21 命の灯
「リディ!リディアーヌ!!しっかりしろ!」
「ガブリエル、落ち着きなさい。リディアーヌ嬢は必ず助ける。気持ちは分かるが、おまえにはしなければならないことがあるだろう。」
フォルタンの冷静な言葉に、こぶしを握り締める。
「し、醜態をさらしてしまい、申し訳ございませんでした。師匠、妹をお願いします!」
そばにいてやりたい気持ちをぐっと抑えて、ガブリエルは今回の事件の真相究明に向かう。そしてフォルタンによって、呼び集められた魔術師たちが総動員して、リディアーヌの治癒が行われた。幸い、サイト―が庇っていたおかげで、頭部に損傷はなく、命の危険は免れた。その魔術師たちもまた、サイト―が作り置きしていた干菓子を摂取しながら治癒することで、その力が増幅されていることに驚いていた。
一方リュカは、暴れることもなくただじっと地下の魔術師用の牢屋に座っていた。ガブリエルやマルセルが様子を見に訪れるが、反応することはなかった。
騒動から数日が経った。ジゼルはガブリエルの心情に想いを寄せながらも、平静を装って、出かける準備を始めていた。
「今日も行くのか?」
フォルタンたちの懸命の治癒のお陰で、リディアーヌは命を取り留め、あとは目が覚めるのを待つばかりになってすでに10日が過ぎていた。
「ええ、リディアーヌ様が目覚めるまでは傍に居たいのです。」
「分かった。私も、仕事が終わったら、シュウの様子を見てからそっちに合流しよう。ジゼル…ありがとう。君が居なかったら、私は正気ではいられなかっただろう。」
ガブリエルがジゼルの手を取って言うと、『分かっています。』とその瞳が返してくる。それを糧に、師団長は仕事に向かうのだ。
ガブリエルが仕事の間も、ジゼルは毎日リディアーヌの付き添いをしていた。
「どうか、早く目覚めて。サイト―様を助けられるのはあなたしかいないのよ。」
ベッドで静かに寝息を立てるリディアーヌは、サイト―の様子を知らない。あの日、フォルタン達によって命の危機を脱したのは、リディアーヌだけではなかった。サイト―も、出血は多かったものの、なんとか命をつなぎとめることが出来たのだ。しかし、年齢のせいか、異世界から来たせいか、なかなか回復せず、少しずつ衰弱しているのだ。
ジゼルはそっと席を立つと、持ってきた花を花瓶に生けた。サイト―がやってきてからすでに1年が経とうとしていた。生けられたマーグリーの花は、サイト―がワガシで作っていたのだと聞いている。
ベッドわきに花瓶を置くと、ふいにリディアーヌが大きく深呼吸をして、ぼそりと呟いた。
「ああ、これはマーグリーの香りだわ。」
「リディアーヌ様!気が付いたのですか?」
ジゼルがベッドに飛びついて声を掛けると、緩やかに微笑むリディアーヌと目が合った。
「私、どうしたのかしら…。」
「お体の具合はいかがですか?」
ジゼルはベッドのわきのスツールに腰かけると、リディアーヌの頬にかかった髪を整えて言う。
「この度は、大変でしたね。でも、フォルタン卿が力を尽くしてくださったので、傷の痕も残らないそうですよ。」
「傷…はっ、そうだわ!シュウジ様は?シュウジ様は大丈夫なのですか?!」
不意に思い出したのか、リディアーヌは起き上がってジゼルにしがみ付いた。その背中を優しくなでながら、ジゼルはゆっくりと頷いた。
「命は取り留められました。ただ、あの事件からもう2週間が経っているのですが、意識が戻らず治癒魔法もあまり効果が出ていないとのことです。」
「シュウジ様…。お義姉様、お願い!私をシュウジ様のところに連れて行ってください。」
「落ち着いて。では、主治医の先生に許可をもらってきましょう。リディアーヌ様が目覚めたこともお知らせしないといけませんし。」
そういうと、ジゼルはすぐに医者を呼びに向かった。
もう、ダメだと思っていた。自分もサイト―もリュカに殺されるのだと覚悟していた。そのせいか、今、ここで痛みも感じずにいられることが不思議だった。
「シュウジ様はどうしていらっしゃるかしら。それにリュカも…」
