第8章:露わになった敵と世界の命運ー005ー
ヘリがかなり上空へ至った時だった。
飛び降りてくる人影があった。
独り屋上に残ったマテオからすれば確認するまでもない。
誰などと見定める必要はない。
マテオー! と呼ぶ声で正体を計るには充分だった。
瞬速の発現して、マテオは飛ぶ。
飛び降りてきた人物を正面から抱き止めて、ビルの屋上へ戻るなりである。
「おまえ、なに考えてんだよ。あぶねーじゃねーか」
「また、おまえって言う。るぅ・か! 流花だから」
「おまえ、そんなことを言っている場合じゃないだろ」
たしなめるマテオの間近にある美少女がふてくされるではない。えへへ、と笑ってくれば、少し意表を突かれた。思わず、ぷいっと横を向いてしまう。
「あははは、マテオ、照れてるぅ〜」
ぎくりとしてしまうマテオだ。男としての本能なのか、相手が流花だからか。それともこれから向かう前の緊張からか。ともかく今は、なぜか感じた耳朶の熱さを誤魔化すが先決だ。
「くだらねーこと言ってると、このまま投げ捨てる」
流花を頭上へ持ち上げるマテオへ、当然ながら声が飛んでくる。
「ちょ、ちょっと、マテオ。力づくで女の子をどうこうしようなんて、やっぱり男の子じゃーん」
抗議なんだか感心しているのか解らない口調の流花に、マテオは脱力だ。何はともあれ他人が聞いていたら誤解する表現に負けを認めた。
流花を頭上から地面へ丁寧に降ろした。
どきどきしちゃったー、と口にしている流花へ、マテオはしかめ面を作る。
「おまえ、流花さー。なんでまたこんなことをっ」
「あれ、うれがやっているんだよね」
砂塵化していく地帯を指差す流花は真顔だ。
こいつ、ずるいよな〜、と思いながらマテオはうなずいた。流花の不意を突く表情には、どきりとさせられてしまう。だからコホンと咳払いし、呼吸を整えてからだった。
「悠羽の能力を、流花は知っていたのか」
「うん。東において一部の人たちは知っている」
「もしかして東の連中が流花たちを連れ戻しに来ない理由は、悠羽か」
マテオの問いかけに、流花の首が静かに落ちた。
まるきりの思い違いしていたことを気づかされたマテオは頭を掻き毟る。
国内に留まらず世界的にも強大と認知されている『東』一帯を勢力下とする『鬼の能力』を持つ集団。中心となるは『祁邑』本家とそれに連なる一族だ。跡継ぎとなる陽乃・流花・悠羽の三姉妹を失うなど、血筋が重要視されるなかで有ってはならない。能力の引き継ぎは遺伝が大きいとされていれば連れ戻しに来なければおかしい。
マテオは冴闇夕夜といった強力な能力者の庇護にあるおかげと考えていた。
けれども真実は、世界を滅するほどの能力を持つ悠羽を畏れてだった。
悠羽の能力を知る誰もが絶望するしかない事態が、現在起こっている。
だが……。
「まだ手立てはある」
マテオは決意していた。
「流花も連れて行って。マテオは嫌かもしれないけれど……」
「いいぞ、別に」
あっさり下りた許可に、唖然とする流花だ。
その姿にマテオが笑ってしまった。
「おい、流花。おまえの能力って、人の心を読むんだろ。なら僕が言うことなんかに驚くなよ」
「ちょっとー、流花は人の心なんて読めないよ。ただ感情が色となって見えるだけだってば。だからなんとなーく、こう考えているのかなーって予想しているだけなの」
へぇー、とマテオが気のない返事をすれば、「ホントだってばー」と流花が唇を尖らせる。
「別に疑っているわけじゃねーよ。だけど、ならなんで僕を読めないんだ?」
「マテオは自分で自分の感情を理解していないでしょー」
うむむ、とマテオは唸る。
まさしく流花の言う通り、解らない。
だけど、やらなければいけない事は見失ってはいない。
「つい話し込んじまったが、行くぞ、流花」
うん、と流花の元気いい返事だ。
そして「ありがとう」の一言が添えられた。
マテオは流花の腰を抱いて引き寄せる。
二人の姿が消え、いくつも数えない間に目的地へ辿り着いた。
瞬間移動と言い得て妙なマテオと流花が着いた矢先だった。
「ふざけるな、キサマら。夕夜も陽乃姉さんも、見損なったぞ」
奈薙のものである狂乱の絶叫が響いていた。




