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短編集

遥いっぱいのお風呂

作者:
掲載日:2025/12/17

 湯気が立ち込める浴室で、私はゆっくりとお湯に体を沈めた。

熱い湯が肩まで包み込んで、少し重かった体がじわじわと溶けていく感覚が心地好い。

目を閉じると、心が落ち着かない。あの人の顔が、すぐに浮かんでくるからだ。遥のことだ。


 高校三年生になった今でも、遥のことを考えると、心臓がドキドキしてしまう。

クールで少しミステリアスな彼女は、いつも少し距離を置いてクラスメートを見ている。

口数は少ないけれど、話すとその声は低くて優しくて、ただその声を聞いているだけで胸が高鳴る。

文化祭の準備の時、私が書いた短編小説をじっくり読んでくれて、「綾の文章、心に染みる」って言ってくれた。

その一言が、すごくうれしくて心が満たされた。



 その日以来、授業中も、休み時間も、帰り道も、遥のことが頭から離れない。

ふとした瞬間に、彼女のことを考えてしまう自分に驚く。

クラスの中で遥を見つけると、何度も視線が引き寄せられて、目を離すことができなくなってしまう。

そんな自分に気づいたとき、この気持ちが恋だと、ようやく理解した。

女の子同士でも、こんなに強く想えるんだって、初めて知った。


 今日は遥の家に泊まることになっていた。期末テストが近いから、一緒に勉強しようって誘われた。

夕食を済ませ、少しだけ部屋で問題集を解いた後。

遥が「綾、先にお風呂入ってて。私はちょっと後で」と言ってきた。

その言葉に少し驚きつつも、私はうなずいて浴室へ向かった。

シャワーの水を浴び、体を洗いながら、あの優しくて落ち着いた遥の顔が脳裏に浮かぶ。


 湯船に浸かると、熱いお湯が体中を包み込んで、疲れがじんわりと溶けていく感じが心地よい。

目を閉じると、ほんのりとした湯気に包まれ、ひとときの安らぎを感じる。

でも、心の中には落ち着かない気持ちが残っていた。遥が同じ家にいると思うだけで、胸が熱くなる。

あの時、遥の言った「好き」という言葉が、まだ耳の中で響いている気がして、思わず顔が赤くなる。


 無意識に肩を震わせながら、お湯に身を沈める。

心がささやかな期待に包まれているのを感じると、ふっと不安がよぎる。

今日は、遥と一緒に過ごす初めての夜だから。これから何が起こるのか、どうなってしまうのか、そんなことが気になって、心臓が高鳴る。


 そんなことを考えていたら、ドアがノックされた。


「綾、まだ入ってる?」


 遥の声が浴室に響いた。驚きで、私は思わずお湯の中で体を縮こまらせた。

心臓が急に高鳴る。あの声、あの温かさに、私の心が反応しているのを感じる。


「うん、入ってるけど……どうしたの?」


 声が少し震えてしまったのは、きっと緊張しているせいだ。

何気ない会話のはずなのに、遥の存在が近くにあるだけで、胸の中に熱いものが込み上げてくる。


「私も入ろうかな。一緒でいい? 狭いけど」


 その言葉に、私はどこかで昔のことを思い出していた。

小学生の頃、近所に住んでいたから、何も気にせずに一緒に遊んで、あの頃はお風呂も平気だった。

でも、今は違う。私たちはもう高校三年生で、昔のように自然に一緒に入ることはできない。

少し照れくさい気持ちが胸に広がる。


 でも、そんな気持ちとは裏腹に、私は否応なしに心の中で「拒否なんてできない」と思っていた。

どうしても、遥が近くにいてほしいと思ってしまう。

それにこんなチャンスは二度とないかもしれない。チャンスって何?って自分自身に突っ込んでしまった。


「……うん、いいよ。入って」


 その言葉を口にした瞬間、胸の奥で何かが弾けたような気がした。

ドアが静かに開く音がして、遥が入ってきた。

バスタオルを体に巻いて、シャワーの下に立つその姿が、私の目を奪った。

湯気の中で、遥の肌はまるで陶器のように白く、美しい鎖骨のラインがくっきりと浮かび上がって見える。

息を呑んで、何も言えないままでいた。


 遥はそのまま何気ない顔をしていたけれど、私はその姿を目の前にして、胸の鼓動が速くなるのを感じていた。


