【初夢シリーズ】影の樹の丘
こんな夢をみた。
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一面の黄金色にみえる草原の南東に小さな丘があり、黒く太い幹を持つ樹が生えている。
その樹はどんなに天気が良くても、真っ黒な影のようにしか見えない。
かつて、この丘には妖精や小鬼が溢れていたという。
人の家から木の実を盗み、代わりに石を置いていくような、無邪気で残酷な隣人たち。
幻獣と人とが共存できていた時があったという。
だが、彼らの肝が万病を治す薬になると知った人間が、乱獲の限りを尽くした。
今ではもう、彼らの姿を見ることは叶わない。
「もし見つけたら、生け捕りにして金にしてやる」
そう息巻く村の猟師を嘲笑うように、丘の上にはただ、黒い影のような樹が佇んでいるだけだった。
しかし最近、明らかに人のものではない…それよりもはるかに小さなものの影、小さな小さな焚き火の跡、よくわからない小枝で作った飾り物などを見たという噂があがり、そういった存在の事が思い出された。
そんなものが見ることが出来たらよい、と思ったわけでもないが…。
少年は、その丘の一歩手前のところで立ち止まっていた。
丘には、西になびいたような枝振りの樹が一つ生えているだけ。
それは古い言い伝えのせいか、なんとも不思議な印象の場所であることは間違いない。
「一人で近寄ったら化かされるよ」
ふいに、背後で声がした。
驚いて振り向くと、いつの間に近寄っていたのか、旅芸人の道化師が立っている。
まるで、気配がしなかった…否、今でも気配らしい気配がない。
「驚かしたかい。それは申し訳ないね。
けれどもね、ここには一人で来ちゃいけない」
《《妖精に、化かされる》》。
そう告げた道化師は、化粧のせいで笑っているように見えるはずであるのに、まったく笑っている顔に見えなかった。
「…ただの古い言い伝えだろう」
少年の構えたような返事に、道化師は、おや、とわずかに口元をゆがめた。
「信じていない…と?」
少年は返答に困った。
妖精などを自分の目で見たわけでない、しかし、いないと証明できるわけでもない。
「…わからないから、来てみた…」
そう答えると、道化師は、
そうかい…と、うなずいた。
「そうやって確かめるのは良いかもしれない…
けれど、一人は危ないよ。
《《大部分のもの》》は、いまだに怒っているからね」
その時だった。
聞いたこともないような澄んだ音がした。
鈴の音でもない。
鐘の音でもない。
氷かガラスの鈴を鳴らしたかのような音…。
少年は、音のした方…丘の上の樹を仰ぎ見た。
ザワリ
と風が通っていく。
何かが通ったかのように、丘の草が大きくなびき倒れていた。
ゾクリ。
背筋に何かが這い上がったような感覚を覚え、少年は、急いで道化師を振り返る。
しかし…。
そのわずかな間に、道化師は消えていた。
最初から、そこに、少年一人しかいなかったかのように。
そういえば…
今時期、旅芸人はこの地方に来ていない。
ましてや。
あんな道化師など……。
少年は、影のように黒くしか見えない樹へ、もう一度目をやり、そして、じりじりと後ずさりをして、やがて走り出していた。
それから、間もなく、あの妖精を見たらば生け捕ってやる、と豪語していた猟師が行方不明になったと聞く。
少年は丘の手前で、黒い影のごとき樹を見上げるだけだった。
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夢はここで終わった。
夢の続きを見る術を持たない私は、道化の正体、漁師の本当の行方を知る由もない。
ただ、あの丘や樹は実際どこかで見たような気がしてならない。
了




