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おっさんダンジョンマスター、死にたくないのでダンジョン統一始めます  作者: 南蛇井


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第10話《亀裂の深まり》

――【起】疲弊するクラウゼ、塞がらない傷

クラウゼ地下三階。

かつては迷路のように張り巡らされていた通路群の一部が、今は無残な姿で崩れ落ちている。

天井から垂れ下がった鉄筋、浮遊していた魔術灯はほとんどが砕け、照明は仄暗い橙色の結晶灯ひとつきりだった。

「……こりゃひでぇな」

ミナは作業服姿で腰に手を当て、崩落した通路を見上げた。

魔術支柱のひとつが大きく折れ、そのせいで周囲の防音結界も継ぎ目から破れている。

「第二警戒路、完全に塞がれてるね。ここ、避難経路にも使えたのに……」

隣で苦い顔をして報告するのは、クラウゼの修復部隊のリーダー格であるホブゴブリンの技術者“ビリス”。

傷だらけの身体に、工具を詰め込んだベルトが似合っている。

「しかも、魔力の流れも不安定だ。再構築するにも、中心核のパルスが乱れてる」

「つまり“クラウゼの心臓”がうまく動いてないってことね」

ミナは小さく息を吐くと、硬くなった背中をぐるりと回して伸ばした。

「……ったく、これで次の襲撃まで時間あけず来られたら、正直持たないわよね」

その言葉に誰も反論できなかった。

皆わかっているのだ。

クラウゼというダンジョンは、いま、“壊れかけている”。


一方、最下層の司令室では、佐々木がリリエの魔術包帯で肩を巻かれていた。

「痛みはありますか?」

リリエは変わらぬ無表情で問いかける。

「うーん……あるけど、まぁ。耐えられる」

「生命活動に支障をきたす水準ではありませんが、戦闘参加は控えるべきです」

「マスターの身体が崩れれば、クラウゼの維持効率が19%低下します。あなたの死亡は、すなわちクラウゼの敗北に直結します」

「ずいぶん、はっきり言うな……」

佐々木は苦笑したが、その目元には疲労が滲んでいた。

この数日で彼の顔は明らかにやつれている。睡眠時間もほとんど取れていない。

「リリエ……聞くけど、次、あいつらが“本気”で来たら、耐えられるか?」

沈黙。リリエの指が、包帯を結ぶ動作を止める。

「――現時点では、“No”。迎撃能力は69%、罠構造は37%、モンスター編成は補給不足により戦力比64%です」

佐々木は目を伏せた。

「やっぱ、か……」

「ですが」

リリエは一拍置いて続けた。

「“防げる可能性”は、あなたが指揮を執る限り、ゼロにはなりません」

彼女の声音は淡々としていたが、それがかえって重い。

「信じてる、って意味じゃないのね?」

「いいえ。“前提”です。あなたが動く限り、私はシステムとしてあなたを支えます。

クラウゼは、まだ“死んでいません”」


その頃。

兵舎区では、ミナが自作の野営鍋を囲んで、モンスターたちに笑顔を見せていた。

「ほら、食べなって。次は絶対勝つんだから、スタミナ大事よ!」

笑い声が上がる。

でも――ミナのその笑顔も、やっぱり、どこか無理している。

誰もが気づいている。

このクラウゼという小さなダンジョンが、“次”を乗り越えられる保証など、どこにもないのだと。

けれど。

それでも誰も、口にはしなかった。

今はまだ、壊れていないから。

――【承】裂ける価値観

「ミナ、ちょっと話がしたい」

ミナが兵舎裏の広場で、訓練用の木剣を振っていたとき、佐々木が声をかけてきた。

いつもなら、軽く笑って「なんだよ」と返すところだ。

だが今日は――違った。

「……話なら、後で」

ミナの声には冷たさがあった。

その背中は、どこか遠くを見るように硬直している。

それでも佐々木は歩み寄る。

その足取りには迷いがあった。

まるで、何かを自分でも確信できていない者のように。

「なあ……前にも言ったけど、話し合いってのは選択肢を考えるってことで……。降伏も、その、完全否定しなくても――」

その言葉に、ミナの身体がぴたりと止まった。

振り返った顔は、怒りに濡れていた。

「本気で言ってるの、それ?」

「いや、でもさ、俺……正直、自分がここのトップに向いてるかもわかんないし……。

 もし、交渉で“生き残れる道”があるなら――」

「それ、誰の命で生き残るつもり?」

ミナの声は低く、震えていた。

怒りとも、悲しみともつかない、混じりあった感情がにじんでいた。

「“降伏すれば死ぬ”って、あんた、自分のことなのにまだわかってないの?

