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聖女を召喚したはずなのに  作者: しんた☆
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1 聖女召喚の儀

お久しぶりの投稿です。

ケーキも好きだけど、和菓子も好き♪ そんな食い気に前のめりな作者が書いております。

ぜひお付き合いくださいませ。

聖女を召喚したはずなのに


 王宮の広間に険しい顔の重鎮たちが見守る中、100年ぶりの魔術が展開されていた。術者はガブリエル・アランプール・王宮魔術師団の師団長で、アランプール公爵家の若き当主だ。10年ほど前から、じわじわと増え続ける魔物出現だったが、ここ数年は、狂暴化が進み、大型の魔物が出現することもあり、いよいよ国民の生活を脅かす様になっていた。

 各領地では、それぞれ私設騎士団を設けて住民の保護についていた。そこに、魔物とは別に貧民街を荒らしまわる奇面隊を名乗る集団が現われ、私設騎士団はその対応に追われた。領主から要請があれば、王宮魔術師団が出向いて討伐と住民の保護にあたっていた。しかし、魔物の出現は日に日に増え、国王は、古文書の研究にも力を入れていたガブリエルに聖女召喚の研究を命じたのだ。

 国王の命を受けてから3年。やっとの思いで100年程前に行われたという聖女召喚の記述を見つけたのだ。


「アンヴォーカシオーン!」


 師団長の声が広間に響くと、床に描かれた魔方陣が輝きだし、一気に光量が上がって、その場にいたすべての者が瞳を覆った。やがて光が落ち着いてくると、人影が浮かんでくる。どれほど美しい聖女が現われるのかと、重鎮たちは身を乗り出してその姿に注目した。


 ガブリエルは膨大な光に包まれながら、これまでの苦労の日々を思い出す。まだ魔法学校の学生だった彼を悲劇が襲ったのだ。寮生活の彼と一緒にクリスマスを過ごすため、王都のタウンハウスに向かっていた両親と妹の3人が雪道での事故に遭い、両親は亡くなり、命はとりとめたものの、妹は視力を失った。

 茫然自失だった彼を奮い立たせたのは、長年領地で執事を務めるジェラルドだった。


「なにをぼんやりしている!両親がここまで築き上げてきたこの領地は、領民と旦那様の努力によって栄えている。あなたはそれを一番近くで見てきたはずだ。それならば、やらなければならないことが山ほどあることは、分かっているだろう!」


両親の墓の前でぼんやり立ち尽くすガブリエルにまるで父親のような言葉を掛けたのだ。


「お父上なら、そうおっしゃるでしょう。幸いガブリエル様は転移魔法もお得意ですし、何かありましたら、魔法鳥でご連絡いたします。残されたリディアーヌ様のためにも、どうか…」


―そうだ、自分は嫡男として早いうちから領地経営を学ばせてもらっていた。ジェラルドがここまで言ってくれるならー


「分かった。帰ったら、すぐに今の領地経営の状況を確認させてくれ」

「承知いたしました。」


 ジェラルドがこぶしを握り締めて小刻みに震えているのを見て取ると、ガブリエルの決心が固まった。


 それから10年。ゆっくりと眠った夜などなかったように思う。目の前でゆっくりと光が落ち着いてくるのを見つめながら、ガブリエルの胸中には歓喜よりやっと眠れるという気持ちが勝っていた。


 魔方陣の中心に座り込んでいた人物が、ゆっくりと立ち上がった。ついに召喚できたのだ!ガブリエルは大きく頷いた。しかし、次の瞬間、その場にいたすべての人が瞠目することになった。そこにいたのは麗しい女性ではなく、さえない中年男だったのだ。

 受け入れられなくてその場で頭を抱える者、なぜだと叫び声をあげる者、気を失いそうになってよろめく者、そして、ガブリエルを責める者まで出て来た。


 一方、突然見知らぬ場所に呼び出された男は、チカチカする光に目をこすりながら周りを見回した。うぉーという野太い歓声の中、ゆっくりと光が落ち着いてくると、中世ヨーロッパの物語に出てくるような仰々しい服装の人々に凝視されて、思わず悲鳴をあげた。

 次の瞬間、ローブを着た男が駆け寄って、両肩を掴んで食って掛かる。


「お、お前は何者だ!」

「お、俺は斎藤周司というものだ」

「なぜここにいる?」

「な、こっちが聞きたいよ。」


 駆け寄った男ガブリエルは混乱したが、王弟の一人、バイヤール公爵が怒鳴り始めると、周りにいた人々は一斉にガブリエルを非難し始めた。


「なにをやっているんだ。聖女はどうした?!王宮魔術師団長が聞いてあきれるな!」

「どう責任を取るんだ!」

「こんなさえない男が聖女のはずがないだろう!」

「どこから紛れ込んで来た。お前のような者に用はない!」

「早く聖女を出せ!」


 困惑と恐怖に打ちのめされそうになるガブリエルを救ったのは、意外な人物だった。


「おいおい、どういうことか分からないが、大勢でたった一人を責めるってのは、どうなんだ。彼が代表で魔術を使ったと言うなら、それ以上のことが出来る奴がいないってことなんだろ?俺だって、突然連れて来られて何が何だか分からない状態だ。お前さんたちは何を怒っているんだ?」

「我々は聖女様をお迎えするはずだったんだ。お前のような小汚い男に用はない!」

「そうだそうだ!」

 

 一人が叫び出すと、まわりも一緒になって声をあげる。


「待ってくれ。もうちょっとちゃんと事情を説明してくれ。聖女様とやらにはなれないが、何か力になれるかもしれんだろ?」


 再びわっとざわめく群衆の中から、ゴホンと咳払いが聞こえると、一瞬にして広間が静かになった。


「では、私が説明しよう。謁見の間に移ってもらおうか。皆の者、今日のところは引き上げてくれ。何か新しいことが分かったら、お触れをだそう。それまでは、不用意に誰かを責めるようなことのないように。」


