4 オランド伯爵家
合宿はあっさり終了し、一行は重い足取りで王宮へと戻っていった。そして、サイトーとマルセルを連れ、国王への報告に向かっていたガブリエルが、ふと足を止めた。不思議に思ったサイト―がその視線を追うと、貴族令嬢たちが王宮の中庭に向かって行くのが見えた。茶会でもあるのか、美しく着飾った令嬢はみな楽し気だ。その中の一人にガブリエルの視線がくぎ付けになっていたのだ。
「あら、アランプール公爵様だわ。」
「まぁ、いつお見掛けしても素敵な方ね。」
「まだ婚約なさっていないのでしょ?お近づきになりたいわ。」
一人の令嬢が師団長に気付くと、令嬢たちは一斉にはしゃぎだす。師団長が目を奪われていた令嬢は、ガブリエルと目が合うと、恥ずかし気にカーテシーを見せた。思わず声を掛けようとするガブリエルを令嬢たちが取り囲んではしゃぎ出した。
「あ~、もみくちゃだな。」
「あれでも師団長は女性に人気が高いんですよ。公爵様で師団長。しかもあの風貌でしょ?」
マルセルが眉を下げて言う。確かに長身ですらりと手足が長く、知的なサファイアの瞳に輝く銀髪を肩のあたりでゆるく結んでいる姿は、さながら物語の王子様のようだ。
「なるほどねぇ。ところで、あのおとなしそうなご令嬢はどちらのご令嬢ですかね?」
「あ~、気づきましたか?そうなんですよ。微妙なんだよなぁ。やっと師団長が意識する女性が現われたと思ったんだけどね。彼女は戦略姫って呼ばれている。由緒正しい伯爵家のご令嬢なんだが、彼女の祖父は陛下に戦争の仕方を教えた人物なんだ。孫娘を溺愛して面倒を見ていた結果、戦略に長けたお嬢様が出来上がったという訳さ。今は引退して領地でゆっくりしているそうだ。今じゃ有事の際には、軍のお偉いさんが彼女を訪ねて相談に乗ってもらってるって話だ。」
「へぇ、あんなにお淑やかなのに…。じゃあ、お父上も軍の方で?」
「いやそれが全然違うんだ。お父上は商才に長けた人で、豆類の問屋を営んでる。」
中年男の目がきらりと光った。
「豆類ですか?これはちょっとお近づきになりたいものですねぇ。」
「え?」
マルセルが訝し気にサイト―を見たが、当の本人は顎をさすりながら、何やら思案顔だった。
「おい、何の話だ?マルセル、サイト―殿にその言葉遣い、失礼だぞ。」
「いやぁ、この方がしゃべりやすいです。俺もそれに習っていいですか?」
「だよなぁ。俺もそうしてほしかったんだ。師団長、陛下や貴族の前ではちゃんとやりますよ。」
「まったく。」
ガブリエルは呆れていたが、サイト―がタウンハウスでもそうしてほしいというので、王宮内では気を付けるようにという約束を取り付けた。
きらびやかな謁見の間とはがらりと雰囲気の違う極めて実務的な部屋に通されたサイト―は、その書物の多さに思わず見回してマルセルに窘められる。
「面をあげよ、ガブリエル。ご苦労だったな。」
「陛下にご報告申し上げます。残念ながら、サイト―殿には攻撃魔法の類の才はなく、魔術師や騎士の体力強化、精神強化に特化している様です。」
「ふむ、やはりそう簡単にはいかないか。私もそなたが提出していた書物に目を通したが、聖女が現われたのは3度目の時だったとされていた。一度目でこうして援軍となってくれる人物が現われただけでも、我々にとっては僥倖と言えるだろう。今はサイト―殿の力を借りて、現状を打破することに専念せよ。どうしても必要とあれば、また挑戦すればよい。」
「はは!有り難きお言葉。」
「ところで、先ほどから気になっておったのだが、魔法が使えないサイト―殿は、どのようにして体力強化や精神強化をされるのだ?」
「サイト―殿は、元の世界ではスィーツの職人だったようで、サイト―殿が作り出すワガシは、芸術品のような美しさなのです。それに甘すぎず上品な味わいで、作っているところも見たのですが、魔法のような技でした。どうもそのワガシを食べると、気力が上がってくるようで。」
「ほほう。それは一度味わってみたいものだな。」
国王はサイト―にも声を掛けた。
「サイト―殿、アランプール邸では快適に過ごしているか?突然見知らぬ世界に召喚されて、戸惑っておられるであろうが、どうか力を貸していただきたい。」
「おかげさまで申し訳ないほどよくしてもらってます。俺なんかの力で役に立つなら、いくらでも使ってください。先ほどの和菓子も、お許しいただけるなら、後日献上させていただきます。」
その言葉に国王の表情がぱっと明るくなった。側近と二言三言言葉を交わすと、にっこり微笑んで「楽しみにしている」と告げ、席を立った。
