会うとはね・・・」

私はさっきまでの光景を思い出しながら言った。

「全くだ。しかし、あのか弱そうな未亜ちゃんがあんなに食べるとはね。」

そう、未亜ちゃんは実は結構な大食いだったのだ。それにはびっくりした。

「まぁ、人はみかけによらないということさ。」

そう言って、一樹はフィッシュ・アンド・チップスに手を伸ばした。

「うん。いける味だ。」

ここに来るのはずいぶん久しぶりだ・・・2003年以来かな?

「変わらないね。ここのギネスも、キルケニーも・・・」

そう言って私はギネスに口をつける。

「で、どうだった?大島さんは何か知ってそう?」

「いや駄目だね。」

そう言って一樹は手を振るジェスチャーをした。

「市ヶ谷は全然情報を持っていない。これで持っていても問題だけど、あそこがないとなると・・・海軍省にはコネクション、ある?」

「ないのだよね・・・」

そう言ってため息をつく。私たちはある会社で嘱託としてこの4月から勤務をしている。ひょんなことから知り合った、大島さんという人のルートを使って例の怪盗ラファエルの情報に食い込めるかと思ったのだけど・・・


「虎ノ門ラインはだめだわ。海軍省関係も記憶がない・・・」

「そうか、全滅かぁ・・・」

そう言って、再びギネスに口をつける私。ハノイのギネスもそれはそれでうまかったのだけど、やっぱり生が一番。

「ところで、俺らの知りあいって結構シスコンとブラコンが多いと思わないか?」

一樹がいきなり話題を振ってきた。

「まぁ、そうかもね。」

私は曖昧にして答える。

「まぁ、話を戻して、なんで経済分析専門のうちでこの問題に興味があるのだろう?」

いう一樹に私は自分のバッグから一枚の紙を取り出し、差し出した。それを軽く読み一樹は内容が理解したようだ。

「なるほど。これは経済問題だわな。」

「そう言うこと。だから虎ノ門と海軍省に関心が行くわけ。」

後々考えると、この段階で事態の全容をおぼろげながら把握していたのは私たちだけだったと思う。



■5月21日 東京都千代田区 警視庁本庁舎 10:00

怪盗ラファエル特別捜査本部」が設置されてから早一週間か・・・そう思いながら、書類を整理していると部下の担当官が声をかけてきた。

「管理官、この書類をどこに置きましょうか?」

「その書類はあの棚に仕舞って。」

そう指示をして、私はコーヒーを口に含んだ。苦い。豆の苦みが出すぎている。私、警視庁刑事部本庁捜査二課管理官、高宮由子はコーヒーを持って立ち上がり、窓の外を見た。皇居が見える。

「管理官。今日は神奈川県警の派遣部隊が着任します。」

「昨日は千葉、今日は神奈川、明日が埼玉ですね。」

部下の報告に私は確認をする。

「はい。しかし、どの県警も刑事部のエリートを送りこんできましたね。想像どおりですが。」

「部長の言葉にもあったでしょう。我々はオール警察軍でこの事態に当たらねばなりません。所轄・本庁・他県警の垣根を超えないと我々はやつを捕まえられないのです。」

そう言っているとドアが開いたようだ。

「管理官、神奈川県警の方が来ました。」

そう言って、係の者がやってきた。


「通してください。」

そう言ってその人間を下がらせた。しばらくすると再びドアが開いた。

「高宮警視はおられますか?」

「私が高宮です。」

私は、自分から名乗り出ることにした。横浜でも本件、事態が発生しているため神奈川県警の協力は不可欠だ。

「自分は、神奈川県警より派遣されました小酒部であります。」

そう言って、小酒部氏は敬礼した。自分も返礼する。

「小酒部さん、お名前は何回か聞いたことがあります。うちの内海と何回か一緒に仕事をしたとか?まぁ、かけてください。」

そう言って私は小酒部氏に席を勧めた。

「すみません。」

そう言って座る小酒部氏。

「何か飲みますか?あいにくコーヒーは豆が古いせいか少々苦いですが・・」

そう言って笑いながら飲み物を進める私。

「そうですね。私は紅茶党なので、出来れば紅茶を・・・」

「分かりました。誰か、私と小酒部さんに紅茶を!」

そう言って係の者にオーダーする。


「神奈川県警から何名出向になったのですか?一応確認です。」

「各県警から4名。警視庁から専属班で7名の計23名だと聞いております。」

「それに私と千葉さんが加わり、計25名で捜査をします。最も、いざ状況が発生したら、各所轄から動員をかける予定ではありますが・・・」

係の者が来て、2つ分の紅茶を私たちに渡した。

「どうもありがとうございます。だいぶ警視庁も叩かれているようですね。」

そう言って小酒部君はスポーツ新聞を取りだした。

「まぁ、この様ではしょうがないですよ。こっちの裏をかいてやつはやってきます。それをどうするかを考えねばなりません。」

「しかし、どうやってやつは情報を収集するのでしょうか?それが疑問なのです。」

「そうなのです。我々へは警視庁の問い合わせメールに送りつけるのに、そもそものなぜその所へ盗みに入るのか?その情報をどう収集するのか?それが疑問なのです。それが分かれば、後を追えるのでしょうが・・・」

そう言って私は唸った。そう、この怪盗ラファエル事案の最大の困難は「足跡」が全くないこと。指紋・声紋はおろか靴の足跡すらない。しかも、盗みに入る場所の情報をどう収拾するのかさえも現段階では不明。鑑識もお手上げと来ている。

「科警研は何と言っているのですか?」

「同じことです。声紋を何回か収集したのですが、そのたびに違う結果が出ておりまして、複数犯説を唱える者もいるほどです。」

「監視カメラは?」

「通常のカメラに加えて赤外線感知カメラも使用しましたが、映っていないのです。肉眼では皆見えているのに、ですよ。もうここまで来ると本当に天使がいるのではないかと思うほどです。」

そう言って私はため息をついた。

「天使、ですか・・・ラファエルとは確か、「癒し」の意味でしたね?」

「だと聞いています。私もそれほど詳しいわけではありませんが・・・」

天使、か・・・なんという皮肉だろう。

「いずれにしても、これから私たちはあなたの指揮下に入ります。よろしくお願いします。」

そう言って小酒部君は私に手を差し出した。

「宜しく。」

そう言って、私たちは握手をした。


■某所 11:00


「なるほど、明日で刑事部は陣容が整う訳ですな。」

電話口から声が聞こえてきた。

「そうなります。警察はこれで陣容が整いました。」

「あなたのことだ。すでに手のものを送り込んでいるのでしょう?」

「その点は抜かりなく。」

「さすが、カミソリと異名をとるあなただ。手が早い。」

「駒をここで欠けさせるわけにはいきませんよ。」

そう言って私は笑う。

「そう言えば、あなたのご友人が4月の人事で刑事部に異動になったそうですね。」

彼女のことか。

「ええ。ただ捜査一課関係らしいですよ。この件には無関係ですな。」

「なるほど。では、今日の夕刻にいつもの方法で連絡を行うということでよろしいでしょうか?」

「来月の送金、どうします?」

「いつもの通りに行いましょう。手はずは整っています。」

「やはりこの件に関してはあなた方のほうが専門家だ。」

私は苦笑して返した。

「では、宜しくお願いします。」

そう言って私は電話を切り、自分のPCに向かった。


「件名:下記依頼の件に関して。」

「先日来お願いしております件に関して~」私はメールを書き始めた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