「綾、背中洗ってくれる?」


 遥が少し照れくさそうに言ったその瞬間、私の心は一瞬で高鳴った。

彼女の声がどこか甘くて、耳元に届くたびに全身が震えるような気がする。

私は無意識にうなずき、震える手でボディソープを泡立てた。


 遥の背中に触れた瞬間、その温かさが伝わり、胸が跳ねるような感覚が走った。

滑らかな肌、きれいな肩のライン、そのすべてが私を捉えて離さない。

指先が震えてしまうのを抑えられず、少しだけ力を込めて背中を洗っていく。


「ありがとう。気持ちいい」


 遥の低い声が、私の胸に深く響いた。

その声に包まれているようで、私はただ、心の中でその一言が消えないようにしようと必死になった。

少し照れくさいけれど、私は無意識に微笑んで、さらに優しく背中を洗い続けた。

温かい湯気の中で、彼女との触れ合いが、心を少しずつ溶かしていく。


「私も……洗ってもらえる?」


 その言葉を口にした瞬間、胸が高鳴った。言った自分が少し恥ずかしくて、心臓がドキドキしているのがわかる。遥が少し驚いた顔をして、でもすぐに優しく微笑んでくれた。


「もちろん」


 遥の手が私の背中に触れた。指が肩から腰へと滑るたび、体が熱くなる。お湯のせいじゃない。心が、熱くなっているのだ。


 洗い終わると、二人で湯船に浸かる。狭いお風呂の中で、自然と肩が触れ合う。

遥の髪から、ほのかに甘いシャンプーの香りが漂ってきて、その香りが私の心をさらに揺さぶる。

ふわりと感じるその香りに、胸が締め付けられるような気がした。


「綾、最近ちょっと元気なかったよね。大丈夫?」


 遥が心配そうに私を見つめて、言った。

私は言葉を飲み込んだ。どうしてもこの気持ちを言葉にすることができなくて、頭の中がぐるぐると混乱する。

遥はただ優しくて、もしかしたら、私と同じ気持ちじゃないかもしれない。それでも、黙っていられなかった。


「遥……私、遥のこと、好きなんだ」


 その言葉がぽろりとこぼれた。心臓が激しく跳ねるのが分かる。こんなにも緊張するのは初めてだった。


「友達としてじゃなくて、もっと……異性と同じ気持ちで、ずっと想ってた」


 浴室が一瞬、静かになった。お湯の音だけが響く。

遥はゆっくりと私の方を向き、その瞳が真っ直ぐに私を見つめた。

その眼差しが、私の心を強く引き寄せる。


「綾……私も、同じだよ」


 その一言が、私の胸を温かく包み込んだ。驚きと嬉しさが交じり合って、言葉がうまく出ない。


「……え!うそ?」


 私はその言葉を繰り返すように聞き返した。遥が少しだけ笑ってから、続けた。


「文化祭のとき、綾の小説読んでから、もっと綾のことを知りたくなった。そばにいたくて、触れたくて……ずっと我慢してた」


 その言葉に、胸がいっぱいになって、私は言葉を失った。

遥の気持ちを聞いて、まるで世界が一瞬で変わったかのように感じた。


 遥の手が私の頬にそっと触れた。その温もりが、私の心に直接触れるようで、優しさが全身を包み込む。

手のひらから伝わるその気持ちに、私は涙がこぼれそうになるのを必死でこらえた。


 お湯の中で、自然と私たちの体が近づく。心臓が速くなるのを感じながら、唇が触れた。

初めてのキス。柔らかくて、少し震えていて、まるで世界が止まったような気がした。

胸がいっぱいで、言葉では言い表せない感情があふれそうになる。


 遥の腕が私を抱きしめてくれる。

肌が密着して、熱さと幸せで胸がいっぱいになる。

そんな瞬間、私はこの一瞬を永遠に感じていたかった。


 その夜、私たちはお風呂でたくさん話をした。

お互いの想いを伝え合い、照れ笑いをし、時には涙を流しながら。

湯船から上がるとき、手を繋ぎながら指を絡めた。

何も言わずとも、すべてが伝わるような気がして、ただ静かにその手を握りしめていた。


これから先、どんな困難が待っているのかはわからないけれど、遥と一緒にいられるなら、きっと大丈夫だと思えた。


 私の世界は、もう遥でいっぱいだった。

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