もっと警戒しなければいけなかったのだ。ガブリエルたちが来たことで、人払いをしてそのままだったことが、今回の事件を招いてしまったと、リディアーヌは反省する。このまま大切な人を失うなんて、絶対に嫌だ。そう思うと、いてもたってもいられず、リディアーヌはベッドを抜け出そうと床に足を下ろした。
「おお、もうそこまで回復されたのですか。どれ、診せていただけますか。」
気が付くと、ジゼルと医師がドアを開けたところだった。
「あの、サイト―様はどうされていますか?会いに行くことはできますか?」
「リディアーヌ様、命の恩人を心配する気持ちは分かりますが、今は自分の回復を優先させるときですよ。」
医師は穏やかに諭すと、異常がないか検査を始めた。そして、一通り確かめると、ほっとした顔になって頷いた。
「異常なしです。ゆっくり立ってみてください。」
少しふらつきながらも、無事に立ち上がると、懇願するように医師を見た。医師は少し眉を下げて、しかたないですねと頷いたのだった。
ジゼルに支えられながら、ゆっくりと部屋を出ると、意外にも隣の部屋へと案内される。
「リディアーヌ様、ショックを受けないでくださいね。」
「それは、どういう…。」
そう言いかけて部屋に入ると、疲れ果て老人のようにやせ細ったサイト―の姿があった。
「シ、シュウジ様…。」
よろけるように駆け寄ると、膝をついてサイト―の手を握り締め、リディアーヌはぼろぼろと涙を流した。
「私のせいで、こんなことに…」
「サイト―様は、傷の治癒は出来たのですが、どうも魔法が効きにくくて、水分はなんとか口元から流し込むのですが、栄養を摂ることが出来ないんです。」
「そんな…。シュウジ様、お願い。目を開けて。」
微かにノックの音がして、ガブリエルが顔をのぞかせた。
「リディ!気が付いたと聞いたが、もう起きても大丈夫なのか?」
「お兄様!シュウジ様が、シュウジ様が、こんな…。」
ガブリエルの胸に顔を埋めて、号泣していると、廊下が騒がしくなってきた。
「ああ、ここにいたのか。リディアーヌが目覚めたと聞いて、様子を見に来たのだが」
「陛下!」
その場にいた者は慌てて頭を下げた。その様子を見ていた国王は、彼らの向こうに眠るやせ細ったサイト―に目を向けた。
「サイト―殿をなんとか元に戻すのが、私の課題だ。此度の彼の行いは、尊敬に値する。今はフォルタンが有効な魔法がないか探している。少しでも体力が続くよう、みなも祈ってやってくれ。」
そういうと、国王はそっとリディアーヌの肩に手を置く。
「リディアーヌ、辛いだろうがまずは自分の体を回復させるのだ。皆が懸命に手立てを考えている。しかし、最終的にそれを執行できるのは、そなただろう。」
涙をぬぐって頷くリディアーヌに、眉を下げてほほ笑むと、国王は王宮の奥に戻っていった。
「リディ、シュウがこんな状態だから、ワガシも残りわずかなんだが、魔術師団で保有していた分を持ってきた。今日一日、ゆっくりと体を回復させて、明日以降のお前の体調次第で、これを使ってあの力を発揮できないだろうか。」
意識を取り戻したばかりのリディアーヌには酷な依頼だ。しかし、ガブリエルは魔術師団の師団長として、また、王族に繋がる者として、聖女にそれを依頼しなければならなかった。リディアーヌもまた、その意図を汲み取り、差し出されたワガシを受け取った。
「承知しました。では、お言葉に甘えて、今日は休ませていただきます。」
そう答えるリディアーヌは、すでに「妹」ではなく、「聖女」の顔つきだった。
翌朝、すっかり顔色の良くなったリディアーヌは、侍女を伴ってサイト―の部屋にやってきた。部屋にはすでにガブリエルやジゼルも待機していた。医師がリディアーヌの顔色を見て笑みを浮かべる。
「聖女様、体調はいかがですか?」
「おかげさまで、回復してまいりました。今日は、聖女の魔法に挑戦したいと考えております。」
引き締まった顔のリディアーヌは、自分の妹のようには感じられないまま、ガブリエルは声をあげた。
「さぁ、一度みんなは席をはずそう。」
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