十七年凍っていた王子を蘇らせたら、「今度は俺が君を温める」と言われました(17koy)
依頼書には一行だけ、数字があった。
《深度Ⅴ・十七年》
メアは二度読んだ。
「成功例、ないですよね」
王都から来た使者は頷いた。
「それでも王妃陛下は、あなたに頼みたいと」
師匠ヤロウが亡くなって三か月。
十八歳のメアは、辺境の小さな工房を一人で守っていた。
深度Ⅴ。
十七年。
封印されたのは第一王子クレイス。
六歳のとき、王宮の謀反に巻き込まれた。
「解かせば死ぬかもしれない」
使者は言った。
「解かさなければ?」
「このままです」
メアは依頼書を畳んだ。
「行きます」
*
翌日の朝、エルダ王妃が封印室に来た。
五十代の女性だった。静かな顔をしていた。感情を表に出さない雰囲気ではなく、感情が深すぎて外に出てこない感じ。こういう顔を、メアは知っていた。師匠ヤロウが病で弱っていく間、毎日看ていた自分の顔に似ていると思った。
王妃はまず息子の封印に手を当てた。長い間、当てていた。それからメアを振り返った。
「ヤロウ師に会ったことがあります。十年前に」
「そうですか」
「あの方は「この封印を解かせるのは、私の弟子になる」と言っていた。あなたがその方ですか」
「……そう言われています。でも、確信はありません」
「正直な方ですね」
「嘘をついても、意味がないので」
王妃が顔が変わった。笑いではなかったが、何かが緩んだ。
「一つ、聞いていいですか」とメアは言った。「……解かすことを、なぜ今まで続けてきたんですか。十七年間」
「続けることと、諦めることの、どちらが怖いかを考えてきました。諦める方が怖かった」
メアはその言葉を、聞いた。
「……今も怖いですか」
「今は、違う種類の怖さがあります。解かしたら死ぬかもしれない。でも解かさなければ、絶対に消える。どちらも怖い。でも、解かす方を選びます」
メアは封印の結晶を見た。
「……やります。全力でやります」
「ありがとう」と王妃は言った。「メア。あなたが来てくれて、よかった」
*
施術の前に、リアとの打ち合わせがあった。
テーブルを挟んで向かいに座り、リアが封印の詳細を説明した。深度Ⅴがどのような状態か、十七年でどのように変化したか、自壊までの残り時間。メアは全部メモした。
説明が終わって、リアが言った。
「施術の手順を教えてください。確認したい」
「最初の三日間は準備加温です。封印の外側から温度を上げながら、中の生命波を探ります。生命波が確認できたら、その周波数に合わせて波を送り込む。生命波を確認した後、核心部に向けて波を送る」
「生命波の確認は、できるんですか。十七年、誰も感知できていない」
「昨日、手を当てたとき、生命波を感じました」
リアが止まった。
「……感知した、とおっしゃいましたか」
「ほんの少しです。でも、あります。生命波がゼロではない」
リアはメアを見た。
「……確かめさせてください。あなたが感知した生命波の周波数を、計測器で確認します」
封印室に戻って、メアが結晶に両手を当てた。感覚を探った。昨日感じたもの。子供の振動みたいな波。
ある。まだある。
リアが持ってきた計測器を結晶に当てた。数字が出た。リアの顔が変わった。
「……数値が出た。数値が出た。生命波の反応がある」
「わかっていただけましたか」
「……はい」とリアは言った。「私は十年間、感知できなかった。あなたは初日に感知した」
またしばらく沈黙。
「……信じます」とリアが言った。「施術を始めてください」
*
夜、一人で封印室にいるとき、メアは結晶の前に椅子を置いて座った。
ヤロウが言っていたことを思い出した。「クリオ術師は、封印された者と対話しながら解かす。術だけではなく、存在として関わることが大切だ」
対話。でも相手は封印されている。言葉は届かないかもしれない。でも、生命波は届くかもしれない。
メアは結晶に手を当てた。
「クレイス。私はメア・フロストといいます。あなたを解かしに来ました」
返事は来なかった。当然だ。でも、言った。
「怖いかもしれないけど、時間をかけてやります。急がない。でも確実に」
