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彼女はチート!ー白銀の逢魔街綺譚ー  作者: ふみんのゆめ
第2部 一緒に過ごす彼女はインクレディブル篇
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第9章:逢魔街の大厄災日ー003ー

 地響きを立てて倒れた。

 巨石が倒れ落ちたように、奈薙(だいち)は地面へ伸びる。

 腹の辺りを中心に緋色が広がっていく。

 片腕に抱く幼児を胸へ抱き寄せながら。


 駆け寄るのはマテオだけではない。

 物影から推移を見守っていた流花(るか)(かえで)も飛び出してきた。


「おい、奈薙っ」


 真っ先に辿り着いたマテオが、大男の首を抱え起こす。

 悠羽(うれう)をしっかり腕にする奈薙は取り囲んだ者たちを見渡しては、血で滲む唇を開く。 


「良かった。流花姉さんは無事か。姫に身内がいなくなる状況は好ましくないからな」


 悠羽と二人きりの際だけの呼び方である『姫』を使用している。

 意識を回せないほど奈薙が弱っていると思えば、マテオは叫ばずにいられない。


「バカヤロー、無駄口を叩くな。それより急いで病院へ……」

「あの巨大な鬼は、陽乃姉さんだ」


 言葉を遮って告げてくる事実は確かめたかったことだ。

 けれどもマテオにとって火急な点は、そこではない。


「そんなことは予想ついてる。たぶん鈴の音みたいなのが触媒になって、本人の意思と関係なく能力発現となったんだろ。わかってるから、それより自分の身体を心配しろ」

「なんとなく前から思っていたが、おまえ、いいヤツだな」


 普段なら言わないことを口にする姿に、マテオは酷く動揺した。

 復讐を果たすために邁進してきたから交友関係は非常に狭い。ウォーカー一族がほとんどで、他は職務においてすれ違う程度の間柄しかなかった。

 逢魔街に来たら、今まででは有り得なかった人間関係が構築されていた。

 同年代の男に相談されるなんて、初めてだった。

 マテオのほうだって解っている。

 奈薙はいいヤツだ、と。これからも付き合っていけそうな男だ、と。

 これから友達になろうとしていた人物だった。


「簡単に諦めているんじゃねーよ、奈薙。ずっと悠羽を、姫を守るんだろっ」


 マテオの叱責めいた励ましに、奈薙は微笑みかける。

 表情で応える前だった。

 がはっとこれまでになく大量の血を吐く。腹の傷から生まれるどす黒い染みはいっそう広がっていく。

 奈薙! 奈薙さん! マテオと流花が声を揃えて叫び呼ぶ。楓は辛そうに顔を背ける。

 だぁだあ、と悠羽だけが無邪気な明るさを振り撒いた。

 奈薙は今度こそ笑顔を作って、腕にある中身は赤ん坊となった五歳児を見遣った。


「俺自身、けっこう頑丈に出来ているなんて自惚れていたが、飛んできた鉄棒でこのザマだ。結局はただの人間だったわけだ。ダメになる時は、こんな簡単だったとはな」

「あったり前だろ。僕たちはちょっと変わったチカラを持っているだけだ」


 悲痛が混じるマテオの訴えに、頭を抱えられている奈薙の笑みが自嘲へ象られていく。


「ああ、そうだな、マテオの言う通りだ。だが俺はチカラを意識したことはなかった。いや、違うな。敢えて考えないようにしていた。考えないままぶん殴っては潰してきた。たくさんの人間を傷つけ、殺してしまったことも多くあった」

「だから自分は死んで当然って、考えるのか。ふざけるなよっ」

「ようやくそう考えられるようになったか、と褒めて欲しいところだがな」


 マテオは湧き立つ熱い感情を抑えるのに必死だ。

 奈薙らしくない達観ぶりが、事態が差し迫っているようで苦しくて腹ただしい。

 本当は怒りでなく悲しみで昂っていたと気づくは、ずっと後だ。


「奈薙、てめぇー、カッコつけんなよ。他に言うこと、あんだろ」

「だな、まったくだ。言わなければならないことがある」


 奈薙は腕に抱く無邪気な悠羽から、ずっと目を離さない。


「どうしようもなかったとはいえ、父を、母を、姫が自分の能力で砂にして消滅させてしまった傷は消しようもない。姫の人生が苦しみから逃れられることはないだろう。俺はこの方のために少しでも力になりたかった、守りたかった」

