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第2話「ダンジョン統合時代」

起:敵襲の兆し

耳障りな警報音が、ダンジョンの石壁に反響していた。

 「警告。未確認モンスター反応、地下第一階層に接近中」

 「推定侵入時刻、十三分後」

 壊れかけの魔力警報装置がジジジと火花を散らしながら、警報を繰り返す。

 佐々木はその場で立ち尽くしたまま、目を見開いていた。

 現実感が、ない。むしろ、現実が“ずっと冗談のまま続いている”ようだった。

 「……なあリリエ、これ、間違いとかじゃないよな?」

 「はい。誤検知ではありません」

 すぐ横で立つリリエは、警報に動じる様子もないまま即答する。

 白磁のような無表情で、手元のホログラムに浮かぶ魔力波形を指差した。

 「おそらく隣接する小型ダンジョン《群体ノ巣》から分離した群れです。低知能型ですが、進行方向にこちらのダンジョンが含まれています」

 「なんでうちに来るんだよ……他にも通り道あるだろ……?」

 「弱いからです」

 「断言したな今!?」

 「戦力、規模、魔力反応、統率者の有無、すべての観点から“排除しやすい個体群”と判断されたのでしょう。現代のダンジョン戦争では、ごく自然な判断です」

 ぐさぐさと刺さる言葉だった。

 その言い方、もう少しオブラートに包めないのか。というか“自然な判断”で抹殺されかけるってなんなんだ。

 「てことは、これは……戦争?」

 「いえ、“試し斬り”です」

 「なお悪ぃわ!」

 佐々木は頭を抱えてしゃがみ込む。

 心臓が嫌な音を立てて脈打つ。震えが止まらない。

 こんな状況――ただの会社員が、説明もなく、準備もなく、いきなり襲われる。

 それは理不尽で、残酷で、現実には到底存在しないもののはずだった。

 だが、今この瞬間。

 かつての現実のほうが、夢のように遠く思えた。

 「……まだ、何もしてないのに」

 「それが理由です」

 リリエの答えは、静かだった。冷たいようでいて、どこか諦めにも似た色を帯びていた。

 「“何もしていない”ダンジョンから、順に潰されていく。それが、この世界のルールです」

 「俺のせいかよ……」

 「ええ、マスターの責任です」

 容赦なかった。

 でも、正論だった。

 ダンジョンマスターという役割に就いた時点で、世界の“駒”にされた。

 誰かに助けられることも、誰かを責めることもできない。ここでは、「動かなかった者」が先に死ぬのだ。

 そして、死ねば二度と戻れない。

 もう一度死んだら、今度はそれっきりだ。

 ――逃げられない。なら、やるしかない。

 佐々木は、ゆっくりと立ち上がった。

 「リリエ、さっき“魔力罠”がいくつか残ってるって言ってたな。稼働させるには何が要る?」

 「まずは魔力配管の補修と、詰まりの解消。それから、魔力増幅炉の起動……おそらく30時間以内でなら、二基の再稼働が可能です」

 「……よし。できるところから、やってみよう。死にたくないからな」

 わずかにリリエの目が細まった。

 それは、ほんの一瞬だけ見せた、“評価”の色だった。

 「了解しました。では、今から地図を展開します。

 まずは地下第一階層、北西トンネルの落盤処理からです。作業員は……マスターのみとなります」

 「俺だけかよ!」

承:状況説明 ― 世界とルール


リリエが魔導投影装置に指をかざすと、空間に立体的な地図が浮かび上がった。

 岩盤の天井に淡く光る光線が交錯し、ダンジョンの地形を模したホログラムが出現する。だがそれは現在のダンジョンではなく――この世界の全体像だった。

 「これが、現在この大陸に存在するダンジョンの分布です」

 光の点が、空に星のように瞬いた。

 それぞれが孤立しているように見えたが、点と点の間には赤い線が何本も引かれている。連絡線、通商路、あるいは――戦線。

 佐々木は、呆然とその図を見つめた。

 「……こんなにあるのか、ダンジョンって」

 「以前はもっと多く存在していました。しかし、現在は“統合”により淘汰が進んでいます」

 リリエは手元のスライドを切り替える。