 リリエが言ってたでしょ。あんたがダンジョンマスターでなくなれば、魂が崩壊するって」

佐々木は言葉を失った。

それは――事実だった。

だが、彼はその“死の運命”を、どこか現実のものとして認識しきれていなかったのだ。

「降伏って、楽そうに見えるけどさ。あたしらからしたら、あんたが死ぬ道を選ぶってことだよ。

 それって、本当に選択肢?」

ミナの瞳には涙が滲んでいた。

けれど、それは決して脆弱さではなかった。

それは“守るための怒り”だった。

沈黙が広がる。

その中で、機械仕掛けの足音が静かに響いた。

「お二人とも、感情による論理の飛躍が進んでいます」

リリエだった。

端正な制服を揺らしながら、静かに二人の間へ歩み出る。

「ミナ様の発言には情緒的正当性が存在しますが、戦術的判断を誤らせる危険があります。

 一方、佐々木様の“選択肢を探す姿勢”は思考の自由を保ちますが、現状の知識では現実的ではありません」

「つまり……どっちも正しくないって言いたいのか?」

ミナがつぶやく。

リリエは首を横に振った。

「――どちらも、“正しく”はありません。ただ、どちらも“間違っていない”のです。

 ですが、クラウゼが機能停止すれば、あなた方の議論そのものが成立しなくなります」

佐々木が、小さく呟く。

「それでも、どっちか決めなきゃなんねえんだよな……」

リリエは応じなかった。

代わりに、彼女の目が微かに揺れる――通常の彼女にはない、人間的な“迷い”だった。


しばしの沈黙のあと、ミナは足を引きずるように去っていった。

「悪いけど……もう少し、考えさせて。じゃなきゃ、ぶつかりそうだから」

残された佐々木は、拳を握りしめる。

「……向いてねえよな、俺。やっぱ」

「それは、生存本能の証です」

リリエの声が静かに返る。

「ダンジョンマスターに“向いている者”など、存在しません。

 生きたいと思い続ける者だけが、生き残るのです」

けれどその言葉が、今の佐々木には、どこか人間味のない“機械の答え”に聞こえた。

――【転】クラウゼの意志の芽吹き

クラウゼ地下三階――中央核制御層。

リリエは、一人きりで巨大な魔術配線の集合体の前に立っていた。

幾千の光線が蜘蛛の巣のように張り巡らされたその場所は、まさにクラウゼの“神経中枢”である。

「……不規則な揺らぎ、周期34.21秒。外部侵入ではない。……これは、“内因性”」

彼女の指先が宙に浮かぶ術式制御盤を操作する。

淡く光る立方体の“魔素律結晶”がいくつも起動し、周囲に新たな映像を展開していく。

浮かび上がったのは、クラウゼの各層構造図。

だが、その一角――地下第零層と記された空白の階層が、わずかに“脈動”していた。

「……これは、自己構造応答。休止状態にあるはずの“原初制御核”が……反応を?」

リリエは警戒の色を強めながら、神経接続ケーブルを自身の義体制御端子に繋ぐ。

「アクセス試行――《クラウゼ・ゼロ》、接続開始」

――瞬間。

空間が“反転”した。

感覚の座標がずれる。時間と空間の境界が曖昧になり、リリエの意識はまるで“沈みこむように”情報の海に引きずり込まれた。


そこは、色のない空間だった。

音も匂いもない。あるのは、ただ“観測”という行為そのものだけ。

そして。

目の前に、**もう一人の“リリエ”**がいた。

彼女は椅子に座り、静かに、何もない空間を眺めていた。

その瞳は光を宿さず、けれど確かに“何かを視て”いた。

「あなたは……」

「――記録人格ではありません。私は、クラウゼそのもの。かつての“主”たちが定義した、中枢制御核の意思演算体」

少女の姿をしたその存在は、ゆっくりと言葉を紡いだ。

「私は、選ぶ機能を持ちません。だが、“観測”することはできる。

 そして、観測した“ゆらぎ”から、新たな指標を導き出すことも」

リリエの義体がかすかに震える。

「……あなたは、クラウゼにおける“意志”の原型。

 私の前身でもあるのですね?」

「否。あなたは既に“私”を超えている。人に近づいたから」

