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第4話「ダンジョンの中の小さな革命」

起:地下一階 崩落と再起

地下一階は、思った以上にひどかった。

 「……うわ。これ、もう“使える”ってレベルじゃないよな……」

 佐々木は崩れかけた石造りの壁を見上げながら、唾を飲み込んだ。

 天井のあちこちに大穴が開き、落ちてきた瓦礫が床を半ば埋めている。

 かつて防衛ラインだった罠エリアは沈黙し、モンスターの孵化槽は不気味な緑の泡を吹き続けていた。

 「魔力導管、腐蝕率68%。罠の稼働率は……22%以下です」と、隣でリリエが無機質に報告する。

 「ひでえな、これ……まるで“十年放置されたサーバールーム”じゃん」

 リリエは一瞬きょとんとした後、「十年放置されたサーバールーム」の意味を機械的に検索したような顔をした。

 「例えが、情緒的すぎて判断に困ります」

 「まあ、要するに“ボロい”ってことだよ」

 ミナががしがしと瓦礫を蹴り飛ばしながら現れる。

 「で、どうするの? このゴミダンジョン、放棄する?」

 「放棄したら死ぬんだってば。俺が」

 「そっか、そうだったわね。じゃあ“死なないための大掃除”ね」

 ミナは瓦礫をひょいと肩で押し退けると、ぽつりと呟いた。

 「こういうの、昔は“補給班”が全部やってたのよね……勇者は何も考えなくても戦うだけだった」

 「じゃあ今日はその逆だ。勇者にも肉体労働を味わってもらおう」

 佐々木がほほえみながら、魔力検知棒を取り出した。

 「まずは罠の回路とエネルギーラインの再確認から。次にモンスター孵化槽の安全点検と魔力の残量チェック」

 「なあ、それ俺がやるより、あんたが全部やった方が早くない?」

 「それを全部一人でやった結果、さっき腰をやったんだ。交代しよう、若者」

 「……あんた何歳よ」

 「現世換算で、推定アラフィフだ」

 「おっさんにもほどがあるわ……」

 そんな他愛ないやり取りを交えつつ、三人は作業を開始した。

 罠の回路はほとんど断線していたが、佐々木の《凡人分析》スキルが輝く。

 「これ、配線の魔力導通率が低すぎる。ルートを短縮して、魔力石の配置を工夫すれば……」

 リリエがすかさず補足する。

 「素材再利用率74%。稼働エネルギーは微弱ですが、一部機能復旧は可能です」

 「つまり、“騙し騙しなら使える”ってことね。了解」

 ミナは頷き、壊れた罠機構を力技で引きはがしていく。

 爆発音。粉塵。軽く咳き込みながら、三人の手が動き続ける。

 ――再起動とは、つまり「諦めないこと」だ。

 「……ねえ、おっさん。あんた、本気でこのダンジョン、立て直す気なの?」

 ふと、ミナが尋ねた。

 「本気も何も、それしか選択肢がないし」

 「ないのに、こんな地道な作業してるって、すごいことよ。普通は投げ出す」

 佐々木は肩をすくめた。

 「投げ出して死ぬなら、動いて生き延びるほうがマシってだけさ。生き延びて、次に笑うためにね」

 ミナは一瞬だけ黙り、そしてほんの少しだけ笑った。

 「……“生き延びて笑う”。気に入ったわ、それ」

 リリエが、工具箱から部品を取り出しながら言う。

 「目標設定。“再建の第一段階完了まで、あと72作業単位”」

 「うわ、数字で言うな。メンタルが折れる」

 「ですが、72単位の先に、機能するダンジョンがあります」

 その言葉に、佐々木とミナは、どこか納得したように視線を交わした。

 ――そして三人は再び、静かに瓦礫に向かった。

 この壊れた階層の奥に、“まだ見ぬ明日”があると信じて。

承:動き出す小さな歯車たち

――石と埃と、ため息の匂い。

 ダンジョン地下一階の再建作業は、静かに、けれど確実に進行していた。