 今度は、複数のダンジョンがひとつの巨大な構造体へと組み込まれていく映像が現れた。

 まるで、都市が都市を飲み込み、巨大な国を形成していくかのようだった。

 「“ダンジョン統合時代”――それがこの世界の現在です。ダンジョンとは、もはや遺跡や迷宮ではありません。

 一つの国家、一つの経済圏、そして一つの戦場でもあるのです」

 その言葉は、静かに、しかし確実に佐々木の背中を凍らせた。

 「……戦場?」

 「各ダンジョンは資源、人口、戦力、すべてを抱えた“自立領域”です。そして、生き残るには統合か吸収しかありません」

 リリエは、さらに情報を投影する。


 【統合ルール・概要】

 ・他ダンジョンへの侵攻が成功し、コアの占拠が完了すれば「統合」成立

 ・統合された側のマスターは“存在権限”を失い、魂も消滅

 ・統合後は階層・資源・モンスター・設施設計すべてが統合主へ譲渡

 ・防衛が成功すれば、一定期間「強化期」に入り、独立維持ボーナスを獲得可能


 「つまり……誰かに攻められて、負けたら終わりってことか」

 「はい。あなたの魂は、コアと紐づいていますので、統合されれば“データ処理”として削除されます」

 「……えげつな」

 「ですが、統合は必ずしも悪ではありません」

 佐々木が睨むように顔を向けると、リリエは平然と続けた。

 「強大な統合ダンジョンに属すことで、人口は保護され、資源の流通は安定します。

 生活水準も飛躍的に向上し、寿命すら延びる例もあります。マスターを除けば、統合は“救済”です」

 「じゃあ……」

 佐々木は、わずかに口を開いた。

 「いっそ俺、統合されてもいいんじゃないか?」

 リリエの瞳が、ぴたりと動いた。

 そして――無表情のまま、静かに首を横に振る。

 「マスターだけは例外です。マスターにとって、統合は死です」

 「……くそっ……」

 どう転んでも、道はひとつしかない。

 生き残るために、守り抜くしかない。

 誰にも頼れず、誰にも逃げられず、ただひとつのダンジョンを、凡人の身で守らなければならない。

 リリエが言った。

 「この時代において、“動かないマスター”は、最も早く死にます」

 「……聞き飽きたよ、それ」

 そう言いながらも、佐々木は自分の両手を見下ろした。

 武器を握ったことはない。魔法もない。戦術知識もない。ただの社畜の手だ。

 けれど――この世界は、凡人にでもやらせる気だった。

転:壊れかけた地下一階での初作業

 ゴォォ……と風の唸りにも似た音が、細く割れた通路を抜けて響いていた。

 地下第一階層。

 かつては冒険者を迎え撃つ防衛要所だったフロアは、いまや瓦礫の山と化している。天井の一部が崩れ落ち、床にはひび割れた魔法陣の残骸。ところどころにスライムの腐った残滓がこびりつき、湿った土の匂いが重く漂っていた。

 「……ひでぇな、これ。廃墟かよ」

 佐々木は額の汗をぬぐい、呻くように言った。

 もはや“崩壊寸前”というより、“ほぼ終わってる”と言った方が早い。

 それでも、彼は動く。

 手にはリリエから借りた古びた工具。腕には魔力反応を感知する簡易スキャナーが巻かれていた。

 「この奥に、まだ生きてる魔力罠がある。配管はここ……うわ、やっぱ詰まってるな」

 見れば、パイプの継ぎ目からドロドロと粘性のある黒い液体が滲み出ていた。長年の魔力腐敗と、湿度、虫の死骸――要するに“長期放置の末路”。

 「ええと……詰まりを抜いて、ラインを分岐させて、増幅炉のほうに流せば……うん、あとは、バルブを開いてっと……」

 カチリ、と音がした。

 次の瞬間――

 ブンッ! 

 すぐ脇の天井から、鈍く錆びた槍がガツンと地面を突き刺した。

 反射的に飛びのいた佐々木は、尻もちをついたまま叫んだ。

 「うおおお!? 何だ今の!?」

 リリエの声が、石越しに届く。

 「魔力罠の試験起動に成功したようです。第一層、槍型トラップユニット《突槍くん》、現在五割の出力で稼働中」

 「突槍くんって……名前ついてんのかよ……」

 心臓の鼓動がまだ収まらないまま、佐々木は立ち上がる。

 だが、胸の内には確かに、ひとつの感覚が芽生えていた。

 “動けば、何かが変わる”

