第8章:奏でられる御神体の音ー001ー
超常とも異能とも言える能力を備えた人間が出現してから幾星霜が流れていた。
破滅の女神。能力者の存在が認められるようになった世界には、常に三人の女神を輩出されているそうだ。
星ごとまでいかなくても、国を、大陸を丸ごと消滅させられる能力を有する女性三人が必ず存在する。
なぜ生まれ、この人数であるか。理由を解明できた者はいない。
判明している事柄は、どうやら破滅的な能力を所有した女性を消しても、次が現れる。破壊の女神と認定される規模の能力を持った女性を三人とする一定数を、この世界は生み落とすらしい。
「そんな話し、聞いたことがありません」
説明を受けたマテオの第一声に、ソフィーが静かな口調で教えた。
能力の程度や内容如何は関係なく、所有しているだけで警戒される昨今の事情である。天変地異に等しい破壊力を持つ能力者の存在は、社会に不安を与えパニックを誘引しかねない。破壊の女神の存在を知る者は、当人及びほんの一部に限られた者たちで留められているそうだ。
世界で限られた為政者と『破滅の女神』に関わる能力者の間で取り決めが交わされていた。
「私は北米大陸の半分なら数分で亀裂を入れられる。二度と住めなくなるまで破壊できるの」
アイラは驚かないが、マテオは動揺の影を顔に宿してしまう。
ソフィーは寂しそうに目を伏せる。
「私はいつ何時でも幽閉されるか解らない身なの。同じ能力者からも警戒され疎まれる特別な存在。ごめんね、マテオ。こんな危ない女の子供にしてしまって」
「そんなこと、あるわけないじゃないですか。僕は母上になってくれて良かったです。そう、そうですよ。だから陽乃さんに惹かれたに違いない」
突飛な発言に、外部から遮断された部屋を支配していた冷たい空気が、ふっと緩む。
なに言ってんのよー、とツッコむアイラの声も明るい兆しだ。
マテオは両手を握り締める。
「僕はずっとシスコンだと思っていました。だけど陽乃さんの料理を食べた時に泣けてしょうがなかったんです。あれは母上が初めて料理をふるまってくれた時の気持ちを思い出したからだって、今になって解りました。僕はマザコンなんです」
ちょっと待ってよー、となぜかアイラが慌ててくる。
「マテオはお姉ちゃんが好きだったんでしょ。どうして陽乃さんの料理でマザコンになるのよー」
「なんだ、姉さん、解りませんか? 僕は陽乃さんに好意を抱いているわけです。母上の面影が見られる女性を好きだ、と言っているわけです」
「流花ちゃんじゃないのー。このお姉ちゃんと、どこか似ている流花ちゃんと!」
「冗談は大概にしてください。第一、姉さんと流花がどこがどう似ているんですか」
「えー、それは料理が殺人級で、不思議ちゃんっぽいとこかな」
てへへ、とアイラが笑っている。
自分で言って照れるところですか、とマテオはツッコんだ。
それに一応マテオはアイラの料理に命を奪われそうになったが、流花が作ったものは普通に食べられる。
マテオの基準からした二人の間には雲泥の差がある。
もっとも流花の料理に奈薙は泡を吹いて倒れたくらいだ。他者において両者の差がどれほどになるかは定かでない。
初めは偲び笑いから、やがて堪えきれず声を立てたソフィーだ。
笑いすぎの涙を拭かず、唖然としているマテオとアイラの白銀の双子を両腕で抱き寄せた。
「ありがとう、アイラ、マテオ。本当に素敵な子たちが、こんな化け物じみた能力を持った女を母と呼んでくれて……」
途切れた言葉の先をマテオもアイラも求めはしなかった。白銀の双子は母の腕に身を任せるまま、じっと動かない。
ギィイ、と重いドアが音を立てた。
マテオとアイラにソフィーの親子は揃って、暗い監禁部屋へ差し込む廊下の明かりに目を細めた。
「遅れて申し訳ありません」
入ってきた人物は、いかにも中年太りとした体型の男性だ。
「こちらこそ、アーロン。手間をかけさせてしまって、ごめんなさい」
まだ涙が滲む瞳で述べるソフィーに、異能力世界協会トップの従兄弟であり、逢魔街支部長でもあるアーロンは柔らかく応じた。
「止してください、ソフィー。私はケヴィンの決心を聞いてから、貴方がた夫妻の力になろうと誓ったのです。それにこれくらい、大したことではありません。むしろ私のほうこうお詫び申し上げます」
「別に謝ることなんて……」
「マテオが世界を砂状化させる『破滅の女神』の暴走を喰い止めた一件を把握していれば、今回のような事態は生じなかったはずですから」
複数存在する『破滅の女神』同士の接触は厳禁とされている。悠羽の能力がいつ発言するか不明ではあるが、危険性は考慮されなければならない。ソフィーと束になったら、どれほどの災害がもたらされるか。恐れられるのは無理もない。
マテオは珍しく肩を落とした。
「ごめんなさい、僕が父上や母上へ内緒にしていたばかりに」
「それは仕方がないだろう。マテオは命懸けだった行動だったゆえ、身内に心配をかけたくないと言えなかった気持ちは解るよ」
アーロンの気遣いに、マテオは胸が痛い。
確かに無事にすんだことであるし、余計な心配などさせたくなかったことが第一だ。だけど知られたら家に戻されて学校へ行かされるかもしれない、と黙っていた部分もあったことは事実である。
まだまだ自分の甘さを痛感せずにいられない。
それにしても、とアーロンが胸の前で柔らかそうな腕を組んだ。
「何が起きてもおかしくない逢魔街とはいえ、祁邑悠羽が見せた『破滅の女神』の片鱗を外部へ一切漏らすまいとする強い意志を感じます。街の情報収集のため設置されたような我々異能力世界協会逢魔街支部へ入手できなかった点からも窺えます」
マテオだからアーロンが言わんとすることは容易に想像がつく。
悠羽の能力の暴走を知る者は、あの場に居合わせた人物しかいない。
陽乃と流花といった姉たちと、『神々の黄昏の会』の連中だ。
マテオの頭には、気障な感じがする白スーツの赤ネクタイをした男が浮かんだ。
光を源とした能力者である『咸固新冶』己れの能力を矢に具現化することで、圧倒的な凶器として操る。三十代らしき風貌や、『神々の黄昏の会』の他のメンバーに対する威圧感といい、実権を握っていそうだ。
ハメられたか、とマテオは宙を仰ぐ。
アーロンから説明を受ければ、ため息も出てきそうだ。
ウォーカー家のみならず異能力世界協会にまつわる者全て、このまま国外退去を通達されているそうだ。
部屋から出れば、もう帰国するしかない状況が出来上がっていた。




