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彼女はチート!ー白銀の逢魔街綺譚ー  作者: ふみんのゆめ
第1部 出会った彼女はミステリー篇
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第8章:露わになった敵と世界の命運ーEpisode・Finalー

 巨岩が如き身体で、両腕をいっぱいに広げている。

 地の神と『神々の黄昏の会』において認定されている大男の奈薙(だいち)は怒りのあまり震えていた。

 対峙するは、全身黒づくめの美青年である冴闇夕夜(さえやみ ゆうや)と横にある陽乃(ひの)。加えて雷の莉音(りおん)に、氷の冷鵞(れいが)と火の緋人(ひいと)もまた肩を並べている。


 いずれの足下にも、砂がさざ波となって押し寄せていた。


 少し離れた場所にいるマテオと流花へ目を向ける者はいない。

 それだけ目前の緊迫した事態へ集中しているようだ。

 やめろ、と両腕を広げた奈薙が叫び続ける。


「なぜ、なぜ悠羽(うれう)さんを抹殺しようだなんて、できるんだ。あんた、姉なんだろう」


 当人に代わって夕夜(ゆうや)が、努めてなのか元からか判別できない冷静さで答える。


「姉だからこそ辛い気持ちがどれほどのものか。奈薙こそ、陽乃さんを解ってあげられないのか」

「ふざけるな、まだ方法はあるはずだ。それを試せ!」


 感情を抑えられない陽乃が苦しい声で訴えてきた。


「わかって、わかってください。私たち姉妹のせいで、もうこれ以上の犠牲は出したくないんです。もし私がうれの立場にあるならば、夕夜さんたちに消してくれるようお願いしてます」