「だったら、がんばれよ。これから僕が引きずってでも病院に連れて行ってやる。だから……」

「マテオ、姫を頼む。俺に大事したい命があると教えてくれた人なんだ。流花姉さんと一緒になって、これから守ってやってくれ」


 おまえな! とマテオは返した。続けて言おうとした、できるかっ! は飲み込んだ。

 いつの間にか奈薙の目が悠羽からこちらへ向いていたからだ。卑怯だぞと言いたくなるほど承服せざる得ない目の色であった。

 ぐっとなるマテオに奈薙は微笑を広げ、今度は流花へ視線を移す。

 真剣な面持ちで息を詰める美少女だ。


「流花姉さんにもお願いしたい。姉に頼むなどというのもおかしいかもしれないが」

「ムリ、無理だよー。奈薙さんだって、わかっているでしょ。うれは流花を嫌っているもん、そうだよ、うれは流花なんかとは仲良くしたくないはずだよ」

「それは違うな、流花姉さん。むしろ姫のほうこそ、嫌われていると思っている。自分の能力を見通しているであろう流花さんに、恐れ避けられていると考えている」


 うそ……、と信じられないように呟く流花に、奈薙は静かに告げた。


「姫は流花姉さんの能力が何か、以前から気づいている」


 流花は今度こそ絶句した。

 他人の気持ちを読めてしまう能力を知られたらだ。たいていの誰もが避けるようになる。常にどう思っているか見透かされていたら、共にはいられない。

 例えそれが血の繋がった者同士でも。

 むしろ近しい人ほど、人読みする能力を知った際の拒絶は激しいだろう。

 流花が陽乃と悠羽に対して腰引け気味になる理由だった。


 でも正確には感情の状態から、気持ちの当てを付けているにすぎない。

 悠羽の真実の能力など知れなかった。

 姉の陽乃に至っては今の今まで能力など無いとさえ考えていたくらいである。


「……なんだ、流花ってなんにも知らないんだな」


 ぼそり、落ち込んだ独り言も洩らした流花の頭をである。

 ポカッとマテオが叩いた。


「いたーい、マテオったら、なにすんのー」

「なにボケっとしてんだ。楓と協力して、奈薙を僕の背中へ乗せろ。取り敢えず病院の方角へ行ってみる」


 地を揺らす破壊は続いている。

 陽乃だと信じられない巨大な鬼の身長は百メートル近くだろうか。西新宿一帯に乱立する超高層ビル群の破壊へ勤しんでいる。自分より巨大な建築物に立ち塞がられている、とでも思っているのだろうか。

 苛立ち紛れの咆哮がマテオたちにまで届いた。


 急がなければならない。

 人柄は別にして名医に違いない瑚華が常駐する病院へ被害が及ぶまで、まだ間がありそうだ。だが巨獣出現の報にパニックへ陥っているかもしれない。いつまでもそこに居るとは限らない。


 急げよ! としゃがんだマテオが向けた背に、流花が訊く。


「ねぇー、本当に瞬速の能力を使えるの?」

「なに、バカ言ってんだよ」

「だって、マテオ。さっきの戦っていた時、ぜんぜん能力、発現しなかったじゃん」


 マテオは背中を向けたままで良かったと思う。

 まったく流花は鋭い。

 痛んだ両脚が能力の発現を慎重にさせていた。

 たぶん、そう長くは発現し続けられないはずだ。

 ここぞ、とする場面に取っておいた。

 呼吸するも苦しくなってきた奈薙が声を振り絞る。


「俺はいい。それより姫のこれからを頼んだぞ」


 必死なる訴えにマテオからすれば、今が、ここぞとする場面だった。 


「いいから、早く奈薙を!」


 流花と楓へ向けて急かすなかで、異変は起こった。


 きらきら、金色の粒子が舞い降りてきていた。

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