 奥の席に座っていた老人が静かに言うと、一同は「ははっ」っと平伏し老人の退席を見送った。そして、近衛兵がやってくると、ガブリエルと中年男を謁見の間へと案内した。

 それに続こうとしたバイヤール公爵だったが、国王によって止められた。


「兄上、私にも事の顛末を聞かせていただきたい。」

「バイヤール公爵、そなたの声は大きすぎて、他の者の声が聞こえにくい。席を外してくれ。」


 落ち着いた声だが、国王の一言は絶対だ。バイヤールはギリっとガブリエルを睨みつけたが、そのまま3人を見送った。


 謁見の間では、中年男よりもガブリエルが事情を聞かれることとなった。


「負け惜しみの様で言いにくいですが、前回の聖女召喚では、若い女性が来られたようですが、女性も事情が分からないままで、当時の魔術師に魔力についてなど教えられて力を身に着けていったと記されていました。よく考えて見れば、若い女性でなければならないものではないかと思うのですが。」

「ふむ。それは一理あるな。ではどうだろう。アランプール公爵邸にて、彼を保護してはもらえないか。貴族たちのあの騒ぎ様では、王宮にいると余計なことをしかねない。サイト―殿だったか。違う世界から来られたのであれば、なにかと不自由に感じるだろう。ひとまずこちらのアランプール魔術師団長のタウンハウスで、この世界に慣れていかれてはいかがかな?ここにいるガブリエル・アランプールは、私の甥にあたるので、身元もしっかりしてる。」

「まぁ、俺のいた世界では、魔力もなかったし、住んでいた国では身分制度もなかったもんだから、迷惑かけるだろうけど、よろしく頼みます。」


 ぺこぺこ頭を下げるサイト―に、苦笑する国王であった。


 アランプール公爵家の馬車は、しっかりとした造りで、ベルベットの椅子は座り心地がよかった。こんな豪華な乗り物には、今までいた世界でも乗ったことがないと、サイト―は苦笑するほどだった。

 窓の外からは、午後の穏やかな日差しが差し込んで来る。魔物が襲ってくると聞いたときは心底驚いたが、それさえなければ活気があって明るい良い街だ。自然も豊かで庭には色とりどりの花々が咲き乱れていた。サイト―は元居た世界でのことを思い出していた。


*****


 サイト―は小さな街の和菓子屋の職人だった。毎朝早くから出勤して、下準備に入る。すると、厨房に怒声が響いた。


「誰だ、こんなことをした奴は!」


 忙しく作業していた従業員の多くは、またかという顔でちらりと一人の男に視線を向ける。


「はぁ、また周司さんか。ここ、ちゃんと洗ってくれよ。水ようかんの液が濁って使い物にならないだろう!」

「ああ、すまん。」

「ちっ!またあの人かよ。大将もやめさせればいいのに。」


 周司は40半ばのさえない男だった。何でも昔、ここの先代が経営に行き詰って自殺を考えていた時、思いとどまるように説得したのが周司だったという。その縁で、周司はこの和菓子屋に住み込みで置いてもらっているというわけだ。


「大将も大将だ。親の恩人だからって、あんな奴をいつまでもクビにしないなんて!みんなが迷惑してるじゃないか。ま、近々俺が製造課長になれば、さっさとやめてもらうさ。」


 得意先の担当者の息子である30代の牛尾は、のんびりとして感情を露わにしない斎藤が気に入らない。もうこのようなやりとりが毎日のように続いていた。

 それでも、飄々と作業を進める斎藤は、昼休憩になると女性社員が集う休憩室に新しいデザインの和菓子を持ち込み、彼女たちの反応を見ていた。


「ちっ!女子の機嫌ばかり取りやがって! そんな和菓子、毎日イヤになるほどみてるだろ?ほら、こっちは最近話題になっているリリーベアのチョコだ。」

「わぁ、これってすぐ売り切れるってテレビでも言ってた奴でしょ?!牛尾さん、ありがとう!」


 女性たちが愛らしいゆりの花を抱えたクマ型のチョコに手を付けると、斎藤はそっと自分の出した和菓子を片付けて退室する。休憩室がわっとにぎやかになる中、そっと抜け出した一人の女性社員が斎藤に声を掛けた。


「斎藤さん、今回の新作。どれも素敵でした。個人的な意見ですが、私は、この練り切り、もう少し柚子の風味が強くてもいいんじゃないかと思います。それから、小川に魚が泳いでる水ようかん、黒い魚影だけじゃなくて、赤い小魚もいたら、もっと映えるんじゃないかと…。」

「ああ、なるほど。ゆずにちなんだ名前にすればそれもいいか。ありがとう。いろいろ参考になりました。」

「あの…。私、分かってますから。ボールの洗い残し、あれって、牛尾さんが洗ってた奴ですよね。」


 悔しそうに言う女性社員に、こまったように笑ってぺこりと頭を下げると、斎藤はまた厨房に戻っていった。


 そんなある日、斎藤が階段で足を滑らせてあっけなく命を落としてしまった。前日にも牛尾から散々文句を言われていた斎藤の事故に、周囲の者は、牛尾がとうとう我慢できなくなったのでは?と囁き始めていた。


 一方、足を滑らせた斎藤は、気が付くと目がチカチカするような光の中にいた。周囲からうおぉーっという野太い歓声が聞こえ、光が落ち着いてくると、映画で見たような中世ヨーロッパの世界のような仰々しい服装の人々に凝視されていて、思わず「ヒェ!」と悲鳴を上げたという顛末だった。


*****


読んでくださってありがとうございます。

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