第4章:素顔と素直に喜べない来訪者ー005ー
流花のはしゃぎっぷりたらなかった。
キャンプするなんて初めてー、といそいそ飯盒で炊きだす。マンションの屋上であれば、さすがに火は無理だが、それっぽい雰囲気を出せる電気コンロは用意した。
野宿など当たり前のマテオにすれば、キャンプなど何が楽しいのか解らない。
けれども皆で夜食を食べようとする雰囲気は悪くない。
瑚華特性の薬は食後となっている。普段なら食事前だろうが気にしないで服用するマテオだが、逢魔街随一の医師はマッドサイエンティストと遜色ない人物だ。超絶な腕があるだけにヤバさもまた強く感じれば、殊勝に規定を厳守する気にさせた。
本来なら必要な分だけの栄養が取れる携帯食で構わないが、「キャンプだったらカレーでしょ」と流花の提案を反対する理由もない。むしろカレーなら栄養の点でも支持できる。
「しかしマンションの屋上とは、よく考えたわね」
カレーの鍋をかき混ぜながらの楓に、マテオはテント設置の仕上げにかかりながら答えた。
「この辺りならここより高い建物ないだろ。アーロン叔父さんが、周囲の状況と照らし合わせて、いいところを用意してくれたんだ」
「そぉ……アーロンがね」
そっと独り呟くような楓の姿に、ちょっと気になるマテオだ。
なんだか初めて目にする姿だった。アーロン、と口にした時の顔が普段より大人っぽい。
まさかな、とマテオは思うもののである。
義理の父親であるケヴィンと同年の従兄弟であり仕事上の右腕でもあるアーロン・ウォーカーは四十歳手前だ。メタボ気味の体型で、まさに『おじさん』といった風情である。楓は十代前半……に見えるだけで、実際の年齢はどれくらいか知らない。
マンションの下で楓の饒舌さを体験したばかりだけに、訊いてみようかという気になった。
でも、やめておいた。
やはり自分から話したくなったらが、一番いいだろう。打ち解けだしているのは、先ほど確認できたばかりだ。
明日はどうか解らない、けれど今日が続くようにしたい。
ふとマテオは照れたように頭をかいた。
我れながらずいぶん大仰な思考へ走りがちだと思えば苦笑するしかない。聞き捨てならない提案も聞こえてくる。
「私もカレー作るの、手伝う〜」
誰でも倒す料理作りのアイラが鍋に向かう発言を放っておけるはずもない。
「姉さん、やめてください。食べられなくなるじゃないですか」
「ひどーい。味オンチのマテオに言われたくなーい」
「そうだよー。誰も食べられなかった流花の料理でも大丈夫なマテオなんだからさー」
流花は思いやりからだろうが、マテオからすれば無知すぎる。いいか、よく聞け! と始めた。
「姉さんが手を加えると、料理が殺人兵器に代わるんだよ。たいていの毒なんかへいちゃらな僕でさえ、死にかけたんだ。他にも父上や兄上といった人たちを始めとして、死線をさまよった者は数知れずなんだ」
「でもまだ死んだ人はいないわよー」
「でもまだ、といった言い方、やめてください。なんだかこれから出してみせるみたいに聞こえるじゃないですか」
「やだー、考えすぎよー。ただ私は料理するのを諦めていないだけー。だから心配しないでいいわよー」
マテオはずっと一緒だったから解る。
姉がこういった喋りをする時は、本人も信じていない証拠だ。料理する意欲は持っているようだが、腕前が向上するかどうかはアイラ自身、まったく自信はないのだろう。
「まっ、今回はマテオがどうしてもって言うから勘弁してあげる」
アイラは強気な発言をしながらも、ほっとした顔も見せてくる。
だったら最初から言わなければいいのに、とマテオは思うだけで留めた。口にしたら面倒は必至だ。
マコトから自分は味覚がないに等しく、料理するなど無縁の自己申告がなされてきた。
食えればいいよ、とマテオの一言によって、流花が作ることとなり、楓とマコトがそれを手伝う。出来上がったものは匂いがいい。
まぁ、カレーだしな、とマテオがスプーンで一口したらである。
「うまいっ、なんだ、これ!」
おいしい、と続くアイラはともかく、「ホント、あたしもわかる」と口許を押さえた楓が一番に吃驚している。
ほんとう! と流花が喜ぶなかで、マコトだけがスプーンを握り締めてである。
「ごめんね、流花。ワタシ、わからないね」
申し訳ないより寂しさが勝る響きがあった。
「もう、まこちゃん、ヤダなー。友達なら本当のこと言ってくれるほうが嬉しいに決まってるじゃん」
「そうだぞ、マコト。味音痴に美味いと言われるなんて、実は問題大有りだ」
マテオなりのフォローをしたつもりだ。
だがいい気分を挫いたには違いなく「マテオのイケずー」と流花が頬を膨らませていた。
そんな流花を、まぁまぁと楓がなだめ、「意地悪な男だね」とマコトが敵としての態度を取ってくる。
「ごめんねー、うちの弟って昔から空気読むのが下手なのー」
アイラは代わりに謝っているつもりだろうが、マテオにすれば偉そうにしか聞こえない。何より弟からすれば、空気を読めないほうは姉だとしたい。
しゃくなマテオは、ついだ。
「ところで姉さん。ここへ来たのは、本当に家出じゃないんですよね」
再三の質問は、前と変わらない返事を聞けるものと思っていた。
なぜかアイラからすぐに答えは返ってこなかった。