第6章:誰もが、みんなー007ー
真っ先に奈薙へ反駁を上げた人物は『姫』と呼ばれる悠羽でない。
「おいおい、奈薙ー。なに考えてんだよ」
横からの文句が気に障る奈薙だ。
「なんだ、マテオ。ついてこられたんだな」
「追いかけるの大変だったぞ、悠羽のこととなるとホント、信じられない力を発揮するよな、奈薙って」
「当たり前だ。姫がこうなったことで、俺の命は何のためにあるか確信したんだ。力の源など知れたこと、姫ためならいくらでもやってみせる」
ムチャクチャだなぁ〜、とマテオは苦笑しながらである。
「でもそんな奈薙のおかげで、悠羽のそばに置いておけば大丈夫になっただろ。だから慌ててきたんだ」
マテオの影から、「うれ、お姉ちゃん」と流花が顔を出す。
「流花」と陽乃が、「るかちゃん」と悠羽が呼べば、流花は涙が溢れそうな笑顔だ。
三姉妹の言葉はなくとも気持ちが通じている光景に、奈薙は満足そうにうなずいては言う。
「ここからは俺がやるべきことだ」
「なんだ〜、そういうことか。わかったよ、奈薙。僕も付き合う」
組んだ両手を後頭部に当てたマテオの了解に、奈薙にしては珍しく苦笑を浮かべた。
「大丈夫なのか、マテオ。そんな身体で」
「背中は任せろって感じかな」
勝手に通じ合っているとしか思えない悠羽は訊かずにいられない。
「なんなの、なに考えてるの。あんなヤツら、うれが行くよ」
「それはダメだ。俺は姫に能力を使わせないと誓った。俺ごときでは決して守れるわけではないと思い知らされたが、それでも姫に能力を発現させたくないことには変わりがないんだ」
でも……、とする悠羽に、奈薙は微笑みかける。
「これでも逢魔街のバランスを取る『神々の……』なんとかといった会のメンバーとしてやらなければならないことであるし、それに何よりだ」
なんだろう? と待ち構えるは悠羽だけでなく、マテオと姉たちもである。
奈薙が胸の前で持ってきた拳を握り締める。
「姫や姉さんたちを苦しめたあいつらを、俺がぶっ飛ばしたい」
返事が上がらないばかりではない。
呆気に取られたような空気に、慌てた奈薙だ。
「な、なんか、俺。おかしなことを口走ったか」
「おかしいなんて気にするな。それこそが奈薙じゃないか」
マテオの得心がいった表情が、むしろ奈薙の気をさざめかせる。
「おい、マテオ。はっきり言え、俺にも分かるように教えろ」
「奈薙は余計なことを考えなくていいんだよ。それに僕もぶっ潰してやりたい。でもこんな調子だから、奈薙の影に隠れながらだけどさ」
そう言っては、にこりとするマテオに、奈薙も不承不承ながら「いくぞ」と応えた。
理作たちを先頭に集う鬼どもへ向かうマテオと奈薙。
その背中へ「男の子だね」と流花が複雑そうに呟いていた。
「バカじゃねーのか、おまえら」
理作が歩を進める白銀の髪した少年と巨岩のごとき大男を嘲笑した。
「バケモノの三女と一緒にいりゃー、逃げられるものよぉ。わざわざそっちから出向いてくれて、こっちは助かるぜ。花嫁を取り返せない分の穴埋めは、おまえたちの八つ裂きとさせてもらうぜ」
へぇー、とマテオも負けじとばかり小憎たらしい顔を向ける。
「僕たちのほうこそ、目的の達成は不可能になったんだから逃げ帰ればいいのに、それのほうが利口じゃないかなと言いたい。それとも任務が失敗で上司に怒られるのがとっても怖いとか」
からかったつもりが、理作たち鬼が押し黙る。
えっ? とさせられたマテオが訊く。
「もしかして、当たり? そんなに流花の爺さんってヤバいんだ」
「翁が鬼なればな。陽乃より小さくても、身体強度は同等か、それ以上なんだ。俺らなんか一発で殺されてしまうチカラなんだよ」
理作が力み返っているだけ、真実味がある。
マテオの刃を削る強靭な皮膚に、人間の頭など容易く潰せる腕力を有する鬼へ変身する能力。それが『東』の長の前では一捻りされるとくる。
恐怖が鬼どもを逃さず、闘志までも漲らさせている。
「奈薙。ヤバい爺さんが来る前に、ある程度片付けて置かないとまずそうだぞ」
マテオの小声に、「ああ、わかってる」と奈薙もだいぶ冷静になっている。
ただマテオは内心で、とはいえな〜と呟いている。
悠羽の復活に敵の数はそれなりに減ると踏んでいたが、ずらりと凶悪な鬼の顔が軒を並べている。早くも『破滅の女神』とされる能力の助けが欲しくなったくらいだ。
だが奈薙がそれを承知するはずもない。あっさり承知されても失望ものだ。
とことんやってやるか、とマテオの覚悟を読んだかのようにである。
「ともかく背中は任せたぞ」
奈薙の信頼を預けるセリフが寄越されれば、意気を感じずにはいられない。
任せておけ、と答えたマテオは短剣を握り直す。
奈薙と背中合わせの体勢を取った。
「翁が来る前に、こいつら、絶対、潰せ」
理作の号令に取り囲む鬼が前のめりとなった時だ。
上空に閃光が走れば、轟音が落ちてきた。