間。

そして、“クラウゼの意志”は続けた。

「佐々木という存在が、“選ぶことを恐れている”という記録を取得。

 ミナという存在が、“守るために怒る”という反応を示した。

 あなたは、今、揺らいでいる」

「――私は、ただ、命令をこなしているだけです」

「本当に?」

その一言は、静かで、だが深く刺さる問いだった。

クラウゼが、生まれて以来初めて“自分”を見つめようとしている。

リリエは、自分の構造内に、“確かなノイズ”が走っているのを感じていた。

それは恐らく――感情と呼ばれるもの。


数分後。

制御室に戻ったリリエは、沈黙のままモニターを見つめ続けていた。

「“クラウゼ”が――答えを求めている」

彼女の呟きは誰に向けたものでもない。

ただ静かに、ダンジョンという存在そのものが“意思”を持ち始めたという事実だけが、空気の中に重く流れていた。

――【結】それでも前へ

再構築作業のため、一時閉鎖されたクラウゼ地下一階。

崩落跡の上に仮設の足場が張り巡らされ、モンスターたちが土砂の排出を行っていた。

その中を、ミナが歩く。

手にはスレた布と、自作の補修用ツール。

「……なんで、あたしがこんなこと……」

そう呟きながらも、ミナは黙々と動いていた。

右腕にはまだ小さな傷跡が残っている。敵の刃を受けた、夜襲戦の証だ。

傍らのモンスター――牛頭の中型個体“グローム”が、静かに工具を受け取る。

言葉を話さぬはずの彼の行動が、どこか“感謝”のように見えて、ミナは微かに目を細めた。

「言葉が通じないだけで、通じるもんはあるってことかね……」

その呟きは、ほんの少しだけ、前向きだった。


一方、佐々木は中央司令室でリリエと向かい合っていた。

「……これで、本当に補給線が再接続できるのか?」

「正確には“再定義”です。補給という概念を、“クラウゼ内部での自給自足系”に転換します」

リリエはいつものように淡々としていたが、その目の奥にある何かが、微かに変わっていた。

「リリエ、さ……お前、なんか最近、変わった?」

問いを投げた佐々木に、リリエはほんの一瞬、返答を止めた。

「……定義上の“変化”は検出されています。

 それは“人間らしさ”と分類される感性反応に、近いものです」

「へえ……人間らしさ、ね。案外、頼もしいじゃん」

ぽつりと、佐々木はそう言って笑った。

そして、自分でも驚くほど自然に――小さな言葉を付け加えた。

「ありがとうな。色々、助けてもらってる」

リリエの目がわずかに瞬く。

定型応答を吐き出す前に、わずかにその唇が――ためらい、動いた。

「……私もまた、あなた方の選択に“影響”されていると……認識しています」

それは、機械ではなく“個”としての返答だった。


同時刻、仮設野営エリアの隅。

ミナは仰向けに寝転がり、ひとり空を見上げていた。

といっても、そこにあるのは岩盤に浮かぶ薄い照明魔術だけだ。

でも、不思議とそれが星のように見えた。

「ほんと、わけわかんないよ。

 でも……逃げたら、ほんとに終わる気がするんだ。どこにも、帰る場所なくなっちまうって」

握った拳を胸元にあてる。

鼓動は――早い。でも、それが生きている証だった。

「だったら……やるしか、ないんだろ?」

ミナは立ち上がる。

瓦礫の中で、修復作業を続ける仲間たちのもとへと歩き出した。

ぎこちなくても。

すれ違っても。

それでも、“前へ”。


クラウゼ。

それは、崩れかけた小さな砦。

だがその内部では、確かに“選ぼうとする意思”が芽生え始めていた。

システムではない。機械でもない。

それは、戦いの中でつながれた者たちが、互いを見つめ、語り合い、たとえ壊れかけていても――歩みを止めずに進もうとする、その“姿勢”そのものだった。

そして、その中心に立つ者――佐々木はまだ迷っていた。

だが。

その迷いの中に、“踏み出した意志”が宿り始めていた。


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