第2章:自認する神ー003ー
当初の印象が変わっていく。
マテオの灰色の瞳に映る姿は、気障ったらしい男だった。
歳は三十すぎといったくらいか。白いスーツに赤いネクタイとする、ある意味とても派手な格好をしている。きっちり前髪を上げてセットされていれば、裏組織の幹部感を強く漂わせていた。
実際、この新たな登場人物は事前にいた三人へかける声は叱責に近かった。
「何をやっているのですか。莉音は敵に捕われ、緋人と冷鵞は膝を屈すなど情けない限りです。貴方がたはそれでも『神々の黄昏の会』のメンバーなのですか。先だってのことといい、どうしようもないですね」
しょうがねーだろう、と挙げるが精一杯の緋人は膝を着いたままだ。
冷鵞などは何も発しない。
「うっさいわね。あんたなんかに、どうこう言われる筋合いはないわよ」
莉音だけが相も変わらない強気な態度に、白スーツの赤ネクタイはむしろ嬉しそうだ。
「その気持ちの強さは伸ばしていただきたい資質です。後は実力が伴えば、素晴らしい『神』となれるでしょう」
残る手を傷口へ当てながら、マテオは胸の内で呟く。
なんだ、そりゃ。
神などと言うが、せいぜい桁違いに駆使できる異能を所持しているだけだ。世間一般から差別を生むことがある特質だ。
能力を持たなければ、奪われなかったことはたくさんある。
少なくともマテオと姉のアイラは殺し合いの場へ放り込まれなかった。
能力者を、神? マテオからすれば、何を言っていやがるである。
「おっと、マテオ・ウォーカー。下手な考えは止してください」
光の矢を操る能力者に、マテオは機先を制された。
ただ気障なだけでなく目端が利く。どこか能力頼りの莉音・緋人・冷鵞の三人と違って、戦いに対する手練れ感がある。非情さも持ち合わせている旨も報せてくる。
「もし抵抗するというならば、今すぐ祁邑の次女の両脚を撃ちます。東の頭領から依頼は、子を産める身体で戻せですから」
「なんだ、おまえら。鬼と通じているのか」
呆れた口調のマテオは立ち上がった。
白スーツの赤ネクタイを締めた、光を操る能力者は悪びれず答えた。
「もう隠し立てしても仕方がないですね」
「へぇ〜、神を名乗りたそうなわりには、強そうな能力者にはへいこらするんだな」
「挑発には乗りませんよ、マテオ・ウォーカー。素直に祁邑の次女を渡しなさい」
ちっ、とマテオは意図を読まれては舌打ちせずにいられない。
ならば、と危険だが行動へ移ろうと足へ力を入れた。
「もういい、もういいよ。マテオ!」
振り絞るような流花の叫びだ。
なにがだ、とマテオが聞き返す。
「流花、東に帰る。お祖父様や一族の者の言うことを聞く。だから、お願いです。どうか連れていくのは流花だけにして。お姉ちゃんや悠羽はこのまま街にいさせてあげてください」
マテオではなく、闖入者へ訴えを向けた流花だ。
光の能力者が感心したように頷く。
「まだ約束は出来ませんが、祁邑の次女たる貴女の気持ちに応えられるよう善処しましょう。さすが古来から続く鬼の血筋を引く次女は……」
「ふざけんなっ!」
マテオは叫んでいた。
最後まで聞く気には到底なれない。
傷など構わず、短剣を握る右腕を突き出した。
「おっさん、さっきから次女次女じゃねーよ。こいつには流花って言う名前があるんだ」
おっさんだってよー、と緋人が笑っている。
おいっ、と冷鵞はそれをたしなめながらも可笑しそうな表情を消せない。
おっさんだってー、と言う莉音ははっきり笑い声を立てた。
おっさん……、と言われた当人は呆然しかけたが、直ぐだ。赤のネクタイの結び目へ手を置いて整える動作を見せる。どうやら気を落ち着けるための仕草らしい。
「マテオ・ウォーカー。鬼の嫡流もしくはそれに近しい血筋にある家の女子には名前など与えられません。彼女たちは子孫を紡ぐ役目のためだけに身を捧げるからです。祁邑の三姉妹がどこで名前を持ったか知りませんが、本来は無いものなのです。知りませんでしたか」
じゃあ、とマテオは据わった目つきになった。
「訊くけど、今の話しに何も感じなかったのか。おっさんはともかく、緋人や冷鵞とか言うアンタたちは、何も思わないのか。好きだっていった女性が同じ目に遭っても、いいって言うのか」
ふっとなぜか笑う光を操る能力者が、気障ったらしく頭を撫でつけた。
「自己紹介が遅れましたが、私は咸固新冶と申します」
「いきなりなんだよ、おっさん」
「おっさん、おっさん呼ばわりされるから、きちんとご挨拶を、と思ったのですよ。況してや相手がウォーカー家に連なる者ですし」
新冶と名乗った者の発言後半に含みを感じずにはいられない。
「おっさん、何が言いたいんだ」
マテオの普段を知らない新冶は、相変わらずの呼び方に少々機嫌を損ねたようだ。まったく、と独り吐き捨てるが、相対す際の威厳は保つよう努めている。
「貴方は北米おろか世界に名だたるウォーカー家の一人なのでしょう。ならば世間の事情を鑑み、優先すべき事柄を考えて然るべきです。その若さゆえに美しさに惑わされる気持ちも理解できないわけではないですが、まず立場を弁えなさい」
うわっ、出た! と緋人が近くにいる冷鵞と莉音にしか聞こえない音量で呟く。
新冶、お得意の説教だな、と冷鵞が息を吐くような声だ。
誰構わずするなんて、あいつ、バカ〜、と莉音は辛辣だ。
説教を向けられた当事者と言えばだ。
初めは忍んでいたが、直に堪えられなくなる。
マテオは声を立てて笑い出していた。