5 消えた中年男
ある日、仕事から帰ってきたガブリエルが、厨房にこもっているサイト―の様子を覗いてみると、今まで見たこともないような厳しい表情で、ふうっと深いため息をこぼしていた。
「がんばってるそうだな。」
「いや、どうも甘みが違うようで。」
「甘味に違いなどあるのか?」
半分に割った試作品の残りを口に放り込みながら、ガブリエルが不思議そうに尋ねた。
「ん、うまい!」
「いや、まだまだだ。もうちょっとすっきりとした甘さがいい。」
「すっきりとした甘さ?…ああ、それならザラ糖ではないか?紅茶などに入れる甘味で、コクは控えめだがさっぱりとした甘さだ。」
「それです!」
「それなら知り合いの商会に譲ってもらえるよう手配しておこう。」
「いやぁ、ありがたいですな。あ、そうだ。これから領地に向かわれるなら、領地の皆さんにもこちらを。」
サイト―が、箱に詰められた美しい和菓子の数々を見せると、ガブリエルはぱっと表情を明るくして喜んだ。
「おお、こちらも美しい!ありがとう。妹は、事故で目が見えないんだが、サイト―殿のワガシは風味も豊かで味わい深いから、きっと喜んでくれるだろう。」
大切そうに和菓子の箱を受け取ると、さっそく転移していった。
「まぁ、これはなんですの?清々しい晴れの日のような香りがしますわ。」
手土産の箱を開けた途端、リディアーヌは嬉しそうに声をあげた。視力を失ってからも、ふさぎ込まず気丈にふるまう妹だが、こんなに明るい声をあげたのは久しぶりだ。ガブリエルは自分が高揚していることを自覚しながら妹にフォークを渡す。
「香りだけじゃないぞ。食べてごらん。」
そっとフォークを乗せると、すんなりと受け入れていく。そして、口にした瞬間から、リディアーヌに笑顔が広がった。
「まぁ、なんて上品な甘さ!後口には柑橘の香りが残るのですね。食べた後までおいしいですわ。」
そう言いながら、視力を失くした瞳が、ガブリエルに種明かしを急かした。
「どこで手に入れたのか聞きたい顔だな。実は、今、うちのタウンハウスに先日の聖女召喚でやってきた人物が滞在しているんだ。これは、その人が作ったんだよ。」
「まぁ、さすが聖女様ですね。とても上品で繊細な味わいだわ。」
そういう妹に、ニヤニヤしながらガブリエルが返す。
「それがな。その聖女召喚でやってきた人物は、40前のおとなしい男だったんだよ。」
「まぁ!ふふふ。」
リディアーヌは楽しそうに笑った。
「聖女様のつもりが、40前の男性だったなんて、召喚の儀では随分大騒ぎになったのではないですの?」
「そりゃあ、大変な騒ぎだったんだぞ。だけど、貴族たちの騒ぎを止めてくれたのも、実はそのサイト―殿だったんだ。穏やかで、いい人だよ。」
「そうなのですね。お兄様の力になってくださると嬉しいわ。」
二人が談笑していると、ジェラルドが紅茶を運んできた。
「遅くなりました。旦那様、お茶を…。ほう!これはまた、なんとも美しいお品ですなぁ。本物の花と見間違いそうです。色合いも上品だ。」
「まぁ、ジェラルドが褒めるなんて、珍しいわね。私もこの目で見てみたいわ。でも、不思議なくらいイメージができるの。この香りと上品な甘さのお陰かしら。」
ウキウキと話すリディアーヌの皿に、新たな和菓子が乗せられた。迷うことなく、その和菓子にフォークを入れるリディアーヌは、再び感嘆の声をあげた。
「あら、これは先ほどの物とはまったく別ものね。まるで、小川のせせらぎのような瑞々しい感じがするわ。」
その言葉にガブリエルとジェラルドは顔を見合わせた。寒天で固められ、水色に色付けされたその菓子には、小さな魚が泳いでいるデザインだ。
和菓子をぺろりと平らげると、リディアーヌは幸せそうな微笑みを浮かべてため息交じりに言った。
「とても美味しかったですわ。みんなが言う様に、その愛らしい姿が見たかったけれど、視力の無い私でも、味わいや香りで、十分に満足できるおいしさでしたわ。お兄様、いつか機会があったら、サイト―様に会ってみたいわ。」
「そうだな。陛下への菓子献上が無事終わったら、一度ここにも招待しよう。」
ガブリエルは、久しぶりに妹の明るい笑顔を見られて、満足げにタウンハウスに帰っていった。そんな兄を見送って、リディアーヌはうっとりとため息を漏らす。
