第5章:青い月の下の素顔ー001ー
少しくらい文句を言ってやりたい。
ごそごそ寝袋に潜り込む際のマテオはもう散々な気分だった。
アイラの凶刃からはなんとか逃れた。
マテオからすれば、誤解すること自体がおかしい。なぜ自分が流花なんかに手を出すと思うのか。根本からして間違っている。
だけどアイラにすれば、流花ほどの美少女に心騒がないマテオが変だとしてくる。
楓が続いて、マテオは流花をかなりぞんざいな扱っていると報告してきた。それはあるかもね、と昨日今日の付き合いであるマコトまで同意する始末だ。
結局のところ、マテオが悪いで落ち着いた。
うぐぐとなるマテオはその後、テントで一緒に寝ようと女子たちが誘ってきても真っ平御免で返す。
するとアイラが急に心配そうな顔をした。
「マテオ、まさか女子より男子のほうが好きになった?」
「どうして姉さんが男女の不純行為には厳しく当たるくせに、女性に囲まれるなかで寝所を共にしようなどと言えるのか、僕には不思議でなりません」
「でも、マテオ。昔はお姉ちゃんといつも一緒に寝てたじゃない」
「……もう、寝てください。僕は外で一人寝ます」
このまま会話を続けて子供時分の頃をバラされそうだ。流花たちに握られる弱みがまた増えてしまう。
マテオはいそいそと寝袋へ潜り込んだ。
弟がいつまでも子供でごめんね〜、といったアイラの台詞が聞こえてくれば、また女子同士といったお喋りが繰り広げられていた。テントの中へ四人が消えれば、内容は聞き取れないものの何やら会話は続いているようだ。
よく話すことがあるもんだよなー、と仰向けでごちるマテオは夜空を見た。
月が青い。
地上を白く染める光りを投げてくる。
夜にしては明るく、けれども闇夜の威勢は保たれていた。
ふかふかの布団より固い地面のほうが馴染みあるマテオは、いつの間にやら寝落ちしていた。負傷と今日一日のあるゆる出来事がすんなり瞼を落とさせていた。
だがマテオは不明になるほど睡眠を貪ることはない。姉を守るためとPAOへの復讐で、就寝中であっても対応できるよう訓練してきている。
況してや『鬼の花嫁』として付け狙われている流花を守る立場にある。
精神崩壊で赤ん坊化した悠羽が見せた次姉への敵意。すごすごと離れていく流花の姿はあまりに普段とかけ離れていた。
励ましは冴闇夕夜に期待していた。
マテオが光の神『新冶』に押され、流花たちが窮地へ陥ったところを救ってくれた。最高のシチュエーションだった。
夕夜の言い方が悪くなければ、流花を含めた祁邑姉妹は以前通りに冴闇ビルでの暮らしを取り戻せるはずだった。
「陽乃さんの妹だから、迎えに来たんだ」
その一言が発せられた際の、流花の顔が忘れられない。
懸命に表情を消そうとしている痛々しさが読み取れてしまう。
新冶の光の矢によって傷つけられた両脚は、本来なら動かない。
にも関わらず、マテオは立ち上がった。
おまえ、と声を絞り出しては胸ぐらを掴んでいた。
楓が割って入ってこなかったら、どうなっていただろう。
「マテオ。あたしと流花を泊めてくれる……しばらく」
さらっと述べては、激痛に見舞われよろけるマテオの身体を支えた。
ただ楓の小さな体では足りず、流花も呼ばれた。
二人でマテオに肩を貸しては、この場から背を向ける。
待ってくれ、と夕夜の声だ。
「マテオがそんな調子なのに、自分の傍から離れるのは危険です。それに流花さんが戻ってこないと、陽乃さんが悲しみます」
ごめんなさい、と流花が小さく呟いた後だ。
楓が声を張り上げた。
「冴闇の、その心がない感じがずっと嫌だったのよ。どうして、そんなふうにしか言えないの!」
「すまない。自分は心というものがあるのかどうかさえ解らない」
口調はいつもながらに淡々とした夕夜だが、マテオにはちょっぴり心情が窺えたような気がした。少し当たりがきつすぎたかもしれない。
けれど楓は状況を冷静に分析したうえで、治らない気をぶつけていく。
「冴闇が仲間とする、そこの四人の能力は鬼どもに効かなかったみたいじゃない。ならば負傷しているけれどマテオなら、バックに異能力世界協会があるから。はっきり言えば『神々の黄昏の会』なんかより頼りになりそうじゃない」
この場にいた光の新冶に、雷の莉音と火の緋人、そして氷の冷鵞。いずれの誰もが表情を動かしても、発する言葉はなかった。
「自分は負けません」
夕夜が断言してくるから、楓には余計に気が障ったのかもしれない。
「そうね。悠羽に手がかかりっ放しの陽乃くらいは守れるでしょう。でも流花まで回す手は怪しいわね」
「そんなことは、ありません。自分は陽乃さんの妹である流花さんも、きちんと守ります」
楓が我慢できないとばかり叫ぶ。
「だからそういう言い方だから信用できないっていうの。もしなんかあったら後回しにされるの、どう考えても流花じゃない」
「そんなことはない……つもりです」
夕夜の嘘偽りない返答が決定的となった。
「お姉ちゃんとうれ、お願いします」
流花が振り絞った願いを、マテオは肩を借りた状態だから間近で耳にする。心情にまで触れられたような気がする。
下を向く横顔に、マテオは流花へ初めてちゃんと目を向けられた感じがした。
だが、気持ちが理解できたというわけではない。
せいぜい同情程度でしかない、と判っているから気持ちを緩められない。
マテオは目を開けた。
就寝中でも気配は感じ取れる。そういった生活を送ってきた。
況してや現在は臨戦体勢下にある。
腰元に差した短剣を抜いて、飛び起きた。