氷は冷たかった。でも、その中に生命波がある。生命波はゼロではなかった。
それだけで、十分だと思った。
*
施術が始まって、一週間が経った。
毎日、朝と夕方の二回、封印室でメアは施術を行った。準備加温の段階は、封印に直接触れずに、周囲の温度を少しずつ上げながら生命波を探る作業だ。地味で、成果がすぐには見えない。でも、毎日少しずつ変化していた。
生命波の反応が、少しずつ強くなっていた。
五日目の夕方、施術中に初めて「映像」が来た。
目を閉じて生命波を送り込んでいたとき、突然、視野の端に何かが見えた気がした。色。光。
それから、小さな手。子供の手が、何かをつかもうとしている。
メアは施術を続けながら、その感覚に意識を向けた。押しつけるのではなく、ただ、受け取るように。
映像が来た。断片的な。
青い空。走っている。風が強い。誰かの声。笑い声。子供の笑い声が複数。それから暗くなって、終わった。
施術が終わって、メアは座り込んだ。疲れが来た。今日は、クレイスの記憶の断片が来た。
リアが来た。
「顔色が悪い」
「施術後に座り込むくらい消耗しました。大丈夫です」
「……施術中、何かありましたか」
メアは考えた。
「クレイスの記憶の断片みたいなものが、来ました。映像として。子供の頃の。空と、誰かの声と、笑い声」
「それは……」
「生命波が強くなっている証拠だと思います。クリオ術師が深い封印に触れると、対象の記憶に共鳴することがある、とヤロウ師に教わっていました。今日、初めて経験しました」
リアがメアを見た。最初の日より、少し違う目で。
「……続けてください」
「はい」
*
施術の二週間目、王妃が夜に来た。
メアが施術を終えて、封印室で記録をつけているとき、扉が開いた。王妃は一人だった。護衛もなく、静かに入ってきた。
「邪魔をするつもりではありません。ただ……時々、夜にここに来るので」
「構いません。一緒にいてください」
王妃が結晶の傍に座った。メアも座った。二人で封印を見ていた。
「クレイスはどんな子でしたか」とメアが聞いた。「……活発な子でした。走るのが好きで、騎士に憧れていた。六歳なのに、剣の練習をしたいと言って」
「封印の日の前、何か変わったことはありましたか」
「あの日は、何もありませんでした。普通の夜だった。夕食を食べて、私が寝かしつけて。それから謀反が起きた。夜中に。クレイスの部屋に暗殺者が来た」
メアは黙って聞いた。
「騎士のカルスが守ってくれた。体を張って。でも状況が悪くなって、クリオ術師を呼んで……封印にするしかなかった。あの子は、怖かったと思う。でも、泣かなかった。カルスが「眠れ」と言って、あの子が頷いて」
「カルスという騎士は、今も」
「……五年後に戦いで亡くなりました。あの子が封印されて、五年後に」
長い沈黙があった。
「……クレイスは、カルスが来ると思っているかもしれません」とメアは言った。「「眠れ、必ず迎えに来る」と言ったなら」
「そうだと思います。あの子が封印の中で意識があるなら、待っているかもしれない」
「……カルスはもういない、ということを、起こした後に伝えなければなりません」
「それが、辛い。でも、伝えなければならない」
メアは王妃を見た。十七年間、息子の封印の前で、そのことを抱えてきた人の顔だった。
「……私が一緒にいます。伝えるとき」
王妃がメアを見た。それから静かに「ありがとう」と言った。
*
三週間目に入ると、施術中の映像が毎回来るようになった。
毎日違う断片だった。青空の日。廊下を走る日。食堂での食事の場面。そして何度も繰り返すのは、ある一人の人物との場面だった。大きな男の人。騎士の服を着ている。その人が六歳のクレイスに何かを教えている。剣の持ち方。馬の乗り方。笑い声が多い場面だった。
カルスだ、とメアは思った。
最も多く来た映像は、夜のものだった。暗い部屋。物音。恐怖。走ってくる足音。カルスが扉を開けて、クレイスを抱え上げる。廊下を走る。どこかへ向かいながら、カルスが言う。
「大丈夫だ。俺がいる」
