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彼女はチート!ー白銀の逢魔街綺譚ー  作者: ふみんのゆめ
第1部 出会った彼女はミステリー篇
29/173

第5章:神々のチカラとされる人たちー003ー

 今までとは違った。

 陽乃(ひの)を抱えるマテオが発現する瞬速(しゅんそく)は、火炎攻撃に対して余裕があった。

 ここにきて、ぎりぎりとくる。

 マテオの上着に軽い焼け焦げを作るほどだ。

 明らかに放たれる火炎が太くなった。

 向かってくる火の直径が棍棒から丸太くらいに変化した。厄介にも大きさはさらに広がっていく。

 先ほどと違い懸命に避け続けるしかないマテオだ。だが凌ぎ続けた甲斐はあった。


「ちっくしょー、マジか、こいつ。避け切りやがった」


 突き出していた腕を降ろした緋人(ひいと)が、ぜぇぜぇ息を切らしている。

 どうやら能力の使いすぎでへばったらしい。

 この程度で、とマテオは思うものの、有り難い。まだまだ能力を発現できる体力はある。逃げ出すチャンスを得られそうだ。

 などと期待を抱いた瞬間である。


「いい、緋人、冷鵞(れいが)。三人揃っていくわよ。もうビルを吹っ飛ばして構わないわ」


 雷を繰り出すと思われる莉音(りおん)の号令に、マテオは危機的状況へ陥ったことを悟る。

 緋人だけでも精一杯なのに、他の二人まで加わったら避け切れるとは到底考えられない。

 雷に打たれるか、火に焼かれるか、凍結されてしまうか。

 かばいながらの瞬速による逃亡は難しそうだ。

 ならば、である。

 陽乃さん、とマテオは呼んで胸の中にいる人物へ囁く。


「僕が三人へ突っ込んでいきます。どうかその隙にドアへ向かい逃げてください」


 ビルの内へ続く塔屋のドアは、緋人の火炎によってノブの氷漬けが緩んだように映る。実際は回るほど溶けているかどうかは解らない。だが確認する暇がないほど事態は切迫している。

 程度に差はあっても『ホシの根源素』を元にした能力。それが三つ同時に放たれれば、ただで済むはずがない。賭けに出るしかなかった。


 マテオくん、と腕にある陽乃が静かに語りかけてくる。


「本当にありがとう。でも私なんかのため犠牲にはさせられない」

「いいんです。これは僕が望んだことです」

「私はバケモノなの」


 真意を計りかねるマテオは返事が出来ない。

 陽乃の決意を秘めた声が聞こえてくる。


「私は能力なんか一生使いたくなかった。でもマテオくんを身代わりにしたら、これからずっと後悔し続ける。だから驚かないでね」


 最後のちょっとおどけるような調子が却って悲しみを滲ませているような気がした。

 それが解ったからマテオの決意は固まった。


「ダメです、陽乃さんは逃げて逃げて逃げまくってください。貴女が嫌だという能力を使用させずに済むならば、僕は相手と刺し違いになっても構わないです」


 そんなのダメ、とする陽乃の答えを、マテオは聞く気はなかった。


「僕はいきます。陽乃さんは行くんです、いいですね」


 マテオは三人の懐へ飛び込むべく瞬速を発現させかけた。


 まさに、その時だった。


 爆風が吹き荒れる。氷壁を氷の屑へ変えていく。

 冴闇(さえやみ)ビルの屋上にいる誰もが顔を伏せた。

 星が消された夜空が表出された。

 屋上を元の吹き抜け状態へ戻した風が止んだ。


「なにしやがるんだ、夕夜(ゆうや)っ!」


 風が収まれば叫ぶ緋人へ、答える声は今にも笑いだしそうな調子だった。


「誰だい、そいつ。申し訳ないが、しっかり姿を確認してくれないかな」


 声の主が上空から降りてくる。豪奢な金髪が揺らめいていた。

 マテオは傍に降り立つ人物へ、大いに驚愕しながらである。


「サミュエル様、どうして、ここへ?」


 にこやかだった金髪の青年の表情に苦味が走った。


「まったく〜、そんな他人行儀極まる態度じゃ、わざわざ国を跨いで来たかいがないってもんだけどなぁ〜、我が弟よ」


 すみません、と素直に謝るマテオである。

 すると義理の兄と訴えていたサミュエルが態度をがらり変える。口許に、まさしく邪悪な笑みを閃かせた。


「ずっと来てみたかった逢魔街(おうまがい)へ来られたのも、バカ親父を倒してくれたアイラとマテオのおかげだからな。うん、いい兄妹を持った」


 マテオとしては、どういった表情で応えていいものか悩む。自分や姉のアイラがかけた多大な迷惑に気を遣ってくれてか。もし本心だとしたら、それはそれで諸手を挙げられない。

