第6章:同居と友人と人違いー004ー
なんだか少し雰囲気が変わった。
マテオが四日振りに会う楓の印象である。
瞬速の能力を駆使して、朽ちた洋館の広間へ来ていた。
姉が自分の胸を刺そうとする姿に恐怖して逃げ出した場所だ。もしアーロンからケヴィンの気持ちを聞かされていなかったら、わだかまりはまだ渦巻いていただろう。
実際、楓からも「ここで良かったの?」と訊かれたくらいだ。
「ああ、ここで、いいんだ」
約束の連絡を交わした時点では自分の弱さと向き合うためとする考えもあった。けれども感傷に浸るだけではすまない要因も付随していた。
マテオが気にすべき点は場所より他にあった。
「なんで、おまえがいるんだよ」
「もぅ、また『おまえ』なんだー。いい加減にしてよ、マテオ」
流花が質問に答えず怒っている。
おまえー、とマテオは言いかけて飲み込んだ。折れるところは折れないと先へ進めない。
「じゃ、流花。なんで、ここにいるんですかっ!」
「それは、もっちろん。お友達だからでーす」
誰の? とマテオは訊きかけて止めた。
マテオは楓が流花を友達とするかは微妙だと見立てている。自分はともかくゾンビの少女に否定されたらきついかもしれない。
流花は悪い意味で美女である。能天気さを振り撒くだけで周囲を翻弄できる。見た目の美しさが本音の付き合いを難しくさせている。
マテオは実のところ流花について、ほとんど知らない。
ふと気づいたから意図せず慎重な態度を取っていた。
「マテオ〜、そんな思い詰めなくても流花なんて大したもんじゃないよ」
いきなり言われたマテオはまじまじと見つめる。
流花はにこにこしている。
ある思いつきが閃いたマテオだが、口に突いたのは別のことだった。
「そういえば陽乃さんや悠羽はどうしてる?」
「うれはいつもの砂場みたいだよ。お姉ちゃんはマテオのお兄ちゃんと出かけた」
げっ! と思わず叫んだマテオだ。
「いいのか、おまえ……じゃない、流花。陽乃さんをあの兄上を一緒に出かけさせて」
「えー、別にー。マテオのほうこそお兄ちゃんなんでしょー」
「兄上わな。人間として信用できても、女の面ではダメなヤツなんだよ。流花だって、母上からの話しを聞いてただろ」
今朝のリモートで、ソフィーが息子たちの男女関係について神経過敏になっていた理由が判明した。
サミュエルが原因だった。
交際中とする五人の女性がウォーカー家へ押し寄せてきたそうだ。どうやら出国中に母親から気に入られた者と交際するなどと宣言したらしい。
当然ながらソフィーは我が家の長男が、女性関係に困って母親に投げた真意は見破っていた。周りの他人に聞かれるのも構わず「サイテー」と断を下していた。
「やだな〜、母さんは。マテオだけじゃなく女性たちがいるなかで、そんな話しをしないでくださいよ」
全く否定をせず、というか出来ないサミュエルが陽気な口調で誤魔化そうとしていた。
マテオは昔から知る人物だけに、フォローが難しい。いつ何時も女性をはべらすことに余念がない兄となった人だ。
地味で純情そうな陽乃が、女好きの典型みたいなサミュエルと二人きりで出かけている? マテオには不安しかない。
「大丈夫だってー。ああ見えて、お姉ちゃん。しっかりしているんだよ、それに……」
言いかけて止めた流花に、「そうか」とマテオは受け止めた。
一度きりとはいえ夕食を共にした際の、夕夜に対する祁邑姉妹の態度が目に浮かぶ。
「ねぇ、話しへ入っていい?」
楓の少し焦れた促しに、「ああ、わりぃわりぃ」とマテオは返す。
本来ならこっちから質問攻めする立場だった。
「あたし、誤解してた。異能力世界協会はもっと非情な組織だと思ってた」
「非情は非情だぞ。長年所属している僕が言うんだから、楓の見識は正しい」
「けれど組織力をもって押し付けてくる真似はしないみたいじゃない」
マテオにすれば正直なところ、楓は買い被りすぎている。組織が力づくで押し切る場面に何度も遭遇している。だけどせっかく好意的になっているようだから、茶々など入れない。
楓から説明を受ければ、好感を抱くも無理なかった。
マテオが逃亡した後に、楓は取り囲んだ異能力世界協会の者たちに従った。
不死へ繋がる身体の再生能力の秘密を狙われている状況は承知している。正直もう逃げ回ることに疲れていた。観念したし、何よりアイラの落ち込み方が酷かった。
身柄を任せれば、逢魔街の支部とされるビルへ連れていかれた。
尋問場所とするには明るい部屋で外から伺えずとも内からは見られる窓に囲まれた一室へ通された。