その場面を、メアは何度も経験した。施術中に、クレイスの目で見た。カルスの顔が、下から見上げた角度で見えた。大きくて、温かくて、怖くない顔。
施術が終わった後、メアは泣いていた。
気づいたらそうなっていた。意識して泣いたわけではなかった。でも、涙が出ていた。
リアが来て、メアの顔を見た。何も言わなかった。ただ、お茶を持ってきて、横に置いた。
「……ありがとうございます」とメアは言った。「施術中に、何かを感じたんですか」
「……クレイスの記憶を、また見ました。カルスという騎士の場面を」
リアが止まった。
「カルスのことを、知っているんですか」
「王妃から少し。あとは、記憶の断片から。あの騎士は、クレイスにとって特別な人だったんですね」
「……私がここに来た頃、カルスのことを聞きました。クレイス様を守った後、五年間は封印の前で毎日誓いを立てていたそうです。「必ず迎えに来る、と言った。その言葉を果たすまで生きる」と」
「……それでも、亡くなった」
「戦場で。自分の意志ではどうにもできない場所で」
メアはお茶を飲んだ。温かかった。
「……クレイスを起こしたら、伝えなければならない。カルスはもう来られない、と」
「はい」
「それを伝えた後、クレイスがどうなるか、怖いです」
「……私も怖い」とリアが言った。「でも、それを言ったのはあなたが初めてです。今まで話し合いでも、誰も怖いと言わなかった」
「怖いと言った方がいいんですか」
「……あなたが怖いと言ったことで、私も怖いと言えた気がします」
メアはリアを見た。初日に「期待していません」と言ったリアが、今は「私も怖い」と言った。
*
一ヶ月が経った頃、施術の段階が変わった。
準備加温が終わり、「深層加温」が始まった。封印の中心部に向けて、生命波を直接送り込む段階だ。最初の深層施術は三時間かかり、メアは終わった後、椅子から立てなかった。リアが気づき、部屋まで送ってくれた。
翌朝、王妃が来た。
「顔色が悪い。無理をしていませんか」
「施術の段階が変わったので、しばらく慣れるまでこうです」
「……休んでもいいんですよ。三ヶ月まで、まだ時間があります」
「休むより、続けた方がいい。毎日少しずつの方が、急ぐより安全です」
王妃は間を置いた。
「……クレイスが起きたら、何を最初に食べさせようか、ずっと考えているんです」
メアは笑った。
「どんなものが好きだったんですか」
「甘いものが好きで。特に、林檎を蜂蜜で煮たものが大好きだった。今の季節は林檎が出ています」
「じゃあ、今から作り始めてもいいですね」
王妃がまた、感情が緩んだような顔をした。
「……そうですね。準備しておきましょう」
メアはその言葉が、王妃にとってどれだけの意味を持つか、少しだけわかった気がした。
*
二ヶ月目の後半、施術中の感触が変わった。
深層に送り込んだ生命波が、「何かに当たる」感覚があった。壁ではなく、もっと柔らかいもの。圧縮されて、凝縮されて、でも消えていない何かに。
「核心部に近づいている」とメアは思った。その夜の施術後、メアはリアに言った。「来週、最終施術を行います」
「……最終施術、とは」
「核心部への直接介入。封印の中心にある、クレイスの意識の残核に触れます。それが成功すれば、封印が崩壊を始める」
「崩壊、ということは」
「氷が溶ける。クレイスの体が戻ってくる。でも、その過程で生命活動が再開されなければ、消える」
リアが黙った。
「……術師への負担は」
「大きいです。核心部への介入は、今まで以上の消耗があります。私の生命波がある程度削れることは、覚悟しています」
「……どのくらい」
「わかりません。でも、準備は十分しました。あとは、やるだけです」
リアはメアを見た。
「……私に、できることはありますか」
「施術中、傍にいてください。私が倒れそうになったら、支えてください。それだけで十分です」
「……わかりました。必ずいます」
*
最終施術の前の夜、メアは師匠の手紙を読んだ。
ヤロウが亡くなる一週間前に書いた手紙だった。「深度Ⅴの依頼が来たとき、必ず読むように」と言われていた。封筒を開けた。