 「よし、これで罠トリガーの感圧板、2つ目も反応するようになったぞ」

 佐々木は汗をぬぐいながら、手に持った魔力検知棒の先端を調整する。

 見た目はただの古びた棒だが、リリエによると「ダンジョン制御核との簡易接続が可能な貴重品」らしい。

 「成功率、約68%。旧式とはいえ、充分実戦投入できます」とリリエが評価する。

 「すごいじゃない、あんた。見た目よりずっとやるのね」

 ミナが感心したように言いながら、天井の残骸を片付けていく。

 力任せの雑な作業だが、それでも彼女は器用に破損部を避け、壊れた配線を潰さないよう気を配っている。

 「こういう作業、慣れてるのか?」

 「まあね。戦場を維持するための補給拠点、何度か守ったことあるし。ああいうとこ、魔力チューブが破れるとすぐ死ねるからね」

 その言葉に、佐々木は思わず笑った。

 「お互い、なんか変な方向に場数踏んでるよな」

 「それは否定しないわ」

 パチン、と乾いた音がした。

 リリエが罠回路の再起動キーを差し込み、魔力を流す。

 ズン……と、足元に微細な振動。

 そして罠の作動確認ランプが、赤から青へと変わった。

 「捕縛トラップ、作動可能状態。3秒遅延の設定で運用可」

 「おお……!」

 佐々木とミナが、思わず顔を見合わせる。

 「できたじゃん、罠。ちゃんと“生き返った”感じする」

 「ひとつじゃまだ不十分だけど、最初の歯車が回ったな」

 その言葉通り、小さな歯車たちが、少しずつ噛み合いはじめていた。


 別の区画では、孵化槽の再整備が進んでいた。

 古びたガラスの中で、青緑色の粘液がふつふつと泡立っている。

 内部の影が、時折びくりと震え、そして……ピチャン、と表面が破れた。

 「生まれた! 生きてるぞ、これ!」

 佐々木の歓声に、リリエが記録板を確認する。

 「スライム系・防衛用個体《ゼル002号》。基礎魔力反応、安定。反応速度、標準以下」

 「まあ“以下”でもいい。動くってだけでありがたい」

 ミナがそのスライムを覗き込み、ふ、と笑った。

 「……弱そうだけど、守るって意思だけは感じるね。こいつ」

 「それ、たぶん気のせいだよ」

 「気のせいでも、今はいいじゃない。気持ちって大事よ?」

 佐々木は、スライムにそっと声をかける。

 「ようこそ、わがダンジョンへ。“第1の戦力”くん。どうか頼むよ、俺たちの小さな希望」


 さらにその夜。

 魔力炉室では、再稼働した回収炉が音を立てていた。

 まだ本格稼働とはいえないが、かすかに魔力の渦が生まれ、循環が始まっている。

 「エネルギー再生率、13%。日常稼働程度の回復は可能になりました」

 「罠、動く。モンスター、ひとつ生まれる。エネルギー、ちょっと流れる……」

 佐々木は、天井を見上げてぼそっと言う。

 「これだけで……もう、すごいことなんじゃね?」

 「うん、そうね」

 ミナが軽く笑って、肩をぽんと叩く。

 「こんなボロいダンジョンで、“立て直そう”なんて本気で言い出したやつ、初めて見たし」

 リリエは短く結論を下す。

 「地下一階、稼働率48%。再構築工程、第一段階完了と判断します」

 その数字が、妙に誇らしく感じられた。

 崩れかけていた場所に、またひとつ命が戻った。

 小さな歯車が、音を立てて、確かに動き始めていた。

転:小さなシステム、回る


パチン。

 静かな音とともに、ダンジョンの一角に設置された魔力灯が点灯した。

 微弱ながら安定した光。昼のような明るさとは程遠いが、確かに“闇”を退けるだけの力がある。

 「……すごい。ちゃんと回ってるな、これ」

 佐々木は制御盤の前で、魔力炉の稼働状況をじっと見つめていた。

 制御モニターのような表示板には、青く光る小さな文字列が浮かぶ。

