第6章:誰もが、みんなー005ー
乱戦へ陥っていた。
正面からぶつかるマテオと鬼どもだ。一人対複数は、圧倒的に後者が有利なはずだった。
実際はマテオの孤軍奮闘が際立っている。
鬼どもは素早い動きを捉えられず負傷箇所を増やし、戦う相手を入れ換える始末だ。
瞬速の能力を発現しなくても身のこなしは軽やかなマテオである。
鬼は強靭な肉体と怪力頼みなゆえに動きが大雑把であるから、戦い易い。
加えて勝利を確信した兵ほど身を惜しみ却って押されるものだ、とする故事に倣う敵の状況にも助けられた。
消極的な敵に対して、マテオは命を燃やしている。懸命に振るう刃は縦横無尽に踊る。
当初の予想は覆され、奮戦が続いた。
だが所詮は、善戦にすぎない。
鬼の肌は硬く、斬りつけるたびに斬れ味が奪われていく。刃こぼれした短剣は役に立たなくなっていく。
負傷箇所もまた深手へ進行していた。動きは鈍りだせば、唯一の優位点が崩れる瞬間がやってきた。
避けたつもりのマテオが上半身から緋き血潮を撒いた。
白銀の髪に所々べったり血を付けた身体が動きを止めた途端だ。
周りにいた鬼どもが一斉に腕を振り降ろす。
肉が裂ける音に、血飛沫が周囲へ飛び散っていく。
マテオー! 流花の絶叫が響き渡った。
白銀の髪を抱く身体が鬼の足許へ倒れ伏した。
「さんざん手こずらせやがって。さぁ、トドメだ」
落ちてくる理作の声に、うつ伏したマテオの頭がぴくりと動いた。
手にした短剣は刃が折れている。
隠してある短剣を取り出したくても、腕が動かない。
顔を傾けるのが、やっとだ。
頬や額は血と泥で汚れきっていた。
地面上から眺めるマテオの灰色をした瞳が映しだす。
流花が駆け出す姿を。
やっぱりやだ、やだよー! と泣き叫んでいる。
ああ、とマテオは苦笑したい気分だ。
最後に見る相手は、ずっと姉のアイラだ。そう確信していた。
ところが、流花となった。
でも現在となれば、やっぱりとも思う。
ここ逢魔街へ来た日のことが浮かぶ。
すっ惚けた口調で安否を訊ねられた。
美しいとしか表現しようのない容姿のくせに、性格は面倒の一言だ。情報収集のため我慢と繋がりを持ってからが大変だった。
流花のおかげで、何度死にそうになったか。
変な連中に巻き込まれては、いい迷惑を被ってばかりだ。
不思議ちゃん全開で捉えどころがない……と思わせて、垣間見せる表情は卑怯にも程がある。
いろんな流花の顔や仕草が甦ってくる。
涙顔で終わりとなってしまったことに、「わりぃ、流花」と呟くマテオだ。
これが最後の言葉だった。
やれ、と理作の命令が聞こえてくる。
マテオは静かに眼を閉じた。
なにやらだ。
空気を裂くような音がする。
上空から聞こえてくる。
ドン! とマテオは地面の揺らぎを感じた。
同時に打撃音やうめき声がすれば、周囲から鬼の気配は消えていく。
てめぇー、なにもんだ、と理作が喚いている。
ごろり転がり仰向けになったマテオは、登場人物について当ては付いていた。
「おい、大丈夫か」
マテオが上を向いたところで掛けられた声に、つい笑ってしまう。
「そこは生きているか? じゃないのか、奈薙」
ふんっと鬼に負けない体格の男が鼻を鳴らす。
「マテオがこの程度でくたばるわけがないだろう。少し休憩は必要かもしれんがな」
そう言って、右手を差し出す。
掴んで立ち上がったマテオは笑みを抑えられない。が、よろけてはしまう。
慌てて掴んだ手でバランスを整えてやる奈薙だ。
「しばらく俺に任せろ」
「でも奈薙。僕はもう勝てるなんて……」
「死力を尽くせ、じゃないのか。マテオの戦いに、俺は感動していたんだ。力いっぱい突っ込んでくらいにな」
「まったく救助でなく飛び出してきたわけか。奈薙らしいな」
「なに、近づけたところで助けだす方法など思いつかん。それにコソコソするのは、俺の性に合わん」
あはは、と思わず声に出して笑うマテオだ。
そこへ鬼の理作の恫喝してきた。
「デカブツが一人、助けに来たって、どうにもならないぜ。俺たちは一万近くいるんだ。もう逃げられやしねー。ただ殺されに来たようなもんさ。いいか、鬼のチカラは……」
セリフが途中で切られた。
マテオの手を離した奈薙が、自ら鬼の群れへ飛び込んでいく。
手や足に武器を装着、もしくはそれに相当するものがあるわけではない。
素手で殴りかかっていく、ぶん殴っている。
自分以上に大柄で体重もありそうな鬼が相手でも、突進あるのみだ。
「ごちゃごちゃ言っていないで、かかってこい。口だけでは、どうにもならないぞ」
奈薙の挑発に乗った鬼の理作が歯軋りしながら命令する。
「行け! あいつも生かして帰すな」
四、五体を相手にしていたマテオとは比較にならないほどの数が動く。
奈薙へ向かっていく鬼は十では効かない。
向かってくる刃のごとし鉤爪は二十を越えている。
避けられるはずもなく、今まさに奈薙へ突き立てられようとしていた。




