13 それぞれの想い
「リディアーヌ。素晴らしい力を持って生まれてきたのだな。アンドレが知ったらどれほど喜んだだろう。そなたの瞳の色が、大きくなるにつれて変化しているとは、聞いていたが、そういうことだったのか。」
「実は、あの事故が起こった日。陛下にご報告に上がる予定でした。教会で魔力を調べてもらった時、その異常な量にその場にいた神官様も驚かれ、両親はすぐさま陛下にご報告しようと話していたのです。私が幼かったばっかりに、事故の混乱や両親を亡くしたショックで、すっかり忘れてしまっていたのです。ご報告が遅れて、申し訳ありません。」
「そうか、…いいんだ。生きていてくれるだけで、十分なのだ。」
慈愛に満ちた眼差しで姪を見つめるジャンメールは、国王ではなく、すっかり伯父の顔になっていた。
「陛下、今回は偶然、兄を救うことが出来ただけなのです。どうか、これからは、確実に多くの民を救えるように、先生をつけていただけないでしょうか。」
「分かった。魔術師団の団員から、指導役を見繕ってやろう。胸を張って聖女と名乗れるように、しっかり励むように。それから、聖女としてのマナーや教養も身に着けてもらいたい。しばらくは、王宮で暮らしてはどうかな。」
「王宮で、ですか?」
戸惑う様子の妹を見て、ガブリエルが慌てて助け舟を出そうとするが、国王の決定は絶対だ。
「ガブリエル、いつまでも妹に固執していてはいけない。おまえもそろそろ身を固めないとな。だれか、私の方で見繕ってやろうか?それとも…」
「陛下、お気遣い痛み入りますが、その…」
言いよどむガブリエルを楽し気に見ていた国王はどうやら報告を受けている様だった。
「さっさと相手の了解をもらってこい。おまえは王宮魔術師団の師団長だろ。師団長らしく堂々と、な。これは国王命令だぞ。」
控えの間で待っていたサイト―の元に戻ってきたのは、ガブリエルだけだった。
「あれ?リディアーヌ嬢はどうした?」
「ああ、陛下が王宮に住まわせてしっかり勉強させるとおっしゃった。まぁ、タウンハウスからの往復に事故でもあったら大変だからな。私も、王宮で仕事をするのだし、会えないわけではないから、心配はしていないさ。あいつのことだ。王都にはまだ慣れていないだろうけど、うまくやるだろう。」
ガブリエルの言葉を聞きながら、サイト―の眉はどんどん下がっていった。
「ガブ、無理はするな。言ってることと、表情が全然違う。せっかくタウンハウスに連れて来れて、これから一緒に暮らせると思っていたのになぁ。そりゃ寂しいよな。」
「そ、そんなことは…あるな。あいつのために、頑張らねばと思っていたのに、逆に支えにしていたのは私の方だったみたいだ。」
そう言いながら馬車に乗り込む背中が小さく見えて、サイト―は何か元気づける物はないかと思いめぐらせる。王宮を出た馬車が街中を走りだすと、ある屋敷が目に留まって、サイト―は慌てて馬車を止めてくれと頼んだ。
「ガブ、悪いけど、ちょっとだけここで待っててくれ。小豆をもらって帰る約束だったんだ。」
そう言い捨てて、屋敷へと飛び出して行った。そして、間もなく袋を手にしたサイト―が戻ってくると、馬車はアランプール邸へと進んでいった。
タウンハウスに戻って来ても、リディアーヌの姿がないと分かると、使用人も一様に肩透かしを食らったような顔になった。
「旦那様、リディアーヌ様のドレスやお荷物は、王宮にお持ちしなくても良いのですか?」
「リディアーヌ様のお世話係として、王宮に伺った方が良いのではないでしょうか?」
執事や侍女たちの声に苦笑する。みんな自分と同じ気持ちなのだ。聖女である前に、リディアーヌは我がアランプール家の大切な娘なのだ。ガブリエルは、ソファに座りながら、向い側の空席を見つめてため息を漏らした。
「旦那様、お客様がお見えです。」
「客?そんな約束はないのだが…」
「ですが、旦那様の事をとても心配してくださって…」
先ほど王宮から帰ったばかりで、今の自分の状況を知る人物などマルセル辺りぐらいだろう。そう思って客を通す様に伝えると、執事の後ろから、ジゼルが心配そうな顔をのぞかせた。
「ジゼル嬢!どうして…」
「あの、リディアーヌ様がお帰りになったら、お伺いするつもりでいたのですが、王宮に住まいを移されたとサイト―様から伺って、私、ショックで…。」
「ああ、そうだったのか。せっかく良き友人になってもらえると思ったのに、申し訳ない。」
「本当に…、これでは公爵様にお会いする口実が無くなってしまいますわ…」
「え?」
俯き加減でぽろりと漏らした言葉に、ガブリエルは目を見開いた。
「い、今、なんと…」
「さぁ、新しいワガシができたぞー!二人で味見してく…。」
