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彼女はチート!ー白銀の逢魔街綺譚ー  作者: ふみんのゆめ
第3部 彼女がチート篇
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最終章:彼女がチートー001ー

 鬼の顎骨を砕く音が響く。

 拳で凶悪な横面をひしゃげさせた奈薙(だいち)が後背へ声を投げる。


「マテオ、まだ大丈夫か」

甘露(あまつゆ)せんせぇーのおかげで身体は大丈夫なんだけどさ、剣がまずそうだよ」


 マテオはたった今、鬼を跳ね除けた最後の短剣へ目を落とす。

 刃こぼれはもちろんのこと、ひびまで入ってしまっている。破損は、時間の問題だった。


「ここから先はもう無理しなくても……」


 そう奈薙が言っていた最中だ。


 ふと漂ってくる。

 もの凄い圧が向かってくる。

 マテオや奈薙だけではない、ここにいる『神々の黄昏の会』残る六人も気づく。

 あの夕夜でさえ、微かとはいえ表情に硬さを走らせている。


 一喝があったのは、尋常でない気配が漂ってきてから直であった。

 理作を始めとする鬼どもが一斉に竦み上がっている。もはやマテオや『神々の黄昏の会』の連中など相手にしていられない感じだ。

 項垂れては、慌てて道を開けている。


 純白無紋の装束に身を固めた、白髪白髭の老人が現れた。

 伸びた白い眉毛に瞼は下がっておれば、開いた目は窺えない。

 かなり老齢と思われるが、背筋を伸ばし、かくしゃくと歩くさまは壮健そのものだ。

 生気に溢れた『東』の長であり、『(おきな)』と呼ばれる祁邑正蔵(きむらしょうぞう)陽乃(ひの)流花(るか)悠羽(うれう)祁邑(きむら)三姉妹の祖父でもある。


「まったく、役に立たない連中じゃ。こうなることがないよう拐ってこい、と言うたのに。結局は大ごとにしおって、使えぬも甚だしいわ」


 傲岸不遜の態度が鬼に変身しても消えなかった理作(りさく)でさえ畏まって拝聴している。

 翁が一通りの叱責を終えれば、夕夜(ゆうや)へ向き直った。


「互い初の目通りとなるが、挨拶はすまい。さっそくだが要件に入らせてもらおう」

「流花さんなら渡さないよ。陽乃さんが悲しむからね」


 夕夜がにこにこした顔に反する形で拒絶を先にした。


 ふぉっほっほー、と翁が余裕の様子で声を立てて笑う。


「あやつらは、儂の孫じゃぞ。しかも鬼の血を濃く引く者たちであれば、本来なら東に還すべきじゃろ。だが長女はお主にくれてやる。三女も残りたそうじゃ。だから次女だけでいいぞ、という悪くない話しだ。どうじゃ?」

「そうか、わかった」


 すんなり返事した夕夜だ。


 気色ばむマテオは亀裂の入った短剣を握り締める。

 もし夕夜が笑いながら目を向けてこなかったら、瞬速(しゅんそく)を発現していただろう。


「こういった反応の仕方が、人を悲しませたりするようだね。すまないが、マテオ。自分はまだ勉強中ということで許してくれないか」


 マテオが気を収めるには充分な回答だった。


 再び夕夜が翁と向き直る。


「そっちの言いたいことは理解したけれど、了解したわけじゃない。それが自分の答えさ。第一、うれさんについてはこっちに押し付けたいだけじゃないか。なんて言えば……そうそう盗人猛々しいぞ」


 的確とするには程遠い喩えだが、夕夜の言いたかったことは解る。


 ふふふ、と今度は不気味笑いをする翁だ。


「お主らは、何か誤解しているようじゃ。確かに三女のチカラは破滅を呼ぶものかもしれん。だがな、抑え込む手立てはないわけじゃないんじゃよ。そして儂はその方策を知っておる。言っている意味は、わかるか?」

「つまり、うれさんなど恐るるに足らずという意味だとしたら、ここの戦況は引っくり返ったというわけか」

(わし)が来たからには、その気になれば孫三人を連れ帰れるわけじゃ。さぁ、どうする? まだ今なら最初の提案を呑めば許してやるぞ」


 翁の高圧的な返しに、俄然活気づく鬼どもだ。後退気味の陣容が、今にも前へ出てきそうな空気を漂わせてくる。


 マテオは遠くにいる流花を見た。

 いざとなれば、能力を発現しよう。出来る出来ないではなく瞬速で逃げるしかない。

 そんなマテオに、疑いすぎた、と思わせる返答を夕夜がした。


「そっちも自分が言ったことを、きちんと理解しているのか聞き返したいくらいだ。陽乃さんを悲しませることはしたくないし、ここで流花さんを渡せば多くの信頼を失いかねないからね」


 信頼まではしてないけどな、とマテオは口の中でごちながらも悪い気していない。

 何より夕夜の言に『神々の黄昏の会』他の六人がうなずいていれば、追従してもいい気分になっていた。


「後悔するぞ」


 翁の恫喝に等しい捨て台詞にも、最後の力を振り絞る決意を固めたマテオだ。

 背後に一万近くいるという鬼が、再びマテオたちを取り囲むよう集結してくる。


 来るか、とマテオが身構えた。


 翁はこの場全体に届くほどの大声で命令した。


「余計なことなどせず見ておれ。こやつらなど、儂独りで充分だ」


 ずいぶん甘く見られたものだ、と夕夜がシニカルな笑みを浮かべた前で異変は起きた。


 翁の全身を旋風が巻く。

 やがて風は姿を消すほどの白煙に変貌すれば、マテオは既視感を憶えた。

 何であったか、すぐ頭に浮かんだ。

 巨獣がごとき鬼となった陽乃の変身を解かれていく場面へ重なっていく。


 今回は人間から鬼へ、だった。

 ざんばら髪から突き出た一本角に、口許からは牙が覗く。赤黒い肌は同種に見られる共通項か。

 ただ体軀の質量が周りにいる鬼どもと圧倒的に違う。

 せいぜい一般人の三倍がいいところである通常の鬼と異にして、三十メートルはあろうかとする巨大さだった。

 もし陽乃の変身体を経験していなければ、マテオらに怯みが生まれていたかもしれない。

 でも百メートルの陽乃を知っていたから、この程度かと思える。


 鬼の翁はマテオらの心象を見透かしていたようだ。


「長女の変身を見ているせいか、驚きもせんみたいだな。だがな、教えておいてやる。身体の大きさは三分の一程度でも、チカラは同等もしくはそれ以上じゃぞ。お主らが一斉にかかってきたところで、儂には敵わぬわ」


 そうかい、と真っ先に反応した夕夜だ。


「まだ自分は巨大な鬼へチカラを振るった試しはないから、そう結論づけるは時期尚早なんじゃないかな」

「儂をそこらへんに転がっている鬼と同じように考えているなら、今すぐ改めたほうが良いぞ。キサマの『風』がどれほどのものか、だいたい調べはついておる。利かぬよ、お主程度のチカラではな」

「知見だけで判断するは危険じゃないか。実際に体験してみないと、何も解らないものさ。それに個人的に、さっさと終わらせたい気持ちにもなっている」


 どうしてじゃな、と笑うような鬼の翁は余裕たっぷりだ。

 夕夜はやや声を潜めて言う。


「その姿、陽乃さんを辛い想いを抱かせる。だから今すぐ消えてもらう」


 そうは……、と答えかけた鬼の翁の面前へすでにだった。

 飛んだ夕夜が、すでにいた。

 さすがだな、とマテオが感心しかけた次の瞬間だ。


 結果は予想と逆になった。


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