侵略者より愛をこめて
しいなここみ様主催、華麗なる短編料理企画への一皿です。おかわり
『よくここを突き止めたな。さすがは【宇宙の虎】と誉めておこう』
夕暮れのボロアパートの一室、段ボールのテーブルを挟んで向かい合った男は無表情のままで幌橋に話しかけた。男の後ろにはまだ梱包前の【銀河王のカレー】が山積みになっている。
ここ数日の間に爆発的に広まったものがこの【銀河王のカレー】だ。一皿300円というふれ込みでワゴン車が移動販売していた。そして販促の後は【銀河王のカレー】の固形ルーを手売りする。【銀河王のカレー】は子供たちの間で人気となり家庭でも頻繁に作られるようになった。それと同時に【銀河王のカレー】を食べると頭が良くなる、スポーツで活躍できるといった噂が子供たちに広がり出したのだ。
『しかしSOSの調査員【宇宙の虎】が出てくるほどのことかね? はぐれ宇宙難民が日銭を稼いでいただけのことに』
「正体は分かっているぞ。植物学者を隠れ蓑に人体実験を繰り返し、惑星から追放されたマッドサイエンティストめ。あのカレーには地球上に存在しない未知の危険な植物が含まれていた。ここでも同じことを繰り返すつもりか」
『危険な植物とは心外だな。ターメリックやナツメグと同じ、ただの香辛料だ。君は食べなかったのかね? あの素晴らしさを体験しなかったのか』
「たしかにアレは人間の能力を飛躍的に向上させる。しかし一方で精神や心臓に負担を強いるものだ。過度に摂取すれば発狂や突然死を引き起こす」
『だが禁止されてはいない。今はまだ、だが。薬だってそうだろう。作用もあれば副作用もある』
「それは詭弁だ。お前のしていることは殺人だ」
『分かり合えないのは残念だよ。しかしもう手遅れだ。既に種は蒔かれたのだから』
そう言うと男の体が黒く染まりはじめる。
「くそっ、往生際が悪いぞ!」
『ふふふ、逃げるのではない。研究に捧げたこの体に限界がきたというだけだ……だが私は満足している。私の生み出した香辛料がこの星の人間を進化させる。それが福音となるか、災厄となるかは……自分たちが決めればいい……』
幌橋の目の前で男はたちまち炭化して、ぐらりと倒れボロボロと崩れた。
幌橋が探偵事務所に戻ると、キッチンに鍋が置いてあった。鍋のそばには「温めて食べてね。ワタシの分まで食べたら怒るよ」とアンナのメモが添えてあった。バイトに行く前に作ってくれたのだろう。帰りに寄って食べるということも分かった。元嫁とうまくいってないのか少し気になった。
蓋を取るまでもなく事務所にはカレーの匂いが漂っている。しかし幌橋はご飯がないことに気づく。自分が二人分炊けというアンナのお願いを察して、幌橋は苦笑しながらネクタイを緩めた。