第3章:姉と妹の記憶ー008ー
マテオは砂場の悠羽をかばうように立つ。
マテオ……、と悠羽が小さく呼ぶ。
鬼と呼ばれる能力者一族本家の三女へ、白銀の髪をした少年は応えた。
「わかってる、能力は誰にも知られたくないんだろ。だったら任せろよ、と言いたいけど」
笑っているような音を聴いた時点で、白黒の仮面をした相手と予想はついている。マテオの『目にも止まらないスピードで移動を可能にする』能力に付いて来られる厄介さは身に沁みている。こちらは悠羽をかばいつつでもある。
ただでさえ不利な状況下であった。
しかも、まさかだった。
砂場は白と黒の色を分けあった仮面を被った者たちで囲まれていた。
「なに、おまえたち六つ子だったのかよー」
ピンチだからこそマテオは揶揄した。仮面などと身上を隠す正体不明の輩に姿形で判断付くはずがない。
ケタケタケタケタケタ。
不気味な木で打ち鳴らされたような音がする。笑っているとも取れそうな響きは同時に六箇所から届けられてきた。
「なんだ、本当に兄弟だったりするのか」
呼吸の合い方には、マテオは呆れつつも感心してしまう。
すると正面に立つ白黒の仮面からだ。
「ムスメヲ、ヨコセ」
マテオは頭をかいた。ちょっと残念ふうである。
「なんだ、この前の決着をつけに来たんじゃないのかよ」
「キサマノ、イノチナド、キョウミナイ」
「だよな。おまえらPAOにとって能力者は、ただの商品だもんな。命なんかに、どうでもだもんな。でもな……」
マテオに凄みが宿った。背中に隠れる悠羽が感じ取れるほどの殺気だった。
「取り零した商品が、おまえらにとって致命傷なりそうだ」
「ドケ。ワレワレガ、ホッスルハ、オニノマツエイダ」
「渡さないよ。悠羽は五歳、そうお前たちが僕や姉さんに仕出かしてくれた時と同じ年齢なんだぜ。だから絶対だ、渡さない」
ケタケタケタケタケタ。
仮面の下で鳴らす笑いと言えそうな音を立ててからだ。
「デワ、シネ」
マテオは悠羽を小脇に抱えた。瞬速の能力を発現して、襲撃者の囲いを突破する狙いだ。
砂場から出かけた時点で、立ち塞がれた。
白黒仮面が悠羽を抱きかかえたマテオの正面に立つ。
マテオの振るう短剣を刀で受け止めていた。
剣戟は悠羽を傷つける可能性がある。
一撃を交わした後に、マテオは砂場の中央へ戻った。
さすが六人で取り囲んだだけあって、突破できそうな隙がない。
「ムダダ」
そう投げてくる正面にいる仮面の男がリーダーだと思われる。
ならばこいつを、とマテオは突破口として見定める。昼間に叔父さんと呼ぶようにと言ってきたアーロンから貰った短剣の真実の力をまだ試していない。
にやりとマテオはしてしまった。まさに玩具を与えられた子供のごとく、新武器の威力を試せそうであれば、わくわくしてしまう。
「ナニガ、オカシイ」
どうやら正面にいる白黒仮面の警戒心を呼び起こしたらしい。
それだけでも愉快なマテオだが、さらに笑いたくなる理由がすぐそこに迫っていた。
「悠羽を守るのに僕なんかが出しゃばる必要はなかったんだなって思ってさ」
白黒仮面に巨大な影が覆い被さってきた。
振り向いた仮面の間近には、岩のごときごつごつした拳が迫っていた。
間一髪、瞬速に近い能力によって交わした。が、あろうことか振り下ろされた腕の風圧によって身体が吹き飛ばされる。
近くの樹木に叩きつけられた。
「イッタイ、ホカハ、ナニヲ……」
頭を振りつつ起き上がった白黒仮面は最後まで言い切れなかった。事態を一目で知ったからだろう。
金銭を払えば、いくらでも手先など用意できる逢魔街だ。
悠羽に付く巨岩に等しい大男に対抗して、二メートルは優に越す者たち向かわせていた。十は下らない数で一斉に襲撃させた。
誰も公園内にはいなかった。
道路に伸びた巨漢が累々と並んでいた。
時間稼ぎすら出来なかったようだ。
奈薙のとんでもない強さは砂場を取り囲む白黒の仮面を着用した者たちへ向かう。
振るう剛腕に、仮面の者たちは姿が消していく。
リーダー格と思しき者の下へ集っていた。
「すげぇーなー、おまえ」
「それはそうよ、奈薙は神様級なんだから」
感嘆するマテオに、脇に抱えられた悠羽がなぜか鼻高々といった様子である。
砂場に踏み入っ奈薙はマテオと悠羽を背にして、敵とする六人へ向き直った。
「キサマらが何者か知らないが、俺がいる限り悠羽さんに指一本触れさせんっ」
正体は解ってるんだけどな、とマテオは口の中で呟く。口を挟まなかったのは、せっかく格好良く決めている奈薙になんか悪い気がしたからである。
何はともあれこれで襲撃は退けられた、そうマテオが考えた時だ。
ケタケタケタケタケタ。
六人の白黒仮面から発せられてくる。
これまで以上に薄気味悪く響かせてくる。
「オマエノ、ジャクテン、ミキッタ」
収まりかけていたマテオの警戒心を一気に跳ね上げた。