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彼女はチート!ー白銀の逢魔街綺譚ー  作者: ふみんのゆめ
第2部 一緒に過ごす彼女はインクレディブル篇

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第8章:奏でられる御神体の音ー004ー

 暮れゆく刻の流れを暗示するかのような緋色がほとばしる。

 奇声を発して崩れ落ちていく鬼をマテオは見つめた。

 なぜだ、と地面を血で濡らして倒れ伏す鬼が洩らす。

 なぜ、ここにいる? と。


「オマエたちのような連中がいるからさ」


 白銀の髪を軽く揺すってマテオが答える。


「僕は一方的に人の人生を踏みにじる奴らが憎かった。ただ少し忘れそうになっていたから、この世界に入ってきた理由を思い出させてくれた鬼どもには感謝したいくらいだ。許しはしないけれどな」


 マテオー、と呼ぶ流花(るか)の声は感極まっているようだ。

 おぅー、と明るく返すマテオは手にした短剣を鬼の胸へ止めとばかり突き立てていた。

 断末魔を挙げる鬼に、駆け寄ってきた流花が痛ましげな目つきを送ってくる。


「……殺したの」

「ああ、これが僕だ。命を奪うことさえ躊躇しないできた、僕がこれまで歩んできた道だ」

「やっぱり無理してるぅ」


 流花が唇を尖らせてくるから、「なにがだよ」となるマテオだ。


「危険な場所だって聞いて来た逢魔街(おうまがい)だけど、調子を狂わされっ放しだったからな。これも全ていきなり流花に会ったせいだぞ」

「えー、流花のせいなの」

「言っとくけどな。僕は暗殺も辞さない非情な諜報員みたいな感じだったんだぞ。それが不思議ちゃんにペースを狂わされ通しときたもんだ。ここらで自分を取り戻してみせる!」


 短剣を握っていない開いた左手を、ぐっと握り締めるマテオだ。

 そうなの? と小首を傾げる流花の横へ、「ねぇー」と(かえで)がトコトコ近づいてくるなりである。


「マテオって、やっぱりそうなんだよね」

「なにが、やっぱりそうなんだよ」

「だから、あれ、あれよ。あたしの口から言っていいことじゃないんじゃない?」

「楓が言いたいことは、僕にはさっぱりだぞ」


 不審げな目許のマテオに、「流花もぜーんぜん」の声もくれば、楓は決意を閃かせて口を開いた。


「マテオは流花のことが好きなのよね、愛しているのよね」


 楓は肯定にしろ否定にしろ、激しいリアクションがあると踏んでいた。

 だけど反応は、まるで虚風が吹き抜けていくようだ。

 きょとんとした空気が支配している。

 えっ、なんで! とむしろ楓が慌ててしまう。

 あたふたするはずの流花が、申し訳なさそうに頭をかいている。


「それはないかなー、楓ちゃん」


 感情を読む能力から人の心を当てる流花の断言だ。

 マテオなどは、ふっと嘲笑に通じる表情を見せてくる。

 楓は癪に触ってしょうがない。


「ここまで来ておきながら、まだウソを言うなんて、マテオ、男でしょ。はっきりしなさいよ」

「カエデ〜、おまえさ、そういうキャラだったっけ?」

「そうよ。あたしの友達に対する想いは重たいのっ」


 せめて強いくらいにしとけよ、とマテオは忠告するが、肝心の流花はにこにこしている。

 嬉しそうだったから、楓も調子に乗った。


「で、どうなのよ、マテオ!」


 迫られたマテオが、なぜか胸を張っては高らかに宣言する。


「楓の期待を裏切って悪いが、僕はマザコンなんだ」


 はぁ? と今回は楓だけでなく流花も唖然である。


 胸を左手を当てたマテオは遠い目で続ける。


「僕はずっとシスコンだと思っていたんだ。だけど陽乃(ひの)さんに感じた好意は、実は母上の姿に重ねていたって気がついた。そうさ、顔はいいけど身体つきがまな板では、女性として意識するなんて難しいが僕の感性……」


 どすっ、とマテオの言葉を遮る音がお腹の辺りから立った。

 うぐっ、とうめくマテオの膝は折れそうだ。

 なんとか腹に手を当てて踏み止まるも、苦しい息の下で文句を垂れずにいられない。


「流花、なにすんだよー。いいパンチすぎるぞっ」

「マテオが悪いんじゃーん。セクハラだよー」

「おまえ、性の対象とした目で見られんの、イヤじゃなかったのかよ」

「流花だって、女の子だもーん。マテオだって、カッコいいとか言われたいくせに」


 勝手に決めつけるなー、とマテオが返したところで、まぁまぁと楓が割って入ってきた。


「変な聞き方をした、あたしが悪かった。だけど、街に残るなんて相当なことだと思う。その辺りはどうなの?」


 マテオがまだ逢魔街に居る事実は、世界の取り決めを破っているに通じる。まさしく犯罪者の立場と変わらない、余談の許さない立場へ身を置いていた。


 けれども当事者は殴られたお腹をさすりながら、しれっと伝えてくる。


「しょうがないだろ。なにせ冴闇夕夜(さえやみ ゆうや)が来て、いきなり僕を『この卑怯者』と罵りだすんだ」


 意外な人物の名に、流花だけでなく楓も思わず前のめりとなった。

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