 「魔力供給ルート、正常。罠システム、作動。孵化槽、待機状態」

 「防衛個体ゼル002、巡回ルートに従い移動中……だってさ」

 リリエが脇で淡々と読み上げる。

 「当面の運用において必要最低限の自動処理系は、稼働を始めています。小規模ながらも、“ダンジョンとして機能する”ラインに復帰しました」

 「おおー……すげえな。これ、マジで“動いてる”ってことだよな?」

 「動いてるわよ。……驚いたことに」

 後ろから声をかけてきたのはミナだった。

 彼女は手に何枚かの魔法石パネルを持ち、スライムの巡回ルートを観察している。

 「トラップの反応、正常。しかも“即死系”じゃなくて“捕縛”“気絶”中心に構成されてる。あんた、マジで“殺さないダンジョン”を目指してんの?」

 「うん。だって、殺したって得にならないしな。生かして追い返す方が、相手にも“めんどくせえ”って思わせられるだろ?」

 「性格悪くて好き」

 ミナが笑い、リリエも小さく頷いた。

 「非殺傷型の防衛構造は、ダンジョン間紛争においても一定の抑止力となります。“攻略しにくい”というだけで、攻める意義を削ぐ効果があります」

 「そう、それそれ。正面からやったら勝てないんだから、“めんどくさいやつ”を目指さないと」

 佐々木は肩をすくめた。

 「正攻法で勝てない凡人は、面倒くさくて粘り強くて、やたら工夫するしかないのよ」

 「……でも、だからこそ、こういう小さな歯車たちが全部、ちゃんと“噛み合ってる”の、見てて気持ちいいわ」

 ミナが巡回スライムに手を振る。

 スライムはぷるんと体を震わせて、床の隅へと滑っていった。


 しばらくして。

 魔力循環の確認を終えた三人は、簡素なダンジョン食堂の隅に腰を下ろしていた。

 「……ゼル002、かわいかったな」

 佐々木がつぶやく。

 「別にかわいくはないけど……あいつ、なんか“懸命”なのよね。妙に」

 ミナが湯気の立つカップを受け取りながら言う。

 それを聞いて、リリエもごくまれに小さく反応した。

 「ゼル002には、孵化時に“最低限の防衛意識”と“巡回義務”だけを与えました。感情はありませんが、判断に“躊躇い”が生じるようには設計しています」

 「へえ。つまり、守るためには“考える余地”があるってことか」

 佐々木はそれを聞いて、目を細めた。

 「……人間も、そうあるべきなのかもな」

 「ん?」

 「突っ込むだけの勇者とか、命令されるだけの案内人とかじゃなくてさ。

 “自分で判断して、自分で選べる存在”が、守るってことの根っこなんじゃないかって思った」

 ミナは一瞬だけ目を見開いて、そして笑った。

 「……なんだよ、いいこと言うじゃない」

 「言うだけな」

 佐々木は肩をすくめ、そして制御盤の方をちらりと見る。

 「でもな。こんな小さなダンジョンが、少しずつ“動き出してる”ってことだけは、事実だ」

 リリエが頷く。

 「再稼働確認。システム信頼度:53%。生存確率:26.1%」

 「ほら、生存率がちょっとだけ上がったぞ。うれしいな」

 「半分未満って言われても喜ぶの、あんたぐらいよ」

 「だって、“ゼロじゃない”ってことは、“可能性がある”ってことだからな」


 小さな歯車が、噛み合い始めた。

 魔力の流れが戻り、罠が動き、スライムが歩く。

 ダンジョンという名の、地下の命が、静かに、しかし確かに回り出していた。

結:チームの第一歩

翌朝、ダンジョンの作戦室もどき――といっても、空き部屋に古い地図と石造りのテーブルを置いただけの簡素な部屋――には、いつになく真剣な空気が漂っていた。

 「……というわけで、現在の防衛ラインは地下一階のみ。罠は三種、捕縛・気絶・煙幕。防衛モンスターはゼル002のみ。資材はギリギリ、エネルギー回収率は13%。正面衝突は不可能ってことだな」