「わかるわけないだろう。姉なら、なぜ妹の身を第一にしないんだ。世界と代えてでも悠羽さんを優先してくれないんだ、陽乃姉さんは!」


 奈薙の火を吹くような訴えに、目を伏せる陽乃だ。

 これには我慢できないとばかり夕夜が割り込んでくる。


「奈薙、いい加減にしろ。陽乃さんだって、どれだけの想いで決断したか。それが解らないというならば、自分が排除させてもらう」


 この発言に慌てたのは『神々の黄昏の会』で仲間とされる能力保持者の三人だ。

 ちょ、ちょっとやめなさいよ、とメンバー紅一点の莉音が止めに入ってくる。

 おいっ、マジか、と逆立つ赤髪の緋人が慌てて訊き返している。

 言いすぎだ、らしくないぞ夕夜、と切れ長の目をした冷鵞がたしなめている。


「やれるものなら、やってみろ。俺は悠羽さんのためならば、いくらでも身体を、この命を張ってやる」


 奈薙が直情の性質を如何なく発揮していた。


 そうこうしているうちにも砂が流れてくる。

 あまり時間をかけずして辺り一帯を埋め尽くすは自明な速さで変えていく。


 地の神とされる大男の遥か後方で、幼女が両膝を着いていた。

 まるで製造しているかのように、悠羽の周囲から砂が噴き出ている。


「うれ、どうしちゃったの」


 流花の消え入りそうな呟きに、「見えるのか」とマテオは訊く。


「うん、見える。うれ、悲しすぎて、なんにも考えられないみたいな感じ……」


 さほどの距離でなくてもマテオは瞬速を発現した。流花を小脇に抱えてである。

 悠羽の処遇を巡って緊張感を湛えた両者の間に出現をした。


 突如の来訪者に、争いかけた空気が止まる。


 陽乃だけが申し訳なさそうに目を伏せながらも口は開いた。


「マテオ、来てしまったのね」

「はい、事情は聞いてます。そして僕が果たすべき役目も」

「ごめんなさい。私……伝えるべきではなかった」

「謝らないでください、陽乃さん。でないと聞き出して作戦を立てた本人がもっと辛くなるはず……だよな、冴闇(さえやみ)!」


 笑みで尋ねるマテオに、真面目な顔の夕夜だ。


「ああ、今回の件で責めを受けるとしたら自分にある。だからマテオも恨むなら、この自分にしてくれ」


 するかよ、と答えるマテオの胸にある流花が顔を上げた。


「ねぇ、マテオは何をするつもりなの」


 そっと流花は離したマテオは腰元から取り出す。

 形容し難い濁った液が入った円筒だ。先は針の役目と思われる細く小さな突起がある。甘露瑚華(まゆつゆ こはな)医師による特性の注射器だった。


「こいつを刺して悠羽を眠らせる。それだけさ」


 軽い調子で伝えたが、みるみる流花の瞳が潤んでいく。


「でもでも、マテオ。刺した注射器から、うれの能力が流れ込んじゃうかもしれないよ。そうしたら砂になっちゃうんだよ」

「そこは一か八かっていうところかもな」

「それに、うれが意識を失ったからといって能力が止まるどうかわからないでしょ。触れるだけで砂に変えてしまうチカラが眠っても消えなかったら……」

「なんだ、流花にしては賢いな」


 ちゃかすマテオに、「うん、もぅ」と流花は怒るが不平までは鳴らさなかった。

 マテオの目は冗談どころか真剣そのものだったからだ。

 心を固めた姿だった。

 だからこそ流花は言わずにいられない。


「そんなこと、しなくていいよ。お姉ちゃんの言う通り、流花たちなんか、ただ鬼の子を産むだけの存在なんだ。そんなもののためにマテオが命を賭ける必要なんてないっ」

「おいおい、流花。おまえ、なんか勘違いしているぞ」


 えっ? とした流花の頭を、コツンと軽く叩いたマテオは「おい、冴闇だけじゃなく奈薙もよく聞け」と大声で呼びかける。


「まず僕が悠羽の昏睡を試みる。それでも砂状化が止まらないようだったら、冴闇たちはチカラをぶつけろ。これが現状で打てる最上の策だ」


 それでも躊躇を見せる陽乃へ、マテオが口調を改めて言う。


「これが世界を救うために、一番に良い手順なのです。誰がどうこうの感情論を抜きで、犠牲を抑えるために取るべき順番です」


 それからマテオは「おい、奈薙!」と呼んだ。


「僕がダメになった場合は、腹を決めろよ」


 しばしの間はあったものの「……わかった」の一言が返ってくれば、充分だった。


 マテオは注射器を握る。最後に流花へ、だ。


「僕は意味も解らないまま死を迎える人たちを失くしたかった。でも今は死んで欲しくない人のためにでもある。姉さんだけだったのが、父上母上兄上が加わり、ここで知り合いになった連中もそうだ。そして、その中には流花もいる」


 マテオ……、と流花は押し寄せてくるものを必死に堪えていた。。


「だから、おまえ。自分自身を粗末に扱う真似はするなよ」


 そう言って、そっとマテオは離れた。少しでも距離を詰めるべく砂を踏んで歩く。死の権化とされる悠羽の背中へ一気に迫れる位置で足を止めた。


 マテオー! と今度こそ大声で呼んだ流花が叫び続ける。


「もう、おまえじゃないでしょ。流花、るぅ・か! ちゃんと名前で呼んで、このバカー」

「おまえ……流花、この場面でそれか!」


 呆れながらも、口許に微笑を宿すマテオだ。


 それからマテオは目標へ視線を固定した。

 無意識で能力を発現する悠羽の周囲から砂の噴水が湧き起こっている。

 かい潜って、小さな身体の首筋へ注射器を突き立てる。

 マテオの早さと、瑚華に渡された薬がどれほどの即効性を示すか。


 賭けの要素があまりに強い。


 それでも能力が暴走する悠羽を助けたい。

 瞬速を発現する直前で、ふとマテオは考える。


 最後に目へ映す顔は、姉のアイラにしたいと思っていた。今は陽乃の優しげな笑顔でもいいとなっていた。

 だが現実は散々手を灼かせる面倒なヤツの典型だった流花ときた。


 まっ、いいか! 胸の内で独りごちたマテオは瞬速の能力を発現する体勢へ入る。


 世界の命運を賭けた長い一瞬へ向けて地面を蹴った。

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