国王の執務室を出たサイト―は、早速マルセルに何やら相談していた。初めは戸惑っていたマルセルも、事情を聞いてなにやら楽しそうだ。
サイト―が召喚されたエルヴィシウス王国は、南部が海に面していて漁業が盛んにおこなわれている。内陸は平野になっていて、温暖な気候によって農産物が豊富に採れる。北側には切り立った山々が続き、鉱石や宝石なども取れる。比較的安定した国だ。しかし、その平野部に点在する森に瘴気が溜まりやすく魔物が現われるのだ。
アランプール邸に戻ると、さっそくサイト―が紹介状を頼んで来た。
「公爵殿、先ほどマルセル殿に教えてもらったんだが、オランド伯爵の商会が豆を多く扱っているらしいので、紹介状を書いてもらえないか?」
「え?ああ、陛下に献上するワガシの材料だな。他にも必要があれば、いつでも声を掛けてくれ。」
オランド伯爵の名前にピクリと肩が跳ね上がったことに気が付かない振りで、サイト―は礼を言う。
「ああ、助かるよ。」
「私も同席出来ればよかったのだが、これから会議が入っていてね。ダニエルに付き添いを頼んでおいたので、気を付けて行ってくれたまえ。」
少し、いや大分残念そうな顔でガブリエルが出かけて行った。
サイト―は、早速紹介状を携えてオランド邸に向かい、ダニエルが取り次いでくれたおかげで、あっさりとオランド邸に招き入れてもらえた。
こざっぱりとした応接室に通されて、主の登場を待っていると、静かなノックと共に若い女性が現われた。サイト―には、その女性がガブリエルの意中の人だとすぐに分かった。
「あの。せっかくお越しくださったのですが、つい先ほど機械が故障したとかで、父は現場に向かってしまったのです。豆の事をお聞きになりたいとのことでしたら、専門の者を呼びますわ。」
令嬢は紅茶を持ってきた執事に事の次第を話し、呼び出してもらうことにした。香り高い紅茶を飲みながら、サイト―はどうしたものかと思いを巡らせ、せっかくのチャンスだと令嬢に話を振ることにした。
「失礼ですが、先日王宮にご令嬢たちの集まりがあったようですが、お越しでしたか?」
「ええ、王女様がとても刺繍に長けていらして、あの日も作品を見せていただいていました。」
「やはりそうでしたか。私は、今アランプール公爵殿のお宅に居候しているんですがちょうどあの時も公爵とご一緒していたもので。」
ニコニコと人の良い笑顔で話すサイト―を少し警戒するような様子で令嬢は微笑んだ。
「それにしても、アランプール公爵様は誠実な人ですね。ご両親を亡くされて、自分の事だけでも大変だろうに、妹君のためにちょくちょく領地へ転移されているんですから。」
「そうですわね。周りのご令嬢は、あの方の容姿や地位それに、王家に繋がる膨大な魔力をお持ちになるとかで、ご執心ですが、本当の価値はそんなところにあるのではないとわたくしも感じております。」
令嬢の静かな言葉に、部屋の隅で控えていたダニエルが大きく頷いた。そうこうしているうちに、商会の担当者がいろんな豆を持ち込んでサイト―と商談を始めた。
サイト―達がオランド邸を出るのを見送ったご令嬢ジゼルはぽつりとつぶやいた。
「不思議な方。初めてお会いしたばかりなのに、なんだか素直にお話出来てしまって、あの方のことまで…」
ほんのりと頬が色づいている。
「お嬢様、先ほどの方はどのようなお知り合いですか?」
ふいに言葉を掛けられ、ジゼルは我に返った。
「アランプール公爵様のご紹介で来られた方よ。」
「あ、それじゃあ、あの方が聖女召喚で来られた方ですかね。いや、それにしてもおかしいんです。豆でスィーツを作るんだとか。」
「ええ?豆で?想像もできないわ。また、お見えになるかしら。」
「これからちょくちょく買い付けに来られるそうですよ。」
「まぁ、そうなの。いいお話が出来た様で良かったわ。」
豆類担当のクロードは、少なからず驚いていた。ジゼルは戦略家の祖父に育てられ、決して本心を見せないことで知られているのだ。すべての会話に駆け引きが隠されている。そんなジゼルが、素直な感情を出して話をするなど、今まで考えられないことだった。
一方、当座の豆を譲ってもらって、アランプール邸に戻ってくると、サイト―は早速あんこづくりを始めた。豆の種類も今まで暮らしていた世界とは微妙に違って、特性を調べることから始めることになりそうだ。
それからのサイトーは人が変わったように研究に集中していった。こうなると、侍女が呼んでお執事が呼んでも耳に入らない。いつしかサイト―が調理を始めたら声掛け禁止という暗黙の了解すらできていた。