ご機嫌な様子でカートを運んできたサイト―は、室内の雰囲気を察して黙り込んだ。そして、そろそろと後ろ向きに退室しようとした。
「サイト―様、どうしましょう!私、うっかりととんでもないことを…。あぁ、この戦略は失策でしたわ。」
サイト―の胸に飛び込んで、悲しみに暮れるジゼルを、目を見開いたまま見つめるガブリエルの顔に悲壮感が浮かぶ。
「おいおい、嬢ちゃん。泣きつく先が違うだろ?おい、ガブ。なんとかしてくれよ。」
「ええ?」
うろたえるガブリエルに向かって、サイト―がそっとジゼルを押し付けた。
「嬢ちゃん、先手必勝じゃなかったのかい? こいつは女性慣れしていないから不器用だが、ガブを選んだ嬢ちゃんの目に狂いはないと思うぞ。」
「あ、あの。まさかとは思うが…」
「ああ、じれったい!ガブ、遠くから見ているだけでは敵を陥落させることはできないぞ。お前の手は魔物を討伐するためだけにあるんじゃないだろ?」
「シュウ!…そうだな。ジゼル嬢、ではこちらでサイト―殿のワガシを頂きましょう。」
呆れながらも微笑ましく見ていたサイト―がそっと退室したのを、この二人は気づくことはなかった。
いよいよ王妃の生誕祭が近づいてきた。街中に王妃を祝う花飾りが並び。生誕祭の前後は街中がお祭り気分だ。そして、貴族を集める夜会の準備で大忙しの王宮に、サイト―の姿があった。和三盆などの干菓子がサイト―の指導により宮廷料理人によって揃えられ、練り切りなどの生菓子や緑茶は最後の形成だけをサイト―が担当して、上級貴族に配られることになった。
1週間、缶詰め状態で制作にあたっていたサイト―が、ようやく終わりを見出した頃、会場の確認のため、久しぶりに厨房を出た。
「ほほう。すごい装飾だな。いたるところに花飾りがある。」
「あ!サイト―殿!ここで会えて良かった!」
聞きなれた声に振り向くと、マルセルが駆け寄ってくるところだった。
「おお、マルセル殿。久しぶりだな。」
「悪いんだけど、ちょっと来てもらいないだろうか。大変なことになっているんだ。」
マルセルの表情が硬いことに気が付いて、サイト―の笑顔が消えた。マルセルが手招きする方に急いで出向いてみると、王宮の奥のエリアをどんどん進み、豪華な扉の前までやってきた。
「頼む、助けてくれ。」
小声でそういうと、ドアをノックして名前を名乗った。中からは女性の声で返事があり、そっとドアが開くと、憔悴しきったリディアーヌが立っていた。リディアーヌは、マルセルの横に立っているのがサイト―だと分かると、泣きそうな顔になってしがみついてきた。
「お、おいおい、どうしたんです?」
「寂しかったんです。急に慣れない王宮暮らしになって、お世話してくださる皆さん、きちんとした方ばかりで…。」
目に涙をためて訴えるリディアーヌに、眉を下げて背中をトントンしていると、横からマルセルが声を掛けた。
「俺たちが魔術について教えられたら良かったんだけど、担当教諭が俺たちの苦手なフォルタン卿なんだ。王族にも魔術を教える人なんだが、偏屈でなぁ。」
「いいえ、私は先生の事を悪く思っているわけではないのですが…。」
しおれた花の様に俯くリディアーヌに、サイト―はポケットから小さな袋を取り出して差し出した。
「ホームシックですか?これでも食べて元気を出してください。王妃様の生誕祭が終わったら、ガブも俺も少しは時間が取れるだろうから、ここにも顔を出せると思いますよ。あ、そうだ!ジゼル嬢に来てもらうってのは、どうでしょう?」
サイト―が何気なく発した言葉に、リディアーヌの表情はパッと明るくなった。
「サイト―様。ありがとうございます。一度、陛下にお願いしてみます。それと、サイト―様も、また顔を出してくださいね。」
小袋を胸に抱きしめてリディアーヌが言うと、サイト―はニカッと笑って手をあげ、会場確認に戻っていった。扉が閉まるまで見送ったリディアーヌを傍で見ていたマルセルは、「へぇ。」と思わず呟いた。
マルセルとガブリエルは、魔術学校からの親友だ。当然、例の事故の事も知っているし、その後のガブリエルの苦労も間近で見てきた。ガブリエルと同じく妹のいるマルセルにとって、リディアーヌも同じ兄目線でみてしまうところがあるのだ。
「しかしなぁ。リディアーヌ嬢とサイト―殿では、年齢に開きがありすぎる。それに、サイト―殿には脈はなさそうだ。これは難しいだろうなぁ。アイツに報告するまでもないか。」
リディアーヌも落ち着きを取り戻し、次の授業へと向かったので、マルセルは魔術師団の庁舎へと戻りながら一人納得していた。
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