「メア。お前には伝えるべきことがある。クリオ術師が核心部に触れると、対象の意識と一時的に交信できることがある。めったに起きないが、深い封印ほど起きやすい。もし交信が起きたら、怖がるな。そのまま、言葉を交わせ。それが蘇生の最後の鍵になる。術師が交信を恐れて離れると、核心が閉じる。閉じたら、もう開かない。だから、交信が来たら、応えろ。お前なら、できる」
メアは手紙を折り畳んだ。枕元に置いた。
眠れると思っていなかったが、眠れた。
*
最終施術は、翌朝から始まった。
封印室に、メアとリアと、途中から王妃も来た。三人で、封印の前に集まった。
メアは結晶に両手を当てた。今日は全力で行く。今まで少しずつ積み上げてきた全部を、今日使う。
生命波を送り込んだ。
深く。今まで届いたことのない深さに。層を越えて、越えて、越えて。封印の氷が、内側から少しずつ変化していくのを感じた。微かに、温度が変わっていく。
核心部に触れた。
「何かに触れた」という感覚とは違った。「誰かに触れた」という感覚だった。意識の断片。凝縮されて、縮まって、でも消えていない。六歳の意識が、十七年間、この場所にあった。交信が、来た。「誰かいるか」
声ではなかった。振動だった。でも、メアには言葉として届いた。
「います」とメアは答えた。声を出したかどうかわからなかったが、生命波に乗せて答えた。「来ました」
「……カルスか?」
メアの胸が、痛くなった。
「違います。私はメアといいます。カルスは……今は来られないけど、あなたを解かしに来ました」
間があった。
「……メア」
「そうです」
「……怖い」
「知っています。でも、私がいます。離れません」
また間があった。長い間。メアは離れなかった。核心部への接触を維持し続けた。消耗が来ていた。頭が重くなってきた。でも、離れなかった。
「……眠いのか」と意識が問いかけてきた。「眠くない。起きています」
「……俺も、起きていていいか」
「はい。起きていてください」
封印の結晶が、動いた。
最初は微かだった。でも、核心部から何かが広がっていくのがわかった。封印が崩壊を始めていた。氷の内側から、ひびが入り始めた。
その瞬間、メアの生命波が急激に低下した。
「メア!」とリアが叫んだ。メアが傾いた。リアが支えた。「離すな」とメアは言った。「まだ、離すな」
王妃が封印の前に進んだ。結晶に手を当てた。「クレイス!」と叫んだ。「クレイス、出ておいで!」
封印が、崩れた。
音がした。氷が割れる音。光が散った。冷たい霧が広がった。
リアがメアを支えたまま、前を見た。
霧の中に、人が立っていた。
二十三歳の体をした、青年だった。目を閉じていた。足がふらついていた。それでも、彼は自分の足で立っている。
「クレイス」と王妃が言った。声が割れていた。青年が目を開けた。視線が動いた。部屋の中を見た。王妃を見た。次に、視線をリアへ移した。それから、リアに支えられているメアを見た。最初に言った言葉は、「メア?」だった。メアは笑った。「そうです。来ました」
「……お母さん」
王妃が、初めて泣いた。
*
クレイスが目覚めて、最初の三日間は医術師がつきっきりだった。
体の状態を確認し、十七年眠っていた筋肉を少しずつ動かす練習をし、食事を少しずつ始めた。最初は水だけ。それから粥。メアはその間、別の部屋で休んでいた。生命波の消耗が大きく、歩くのも辛かった。リアが毎日状態を確認しに来た。
四日目の朝、クレイスが「メアに会いたい」と言ったとリアが伝えた。
「会いに行きます」とメアは言って、部屋を出た。クレイスの部屋は、封印室から遠い場所にあった。廊下を歩いて、扉をノックした。「どうぞ」という声がした。声は、封印の中で届いたものより少し低かった。二十三歳の身体から出る声だ。自分の出来事として覚えている時間は六歳で途切れている。それでも、言葉の理解や判断まで六歳に戻ったわけではない。扉を開けると、クレイスがベッドに座っていた。目が合った。青い目だった。封印の中で見た映像では、子供の顔だった。でも今は二十三歳の顔で、同じ青い目がこちらを見ていた。「……メアか」
