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彼女はチート!ー白銀の逢魔街綺譚ー  作者: ふみんのゆめ
第3部 彼女がチート篇
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最終章:彼女がチートー007ー

 瑚華(こなは)の薬を必要とするか訊く声に、悠羽(うれう)を右肩に乗せる奈薙(だいち)は一笑に附した。


「姫がいるんだ。倒れるわけがないだろう」


 そらどうも、と白衣の瑚華が答える横で、ピンクの看護服着用の聡美(さとみ)が「バカじゃないの、死ね」と口にしている。


 すっかり汚れた白スーツの新冶(しんや)が奈薙の右肩を見上げた。


「いいんですか、祁邑(きむら)の三女……いえ、悠羽さん。破滅の女神としてより認知される行為を披露することは、今後の人生において決して有利に働かないと思いますよ」

「いいよ、もうとっくに終わっていたうれの人生のために頑張ってくれた奈薙やお姉ちゃんにみんなが傷つけられるの、ただ見てるだけなんてできないよ」


 そうですか、と新冶が一言で済ます。

 あっさりしすぎが、むしろ奈薙に疑念を呼んだようだ。


「キサマ、良からぬことを企んでいるんじゃないだろうな。初めは鬼どもと仲良くしようとしていたし、ここ最近ずっと姿を見せなかったからな」

「私が他人によく騙されてきた過去は聞いているでしょう。それにここずっと姿を消していたのは、特訓していたからですよ。あの三人、よく頑張りました」


 そう言う新冶が向けた視線の先に、まだ息の荒い緋人(ひいと)冷鵞(れいが)の背中を、回復待ちにしては元気そうな莉音(りおん)がさすっている。一度負けても鍛錬し直して再度立ち向かった三人組だ。

 そうか、と今度は奈薙が簡単な一言で終わらせた。

 認める想いと照れ隠しの綯い交ぜ(ないまぜ)を感じ取った新冶は追求しない。それより目前の事態へ意識を向けた。


「迎撃しますよ、いいですか、奈薙。それに悠羽さんも」


 鬼どもは数メートルの地点にまで迫ってきている。

 おぅ、と奈薙の気合充分な返事に呼応して、「うん、わかった」と悠羽も続いた。

 新冶は腕を掲げ、光りの矢を発現させようとした。


 新冶はふと目を動かし、「なんだ?」と奈薙は驚きを挙げる。


 鬼どもが血飛沫を撒き散らしていた。

 絶命へ至るほどの大量さをもって、宙へ緋い大輪を次々に咲かせている。

 首をかっ切られた鬼の屍が量産されること、止めどない。

 これは凄い、と新冶が感嘆すれば、奈薙が悠羽を右肩に乗せたまま振り向く。

 流花の手を借りなければ上体さえ起こせないマテオが苦笑を向けていた。


「姉さんの短剣、対鬼用らしいから、しばらく見ていてくれよ」


 通常の刀剣なら鬼を数体を斬ったところで刃こぼれを起こすが、当分は保つ特性の代物が用意されたようだ。

 そう言われてもな、と奈薙が顔を前へ戻せばである、

 派手に血を流し倒れていく鬼はいるが、姉のアイラの姿は見えない。正確には目に捉えられない。

 能力『瞬速』に鬼のいずれも手が出ない状態だった。


「でもやっぱりマテオの姉さん一人にやらせておくというのもな」


 奈薙の律儀さに好意を示すマテオも、今回ばかりは渋い。


「いや、やめたほうがいいよ。今の姉さんは……」


 返事をしている途中で湧き起こった。

 きゃはははっ、と狂気に満ちた哄笑に、しゃべりを止めたマテオはため息を吐くような顔にならざる得ない。


「サイコー、最高だわー。こんなにいーっぱい温かい血を浴びれるなんて。逢魔街、サイコー」


 姿を見せたアイラは、わざと返り血を浴びていた。全身が、緋い。加えて、歓喜に溢れたセリフとくる。


「だから奈薙の気持ちは嬉しいけれど、今の姉さん、敵味方の区別なんか付かなそうだろ。危ないから止めておいたほうがいいと思うんだ」


 どうやって来たか聞き出すより先に嬉々として鬼へ向かっていく姉の姿がマテオの脳裏に過ぎる。せっかく逢魔街(おうまがい)で縁を持てた人物を身内の狂気に巻き込みたくない。

