16 妹 喝を入れる
それからしばらくたったある日、魔術師団から、治癒魔法の依頼がきた。このところ、討伐があると、治癒魔法の依頼が来るようになっている。もちろん、王宮の騎士たちからも依頼がある。その度に、自分が役に立っていると実感できるリディアーヌだった。
「失礼します。お怪我の方はどちらでしょう?」
「ああ、リディアーヌ様。実は、師団長が。」
「ええ?お兄様が?」
急いでベッドに近づくと、肩と腕に大きな傷があった。リディアーヌはすぐに治癒魔法を施し様子を見る。
「ああ、リディか。悪いな。ちょっとヘマをやってしまった。」
「らしくないですね。お兄様。」
「そうなんですよ。昨日もインク瓶をひっくり返すし、その前は書類を取り違えて陛下に提出するし、おかしいんですよ。」
後ろで見ていたマルセルがここぞとばかりに口を出す。
「おい、マルセル!」
慌てておきだしたガブリエルにぐいっと迫りながら、妙に低い声の妹が付きつける。
「お兄様、迷うぐらいならはっきりさせたらいいんじゃないのですか?」
「な、何の話だ!」
「そんなもん、決まってるじゃないですか?師団長は隠しているつもりかもしれませんが、もうばればれですよ。」
マルセルが呆れたように言うと、ガブリエルは俯いて押し黙ってしまった。
「あんなに仲良さげだったのに、数日前からどうしたんです?」
「無理なんだ。相手に想い人がいるのに、割って入るわけにはいかないだろう。」
「師団長!」
「お兄様!」
二人から一気に口撃を食らって、ギョッとする。
「お兄様、何を勘違いされているのか知りませんが、ジゼル様は私の大切なお友達です。これ以上、彼女を不安がらせないでください。」
「いや、しかし…」
「しかしもへったくれもない! いいですか。今からジゼル様をお呼びしますから、ちゃんと誠意をもってお話なさってください。」
おろおろする兄にびしっと言い放って、リディアーヌはすぐさま魔法鳥でジゼルを呼び出した。
「マルセル様、私たちは外にいましょう。」
「ああ、そうだな。ふふ。それにしても妹というやつはどこも兄には厳しいなぁ。」
「マルセル様!」
「はい。」
有無を言わせない勢いで、リディアーヌはマルセルを連れて外に出た。
「さて、では私は師団長の怪我が治ったことを報告しに行ってきます。リディアーヌ嬢はお部屋に戻られますか?」
「ええ。ジゼル様をご案内したら、お邪魔にならないようお部屋に戻ります。」
マルセルは、兄らしい笑みを浮かべて頷くと魔術師団の庁舎へと戻っていった。ほどなくしてジゼルがやってくると、外で待っていたリディアーヌが急いで駆け寄った。
「ジゼル様、急に呼び出してごめんなさい。すぐにこちらの部屋に!お兄様が、お兄様が大変なんです。」
「ええ!ガブリエル様が?!分かりました。」
ジゼルは大きく深呼吸をすると、そっとドアをノックしてガブリエルの待つ部屋に入っていった。それを見送ると、リディアーヌはそっと自分の部屋へと戻っていった。
「あの、公爵様。お怪我の具合はいかがですか?先ほどリディアーヌ様からお手紙を頂きましたの。」
「じ、ジゼル嬢!」
心の準備もできていないまま、顔を赤らめているガブリエルを、ジゼルは優しいまなざしで見つめていた。
「公爵様の周りにいらっしゃる方々は、皆お優しいですね。サイト―様から言われました。先手必勝だと。」
ジゼルの口からサイト―の名前が出た途端、ガブリエルは耳をふさぎたい気分になった。
「ご存知でしたか?サイト―様のいらした元の世界にもチェスのようなものがあったそうです。あの方はなかなかの戦略家で、うちに仕入れに来られた時には、いつもお手合わせいただいておりましたのよ。そのサイト―様が、自分の気持ちを伝えられなくておろおろしている私はらしくないと、他の令嬢に取られて良いのかと、はっぱを掛けてくださいましたの。だから…」
「…え?ジゼル嬢の想い人はシュウではないのか?」
ふいに顔をあげたガブリエルが見たのは、首を横に振られてぽろりとこぼれた涙だった。
「す、すまない!そんな顔をさせたかったわけじゃないんだ。私は…」
「公爵様…」
「下らん男のヤキモチだ。気にしないでくれ。」
せっかくの妹の計らいも、なかなか実を結ばせることができない公爵だった。
「私の想い人は、とても素晴らしい方です。真面目で穏やかで慈悲深く、家族をとても大切にされる方です。」
「そ、そうなのか。そんな素晴らしい人物に出逢えたのなら、きっと幸せな家庭を築いていけるだろうな。」
ジゼルの言葉に打ちひしがれながらも、懸命に繕うガブリエルだったが、ジゼルの追い打ちは続く。
「ええ、そうですわ。私はその方のお傍で支えていきたいんですの。周りのご令嬢たちからは、銀髪にサファイアの瞳が素敵だとか、魔術師団長だから素敵とか、すらっと背が高くてかっこいいとか、結婚したら公爵夫人になれるとか、いろいろ言われていらっしゃるようですが、そんなことは私にはどうでもいいんです。ただ、その方が幸せを感じてくださるなら、何でもして差し上げたい。そう、思ってしまうのです。」
延々と続く想い人への賛美に徐々に目を見開いて、ガブリエルはジゼルを伺う様に見つめていた。
「えっと、その方というのは、まるで私の事の様に聞こえるのだが、都合のいい空耳だろうか?」
「いいえ、違います。」
「では、その方の望みが、目の前のご令嬢と深く知り合いたいという事なら、頷いてもらえるのだろうか?」
不慣れな手つきで、そっとジゼルの頬に手を伸ばすと、令嬢の華奢な手がそれに重なり、柔らかな頬が愛おしそうにすり寄ってきた。
「ええ、もちろんです。」
半年が過ぎた。リディアーヌは王宮の暮らしにも、魔術の鍛錬にも慣れて来た。今日は、ジゼルが訪問することになっている。
「リディアーヌ様、ごきげんよう。」
「ジゼル様!待っていましたわ。今日は、お兄様は一緒じゃなかったのですか?」
気持ちが通じ合った二人は、いつも一緒にリディアーヌに会いに来ていたのだ。
「そうなんです。今日はご両親のお墓にご挨拶したいとのことで、先にこちらに伺う様に言われましたの。」
「そうだったんですね。」
その意味に気が付いているのか、ジゼルも少し恥ずかしそうだった。リディアーヌは、嬉しそうに微笑んでジゼルの手を取った。
「両親もきっと、ジゼル様に会いたかったと思うわ。それに、本当は私、お兄様がずっと婚約者を決めないでいるのが、辛かったの。」
その言葉に、ジゼルは胸を痛めた。
「ねえ、リディアーヌ様。リディアーヌ様にも想い人がいらっしゃるでしょ?」
「え?」
「ふふふ。隠してダメですわよ。誰かさんが来ると、そのアクアマリンの瞳がキラキラしていましたもの。」
リディアーヌは慌てて顔に手を当てて俯いた。
「私、分かっているんです。あの方には相手にもされていないって。でも、それでも、お顔を見たらドキドキしてしまうの。あのしわくちゃな顔で微笑んでくださったら、嬉しくて舞い上がってしまうの。」
「リディアーヌ様。恋をすることは悪いことではないわ。うまくいってもいかなくても、きっとあなたを成長させてくれるはずですもの。」
読んでくださってありがとうございます。よければブックマーク評価をお願いします。
ドキドキして待ってまーす☆