「はぁ、それにしてもなんて繊細な味わいかしら。淡い水色から黄色に変わるグラデーションのお花も美しかったわ。それに、あの小川のおさかなの愛らしいこと…え?!今、私、色合いを口にしたのかしら。」
口元に手を当てて、茫然とする。もう長い間、視力はないものと諦めて生きて来たせいか、見るという事に無頓着だった自分に気が付いたのだ。
気丈にふるまっている妹だが、それでも初対面の人物に自分から会いたいなどと言うのは初めてだ。嬉しさと心配が綯交ぜのガブリエルがタウンハウスに戻ってくると、邸宅内は騒然としていた。
「何があった?」
「ああ、旦那様。サイト―様が若い男に連れ去られたのです!」
「どういうことだ?!」
ダニエルはふうっと一旦深呼吸すると、ゆっくり語りだした。オランド邸から戻ってきたサイト―は商談がうまくいったと嬉しそうに報告していたという。そして、パステル子爵を紹介してもらったので、会いに行きたいとの旨を伝えらえたダニエルは、早速先ぶれを出したという。
ところが、その返事をもらう前に、突然、パステル子爵の使いだという30代ぐらいの黒い瞳と黒髪の男がやって来て、サイト―に会いたいと申し出て、それに応じたサイト―を見かけるなり、「やっぱりお前か!」と謎の言葉を叫んだという。その後、ダニエルが紅茶を淹れて戻ってきたときには、応接室はすでに空だったという。
黙って聞いていたガブリエルは、自分を落ち着かせるために大きく息を吐きだすと、落ち着いた口調でダニエルに言った。
「すまないが、サイト―殿の持ち物を何か持って来てくれ」
ダニエルが調理器具を持ってくると、ガブリエルは呪文を唱え始めた。その場にゆっくりと映し出されたのは、見覚えのない若い男だ。風貌から、サイト―と同郷ではないかと推測される。
「転生者か。まずはパステル子爵殿にお会いしよう。」
ガブリエルはすぐに手紙をしたため、半透明な小鳥に変えて飛び立たせた。そして、同時に馬車に乗り込み、パステル邸に向かう。思えば、サイト―の過去など聞きもしていなかった。彼の人柄はここ数日でも手に取るように分かったつもりだったが、もしや、あの魔法のような技が目的だろうか。ぎゅっと口元を引き締めて、ガブリエルは行く先を睨みつけた。
パステル邸には妙な空気が流れていた。通された応接室は、落ち着いたシックな調度品に囲まれ、子爵の実直な性格が現われている様だった。しかし、今、目のまえにいる子爵は戸惑いを隠せない様子で、目の前のソファに座るガブリエルをちらちらと盗み見ては、隣に座る娘の様子に眉を寄せていた。
「あの、アランプール公爵様自らお越しくださるとは、恐悦至極にございますが、今日はどのような御用向きで…。」
「もう!お父様ったら、お分かりにならないの?年頃の娘がここにおりますのに!」
先ぶれの魔法の手紙には、急で申し訳ないが、そちらに伺いたいと、子爵宛にしたためただけである。それをどう取り違えたのか、令嬢は派手に着飾ってこの場に同席しているのだ。そして、拗ねたような上目遣いで父親を困惑させている。
「はぁ、急な訪問に応じてもらって感謝している。早速だが、こちらに30過ぎぐらいの若い男の使用人はいるだろうか?黒髪で黒い瞳の男だ。」
淡々と話すガブリエルの言葉に、子爵親子の表情は反転する。子爵はほっとした表情を隠しもせず答えた。
「ああ、それならば数年前から我が家で働いております。」
自分のために来たのではないと分かった令嬢は、ぎゅっと眉を寄せ、断りもなく席を立つと、さっさと部屋を出ていった。その態度にガブリエルの令嬢嫌いが加速する。入れ違いにやってきた男は、戸惑ったような疑り深い目で、このきらびやかな来客を観察する。
「おい、失礼だぞ!」
「す、すみません。」
主に咎められて横を向く男を睨むでもなく、ガブリエルは壁際の書棚に目を移していた。ガラス戸に映る男の姿をそっと観察していたが、ふぃに男の手元に目をやって声を掛ける。
「君も和菓子職人なのか?」
「え…?!」
「サイト―殿は我が家の大切な客人だ。返してもらおう。」
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