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彼女はチート!ー白銀の逢魔街綺譚ー  作者: ふみんのゆめ
第2部 一緒に過ごす彼女はインクレディブル篇
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第6章:知らぬは弟ばかりー002ー

 やられたー、と叫ばずにはいられない。

 病院のベッドで激痛に悶えるマテオの口から吐くのは怨嗟ばかりだ。


「あらあら、マテオー。甘露(あまつゆ)先生に対して、そんな言い方は良くないと、お姉ちゃんは思うの」


 アイラが諭せば、あはははと流花(るか)が横で愉しそうだ。


「……なにを言うんです……か、姉さん。こうなることを解っていてやりやがった……イテテ……ですよ。あの……マッドめ」


 病院の待合室で暴れる鬼どもと対峙したマテオは一度、壁に叩きつけられた。だがやって来た瑚華(こなは)を見れば短剣を投げてくる。ピンっとくれば、身体は動いていた。

 鬼の脇をすり抜け飛んできた短剣を、マテオは受け取った。避けられたことで悦に入り油断だらけとなった背中から肩まで刃を突き立てた。

 鬼の皮膚はまるで装甲服並みに堅牢だ。

 通常の刃ではかすり傷がせいぜいである。

 だからなぜ人質を離すほど鬼が痛み悶えるか解らなかった。

 解らなかったのは、ほんの数瞬間だった。

 マテオもまた鬼に続いて堪えきれないくらいの痛覚に苛まれた。


「あの医者ー。サンプル取ることに夢中になりすぎなんだよ。おかげで自分までピンチ招いているしー」


 痛みに悶えベッドで転げるマテオは思い出す。

 撒かれた紫の霧状は、瑚華が考案した痛覚刺激剤だった。

 掻くだけでも激痛が走るようになるらしい。普段なら気にも留めないかすり傷は肉を抉られたに匹敵する感覚をもたらす。


「鬼にも効くじゃない。やっぱり私って天才だわ〜」


 瑚華の自画自賛は、鬼へ切り傷を負わせた後のマテオには聞き逃せない。なにせ全身が痺れるほどの激痛に見舞われていたからである。吹っ飛ばされた体勢を目にしていないはずがない。傷を負っているなんて解らなかったなんて、言わせない。


 鬼『にも』だとー、と文句をぶちかましてやりたい。


 瑚華が短剣を投げる仕草を認めたから、マテオは乗ったわけである。顧みれば、これ見よがしだったような気がしないでもない。

 マテオまで痛覚刺激剤のサンプルとして、まんまと瑚華の計略に乗せられてしまった。


 もっとも計算外の危険が起こっていた。

 マテオと人質を取っていた鬼は痛みに動けなくなった一方で、残り二体の鬼が襲いかかってきた。椅子やソファを投げつけるといった、シンプルだが効果ある攻撃だ。

 瑚華を守るガスマスクを付けた白衣の男性たちが次々に投げつけられた物に吹っ飛ばされていく。

 瑚華の周囲には誰もいなくなった。

 まずいわ、と当人が思わず洩らしていた。

 もう投げる物がなくなった二体の鬼がつかみかかってくる。

 いくら天才的な女医でも怪腕に捻られたら、命も危うい。


 しかし鬼たちの伸ばした腕は届かなかった。

 金色に輝いては動き自体を止めていた。


「良かった、間に合いましたな」


 墨色の裳付姿をした僧侶が汗を拭くような顔でやって来る。

 また来たの、と瑚華は助けてもらったにも関わらず冷たい。

 だが激痛の最中でもマテオは目ざとい。

 ほんの僅かな瞬間だったが、瑚華は心底からの喜色を浮かべていた。

 急場を救った『神々の黄昏の会』の一人である道輝(どうき)へ単純ならざる想いは抱いているようではないか。


「いい歳して、ツンデレかよー……イテテ」


 マテオは朦朧としそうなほど痛いくせに強気な悪態を吐くから、アイラと流花だけではない。


「なんだ、マテオ。元気じゃない」「ボスに大丈夫の報告するね」


 ちょうどやって来た(かえで)と、いつの間にやら居たマコトまで勘違いしている。

 しかもベッドで横たわるマテオを放って、女子四人はおしゃべりを開始した。

 けらけら立つ笑い声が傷口に触るようであれば、マテオは出て行ってくれと叫びそうになった。


「まあ、かわいい娘ばっかりー。このメンバーでお医者さんごっこしたくなるわー」


 やってきた本物の医者が公序良俗に反するであろう発言と共に病室へ入ってきた。


 裏では罵詈雑言を向けていても救いの手を持つ瑚華を目前にすれば、しおらしくなるマテオである。


「センセェー、痛くてたまらないんですけど、どうにかしていただけませんか」

「あれ、マテオ〜。さっきまで甘露センセイに文句言ってなかったっけ?」


 流花が天然で余計なことをほざく。


「いいのよ〜、流花ちゃ〜ん。私は気にしない」


 瑚華がずいぶん大人な態度を見せてくると思ったらである。


「しかし一発目は、やっぱりダメだったかー。じゃ、今度は……」


 悶えるマテオには聞き逃せない事実を呟いていれば、叫ぶしかない。


「ふざけるなよー。試すのヤメロー、今度こそ効くやつにしてくれー」

「男の子のくせに、泣き言、言わないの」

「そういう問題じゃないんですよ、姉さん」


 他人が多いと妙にお姉さんぶるアイラに、今回はさすがにマテオは黙っていられない。 


 クールな態度を崩さない瑚華が「ほんじゃ、やりますか」と注射器を取り出す。

 ぶすりと腕に刺されてから数秒後だ。

 ベッドの上でマテオは、けろりとした顔で上体を起こした。 


「ぜんぜん痛くねぇー。センセェー、嘘みたいに効いてます」

「そらそうでしょ。ものは試しの一発目は、効き目がないと痛みに転化する可能性があるやつだったから。マテオのおかげで痛み止めとしての使用は慎重を要することが解って良かったわ」


 やっぱり実験サンプルにされていたんじゃないですかー、と抗議が出かかったところで、ふとマテオに懸念が浮かんだ。


「そういえば、鬼どもの人質とされた女の子と、その母親は大丈夫でしたか?」


 ふっと微笑を湛える瑚華が注射器を台座に置きながらだ。


「わざわざ痛覚刺激剤なんて持ち出したのは、人質の女の子の安全を計ってよ。お母さんのほうも軽い打撲で済んだわ。これで安心した?」


 良かった、と思わず洩らすマテオに好印象を抱いたからだろう。

 瑚華が続けて言う。


「本当に無茶はやめて頂戴。新冶の光の矢で負傷した箇所が良くなるまで無茶はしないようにとする言い付けを、ちゃんと守りなさい」


 すみません、とマテオがすくめかけた肩を、がっちり掴まれた。

 いつになく真剣な流花の顔が眼前に迫っていた。

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