「はい。メア・フロストです」
「俺を解かした」
「はい」
クレイスはメアを見た。それから自分の手を見た。
「……大きくなっている」と彼は言った。「手が」
「十七年分、体は成長していたようです。でも記憶は六歳のまま、と医術師が言っていました」
「……俺の記憶は、六歳で止まっているのか」
「自分の出来事として覚えているのは、そこまでです。でも、理解する力まで六歳に戻ったわけではありません。十七年分は、これから知っていけばいい」
クレイスが窓を見た。外に空が見えた。
「……カルスは」
メアは間を置いた。
「……来られませんでした。五年前に、戦場で。ごめんなさい」
クレイスは何も言わなかった。しばらく、窓の外を見ていた。
メアはその沈黙の中に、何も言えなかった。何かを言うべきかとも思ったが、この沈黙には入らない方がいい気がした。
長い間が過ぎた。
「……俺を待っていてくれたか」とクレイスが言った。「お母さんは」
「毎日、封印室に来ていました。十七年間」
また沈黙。
「……カルスは、来ると言った。でも来なかった」
「はい」
「俺は信じて待っていた」
「知っています」
「でも、来なかった」
「……代わりに、私が来ました。カルスの代わりにはなれない。でも、来ました」
クレイスがメアを見た。
「……お前が来た」
「はい」
また沈黙。でも、さっきより少し、軽い沈黙だった。
*
二週間が過ぎて、クレイスは廊下を歩き、食堂で食事をし、一人で着替えられるようになった。一つずつ、体の使い方を確かめながら。
メアもその頃には、歩けるようになっていた。生命波の回復は遅かったが、少しずつ戻ってきていた。
廊下を歩いていて、クレイスが段差でつまずきそうになった場面があった。メアが黙って腕を差し伸べた。クレイスが掴んだ。「十七年ぶりに歩くんです。つまずくのが普通です」とメアが答えた。その言い方が優しかったから、クレイスは少しの間、メアの腕を離さなかった。
ある夕方、廊下でクレイスとばったり会った。
「どこへ行くんだ」とクレイスが聞いた。「封印室です。クリオ結晶の後処理があるので」
「……ついていっていいか」
メアは驚いた。
「怖くないですか」
「怖い。でも、見ておきたい」
ふたりで封印室に行った。
扉を開けると、封印室はひんやりしていたが、もう霜がなかった。結晶が崩れた後の残骸が、少し残っていたが、ほとんど処理済みだった。
クレイスが部屋の中央に立った。何もない場所。十七年間、自分がいた場所。
しばらく、そこに立っていた。メアは遠くに立って、何も言わなかった。
「……長かったか」とクレイスが言った。「俺は、ちっとも長く感じなかったが」
「十七年は、長いです」
「外では、十七年分のことがあったんだろう」
「はい。十七年分です」
「……一つずつ、知っていく」
「いい方法だと思います」
クレイスがメアを見た。
「お前は、どのくらい王宮にいる」
「後処理が終われば、辺境に戻ります。工房があるので」
「……いつ?」
「もう少し。生命波が戻れば」
クレイスは部屋の中央から動かなかった。
「……お前がいなくなると、寂しい」
メアは笑った。
「会いに来てください。辺境まで」
「王子が辺境に行けるのか」
「行けないことはないと思います」
クレイスが考えた。
「……行く」
その言葉が、メアには少し、温かく聞こえた。
*
春。
庭に花が咲いた。
クレイスは王宮の生活へ戻り、メアも生命波を回復させていた。
二人で花を見ていると、風が通った。
メアは無意識に両手を擦る。
クレイスが気づいた。
「冷たいのか」
「少しだけ」
彼は迷ってから、メアの手を両手で包んだ。
「殿下?」
「十七年分の氷を解かしたのは、お前だろう」
「施術したのは三か月ほどです」
「十分だ」
「それは計算が違います」
「細かいな」
クレイスの手は温かかった。
「今度は、俺が君を温める番でいいか」
メアは答えなかった。
包まれた手の力を抜く。
それで十分伝わったらしい。
クレイスは離さない。
春の風がまた吹いた。
もう氷はない。
メアの生命波が、温かく揺れた。
了