 何より目前には同系統の能力者が三人もいれば油断などしていられない。


「サミュエルさ……兄上。相手は『氷』だけでなく『雷』『火』を操る能力者です」


 情報を真っ先に報告するマテオの生真面目さに、笑みで応じようとしたサミュエルの顔が止まった。陽乃の姿を認めたせいだ。

 母さん……、と呟く声をマテオははっきり耳に止めた。


「おいっ、おまえ、なにもんだ!」


 緋人の怒鳴りに、陽乃を目にして雰囲気が変わったサミュエルが振り向く。対峙する姿勢に登場時にあったおちゃらけさは皆無である。


「君たち三人の情報は入っている。このサミュエル・ウォーカー一人で相手できる能力者たちだと解って来ているよ」

「なんだと、てめぇー」


 返答した緋人だけでなく、横に並ぶ二人も気色ばんでいる。うち莉音が長い髪をかき上げては威嚇そのものの声を投げた。 


「そう、じゃあ三人がかりでも卑怯なんて考えないでね。三人の力が本当に合わさったらどんなものか。本人たちだって知らないのよ」

「新興の能力者はこれだから困る。自分のチカラさえ把握しきれていない相手など敵ではないさ。まったく雑だな」

「雑かどうか、やってみれば解るんじゃない」


 莉音が不敵な笑みを浮かべた。

 退く姿勢でないことにサミュエルはむしろ歓迎といった態だ。


「愚かとはいえ、その姿勢はいい。俺自身も思い切りやってやりたい。だけど、きつーく身の安全の確保するよう言われてきているんだ」

「あらっ、ここで逃げ出すつもり」

「いや、なに。万が一があっては困る者がそぐそこにいるんでね。なにかあったら、非常にヤバい親父が出てくるはめになるぞ。おまえたち、その様子だと標的としたレディを必死にかばう者の名前は知らないんだろう」


 サミュエルは陽乃を腕にするマテオへ、ちらり目を送ってからだ。


「彼は、我が弟でありウォーカー家の次男。マテオ・ウォーカーだ」


 言い切れば豪奢な金髪をはためかせた兄が弟の頭へ手を置いた。ポンポンと叩いてくる。

 優しさがマテオに唇を噛ませた。


「サミュエル……兄上。僕はいざとなったら逃げ出す卑怯者です。ウォーカー家に相応しくありません」

「アイラもそうだけど、相応しいかどうか決めるのはマテオじゃないんだけどな」

「そう、マテオくん。良いも悪いもない、一緒にあろうと想う気持ちだったのよね」


 突然に割り込んできた陽乃が実に良い顔をしている。

 マテオに対し今一番の効果がある説得であった。

 陽乃は弟だけでなく金髪の兄にまで向かう。


「ありがとう。サミュエルさんのおかげで私も何か気づけた感じがします。それにうちの場合は、どうせ何処へもいけないんだもの。離れようがないって妹たちにぶつかっていきます」

「事情はよく解らないが、兄弟の間でヘンな遠慮は無用とする意見が一致した。そうなると、キミも守る理由が出来たことになる」


 そう告げたサミュエルが向き直る相手は臨戦体勢に入っていた。

 莉音は右腕を真上へ伸ばし、緋人は右腕を突き出している。能力を発現しようとしている。


「ごちゃごちゃ話している余裕も、私の雷で消し飛ばしてあげる」

「こっちからすればウォーカーだろうが何だろうが知るかってーんだ」


 ただ一人だけ考え込んでいた冷鵞が、はたと気づいた顔を見せた。慌てて叫ぶ。


「待て、二人とも。もしあの兄弟があのウォーカー家の人間だとしたら、敵にまわしてはまずい」

「今さら止まらねーよ」


 目を怒らせた緋人の答えだった。


 ふっとサミュエルが微かに笑う。


 次の瞬間、緋人は右腕の付け根から血を噴き立たせた。

 すっぱり、斬られた当人がしばらく気づけなかったほどだ。

 負傷から間を開けてから緋人が激痛の雄叫びを上げた。


 緋人っ、と呼ぶ莉音は腕を掲げたまま殺意を向けた。


「あんたー、よくもやってくれたわね」


 サミュエルが見せた両方の手のひらをひらひら振ってくる。


「俺じゃないぜ」


 ふざけないでよ、と言いかけた莉音へだった。


「もう、やめるんだ」


 ビルのオーナーが夜闇に紛れた黒鳥がごとく舞い降りてきていた。

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