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短編・ショートショートシリーズ

安全物件

作者: 古野ジョン

 転職したので、引っ越すことになった。今日は物件探しのため、会社に紹介してもらった不動産屋に来ている。なかなか安い物件が見つからず難儀していると、不動産屋がこんな提案をしてきた。

「あのお、こちらの訳あり物件なんていかがでしょうか?」

事故物件だろうか。正直、安いなら何でもありがたい。

「訳ありってのは、事故物件ってことですか?」

「まあ、事故物件ではないのですが……一度見てみますか?」

俺はその提案に乗った。


 早速その物件に向かうと、そこは少し古いアパートの一階だった。部屋に入ってみると、南向きで明るいうえに内装も綺麗で、訳あり物件とは思えなかった。こんな部屋を安く借りられるなら、幽霊と同居したって構わないくらいだ。俺は不動産屋に尋ねた。

「これのどこが訳ありなんです?」

「ええ、実は殺人未遂事件がありまして……」

「殺人()()?死んでないってことですか」

「まあ、結果的には」

「なら全然良いですよ。僕、霊感ないので」

そうして俺は、その物件を借りることになった。


 そして、その部屋に住み始めてから一週間が経った。てっきり心霊体験の一つや二つあるかと思ったが、何も起こらなかった。何だか拍子抜けだな。事故物件の怪談なんていくらでもあるけど、実際はこんなもんなのかね。


 ある日、台所でゴキブリを見かけた。殺虫剤を吹きかけたが、あと一息のところで冷蔵庫の奥に隠れられてしまった。まあ、文字通り虫の息だ。間もなく死んでしまうだろう。


 だが次の日、また台所にゴキブリが出た。昨日倒したはずなのになあ。まあ、ゴキブリは一匹見かけたら何匹も隠れてると思えってよく言うからな。別の奴だろう。そう思いながら殺虫剤を吹きかけると、今度は仕留めることが出来た。俺はその亡骸を、ゴミ袋に放り込んだ。


 数日後、ゴミの日になった。俺はゴミ袋を持って集積所に向かった。カラス避けのネットを持ち上げ、ゴミ袋を置こうとする。うわっ!!!袋のすき間からゴキブリが出てきた。ああ、ビックリした。


 いつの間にか袋の中に忍び込んでいたのか。何だか俺の部屋、ゴキブリだらけみたいだな。一度、ゴキブリホイホイでも買ってきてみようかな。


 その日の夜、俺はホームセンターで買ってきたゴキブリホイホイを台所に仕掛け、床に就いた。何匹かかってるのかな、ああ恐ろしい。そう思いながら、眠りについた。


 しかし翌朝に確認してみると、どうやら一匹もかかっていないようだった。あれ?おかしいな。仕掛ける場所が悪かったのかな?もう何個か買ってきて、いろいろ試してみるか。


 その後、さらにホイホイを買い足して試してみたのだが、一匹も引っ掛かることはなかった。うーん、どうしてだろう。てっきりゴキブリだらけかと思っていたが、この間の奴らだけだったようだな。まあいいか。


 それから数か月後、俺は金魚を飼い始めた。同僚が飼っているのが増えすぎたと聞いたので、何匹か貰ってきた。一人暮らしでつまらなかったのでちょうど良かった。


 数日後、出勤前に餌をやっていると、ある一匹に元気がないことに気づいた。餌を食べないし、泳ぎも弱々しい。こりゃ、今日の夜まで持たないかもな。心配しながら、家を出た。


 仕事を終えた俺は大急ぎで帰宅した。しかし水槽を覗いてみると、例の一匹が元気に泳いでいた。おや?朝はあんなに死にそうだったのに。生命力というのは案外侮れないということかもしれん。どちらにせよ、良かった良かった。


 ある日の昼休み、俺はラーメン屋で昼飯を食べていた。テレビをぼんやりと見ていると、裁判のニュースが流れてきた。どうやら殺人未遂事件の裁判で、被告に判決が下ったという内容のようだ。あれ?この事件、もしかして俺のアパートで起こった奴じゃないか?


 そのままニュースを見ていると、アナウンサーが事件の詳しい内容について話した。被告は被害者の胸部を何回も刺してから逃走したが、何故か被害者が死んでおらず、そのまま通報されてあっけなく御用となったらしい。


 ふーん、そんなこともあるもんだねえ。ラーメンを啜り終えたのでテレビを観るのをやめ、会計をした。そのまま会社に戻り、午後の仕事を開始した。


 その夜アパートに戻ると、俺はビックリした。というのも、出しっぱなしだったお菓子に蟻が大量に群がっていたからだ。うわ、しまった。窓のすき間から忍び込んできやがったのか、うっかりしたなあ。一階の部屋だとこういうことが起こるのか。心霊体験なんかよりこっちの方がよっぽど面倒だ。


 俺は殺虫剤を駆使してなんとか蟻を駆除した。蟻の死骸をちりとりで集めて、ゴミ袋に入れた。やれやれ、ひどい目に遭った。飯を食ったら、さっさと寝ちまおう。そうして俺は歯も磨かぬまま布団に入り、眠りについた。


 次の日の朝、何だか口の中に動くものを感じた。違和感を覚えて起き上がると、なんだか部屋の方から続く黒い線が見える。あれ、なんだろう。眠い目をこすって、よく見てみた。


 そこにあったのは、ゴミ袋から列をなして俺の口に群がる蟻の列だった。

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