第7章:摩天楼の夜の真心ー005ー
夜闇でさえ引き立て役としまう白銀が煌めいている。
マテオよりずっと長く伸ばした髪が波打つように広がった。
「なんで……姉さん……どうして……」
声を振り絞るが精一杯のマテオだ。
身が絞られるような訴えをしたが、アイラは反応しない。手にした短剣を振り上げる。弟が自分より姉を優先して譲り渡した特別製の武器を、マテオへ振り降ろそうとしている。
流花の叫びがなければ、マテオはされるままだったかもしれない。
「マテオ! お姉さん、心がないっ」
はっとマテオは意識を還せば、反射的に自分が手にする短剣を向かわせた。
同じ仕様とする短剣の刃同士が火花を散らす。
近くで睨み合う形が、流花がした指摘の正しさを教えてくる。
姉の目に、生気がない。
アイラの銀色がかった灰色の瞳は光彩を失っている。こちら見ているかどうかあやふやなほど焦点が合っていない。
すみません、とマテオは小さく呟いては蹴り上げる。
腹へ当たれば、アイラの小柄な身体は吹っ飛んだ。
成功したにも関わらずマテオは、ぐっと奥歯を噛み締めた。
通常のアイラなら、あの程度の蹴りなど喰らいはしない。
「おまえらー、姉さんに何をした!」
怒髪天を衝くマテオへ、さらに煽るようにである。
ケタケタケタケタケタ。
白黒の仮面を付けた者たちが、一斉に笑いと思しき音を立てた。
マテオは今にも怒りに任せるまま向かっていきそうになる。マテオ! と流花に呼ばれなければ、能力を発現して飛び込んでいっただろう。
意図的な挑発へ乗っかってしまったら結果は目に見えている。
はあっ、とマテオは軽く息を吐いて自分の胸を短剣の柄頭で、どんっと叩く。
マテオ、と再び背中から呼ばれる声に「大丈夫だ」と答えられた。
「相変わらず腐った連中だな。おまえら」
短剣を突き出す体勢のマテオに、白黒仮面のリーダー格がついと一歩前へ出た。
「ソノ、オンナガ、ノゾンダ、コトダ」
「姉さんが望むことなら弟の僕が引き受けるから、余計なことをするなってんだよ」
少し冷静を取り戻したマテオの言に、白黒仮面のリーダー格だけ発してくる。
ケタケタケタケタケタ。
まさしく笑い声のそれだった。
さすがに不快を隠せないマテオだ。
「アノトキノ、コドモガ、オモシロク、ソダッタ」
目の前にいる相手は因縁の相手か。
冷静になれたはずのマテオの頭が、カッと燃え盛る。長年に追い詰めたかった怨讐の人物が、すぐそこにいる。
マテオは瞬速を発現させかけた。
「ダメ、マテオ。あれは人間じゃない」
背中から肩を掴む流花の指摘は、これまで耳にした試しがない鋭さを秘めていた。
えっ? とマテオを思い止まらせた。
「人間じゃないって……おまえが、なんで流花が解るんだよ」
「だって流花は……」
回答を遮る大笑いが起こった。
あはははは、と女性の哄笑が爆発した。ぞっとするほど狂気に彩られた響きだ。
マテオだけでなく流花も、そして白黒仮面のリーダー格でさえ目を向けた。
アイラが立ち上がっていた。
白銀の長い髪がざんばらで顔を覆っている。
髪の間から覗く瞳が、ぎらついている。
あはははは、と笑う声が途切れた。
アイラの姿も消えた。
瞬く間に屋上を埋めた白黒の仮面を付けた人影が倒されていく。
「……バ、バカナ……」
仮面で隠されていても動揺が透けてくる。
白黒仮面のリーダー格が初めて見せた態度だ。
迎撃に入った連中もいたが、瞬く間にアイラに潰されていく。
白黒仮面を付けた者たちは、殺されるではなく文字通り潰されていた。
「ガラクタばかりじゃない。つまらないわ」
アイラが病んだ声で呟きつつ、屋上に転がる無数に白黒仮面を付けたモノたちを睥睨する。
首や腕や足がもがれたり、胴体が真っ二つもある。
血の海へ沈むではなく、残骸の山だった。
転がるは肉片ではなく、機器の壊れた欠片だ。
「おまえら、ヒューマノイドだったのか」
マテオの問いかけに、もはやたった一機となった白黒仮面は沈黙で応えた。
やっぱり、と流花が呟いている。
これでマテオは合点がいった。
白黒仮面の身体へ刃を突き立てたら、感触が鎧を思わせたことを。自分より劣るとはいえ驚異的な速さで移動を可能とする者が、なぜ続々と出現してくるかを。
製造されていた刺客だった。
マテオには想像も付かない出来栄えであった。
つい感心してしまえば、思いつく。
白黒仮面の内部には、かなりのデータが蓄積されているかもしれない。捕獲すれば、相当な情報が得られるのではないか。人間を自白させるより、ずっと豊富なデータを獲得するチャンスかもしれない。
マテオが方針を固めた、その時だった。
たった一機となった白黒仮面の頭が宙を舞う。
身体だけとなれば、どさりと崩れ落ちていった。
白黒仮面の首と胴体を斬り離した刃が、そのまま向かってきた。
アイラの短剣が再びマテオを斬りつけてきた。