第6章:同居と友人と人違いー001ー
母上ソフィーの喰い入るような目つきだ。
マテオとしてはモニター越しの対面なのだから、カメラを通している以上は確認できないですよ、と言いたくなる。でも今回はしょうがないか、とも思えば口にしなかった。
なにせ椅子に座るマテオを取り囲むように三人も女性がいる。母親の立場や好奇心から落ちついてなどいられないのだろう。
「というわけで、母上。事情はそんな感じです。もしウォーカー家にとって不都合を生じるというならば、僕は……」
「こら、またそういうことを言う、マテオ。貴方は我が家の息子なのよ。ケヴィンも私も子供が困っていれば助けるの」
甘く睨むソフィーが内心どれほどの想いで言ってくれているか、マテオは解るようになってきたつもりだ。身を縮めて「す、すみません」と謝れば、「ところで」と声がする。
はい、と返事したマテオへ、ソフィーが真剣そのもので訊いてきた。
「三人のうちの、どの方とお付き合いになりそうなの」
マテオは頭をかいた。取り敢えず解ったことは、母上は事情を正確に捉えていない。うーん、と考えれば、まず傍らにある幼児の両脇を抱え上げた。膝に載せて、カメラ正面に据えればである。
「母上。お願いですから、まだ五歳の悠羽をそうした対象に含むのはヤメていただけませんか」
こんにちわー、と悠羽が挨拶を挙げている。
「やだ、かわいい、なんてかわいいの」
愛くるしい幼い娘に、ソフィーが感激で悶えている。
ははは、とマテオは笑いを貼り付けたままである。悠羽にそっと耳打ちする。
「おまえ、ぶるの上手いな」
「当たり前でしょ、素なんか出したら引かれるじゃない」
「自覚あんのな、おまえ」
悠羽も愛くるしさを装いながらのひそひそ話しである。
本性など知る由もないソフィーは上機嫌なままである。
「そうね、まだ早いわよね。でもうれちゃんを見ていると、早く孫が抱きたくなるわ〜」
早くも悠羽をちゃん付けで呼ぶ母上に、マテオは残る二人の紹介に不安を覚えずにいられない。だけどしないわけにはいかない。
悠羽を膝から降ろしたマテオを一度喉を整え、畏まって手をかざした。
「こちらが陽乃さんです。祁邑姉妹の長女で、料理洗濯なんでもこなせる素晴らしい方です」
マテオの力のこもり具合が功を奏したわけではないが、ソフィーと陽乃の間はつつがなく済んだ。
次は最も警戒すべき流花だった。
最初は良かった。
「初めまして。私は祁邑流花と申します」
自己紹介を述べては、ぺこりと頭を下げる。
ずいぶんしっかりしたお嬢さんね、とソフィーの一声は好意的だ。流花としてもこれまでは綺麗すぎる容姿ばかり言及だったから、態度をほめてもらい感激したようだ。
これが調子づけた、とマテオは後になって振り返る。
「お母さん、聞いてください」
おいおい、なんだ、この馴れ馴れしさは! 始めた流花に、マテオの内心は早くも危険警報が鳴り出していた。
流花ちゃん、なになにー、とソフィーもノリノリだ。
「マテオって、私のこと『おまえ』とか『こいつ』とかで呼ぶんですよー。酷くありませんっ」
マテオが黙っていられるはずもない。
「おまえさー……じゃない、流花。いきなり母上にナニ言ってくれてんだよ。母上、こいつの言うことなんか気にしないでください」
「ほらほらー、いっつもこんな調子なんですよー。わかってもらえますー、お母さん」
「おまえよー。母上をお母さんお母さんって気安く呼ぶな」
「いーじゃん。マテオのお母さんなんだしー」
そういう問題じゃ、とマテオが言いかけたところである。
「ところで流花さんは今、おいくつなの」
モニターに映るソフィーが満面の笑みで訊いてくる。だけどなんだか目は笑っていないように感じたマテオの観察は正しかった。
十四歳でーす、と流花の答えを聞いた途端、ソフィーの表情が一変した。「マテオっ!」と呼ぶ鋭さに、「はい」と返事したマテオは思わず揃えた両膝へ手を載せた。
「堪えきれない欲望は理解するけれども、未成年ということは自覚して欲しかったわ。きちんと責任は取りなさい。私たちもするから」
「すみませんが、母上。言葉は理解しますが、内容が不明です」
「マテオはまだ十五歳だから欲情に負けてしまうこともあるでしょう。けれども相手はまだ結婚できる歳に至らない、年端もいかないお嬢さんなのよ。過ちは、マテオ貴方を一人行かせた両親にもあります。一緒に責任を取りましょう」
確かにここへ来てから、いろいろ誤解もあったと自覚するマテオだ。ここは冷静に解きほぐしていこう、と思った矢先である。
悠羽が何も知らない幼児の格好でじゃれついてきた。
「マテオは、うれの本当のお兄ちゃんになるのー」
「なわけねーだろっ」
やっぱり感情が爆発してしまったマテオは、モニターへ向けて叫ぶ。
「母上っ、僕は女性とお付き合いなんてしたことはありませんし、ちゃんとまだ早い自覚はあります。況してや、こんなヤツとどうこうなんかなりません」
主張の途中で指を差された流花が唇を尖らせた。
「ひどーい、マテオ。流花をこんなヤツ呼ばわりはないんじゃなーい」
「おまえの文句は、そこかよっ!」
そこからマテオと流花が、ぎゃあぎゃあと始めてからしばらくしてである。
「わかったわ。二人の仲を誤解していたことを、お母さん、認める」
ソフィーは了解へ及ぶが、マテオからすれば早々に気持ちを切り替えられない。
「でもなんで僕がケダモノ化しているなんて、母上は思うんです? 兄上ならともかく」
「そう、そこなのよ、マテオ。私が子供たちの交際関係にピリピリしちゃう理由はね」
モニター上のソフィーがマテオの背後を覗くような仕草を取った。
「サミュー、いるんでしょ。出てきなさい」
ぴしゃりと言われて、金髪の頭をかきかきマテオの兄上は気まずそうにカメラの前へ立った。