待っていたのは、恰幅のいい中年男性だった。
組織の会長は少し体調を崩しているため、ここの責任者である自分が出てきたと告げてくる。名をアーロン・ウォーカーと言う。
楓は陵辱に等しい検査が行われることを覚悟していた。これまでそうした目に遭ってきた。
まるで会談といった雰囲気には戸惑いを超えて面食らう。
アーロンは強引に場を設ける形を取った点を詫び、楓を不遇な境遇にある能力者の一人として話し合いをしたかったと丁重に主旨を告げてくる。
「あたしの身体の秘密を知りたくないんですか」
楓が他人に心を許せなくなった理由をぶつければ、アーロンは微笑んだ。
「ないですね。誰もが不老不死などとなったら世界は終わりでしょう。私だけでなく会長のケヴィン・ウォーカーもまた同意見だ。つまり異能力世界協会の意向と捉えてもらって構わないですよ」
「それなのになんで、あたしと会いたかったんです?」
「人間が死なない世界など混迷しかないと解っていてもだ。不死の力を目の前にすれば、誰もが心揺れるだろう。特に残された願いは健康のみとする権勢を極めた者や秘密を暴くことで多大な利益を得ようと目論む者は後を絶たないはずだ。そんな君を我々は保護、もしくは幇助の手を差し伸べようと考えたわけだ」
「世界平和のために、ですか」
なぜかアーロンが、ニヤリ人の悪い笑みを浮かべた。
「というのが、建前だ。真相は単なる我が組織の長であるケヴィンの心配性にある」
それからマテオとアイラの姉弟とケヴィン家の関わりが説明されたようだ。
マテオとしてはアーロンがどういう内容で自分たちのことを語ったか、知りたいところだ。話しの途中と解っていながら、つい楓に問い質してしまう。すると初めて見せる笑顔で「墓場まで持っていく秘密」と返ってきた。
ゾンビが言うセリフじゃねーぞー、とマテオもまた言い返したが悪い気分ではない。
楓が本来の話しへ戻す。
「確かに接触を急に求めてきて、おかしいわよね。あたしはずっとこの街にいたんだし、異能力世界協会の支部だって以前からあったんだし。マテオがやって来たから、話しがしたいとなったんだってわかった」
「それで父上たちは楓になんて言ってきたんだ。それくらいは教えろ」
「仲良くしてやってくれって、マテオと。そうすれば協会はあたしのバックアップを惜しまないそうよ」
なんだ、そりゃあ! とマテオは思わず上げた。
「なに考えてんだよ、父上は。過保護すぎないか。それに個人の用件を組織に絡めるなんて、らしくないぞ」
「マテオさ、ちゃんとケヴィンさんに向かって『お父さん』て言えてる?」
うっと言葉に詰まるマテオに、やっぱりといった楓の顔だ。
「マテオにもいろいろ思うことはあるかもしれないけれど、あたしはご両親を応援してあげたい。だってここまで大きくなってから養子になんて、余程の想いだと思う。それにすっごく生意気な男の子なんだから、相当な覚悟があったはずよ」
「どさくさでディスってくるなー」
マテオは反駁するが、内心では痛いところを突かれた想いだ。楓の言う通りだ。ケヴィンやソフィーが示してくるものが『愛情』と理解するから、素直に受け取れない。
いや、違う。
どうしていいか解らない。だから突っぱねるような態度を取ってしまう。
自分が幼稚なのはわかってはいる。わかっているのだが、マテオはどうしても裏腹な言動を自然に取ってしまう。
「まさかこの街へきた初日にゾンビと知り合うなんてラッキーと思ったけれど、まさかそれに説教されるなんてな。思いもしなかったぜ」
「でもマテオが追いかけるPAOだっけ? それには協力するし、今は何よりお姉さんを探さなきゃならないでしょ。手伝うわ」
急いで会いに来た理由を汲んでくれた楓に、マテオといえども素直に口へ出せた。
「助かる。さっそく探しに行きたかったんだ」
「異能力世界協会と約束したからね」
そう言う楓は続けて情報までもたらしてくれた。アイラが出没したらしい場所の噂を聞きつけていたらしい。
涙が出るほど有り難ければ、マテオはさっそくだ。楓に付いてきてもらうは当然として、流花をどうするかである。本音は戦闘となった際に足手まといだから、このまま帰ってもらいたい。
上手く追っ払えそうなセリフを、と考えたマテオが流花をちらり眺める。
いつにない顔をしていた。
マテオの気を引き締めされる険しさだ。
流花は珍しく厳しい声を上げた。
「楓ちゃんが協会と約束したことは、マテオの件だけなの」
マテオが初めて見る態度を取る楓だ。流花の指摘が核心を捉えていたことは間違いなかった。