 佐々木が、メモをまとめながら簡潔に言う。

 ミナは腕を組み、椅子を傾けながら聞いていた。

 「つまり、まともな戦力はなし。けど、“落とし穴に突き落とした上で煙で包んで捕まえて、そのまま追い返す”ぐらいならできる、と」

 「うちの戦術は“逃がす前提”だからな。やられるよりはマシだろ?」

 「だね。悪くないよ、雑草の根性って感じで」

 リリエが淡々と続けた。

 「敵襲に対しては、即応型の防衛が必須。迎撃手段は手薄ですが、回避誘導・分断型の罠で対応可能。各ルートにミスリードを加え、“迷わせて面倒臭くする”構造は有効と判断されます」

 「“面倒臭い”が褒め言葉になる日が来るとはな……」

 佐々木が苦笑すると、ミナも笑った。

 「でもさ、ちょっと思ったんだけど」

 「ん?」

 「私たち、わりといい感じじゃない?」

 佐々木とリリエが同時に首をかしげる。

 「作業分担できてるし、決定も早い。力仕事もある。頭も使う。で、案内人が“優秀すぎてちょっと怖い”ぐらい便利。……ほら、なんか、チームって感じじゃない?」

 リリエが少しだけ目を丸くする。

 「チーム、ですか」

 「そう。“ダンジョン経営チーム”。もう少しマシな名前欲しいけど」

 佐々木は、思案するように口元を押さえた。

 「“地下三階営業所”? いや、逆にブラックっぽすぎるか……“防衛雑貨隊”? ……ちょっとダサいな」

 「“クラウゼ商会”? 案外、商人風の名前って使いやすいのよね」

 「お、なんかそれいいかも。武力じゃなく、知恵と仕掛けで生き残る商会」

 「私は命令があれば、どの名称でも対応します」

 リリエが無表情に言った。

 「だが、“命令がなければ”、どうする?」

 佐々木がふと問いかけると、リリエはわずかに視線を伏せた。

 「……今は、この場にいる選択を、自発的に行っています」

 それを聞いて、佐々木とミナは思わず黙った。

 静かな一瞬。

 しかし、それは何よりの“肯定”だった。


 ダンジョンはまだ、危ういバランスの上に成り立っている。

 防衛力は雀の涙、資材はギリギリ。戦闘はほぼ不可能。

 だが、そこに“チーム”がある。

 意志がある。戦略がある。知恵がある。

 そしてなにより、“諦めない理由”がある。


 その日の夜、再整備された警戒魔法陣が、淡く光を放った。

 リリエがそれを確認し、短く報告する。

 「ダンジョン警戒システム、再起動完了。全自動監視範囲、地下三階から地上階層付近まで拡張済み」

 「よし。これで、“うっかり侵入されて終わり”の事故は防げるな」

 佐々木は頷き、魔力回路の状態を確認しながらふと呟いた。

 「……俺たち、本当に“始まって”きたんじゃないか?」

 ミナが笑いながら言った。

 「まあ、やっと“スタートライン”に立ったってとこね。でも、そういうのって、嫌いじゃないわ」

 「私も、現在の状況に不満はありません」と、リリエ。

 3人は、再び簡素な食堂に集まり、温かいスープを囲んだ。

 味気ないが、今夜は少しだけ、温かく感じた。


 ――こうして、ダンジョンを守る3人の、奇妙で小さな共同戦線が始まった。


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