第8章:露わになった敵と世界の命運ー004ー
夜空を裂くプロペラとローター音がビル屋上を覆っていた。
ヘリコプターへ担架のサミュエル運び入れられるのに続いて、オリバーや流花たちが乗り込んでいく。
マテオは瑚華に耳打ちされたことにうなずき返していた。
「わかりました。すぐ向かいます。でもどうかこのことは姉に黙っていていただけませんか」
「うん、わかったから、そんな顔しないの」
瑚華が妖艶な容貌からは想像もつかない優しい笑顔を見せてくる。
気遣いが解るから、すまなそうな表情から離れられないマテオだ。
「すみません、嫌な役を押し付けちゃって。あと、どうか兄さんを助けてください、お願いします」
「アニキのことは心配しなくていいわよ。何度も言うけれど、あれくらいで死なす甘露センセイじゃないわ」
力強い言葉に、マテオは深々と頭を下げた。
瑚華がヘリが乗り込むのと入れ替わりに飛び出てくる人物がいた。
姿を認めれば、やれやれとマテオは呆れた口調でたしなめる。
「姉さん。なに、やってるんですか。早く兄上と一緒に病院へ行ってください」
少し考え込んだ様子のアイラが思い切ったように口を開いた。
「私は……マテオに付いていく」
「それはお断りします。これは『神々の黄昏の会』のメンバーである奈薙というヤツのためであります。僕が逢魔街に来て知り合った、数少ない友人の一人です。男の友情に割り込まないでください」
マテオとしてはジョークが効いた上手い言い回しが出来た、と内心で自画自賛していた。ただ残念なのは本人が会心の出来栄えと評価を下しても、相手に通じなければ意味がない。
「ウソ、ウソよ。マテオはとっても危険なことをしようとしているでしょ。PAOのあいつの言い方だって、ぜんぜん冗談に聞こえなかったもの」
姉さんには嘘が吐けないな、とマテオは首筋を撫でた。
「瞬速の能力を必要とされているようです。けれども二人はいらない。ならば傷の深い兄上に姉さんが付きそうべきです。兄の、男としての告白を聞いたでしょう」
ぐっと詰まるアイラだが涙声で振り絞ってきた。
「マテオは、いっつもそう。私を置いてきぼりにして、何でも先に自分ですませちゃう」
「姉さんは、兄上のため、父上や母上のために生きてください。それに何より姉さんのために僕は行くんです」
ずるい、とアイラが悲しみの感情をこぼしかけている。
マテオが黙っていられるはずもない。
「姉さん、泣かないでください。他の者たちに気づかれてしまいます」
「無理よ、もう最後かもしれないのに……」
「勝手に最後としないでください。僕はPAOを壊滅へ追い込めないまま命果てるなど、真平ご免です。必ず用を済ませたら、兄上の様子を見に病院へ行きますから待っていてください」
弟の明言に、アイラはこれ以上の問い詰めは出来なかった。さほど時間を取っていられない状況であろうことは想像つく。
待ってるから、きっとよ。涙を抑え込んだアイラが残す言葉に、マテオはうなずく。
アイラを乗せたヘリが舞い上がっていく。
プロペラが巻き起こす風を受けながら、見上げるマテオは微笑んだ。
最後の最後でも、嘘を吐いてしまった。
生きて再会となる確率は五分五分、もしくはそれより低いかもしれない。
「どうか、兄上とお幸せに。父上母上の傍にも、ずっといてあげください」
マテオの命は、姉、アイラのためにある。それだけは最後まで変わらない。
視界の先に、崩れ落ちていく高層ビルがあった。
しかも一つだけではない。
立て続けに消滅していく。
砂と化していく。
マテオは、異常現象を起こしている場所へ足を向けようとした。
だが真っ直ぐ向かうわけにはいかなくなった。
上空高くにあるヘリから、人影が飛び降りてくるのを認めたからだった。




