第9章:逢魔街の大厄災日ー005ー
ここまで乗って来た車と指差されればである。
「えっ、誰のクルマですか、あれ?」
マテオはこんな状況でも確認したくなる。
「なーにー、わかんないの。私のよ、坊さんがあんな車に乗ってるわけないじゃない」
瑚華から呆れたように断言されてもだ。
軍用かと見紛う厳ついジープである。オリーブグリーンの色合いにロールゲージを組み込んだオープン席とくる。
「あのぉ、センセイ。あのクルマって、病院のだったりします?」
「なにバカ言ってんのよ。あんなの病院で用意するわけじゃないじゃない。ワタシの、スーパードクターの愛車よ」
坊さんだけでなく医者だって乗るイメージに結びつかない瑚華のミリタリージープに、マテオは「へぇ〜」とだけで済ました。瑚華殿にぴったりです、と道輝の追従でなさそうな声を耳にすれば、独り異を唱えても面倒なだけと判断したりする。
「おい、楓。後は頼んだぞ」
この場に残る者で一番にヤバい奴とされるゾンビ型の少女へ言う。
はいはい、と楓が頼りになるようなならないような返事の直後である。
マテオ、と呼ぶ流花がいた。
なんだよ、と面倒臭そうなマテオだったが、向けた視線の先に深刻そうな表情が待っていれば顔つきを引き締める。
「流花、どうしたんだ。なに心配そうにしてんだよ」
「マテオ、それにセンセイたちも無事に戻ってきてね」
「なんだよ、それ。僕やあの人たちが、そう簡単にやられるわけが……」
「お姉ちゃんに何があっても、流花は受け入れる。だからマテオたちは自分が危なくないよう行動して」
伝えたいことが判明すれば、マテオは頭をかきながらである。
「僕や坊さんの能力じゃ、あんな強そうな陽乃さんに傷一つ付けられないよ。それに普段アレだけど、凄腕の医師も一緒なんだ。少しくらいの怪我なんか、なんとかなるんじゃないか」
「お姉ちゃんは他人を傷つけるくらいなら自分がって思う人だよ。意識がなくたって、マテオに何かしてしまったら自分を許せないと思う」
流花は心を決めている。
そっか、とマテオは頭をかいていた手を拳にして突き出した。
「わかった。ともかく全力で陽乃さんを止めるよ。でも僕とセンセイ、そして坊さんのメンツだから、他の奴らより傷つかない方法が取れる。流花が拍子抜けするようなイイ結果の可能性だってあるからな」
そうだね、と流花の表情が明るさを象る。マテオを慮って、描いたのかもしれない。
待ってろ、とマテオが言えば、流花もまたグーの形にした右手を伸ばす。
二人は拳を突き合わせた。
「マテオは、流花のそばにいるため逢魔街に残ったこと、忘れないでね」
「あー、わりぃー。そこはすっかり失念してた」
んっもぅ、と流花がグータッチしていた拳を振り上げて、ぶつ真似をする。
笑うマテオは「じゃ、またな」と背を向ける。
ジープへ乗りかけている瑚華と道輝を追いかけていく。
白銀の髪をした頭は振り返らなかった。
マテオが後部座席に飛び乗ると同時に、ジープは発進する。タイヤが砂煙りを上げて、向かっていく。
高層ビルがひしめく一帯において、破壊の限りを尽くす巨獣のごとき変貌した陽乃の許へ。
「大丈夫だって、流花。マテオの言う通り、お姉さんも無事に帰ってきそうな気が、あたしだってする」
「ありがとう、楓ちゃんがそう言ってくれると、勇気づけられるな」
「それにさ、マテオといい感じでグータッチなんかしてたじゃない」
「らしくないよね、マテオ。気持ち的には、よっぽど追い詰められているんだよ」
言って流花は唇を噛んで目を伏せる。
どんっと、その背中を叩く楓だ。
わっ、と思わず声を出した流花へ、楓が笑いながらだ。
「気持ちに余裕がないだけじゃないと思う。なんてたって母親や姉を振り切って逢魔街へ残ったんだから、あいつは。まず流花のことを、元気づけたかったはずだよ」
流花が顔を上げては目を細める。
「うん、そうだ、そうだね。さすが楓ちゃんだ」
そうでしょ、と答える楓と肩を並べた流花は遠くを見遣り続ける。
マテオが同乗する瑚華のジープが消えていった方向へ、いつまでも視線を送り続ける。
流花ばかりでなく楓も一緒になって無事を祈る。
一心だったせいで、背後に出現した複数の影には気づけなかった。