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彼女はチート!ー白銀の逢魔街綺譚ー  作者: ふみんのゆめ
第1部 出会った彼女はミステリー篇
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第1章:旅立ちの記憶ー004ー

 ビルの屋上で待ち構えられていた。

 眠るだけの場所として利用している塔屋は誰にも知られていないはずだった。近親者の目からも逃れられる秘密の場所だった。

 それが事もあろうに姉のアイラがいる。特に伏せておきたかった相手に知られている。


 マテオは苦り切った顔で「どうしたんですか?」と尋ねれば、「オリバーから聞いたの」と返ってくる。

 あの野郎、と呟くマテオに、「どうして?」をアイラが攻守を入れ替えてくる。


「ねぇー、どうしてなの、マテオ。養子になる条件が一人だけで行かせて欲しいなんて。いつも私たち、一緒だったじゃない」

「いくら双子でも、いつか別々の人生を歩まねばなりません。僕たちも、そうした時期に差しかかったのではないか、と思うのです」


 もっともらしく言えたとマテオが思った時点で、すでに見透かされていた。


「それっぽいことで、その場をやり過ごそうとするのは、マテオの悪い癖だわ。だっておかしいじゃない。家族になりましょう、という申し出に、どうして一人だけ飛び出していく話しになるの?」


 ですよね、と胸の内でもらすマテオだ。姉がそう簡単に納得するはずがない。しかもこれから難しいことを痛感させられる。


 いきなりアイラが両手で顔を覆った。

 アイラを知る者ならば驚天動地の態度に、マテオだって慌てふためかずにはいられない。ウォーカー一族に対しても冷徹さを通す姉が泣いている。

 ね、姉さん、と呼びかけるマテオに、アイラは顔を覆うままである。


「……いつから、いつからマテオはお姉ちゃんのことが嫌いになったの?」

「えー、なんで、そうなるんですか!」


 思わず大声になったマテオに、「違うの?」とアイラが両手を外して涙目を見せてくる。世界で一番に笑っていて欲しい人を泣かせてしまった者が自分である事実に胸が痛い。

 姉を泣かす相手は弟から人生の伴侶へ変わるべきだ。


 マテオは誤魔化さず言うしかない。


「今回の養子の件が、ケヴィン様というよりウォーカー一族の希望でしょう。それは次期当主と目されているサミュエル様の将来を睨んで、と考えられます。はっきり言えば姉さんを相手とするための画策でしょう」


 ぷぷぷっ、とアイラが噴き出してはすぐ可笑しそうな声を挙げた。所謂泣いたカラスがもう、といった具合である。

 姉さんっ、と逆にマテオが気分を害し呼んだ。

 アイラの堪え切れない笑いはやまなかった。


「だってサミュエル様よ、ウォーカー家の主様なのよ。私ごときじゃ相手にならないわよ。出自を消して裏の世界で生きてきた女なんかが入ったら、名家の名折れになるわ」

「だから養子縁組なんです。ウォーカー一族の意向は、僕じゃなくて姉さんを求めているんです」


 さすがに真面目な顔となったアイラだ。


「なに、それ。サミュエルに充てがう女の弟は邪魔だから、異国へ飛ばす話しなの?」

「ち、違いますよ。これは僕が言い出したことです。ケヴィン様はむしろ反対なされました。これから息子として家に入り学校へ通って欲しいとまで言ってくださいました」


 そうなの? と訊くアイラにマテオは胸を撫で下ろす。どうやら危険な方向へ考えが突っ走る手前で止められたようだ。

 マテオの内心は、やれやれである。姉の気性の荒さは弟だけが知る一面かもしれない。これを知らずに一緒になった男は不幸だな、と思う頭にサミュエルの顔が浮かんでいた。

 深くうなずく弟に、アイラは合点がいったようだ。


「マテオ、学校なんか絶対に行きたくないって言ってたものねー」

「おとなしく座って、誰のためになるか解らないような話しを聞かされるなんて、ぞっとします。死んだも同然な時間の強要じゃないですか。サミュエル様が行きたがらない気持ちはよく解ります」

「サミュエルが学校へ行きたがらない理由はマテオとちょっと違うんだけどね」


 姉がさらりと述べているからこそ、マテオは聞き逃せなかった。


「姉さんはもうサミュエル様を呼び捨てるようになったのですね」


 汗を飛ばさんばかりに焦るアイラだ。慌てて両手を振って否定の仕草を取ってくる。


「そ、それはサミュエルがいけないのよ。この頃は呼んでも『様』を外すまで無視し続けるから、しょうがないの」 


 ふーん、とマテオが訝しげな返事をすれば、「本当よ!」とアイラが力を込めた。

 実はマテオにとってそれは既知の事実だ。焦るアイラはかわいいからな、とサミュエルがからかっていることは知っている。二人の関係は脈ありと見ている。

 アイラがサミュエルとより親密になってもらうためにも自分は退きたい。マテオの口に出せない大きな理由だった。


 口に出来る理由で説得しなければならなかった。


「姉さん。PAOに関する新たな情報が入りました」


 『PAO』それは能力者の人身売買を行う組織『people with psychic abilities trafficking organization』の略として、外部が勝手に呼称しているにすぎない。実態は不明であり、能力者を標的にした組織的活動を行っている以外は解っていない。ただ幼きマテオとアイラを殺し合いの場へ放り込んだ連中であることは間違いなかった。

 マテオにとって『PAO』を解明し壊滅へ追い込むは悲願である。


「僕はあいつらのことなら地の果てまで追う覚悟でいます」

「だったら私も……」

「サミュエル様は僕らが付き纏っていたことを喜んでいてくれた節があります。姉さんだって、それは感じていたでしょう」


 ……うん、と僅かな間を開けた後にアイラがうなずく。


「姉さんはサミュエル様に付いていてください。それに今回はケヴィン様から別件で調査を頼まれています。むしろ、こちらがメインです」

「それは私に言ってもいいこと?」

「僕は姉さんに隠し立てなんか出来ませんよ」

「ウソばっかりっ」


 即答も笑顔だったから、マテオはすんなり打ち明けた。


祁邑(きむら)一族の直系筋に当たる娘たちが出奔したそうです」

「祁邑って、日本最大の能力者集団を束ねる一族よね?」

「ええ、そこの三姉妹が選りによってあの街へ身を寄せたようです」


 それって、とアイラが言いかけた時点で、マテオは首を落として了解の意を示した。


 国の裏社会と言うべき能力者同士における勢力図は世界中で見られる事象だ。かつての微妙なパワーバランスで成り立っていた各国間の軍事力は、能力者たちの集団へ置き換えられていた。

 北米はウォーカー家が断然たる力を誇っているが、日本では祁邑が最大派閥とされるくらい突出した能力集団はない。だからこそ、いつ大きなうねりが巻き起こるか解らない。


 能力を持たない一般の人々と難しい関係性にある時代において、能力者が何を仕出かすか、世界は敏感にならざるを得ない。

 しかも問題を起こしそうなのは、世界中でその名を知らぬ者がいない街だ。


 今回は特に慎重でなければなりません、とマテオは前置きをしてからである。


「まずは僕が先行します、逢魔街(おうまがい)と呼ばれる場所へ」

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