第8章:奏でられる御神体の音ー005ー
極めた丁重さが厳重を誇示していた。
一見は普通乗用車でも窓は防弾ガラスとする強化仕様だ。前後を走行するは装甲車ときている。
守るというより監視の意味合いで警護される渦中の人物たちは大人しく後部座席に並んでいた。
母のソフィーと姉のアイラに挟まれてマテオは真ん中だ。前席の者たちに遮られず前方へ視線が届く位置であった。
だから真っ先に目へ飛び込んできた。
先行する装甲車が前後で真っ二つに割られる。搭乗者が慌てて逃げ出した直後に爆発音が立つ。
後方につく装甲車もまた同様な現象に見舞われた。
マテオたちを乗せた車も止めざる得ない。
なんだ、と前の助手席に座る警護というより監視役のSPがドアを開けた。
降りるより先だった。
黒づくめの青年が開けたドアの先から顔を突っ込んでくる。
「マテオ、この卑怯者ー」
お前は流花か、とマテオは言いたくなる脈絡なさだ。まったく唐突すぎる。
「なんだよ、冴闇っ。なに言ってるか、訳わかんねーぞ!」
なんだととばかり言い返しかけた夕夜へ、助手席のSPが上着の内へ手を入れた。特別性の銃系統か、特殊性の刃物・棍棒類か。それを知る前であった。
夕夜の左手がSPの顔面を掴んでは告げる。
「自分は人の命なんかに興味ない」
発言者の掌にがっしり顔を覆われている者は心臓まで握られている気分だっただろう。今にも捻り潰しそうである。
「さ、冴闇夕夜。こんなことをして許されると思っているのか」
運転席に座るSPが震えながらも必死に糾弾してきた。
SP相手に夕夜が今度は惚けた口調で応じる。
「ちゃんと君たちの親玉には許可をもらっている。これからマテオたちと話しがしたいから行くよ、てね。ただダメみたいなことを言われてね〜」
「おい、冴闇。それって許可を貰ったって言わないんじゃないか」
マテオの指摘に、「そうなのか?」と悪びれもしない。
「こちらは急がなければならないのに、法令上あーだこーだと埒が明かないんだ。だから連中に、ともかく自分は力づくでも行く旨をきちんと伝えてきた」
きちんの意味が解らないぞ、とマテオが毒づこうとするより先だ。
顔面が夕夜の掌の中にあるSPから苦鳴が上がる。
夕夜が苦笑していた。
つい力が入ってしまったようだ。
危険と隣り合わせの自覚を促す、ぞっとするような笑みを浮かべていた。
車の前後では防護として固めたはずの装甲車が切断されたうえに爆発している。
ようやく夕夜の掌から逃れたSPだけでなく、ステアリングを握る相方も腰砕けとなっていた。抵抗の意志など微塵も窺えない。
この体勢じゃ話しづらいな、と夕夜が言うからマテオは外へ出た。後部座席の真ん中だったから、姉のアイラが降りるのは解る。母のソフィーまで出てきたから、慌てた。
母上は……、とマテオが言いかけたらである。
「すみませんでした! 今回の件は自分の不徳と致す次第です」
直立した夕夜がソフィーの前で深々と頭を下げてきた。
マテオからすれば、こいつ〜だ。
いきなり卑怯者呼ばわりしてきたくせに、車外へ出た途端に自分ではなく母上である。ソフィーへ謝罪とくる。しかも前振りがないから、何がなんだか解らない。
流花のやつ、冴闇に影響を受けてんじゃないか、などと考えたりもした。
面を上げてください、と声をかけるソフィーは当然ながら理由を訊いた。
「うれさんの能力を隠すよう動いたのは自分です」
直角に腰を曲げたまま夕夜が語る。
『破滅の女神』に関する事実は知っていた。社会から、どんな処遇を求められるかも。だから知られてはならないと考えた。
「けれどそのためにミセス・ウォーカーへ不快を招く結果となってしまいました。誠に申し訳ございませんでした」
ソフィーが不愉快なはずがない。微笑が浮かんだくらいだ。
「冴闇さんって仰ったわね。あなた、あの娘たちを大事に想っているのね」
「当然です! 陽乃さん、流花さん、うれさんのおかげで自分はまともになったようなものです」
ようやく面を上げた夕夜が胸を張っている。
おいおい、とマテオは口にしないもののである。
白昼堂々何台もの移送車を襲撃しながら、自分をまともとする。見識が根本から間違っている。
マテオの評価は本人と真逆にしか下せない。
しかも、こいつ〜とする印象をさらに強くする態度がまた取られた。
「だからです。自分はマテオを卑怯者とするのはっ」
マテオは言い返すも面倒になっていた。
ともかく喋らせよう、と思う。
どうやらやっと本題に入るようではないか。




