第5章:青い月の下の素顔ー005ー
白黒の仮面を付けた姿を刃に映し出す。
それがアイラの答えだった。
「リーとか言ったかしら。貴方の生い立ちが非常に不幸だったことは認める。だけどね、じゃあ、訊きたいわ。あんたたちPAOが能力を所有した家族に対して、同じような真似をしているのは、どういうこと?」
「自分が実権を握ったのは、つい最近なんだ、なんて言い訳にならないだろうね」
「そうね。貴方の家族に対する同様の行為を行なってきた組織を引き継いでいるくらいだから、個人の復讐を言い訳にして対象を広げている可能性も高いわよね」
リーの涼やかさに、アイラは落ち着きで対応している。
ふと、リーは白黒の仮面を付けた顔で夜空を仰ぐ。あの晩もこんな月が出ていたよ、と呟くように言ってからである。
「アイラ。キミの原動力は復讐じゃないのかい?」
白黒の仮面はアイラへ向いていた。
月が放つ青い光りで煌めく白銀の髪をアイラは左手でかき上げた。
「私が武器を手にしたのは、マテオを守りたかった。けれども途中から、この仕事自体に意義を見出したわ。PAOの非道を何度も目の当たりにしてからね」
そう言っては、にっこり笑う。目にする相手へ決して笑みを誘わない覚悟を窺わせていた。
姉さん、とつい口にしてしまうほどマテオだった。
自分もまた姉を守りたい一心であったが、裏返せば元は復讐心である。殺し合いを強要した相手を憎悪する源は変わらなかった。
もしかして心の持ち方としては、姉よりリーに近かったかもしれない。
守っていた気になっていただけで、実は守られてきた。
マテオは自分の不明に恥じながらも、姉の偉大さを確認できて誇らしくなっていた。
だから、とても残念な気分になる。
んもうー、と突如としてアイラは叫ぶなりだ。
「私にお嬢様みたいな生活はムリー。PAO潰すを名目に、殺したーい。血が浴びるほどの殺しがしたいのよー」
あーそうですか、とマテオは虚ろになるほかない。
残酷な行為に及ぶ理由は、己れの欲望からという、ある意味復讐よりタチが悪い話しだった。今、感動した自分を返して欲しい。
楓とマコトは微妙な態度を見せていたし、「お姉さん、大変ですねー」と流花は呑気な意味不明を投げている。
本音をもらして嘆くアイラへ、リーが不審そうに訊く。
「あれ? でもアイラは学園でプリンセスとされるくらい持て囃されていると聞いているんだが」
えっ? と今度はマテオが驚く番だった。
姉自身の口からは、人間関係に躓いていそうな感じだった。いじめかどうかは解らないが、エリートが集うような学園である。裏の仕事に邁進してきた身では、周囲と馴染めなくてと考えていた。
姉さん、とマテオが呼べば、「なによ」と返ってくる。
「本当に、姉さん。家出じゃないんですよね?」
返事はなかった。
マテオとしては、まったく〜である。
弟の呆れ果てているのを看取ってアイラは慌てて言う。
「少し状況が落ち着くまで距離を置いたほうがいいわね、とお母様に言われたのは本当よ。だけど逢魔街まで行っているなんて思っていないかも」
「つまり家族の誰もが、姉さんの所在を知らないということではありませんか。それは家出と言うものです」
返答に詰まったアイラは結局「マテオのイケずー」と愚にも付かぬ内容で濁してきた。
「話しを元に戻させてもらっていいかな」
リーでさえ、白銀の双子のやり取りにはたじろいでいる。
あんたのせいじゃないー、とアイラが突っかかっていくのを、「姉さーん」とマテオがなだめるように制した。たぶん現時点に限れば誰もがリーの発言を支持するだろう。
「確かにキミたちとの遺恨は根強いだろう。なにせ自分がPAOの首魁として最初に行おうとしたことは『白銀の双子』の抹殺だったからね。アイラに催眠をかけ、マテオを討たせようとしたのは、ついこの前だ」
「それはリーがPAOへ指示を出す立場になったのは最近という意味で捉えればいいのか」
会話の相手役を引き受けたマテオに、白黒の仮面が頷いた。
「キミたちもご承知の通り、我が組織は碌でもない者たちで構成されている。本来の目的を忘れて、実権争いが起きている。感情を優先するばかりで、そこに高尚な思想はない。でもだからこそ、理由が立てば柔軟な対応を可能とする」
「それで姉さんと僕を殺すより、優先すべき理由ってなんだ?」
「鬼だ」
一言が鋭く放たれる。
マテオは強敵と認識するものの反応を示すほどではない。ただ借りた肩の震えが伝わってくる。鬼に関しては当事者の流花が平静でいられるはずもなかった。
マテオは少し元気づける意味で何事もないかのような口ぶりで問う。
「それは意外だったな。僕はリーの機械人形が鬼どもをやっつけていく様子は見たぞ」
「いったい、何体潰されたと思っているんだ。鬼はたかだか四体だったのに、こっちの損害は二十を下らない」
「なら数を揃えればいいじゃないか。作れるんだろ」
「おいおい、一体製作するのにどれだけ資金を要すると思っているんだ。これでも組織の上に立つ者として財政には神経が尖るんだよ」
急に生活臭を漂わせるリーに、マテオは苦笑したし、周囲の空気も多少だが緩む。
コホンっとわざとらしくリーが咳をしてみせた。
そういう仕草も取るんだと目にする者へ思わせた。仮面の下で、どういった顔をしているか見てみたい気にさせてくる。
どちらにしろ、と気を取り直すようにリーは始めた。
「基準不明なブラックアウトが起きる逢魔ヶ刻では、我が組織のオートマータは起動しない。だが東の鬼どもは罪状を不問する時間を狙って動きだしている。祁邑の末女が能力を閉じた今こそと、力づくで残る嫡流の二人を取り戻しにかかっている」
「しかしなんでPAOがこの件に大騒ぎする? リーにすれば、所詮は能力者同士における内輪揉めみたいなもんじゃないか」
不思議でならないマテオの言葉は、アイラだけでなく流花や楓までのものだった。
青い月を背景に白黒の仮面を付けたリーが告げてくる。
「鬼が我々では手が負えない状況へ向かっているんだ。それは能力者の間で巡る裏社会の覇権争いではすまない、一般社会にまで及ぶ権勢争いへ発展しかけているんだ」
マテオたちの知らない所で事態は刻々と進行しているようだった。