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彼女はチート!ー白銀の逢魔街綺譚ー  作者: ふみんのゆめ
第1部 出会った彼女はミステリー篇
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第7章:摩天楼の夜の真心ー009ー

 突然の苦しげな雄叫びだった。

 アイラが開く口から涎を垂らすほど悶えている。

 全身に電流でも走っているかのような火花を散らしている。


 マテオは発生源が手にした短剣からと見抜いた。


「姉さん、すぐ捨ててください」


 声に呼応するかのように、アイラの苦悶は止んだ。

 まるで放電でもしているかのような状態からは抜け出せていた。

 ただ全身から力が抜けたように顔や首に肩まで落としている。


「姉さん」「お姉さん」


 マテオと流花が心配して呼ぶのも当然だった。


 反応は時間を開けずにあった。

 最悪の状態をもって。

 あははは、と狂気に満ちた高笑いがアイラの口からほとばしる。

 瞳は色を失っていた。

 無意識に襲撃してきた状態へ還っている。


 マテオは手ぶらだ。まずい、と足許へ転がる短剣へ手を伸ばす。 


 瞬速と命名される能力を有する二人だ。

 僅かな所作もマテオやアイラにとって充分な時間となる。

 所有者だからこそ、よく解る。

 マテオが短剣に触れた時には、アイラの振り降ろされた刃が目前にあった。


 やられた。

 一瞬にも満たぬ間で、マテオは死を覚悟した。


 飛び散っていく血がアイラへ降りかかる。

 温かい鮮血に恍惚を覚える性質だと告白していた。

 求める快楽を浸れば、目に正気が戻る。

 愉悦に彩られた瞳が忽ちにして驚愕に変わり、これ以上にないほど開いていく。


「……ど、どうして……」


 顔の半分を血で濡らすアイラの背中へ両腕が回された。


「やっと……捕まえた……」


 そう言いながら笑みを向けてくる顔は白銀の髪ではない。


 兄上! とマテオが叫ぶ。


 寸前で身を挺して割り込んできた青年は金髪を揺らめかせていた。

 その胸へ短剣を突き刺したアイラが、ガタガタ震え出した。


「……サミュエル……」


 名を呼ばれた青年が、ふっと笑う。

 背中へ回していた片手を、アイラの手へ重ねた。短剣の柄を握る細っそりした指を覆う。

 アイラの手を掴んでサミュエルは、一気に引き抜く。

 短剣が刺さっていた胸の箇所から、血が舞い散る。

 アイラの全身へ降り掛かっていく。

 いやぁあああー! アイラの喉が擦り切れそうな叫びだ。


 そんなアイラへ寄りかかるようにサミュエルが正面から抱きついた。


「なんだ……アイラ、悲しんでいるのかい」

「当たり前です。どうして、どうして、こんな。お願い、早く、お医者さんを」


 サミュエルを抱えるアイラの必死な訴えに、即応したのは流花(るか)だった。


甘露(あまつゆ)先生に電話する」


 スマホを取り出して耳に当てる姿へ、マテオは「頼む」とだけだった。


 ごほっとサミュエルは口から血を吐いた。


「やだ、いやだ、こんなの。お願い、お願いだから、サミュエル死なないで」


 泣き叫ぶアイラの所々赤く染まる白銀の髪を、サミュエルが優しく撫でる。


「アイラ。やっぱり、そうじゃないか」

「何がです、何を言っているんです」

「シリアルキラーだって言うんなら、喜んでいいはずだろ。こんなに血を浴びれて嬉しいんじゃないのか」

「そんなこと、あるわけがないっ」

「ならアイラは自分がシリアルキラーだなんて悩む必要はないよ。ただ幼少期のトラウマが過ぎただけ……」


 言い終える前に、ごほっとサミュエルが吐血した。 

 サミュエル! と呼ぶアイラに悲痛さが加速していく。

 どうして甘露先生、出てくれないの! とスマホに耳に当てる流花の声も泣きそうだ。

 姉さん、と懸命に冷静を努めるマテオがアイラへ促す。


 サミュエルを少しでも楽な体勢へ、と仰向けに横たえた。

 アイラの覗きこむ目から溢れる涙が止まらない。サミュエルの端正な顔へ幾粒も雫となって落としていく。泣きながら叫ぶ。


「どうして、どうしてマテオを救うなら、チカラを使えば、サミュエルの『風』ならば……」

「バカな……こと言うなよ。俺がアイラに使えるわけがないじゃないか。それに……」


 言葉の途中で激しく咳き込んだサミュエルに、アイラは懸命に傷口へハンカチを押し当てた。


「お願い、サミュエル。もう、しゃべらないで。身体に障るから、もう……」


 サミュエルが微笑を浮かべ、首を軽く横へ振る。


「……アイラ……地下道へ二人で……閉じ込められた時の約束……憶えているよな……マテオを守ったぞ。だから……」

「サミュエルのためならば、なんでもします。だからだから生きてくれなければ、言うことだって聞けないじゃないっ!」


 アイラの叫びに、「……ごめんな」と返ってきた。

 くっとマテオが堪える真向かいで、アイラがさらに声を挙げて泣いた。

 マテオ、と立ち昇ってくる。はい、と返事をすればである。


「これからはお前が跡取りだ。頼んだぞ」

「む、無理ですよ。僕なんかが、ケヴィン様の……だなんて。やっぱりサミュエル様でないと……」


 いきなりマテオは胸ぐらを掴まれた。

 瀕死の状態なのにどうしてと思うほどの力で引き寄せられる。合わさった目には最後の炎とばかり強い意志が燃えていた。


「お前がやるんだ、マテオ。お前はウォーカーの一員で、息子で、俺の弟なんだから」


 マテオは号泣まではしなかった。しないが精一杯だった。


「……わかりました、兄さん」


 胸ぐらを掴む手を離したサミュエルは満足そうだ。


「頼んだぞ……あいつは親父としてはバカだが、公人としては悔しいけれど、けっこう立派なんだ。でもマテオなら出来……」


 ごぼっと血を吐くだけではない。今度のサミュエルは、呼吸が傍ではっきり解るほど弱っていく。今にも消え入りそうなくらい細くなっていく。

「兄さん!」とマテオが、「サミュエル!」とアイラが、白銀の髪を持つ双子の姉弟の叫びは届いているかどうかさえ解らない。


 ただサミュエルが手を伸ばし、アイラの頬に触れて囁く言葉は耳にできた。


「……アイシテイル……」


 目をこれ以上に見開くアイラの瞳が歪んでいく。

 マテオも頬を伝うほど目は濡れ、近くで見守っていた流花も両手で口許を押さえた。  

 けれども三人に悲しみ続けることは許されなかった。


 ケタケタケタケタケタ。


 もはや嫌悪しかない響きがマテオたちを取り囲んでいた。


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