 不安と恐怖しかなかったこの空間に、ほんのわずかでも“変化”を起こせた実感。

 それが、自分の手で動かしたものだと確かに感じられた。

 「……案外、俺でもやれるんじゃねぇか……?」

 誰に言うでもなくつぶやくと、後方からリリエが静かに現れる。

 「凡人スキル《作業分解》、発動していたようですね。作業工程を理解し、再配置する処理が効率的でした」

 「そうなのか?」

 「はい。普通の人間が三時間かかる復旧処理を、マスターは一時間半でこなしました」

 「……まあ、地味に会社でシステム保守とかやってたしな……」

 佐々木は苦笑する。

 だが、その笑みには少しだけ誇らしさが混じっていた。

 かつて、社畜として身につけた“どうでもいいスキル”が、いま目の前の死地で役に立っている。

 リリエはしばし黙ったあと、ぽつりと告げた。

 「少しだけ、生存率が上がりました」

 「おい、0.5%くらい上がった程度だろ?」

 「その通りです」

 ふたりの間に、かすかな笑いが流れる。

 それは、壊れかけたダンジョンの空気に、確かな“生”を取り戻す音だった。

 だが、休む間もなく――

 再び警報音が鳴り響く。

 「警告。敵性モンスター、第一層南通路へ接近中。接触まで残り、四分」

 リリエの表情が引き締まる。

 「来ます。初戦です、マスター」

 「マジか……よし、突槍くんに頑張ってもらうか」

 腰を上げる佐々木の顔に、わずかだが戦う者の覚悟が灯っていた。

結:初戦、迫る

 赤く点滅する魔力ランプが、地下一階の通路を照らしていた。

 空気が張り詰めている。埃と魔素が混ざった乾いた風が、肌を撫でた。

 警報が、なおも鳴り続けている。

 《警告:敵性反応3体。種別:群体型ビースト。接触まで残り二分》

 「三体か……どうなんだ、それって」

 リリエはホログラムを操作しながら答える。

 「推定階級はEランク。群体型で、知能はほぼありませんが、肉体の耐久と機動力が高いです」

 「Eランクってのは……どのくらいヤバいんだ?」

 「初心者の冒険者三人が、装備と連携が整っていれば、辛勝できるレベルです」

 「えらく現実的だな……」

 佐々木は深く息を吸い込んだ。

 視界の先、通路の奥――曲がり角の向こうから、かすかな振動が伝わってくる。

 来る。

 足音でも、咆哮でもない。

 這い回る何かが、石の床を擦っている。粘り気のある軋み、蠢く肉塊の気配。

 佐々木は無意識にごくりと唾を飲んだ。

 「突槍くんの準備は?」

 「完了しています。標的がトリガーポイントを踏めば、上から三連撃が作動します。動作は5割出力ですが……急所に刺されば倒せます」

 「“急所に刺されば”って、希望的観測すぎる……」

 彼は天井を仰いだ。

 そこには、錆びた金属の円筒。突槍くんの“発射口”が、沈黙のまま狙いを定めている。

 あと一分。

 佐々木は、ぎゅっと拳を握った。

 自分には、剣も、魔法も、戦闘経験もない。

 だが――この場所を「守る」と決めたのは、確かに自分自身だった。

 「リリエ」

 「はい」

 「俺の判断で、トラップを起動させてくれ」

 リリエは一拍、沈黙して――わずかに目を細めた。

 「了解しました、マスター」

 ちょうどその時だった。

 グシャッ、と何かが踏み潰される音。

 通路の向こう――暗がりから、這い出すようにして現れたのは、赤黒い粘液に包まれた獣のような影。

 形が歪んでいる。胴体は獣、脚は蜘蛛、顔には目が五つ。

 一体、また一体と、影が現れるたびに、佐々木の背筋が凍った。

 だが――引かない。逃げない。

 「今だ! トリガー、作動ッ!」

 その声に応じて、天井がガチャリと開く。

 ――ゴンッ! シュバンッ! ズドッ!

 鉄の槍が三連続で射出された。

 一本は肩に突き刺さり、獣のようなモンスターがもんどりうって倒れ込む。

 二本目は外れたが、三本目が後続の一体の目を貫いた。

 ギャアアアアア!

 悲鳴ともつかぬ音が、ダンジョンに木霊する。

 「……よっしゃ! やった、倒したぞ!」

 佐々木は思わずガッツポーズをしかけ――すぐに、リリエの声が飛ぶ。

 「マスター、まだ残り一体!」

 「うそだろおお!?」

 槍を避けて通路の脇をすり抜けた個体が、猛然と突進してくる。

 速度は速くはない。だが、このままでは直撃――!

 そのとき。

 ――ズズッ、と石床がわずかに沈んだ。

 カチリ。

 「追加罠、作動――振り子ブレード!」

 リリエの声と同時に、通路の壁から回転する刃が飛び出し、真横から襲いかかる。

 振り子のように振れた刃が、モンスターの首を斬り裂いた。

 ゴロン、と首が転がり、残骸が力なく崩れる。

 静寂。

 全てが終わった。

 佐々木はしばらく呼吸を整え、それから、崩れ落ちるようにその場に座り込んだ。

 「……勝った……のか?」

 「はい。初戦、勝利です」

 リリエがそっと隣に立ち、淡く頷いた。

 彼女の表情はいつもの無表情だが――その声には、どこか安堵の色が滲んでいた。

 佐々木は、虚空を見上げる。

 何もない、崩れかけた天井。

 だけど、そこに今だけは――少しだけ光が差した気がした。

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