 そうだな、と奈薙ばかりでなく肩に乗る悠羽も「うん」とうなずいている。

 取り敢えず巻き添えを回避する説得が通じて、マテオは一安心したもののである。


 それにしても、とマテオはアイラの凶行へ再び目を向ける。

 おかしな実姉の一面というか本性が派手に公開となった。見る者たちが姉に対する態度に変化があるかと懸念を抱いたところへだった。


「お姉さん、きれーい」


 流花が冗談でなく、うっとりした目つきを投げている。

 どこが、とマテオはツッコみかけた耳に届く。


「聡美ちゃん、あれ、エロくない」

「わかります、瑚華先生。あの輝くような髪にかかる血の赤が絶妙なコントラストになってエッチですよね」


 鼻息荒く女医と看護師のコンビが交わす会話である。

 何に興奮してんだよ、セクハラだぞ! 黙っていられなくなったマテオが口を開きかけた時だ。


「まさに彼女はサイコーなサイコ……サイコーにサイコだって。うぷぷぷっ」


 ぶつぶつ独り言した挙句に奇妙な笑いだしをする新冶だ。

 あんたも姉さんとどっこいどっこいだな、とマテオは言いたい。


 以前に奈薙が口にしていたことが思い出される。

 変な連中しかいない、とした言葉に大いにうなずく今現在である。


「あら、折れちゃった」


 再び姿を見せたアイラが柄だけとなった血塗れの短剣を握り締めていた。

 事も無げに言っているが、大問題である。瞬速は能力と呼ばれる異能の中でも優れたものとされている。ただ攻撃力は皆無な資質であれば、武器は必須だ。身を守るなら、逃亡するしかない。


 マテオとしては逃げて欲しいが、変なスイッチが入っている姉だ。刃がなくても斬れるわよね、と訳の解らない呟きを唇の動きから読んだ。退く気配がない。

 なんとか助けにいきたいマテオだが、「むーりー、ムリだってぇー」と上体を支える流花にたしなめられる始末だ。


 奈薙や悠羽を巻き込みたくないが、そうも言っていられないか。

 アイラの助勢を頼もうとしたら、ふと気が付いた。


 微かだったのが次第に大きくなってくる、上空からのジェット音だ。


 見上げれば、頭上の飛行機から飛び降りてくる二つの影があった。

 二人とも茜色の夕空に金髪をなびかせている。

 マテオの前へ、見事な着地を決めた。


「父上、兄上、どうして?」

「それは領空侵犯してさ。この国のお偉方が何といってこようが、一度くらいなら押し込めるからね」


 義兄サミュエルが笑顔で回答しているなかだ。

 義父ケヴィンがマテオに抱きついていく。


「良かった、無事で。こんな傷だらけになって、本当に危なかったんだな」

「ごめんなさい、父上。でも、ちょっと痛いです」


 強すぎた抱擁にたまらず声を上げたマテオだが、照れ隠しもある。

 すまんすまん、と身体を離すケヴィンにも微笑が浮かんでいる。


「お兄さま〜、新しい剣を持ってません? 私の折れちゃった」


 能力を使用すれば一瞬で移動を果たすアイラが、いつの間にか傍へ来ていた。


「勝手に先へ行くなよ、お転婆すぎるぞ」


 サミュエルがねだられたものを懐から出して渡すと、血を被った顔のアイラがにっこりする。ありがとう、と一言残すや否や姿を消す。

 鬼どもが血を噴く場面が再開された。


 マテオとしては父と兄に、姉のイカれた姿を見せるのは気が引ける……と思ったらである。

 アイラ、なんて美しい、とサミュエルが言う。

 我が娘ながら荘厳な姿だな、ときたケヴィンの弁である。

 自分には理解し難い感性があると思い知らされたマテオであった。


 さてと、とサミュエルが右拳で左の手のひらを叩く。


「アイラだけではしんどい数だし、ここの連中はけっこう傷だらけみたいだ。俺たちは逢魔ヶ刻が終わる前に出国しなければいけないしな」

「ジェットが戻ってくるまで、あまり時間はないぞ。わかっているな、バカ息子」

「親父こそ、いい歳なんだから気をつけろよ。敵にじゃなく、自分の身体にな」


 息子の皮肉に不快な表情になったケヴィンだが、瑚華を認めれば忽ち上機嫌になって軽く右手を挙げた。


「ありがとう、ドクター。こうして息子のためにやって来られたのは貴女のおかげだ」


 お礼を言う意味が解らないとするマテオへ、ケヴィンとサミュエルが同時に振り向いた。


「さぁ、ウォーカー家の大事な息子に仕出かした報いをたっぷり受けてもらおうか」

「ああ、兄貴として、今回のこれは我慢ならないな」


 マテオは二人の宣言が実行されるさまを目にする前で意識を失った。

 もう大丈夫と信じられれば、張り詰めていた神経が切れたようである。

 心の底から安堵して眠りへ落ちていくマテオは目を開くまでの間が、だ。


 家族に何の疑いも持たず過ごせた人生最後の時間となった。

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